なんて素敵なんでしょう! 科学は時としてとてもロマンチックだわ!
いよいよクライマックスに近づいてきました。8年ぶりに再開してからというもの奈々への思いが増し、小説を完結することに淋しさを覚えますが、私としては非常に珍しくラストまでのプロットを作りました。行き当たりばったりで書く私には非常に稀な事です(笑)奈々をもっと動かしたいという思いの反動です。また物語は私の別の小説『神の息・人の息』ともリンクし始めています。いずれ双方の小説で奈々や雅樹を蘇らせます!
洋風の建物の前にたたずむ人影が意を決したように木製の扉を開き建物に入る。
カランコロン・・・・
訪問者を告げるベルの音が軽やかに響く。
「あの、私・・・京子と言います。・・・」
訪問者は扉を開けるや否や突然名を名乗った。
長身でどことなく男装の麗人を思わせるショートカットにパンツルックのいでたち。
その手には厚めの青いノートが大事に握りしめられていた。
端正な顔立ちは本来であれば自信に満ちた表情が常であろうことを思わせるが今は不安気だ。
「はい・・・いらっしゃい。どうかいたしましたか?」
店の主は来店とともにいきなり名を名乗る客を気遣う。
喫茶店に名を名乗って来店する客はそうはいないだろう。
「あ、いやごめんなさい、いきなり喫茶店で名前を言う人っていませんよね・・・」
そう言いながら自分の手のひらや腕を見回しさらに不安気な顔つきを増す。
「あら?あなたの腕、どうしたの? うちの店の名前が書いてあるのね? 何かの罰ゲーム?」
それを見咎めた店主はそう言うとおかしそうに笑う。
彼女の腕にはデカデカと、この喫茶店の名が記されていたのである。
「あ、いやたぶん罰ゲームとかではないと思うんですけど・・・。私も気が付いたら手のひらや腕にいろいろ書いてあって、このノートを持っていたんです」
そう言うと手に握りしめていたノートを胸の前にかかげる。
「あら? このノート・・・うちのノートと一緒ね。」
店主は、店の中にあるノートを指し示す。
「うちのお客さんが思いついたことを書く、まぁ落書き帳みたいなものね。あら・・・あなたの手の甲・・」
そう言うと京子の手を取る店主。
「奈々・・・って書いてある。 あなた奈々ちゃんのお友達?」
「いや、奈々って言う名前の友達はいないんですけど・・・」
「でも腕にうち店の名前が書いてあって、奈々ちゃんの名前も書いてあるってことはきっと奈々ちゃんに関係があると思うわ。大事な教え子の一大事かもしれないとなれば放っておけない。さぁ中に入って」
そう言うと手を引いて店の中に誘う。
「さぁかけて。奈々ちゃんのお友達なら私にとっても大切な人だわ。それにあなた、今ちょっと特殊な状況にあるみたいね?」
店主はそう言いながら女の隣に座る。
「あたし、いや、私も良くわからないんです・・・。気が付いたらいつもの街にいつものように立っていたんですけど手や腕にはいろいろ書いてあるし、どうして文字が書かれているかはわからないのに自分の字だし・・・。それでこのノートを見たら最後のページに、やっぱり自分の字で『カフェリンダに行って奈々のことをリンダ先生に聞くこと』って。私の名前もサインしてあって・・・。それにノートには記憶にない訳のわからない事ばかり書いてあるし怖くなって・・。それで、ここの住所も書いてあったからとにかく来てみたんです、ごめんなさいおかしなことばかり言って・・・」
「京子ちゃんよね?」
「はい京子です」
「ノートを見せてもらってもいいかしら」
「どうぞ。これです」
京子は店主にノートを手渡す。
「やっぱりうちのお店のノートと同じ・・・前の方の記述も・・・ビックリ! 同じ! 信じられないことだけど、同じノートが2冊存在していると見てよさそうよ・・・」
「あの・・・リンダさん? ですか?」
京子がオズオズト言う。
「そうよ、私がリンダ。奈々ちゃんの先生でもあるの」
「ノートにもそう書いてありました」
リンダと言う女店主は食い入るようにノートに目を通す。
そして。
「京子ちゃん? いつもだったら奈々ちゃんもそろそろ紅茶を飲みに来る時間なんだけど・・・今日は来ることはなさそうね・・・」
そう確信を持って言う。
「どう言う事ですか?」
京子が訝しげに聞く。
「このノートに京子ちゃん? あなたが記録したことが本当だとすれば奈々ちゃんは今頃異空間にいて、ここには来れないってこと」
「異空間・・・って? 私もさっと読みましたがどう言う事なんでしょう?」
