このままずっと一緒にいたいの
だんだんラストに近づくにつれイメージが膨らみ終わらせ難くなってくる。
腕の中に抱いた奈々が
「このままずっと一緒にいたいの」
と小さく呟く。
俺の脳裏にも『ずっとこのままでいたい』と言う想いが渦巻き、そして支配されそうになる。
だが、そんな至極まっとうな感情を押し殺し振り払う。
「ずっと一緒にいたいの」
もう一度奈々が呟く。
瞬間、優子の顔が目に浮かぶ。
そして、
『雅樹、自由になれば? 自分の望み通りに生きていいんだよ? 思うがままにに飛んでいいんだよ?』そう語りかけてくる。
「まだそう言うわけにはいかないよ」
俺は未来から? 過去から? の誘惑を吹き消すように小さく呟く。
ここではない。
これから先のふたりがどうなるのかは未知数だがその未来はここで築かれるべきではないのだ。
「ん? どうしたの雅樹さん。今何か言った?」
俺を見上げる奈々。
「なんでもない。奈々、真実を確かなものにするために観測に行こうか?」
この世の中は俺たちの意志が確認し認識する事で確定するのだ。
この異空間で起きていることをきっちり把握し、ふたりの未来を確定するためにカフェリンダに向かうのだ。
「は・・・い」
奈々は心許なさ気に返事をすると、もう一度ぴたりと体をすり寄せてくる。
俺はそんな奈々を強く抱きしめた。
俺達は朝食をすませると各々に出発の準備をした。
カフェリンダ自体はここからそう遠くにあるわけではないので呑気なものだったが、異空間からの脱出という点でふたりの想いが交錯していることが気分を重くさせていた。
ふたりがこの異空間で出会って二日目の朝。
正常空間ではまだほとんど時は流れていないだろう。
奈々が準備に手間取っているようだ。
女の子だからな・・・。
奈々はあまり化粧っ気はない。
まぁする必要もないくらいのレベルで美しいからな。
しかし、この異空間に在っても女の子らしいという事にはこだわりがあるようだ。
決してジーンズにシャツと言ったシンプルな格好をしないのだという。
何が起こるかわからない異空間ではむしろシンプルなスタイルの方が向いているのだが。
「おまたせしました」
俺の前の奈々はやはり今日も清楚なワンピース姿。
シンプルだがそれだけに女性らしい雰囲気が伝わってくる。
「雅樹さんカフェリンダに行く前に少し回り道しませんか?」
本当は一刻も早く事実を確かめたいところであったが、奈々が敢えてそう言うのだ。
何か考えがあってのことだろう。
「もちろんいいさ。何か考えがあるんだろう奈々?」
このマンションからカフェリンダまで歩いて5分もかからない。
少しくらい回り道してもたかが知れている。
それよりも奈々が気が済むようにした方がこの先の展開がスムーズに運ぶだろうと計算した。
「カフェリンダに行く前に京子ちゃんと最期に過ごした日のことをお話ししたくって・・・」
うつむき加減にそう言う奈々。
「わかったよ奈々。でも今までとは気持ちが違うだろう? 京子ちゃんは確実に未来に存在しているんだからさ! それを確かめにカフェリンダに行くんだしね」
そう言うと奈々の肩をポンと叩く。
「はい! 京子ちゃんが無事なことはほぼ確信できる事実なので奈々もホッとしています。雅樹さんにはあの時奈々がどんな気落ちになったのかを知って欲しいんです。」
しっかりと俺の目を見て奈々が言う。
「京子ちゃんは奈々を死神から逃がすために自分を犠牲にして戦ってくれました。あの時京子ちゃんがどんな思いでどんな行動を取ったのかを雅樹さんにも知って欲しいんです。そして私たちがどんな心理状況だったのかも」
奈々の手が俺の服の袖を引っ張っている。
「わかったよ奈々。少しおもてを散策しながらカフェリンダに行こう。その方が気持ちも晴れるしね」
俺は奈々の手を取りしっかり握りしめ外へと誘う。
マンションを出るとまぶしい陽の光がふたりを照らした。
奈々は稲毛海岸駅から海に向かって歩き出した。
つまりカフェリンダのある場所とは反対側に向かってふたりは歩いた。
「雅樹さん、あの日私たちは暗黒の空間について検証するためにいつもより遠くまで出かけたんです・・」
奈々がポツリポツリとこれまでは決して口にしたがらなかった京子と最期に過ごした日のことを語り始めた。




