そしてもう一度奇跡のように巡り合うんだ! 奈々の願いを叶えるために
奈々の願い事あといくつ叶うかな。
ラストシーンはもう少し先になりそう。
雅樹はたくさん戦わなければならない。
奈々と俺は肩を並べて歩道を海に向かって歩く。
車道には車がそここに停車している。
どの車にも鍵は付けっ放しだ。
日差しは心地良く、ゆるやかに流れる風は奈々が極度に恐れる暗黒の空間を伴う強い風ではなかった。
奈々は今、京子ちゃんとの最後の日にたどったルートを遡って歩いているという。
無言で歩くふたり。
すると不意に奈々が死神について話し始めた。
「京子ちゃんと奈々との見解では死神は異空間の存在を潜在意識にでも残した生き物の存在を決して許さない、つまり抹殺するために存在するとしていました。死神が執拗に私たちを狩る行動からの類推です。
そしてその死はいわゆる完全消滅で輪廻の輪からも断ち切られるレベルのものだと・・・。」
そこまで話すと奈々は右手に見える道路を指さした。
「あの日私たちは海浜幕張方面にまで足を運んでいました。当時あのエリアは状況的に暗黒の空間がもう間もなく来るであろうとされている地域でした。でも計算上あの日に来る可能性はかなり低かったこともあってふたりで出かけたのです。京子ちゃんは初め奈々を連れて来ることをためらっていました。それは前回の漆黒の津波の襲来から3日が過ぎた場合そのエリアには極力近づかないという『3日の掟』を超えたエリアだったからです。」
「京子ちゃんは奈々を危ない目に合わせたくなかったんだね」
奈々がうなずく。
「でも奈々も京子ちゃんだけを危ない目に合わせるわけにはいきません。それに・・・もし京子ちゃんが居なくなってしまったら奈々はまた独りっきりです」
うつむきながら小声で言う。
「奈々は無理を言って京子ちゃんと行動を共にしました。」
「奈々? 京子ちゃんはどうして敢えて危険なエリアに向かったんだろう?」
「京子ちゃんは異空間の大気や放射線を計測して正常空間との比較をしていました。でも、顕著な差は見いだせなくて。京子ちゃんはあの日敢えて危険が迫っているエリアに向かう事で計測機器では感知できない危険なにおい? 危機的な空気を第6感的に感知できないかと考えていたのだと思います。」
「なるほど・・・。直感か」
俺は真っ青な空を見上げながら言う。
「雅樹さん・・・この道、海浜松風通りを千葉街道に向かって逃げたの。」
そう言うと奈々は右手の道路を指さす。
「こんな開けたところであの死神に出くわしたら逃げ切れやしない。やつらは電車にも追いついてきた。ビルとか建築物が立て込んだ場所ならまだ逃げ切れる可能性はあるだろうけど」
「不意に死神と暗黒空間に出くわした私達は、初めは走って逃げました。死神は『逃げても無駄。疲れたところで狩るさ』みたいな余裕を見せるように奈々達を上空からゆっくりと狙っていました。その日の漆黒の津波はこれまでのどれよりも私たちの近くから発生し、高さ、幅共に今まで見たことがないくらい巨大でした。京子ちゃんは幕張の街中から海に面した道路に出ると車に乗り込み、そしてこの通りに向かって走りました。アイアンバンパー・・・シボレーコルベットと言う車です。その赤い車のことを漆黒の津波が来る前に京子ちゃんは奈々に教えてくれました」
「シボレーコルベットアイアンバンパーか・・・渋いチョイスだね京子ちゃん。通好みだよ」
俺は京子ちゃんと趣味が合うかもしれないな、なんて想いがよぎった。
むろんそんな事を奈々に悟られようものならとんでもない目に合うことは目に見えているので心の中にそっと封じた。
「京子ちゃんはその車のことがとても気に入っているみたいでした」
アイアンバンパー・・・京子ちゃんがこの車を選んだのは単に好きだったからだけではなさそうだな・・・。
あの車の初期型はアイアンバンパーの愛称のまま鉄のバンパーを装着している。
そしてそのエッジはかなり鋭い。