「5分後の世界、止まった時間、漆黒の津波、死神・・・京子ちゃん、あなた達はまだ概念化されていない異空間に居たのね。そして奈々ちゃんはまだそこに居る・・・」
「・・・・・」
絶句する京子。
「京子ちゃん、あなたの推測は概ね正解だった様ね」
「どう言う事ですか? 私の推測って? 私には何が何だか・・・」
「あなたは異空間で過ごした記憶は、現実世界に戻った時すべて忘れてしまうと仮定し異空間にあったカフェリンダのノートに記録したんだわ。でも仮にこのノートを持って現実世界に戻っても記憶が消されてしまうから意味のないものにされてしまう。だから体にキーワードを書き込み気が付いた時にカフェリンダに向かうように自分を誘導したんだわ」
「・・・自分を誘導する・・・」
「京子ちゃんあなたは科学者ね?」
「いえ、まだまだ半人前で科学者なんておこがましいです・・・」
「いいえ、あなたは立派な科学者であり素晴らしい洞察力と推察力を持ち合わせた稀にみる優秀な研究者よ! あなたのおかげで私の大切な教え子の危機を知ることが出来たわ! 本当にありがとう」
「はい、いいえ私の方こそ何が何だかわからない状況を救ってもらえたみたいで助かりました」
「でも・・・良かった」
「何が良かったのですか?」
「このノートの中であなたは現実世界に帰った時、ノートの存在も消滅する可能性が高いと推測しているんだけど・・・実際にはこうして私の手にある。正直このノートの存在がなければ異空間に居る奈々ちゃんのことを私は把握できなかったし、奈々ちゃんへの手助けの手段も全く発想できなかった」
「はぁ・・・」
いまいち納得できない様子の京子。
「このノートが異空間に居る奈々ちゃんと私たちを結んでくれるはずだわ!」
「京子ちゃん本当にありがとう! 異空間で奈々ちゃんを守ってくれて! そして異空間からのメッセージを私に届けてくれて! あなたがここにたどり着いたことできっと異空間の奈々ちゃんに良い影響が出ているはずよ!」
リンダが確信的に言う。
「そうなんですか・・・」
実感できない様子で京子が言う。
「あなたの行動が奈々ちゃんに大きく影響を与えているはずだから」
「京子ちゃん?」
「はい・・・」
「あなたは物理学に携わっているのね。」
「はい」
「私のことを近しい人や生徒たちはリンダって呼ぶけど私の本当の名前は・・・」
そう言うとリンダは京子の耳もとでそっと自分の名前を呟く。
「えっ!まさか・・・」
「驚いた?聞いたことあるでしょ?」
「はい・・・もちろん・・・まさかこんな形でお会いできるとは」
「堅苦しい人間関係はその世界だけにとどめておきたいから、私はここではリンダ。リンダって呼んでね」
「リンダ・・・先生でいいですか?」
「あは、奈々ちゃんと一緒ね」
「奈々ちゃん・・・?」
京子は釈然としない風に奈々の名前を呟く。
「このノートに異空間での奈々ちゃんとのやり取りも書いてあるわね」
「私も少し読みましたが、全く思い当たらないことばかりなので・・・自分のこととして受け入れられなくって・・・誰かに騙されてる? みたいな」
「そうね、自分の記憶に全く残っていないことが記録されていれば誰だってそう思うわよね。しかも自分の字であったりすれば尚更クエスチョンの連続。」
「そうなんです・・・」
「どれもこれも不思議な現象ね。これから私は、いえこのカフェリンダに集まる仲間たちの叡智をフルに活用して奈々ちゃんを現実世界に引き戻すわ! 京子ちゃんも力を貸してね」
リンダが力を込めて言うのに押されて京子が返事をする。
「は、はい・・・でもどこまでお役にたてるか・・・」
「大丈夫! このノートに書かれた推測や仮説をざっと見る限りでもあなたはとても優れた頭脳の持ち主! 一緒に考えましょう!」
「もちろんリンダ先生に協力します」
「うまく奈々ちゃんをこっちの世界に帰せたら面白いことになるわね。お互いに全然認識し合わない二人が、異空間で過ごした記憶も無くしたまま、このカフェリンダで会うことによってつながる。ここ以外ですれ違っても全然認識のしようのない二人がここでつながるって! なんて素敵なんでしょう! 科学は時としてとてもロマンチックだわ!」
リンダが興奮して言う。
リンダの言葉をきっかけに、京子は青いノートに書かれた奈々と過ごした日々の記憶を我が身に起こった現実として読み込む作業に移って行った。
たまたま読んだ小説の登場人物が自分と同姓同名であったらこんな気持ちになるのかな・・・。
そんなことを考える京子であった。