京子ちゃんはスタイルやパワーや好み以外にもその点に着目していたんじゃないかな。
「京子ちゃんは死神の運動特性を逆手にとってやり過ごそうとしたようでしたが、死神は横の運動を上方に逃がすことで私たちから離れることなくぴったりとそばに付き、右側の窓ガラスを大鎌でスパッと切り裂きました。それまでの観察では、死神はスピードが上がった状況では横方向の運動を転回出来ないと認識していたのですが上方にベクトルを変えることでスピードを相殺することが出来たのです。急停車して死神を進行方向にやり過ごそうとした作戦は失敗に終わりました。」
「死神はそんな運動特性を持っているのか・・・。まるでドローンだな・・・。」
3次元立体的に飛ぶことでベクトルを分散するのか。
そうなると惰性で飛んでいる時は微弱な方向転換はできるが一旦スピードが乗れば死神の攻撃チャンスは極端に減ると考えてよさそうだ。
「京子ちゃんは後から必ず行くから先に電車に乗ってと稲毛海岸駅で奈々を降ろしました。2体の死神から奈々を遠ざけるために、京子ちゃんはひとりで千葉街道に向かって走り始めました」
段々と奈々の表情が曇ってくる。
クライマックスは間もなくなのだろう。
「京子ちゃんは、奈々を逃がすために独りで死神と戦いに行ったんです」
奈々の目に涙が溢れている。
「奈々が稲毛海岸駅にたどり着き赤いラインの電車さんに乗り込んだ時、北の空から3体目の死神が向かってきました。マリンスタジアム方面での狩りを終えた死神です。3体目の死神は電車に乗って走り去る奈々を追う事をあきらめて京子ちゃんの方へ飛んできました」
小さなこぶしをぎゅっと握りうつむく奈々の歩みは止まりその場で立ち尽くす。
「奈々? 京子ちゃんは死神に狩られやしない。アイアンバンパーをチョイスした京子ちゃんは死神と闘う意志に満ちていたはずだ。京子ちゃんは最後の瞬間まできっとなにもあきらめなかったと思うよ」
そう言いながら奈々を引き寄せそっと腕にの中に包む。
右耳を俺の胸に当て東の空を見上げる奈々。
「雅樹さん、京子ちゃんは再生を求めて決意したのだと思います。輪廻の輪から断ち切り、全てを完全に無に帰す死神の大鎌をかわし、破壊と再生を司る暗黒の空間に向ったのだと。暗黒空間に飲込まれ破壊されたとしても再び輪廻の輪の中に再生、蘇る、生まれ変わることを選択したのだと思います」
「つまり・・・来世に望みを託した死のダイブ・・・か」
悲痛な道を選んでまでも奈々を守り、自らの復活に望みを託した瞬間の彼女の瞳には何が映っていたのだろうか。
「奈々は京子ちゃんに会いたい・・・。会ってきちんと謝りたいんです。奈々の勝手な願い事が京子ちゃんにひどいことをしてしまった・・・」
「奈々? 奈々の仮説的推論によって京子ちゃんの無事はほぼ確定的だ。そんなに悲しむ必要はないよ」
悲しみに暮れる奈々を慰めたい一心でそう言う俺。
「奈々は京子ちゃんだけでなく雅樹さんにもひどいことをしてしまいました。奈々はふたりに何てお詫びしたらよいのかわからないの・・・」
消え入りそうな声で言う奈々。
「奈々? これはきっと京子ちゃんも同じことを考えていると思うんだが。俺は奈々と異空間で出会い過ごせたことをひどい目に合ったなんてこれっぽっちも思ってやしない。前に奈々が俺に言ったよな? この世で起こっていることに偶然やたまたまなんてない。全てが必然の中で起きているって! 俺は確信する、異空間で出会った俺達にはそうなるべく導かれた必然があると。その必然が俺と奈々を巡り合わせてくれたんだと。すれ違い、名前さえ知らなかったふたりが異空間で巡り合った。奈々の願い事が俺のこの腕に奈々を呼び寄せたんだ」
あの日の死神が空の上からふたりを眺めている。
そんな妄想を掻き消すように、奈々を強く抱きしめながら空に向かって叫ぶ。
「俺は必ず奈々をもとの世界に戻す! そしてもう一度奇跡のように巡り合うんだ! 奈々の願いを叶えるために」




