奈々は、絶~対に! ナ・リ・マ・セ・ン・カ・ラ!
異空間に取り残された奈々と雅樹はまるでもつれ合う量子のように互いの感情をシンクロさせる。
奈々に押し切られ渋々風呂に入る。
が、やはり眠くって仕方がないので早々に体を洗い浴室を出る。
いわゆる烏の行水だ。
眠る前にあまり長く浴槽に入ると目が冴えてしまうのだ。
「お風呂入ってきました~」
なぜかテンション高く報告などする俺。
「雅樹さん? 出て来るの早くないですか? ちゃんと温まりましたか?」
訝しげな眼で俺を見ながら奈々が言う。
「ごちそう様でした。いい湯でした」
「なら・・・良いですけど・・・」
奈々が怜悧な観察の儀式に入る前に切り上げられてたことにホッとする俺。
「雅樹さん、ハイ冷たいお水! どうぞ」
そう言うと俺にセンスの良いグラスを渡す。
「ありがとう奈々! 奈々は本当に気の利く子だね! 良いお嫁さんになるよ、俺が保障する」
と、さりげなく本音を言いながらグラスの水を飲み干す。
うまい!
風呂上りであるという事だけでなく多少アルコールが入っていることもあって余計にうまい。
ん?妙な静けさ・・・。
「・・・・・」
あら?またまた無言・・・
今度は何がお気に召さないんだ?
「奈々? どうした?」
うつむき加減に明らかに不機嫌な顔をする奈々。
「なんでもありません・・・・」
無茶苦茶低いトーン・・・。
なんでもなくない感じで溢れているんですが・・・・。
「あ、いやゴメン。俺、何か気に障るようなこと言った?」
どう考えても奈々を称賛するつもりの発言だったのだが、まさか不埒ではないよな?
「良いお嫁さんになるよ?なんて、なんだかすごく無責任って言うか、他人事みたい・・・」
消え入るような語尾が明らかに不満を表現している・・・。
とてもまずいお馴染み、恒例のパターンだ。
「は? 無責任? 他人事? いやいや奈々? 考えすぎ! 俺は単純に奈々はすごく気のまわる良い子だからお嫁さんにもらった奴は幸せだなぁって意味で・・・」
と慌てて取り繕う俺の言葉を奈々が遮る。
「奈々は結婚な・ん・て・し・ま・せ・ん、カ・ラ! 『奈々をお嫁さんにもらった奴は幸せだなぁ~』なんてとぼけた顔して雅樹さんが言っているうちは絶~対に、きれいで可愛くてお料理が上手で気が利いて、お仕事から帰ってくると旦那様がホッとするようなお部屋でいつもニコニコお迎えして、二人はとっても仲良しで、奈々はかわいい赤ちゃんを3人産んで一人目は旦那様にそっくりな男の子で、二人目は奈々にそっくりな女の子で、三人目は二番目の女の子が『ママ、可愛い妹が欲しいって』言うからやっぱり女の子で、休日はみんなでピクニックに行くのに一生懸命美味しいお弁当を作ったり、旦那様がお仕事のお友達から『お前の奥さんすっごく可愛くてうらやましいよ! あれじゃあお前が早く家に帰りたがるのもわかるよ』なんて言われるよう健気に頑張ったりするような可愛いお嫁さんには・・・・奈々は、絶~対に! ナ・リ・マ・セ・ン・カ・ラ! もうっ」
プイッと顔だけ背けて窓の方を見る奈々。
窓に映った奈々はさっきよりももっと頬を膨らめ、気のせいか瞳が潤んでいるようにも見える。
一体何が起きているというんだ・・・・。
「・・・・・・」
今度は俺が無言となり呆然とする。
「あ、いやなんだかよくわからないけどゴメンよ奈々」
本当に何が何だかわからないが奈々を悲しませてしまったことはほぼ確定的なので素直に謝る。
「『あ、いやなんだかよくわからないけどゴメンよ奈々?』って?雅樹さん?なんだかわからないのに謝るんですか?」
あ、ちょっと・・・だいぶめんどくさい・・・。
「え、え~っと・・・」
理屈くさい先生に怒られている小学生みたいに言葉に詰まる俺・・・。
「雅樹さんは、奈々が誰か知らない男の人と結婚しても良いんですか?」
知らない男の人とって、知ってる男の人だったら良いのか?
益々何を言っているのかわからなくなる・・・。
が、この場合これまでのパターンだと・・・
否定だな!否定で間違いないはずだ!
しかも直近の対処ではハッキリ言い切ること=奈々にとっては男らしい!との評価で切り抜けた経緯がある。
とすると答えは・・・。
「良くないよ! 良い訳ないじゃないか!」
「! 」
今度は奈々がハッとした表情で無言になる。
しばしの無言・・・。
「それは・・・ダメって意味ですか・・・・?」
だいぶ間をあけて言葉を端折るように、おずおずと奈々が言う。
「ダメってこと!」
ここもなんだか良くわからないが言い切る!
「何がダメなんですか?」
それを見透かしたかの様に念を押す奈々。
「・・・・俺が知らない奴のお嫁さんに奈々がなることがダメってこと」
奈々の表情と言葉のニュアンスを探り探りなので一瞬間があく。
無言は時として奈々に新たなる勘繰りを生じさせるので大変危険だが、何とか言葉を絞り出した。
だがこれだと『俺が知ってる奴だったら良い』と、とられる危険性も含んでいたか?
「雅樹さんがダメって言うのなら奈々はしません!」
よし! 良いパターンに持ち込めた。
「でも・・・」
うっ、新たなる疑念の発生か?
「でも、そうしたら奈々はどなたのお嫁さんになったら良いのかなぁ・・・」
そう上目遣いで言う。
「奈々が一番好きな人のお嫁さんになれば良いんだよ!」
ってか言うまでもなく普通そうだろ?
「本当!本当にそれでいいの?」
何気なく言った言葉になぜか食いつく奈々。
なぜ俺の許可が要る・・・と疑問には思ったが。
「当然だろ!奈々が一番好きで、この人のお嫁さんになりたいって奴と結婚するのが一番だよ! きっとそれならパパもママも応援してくれるから!」
などと余計な事を必死で言う俺。
ひとまず奈々の機嫌は直ったようだからだ。
「うれしい!じゃあ奈々は奈々が一番好きでこの人のお嫁さんになりたいって方と結婚しますから!」
一転陽の光の様な大きな笑顔になる奈々。
「雅樹さん? それで良いんですよね? 約束ですよ! 絶対に忘れないでください! 嘘をついたら地獄行きですからね!」
と、ハイテンションで捲し立てる。
「約束!」
そう言いながら俺に小指を向ける。
なぜ俺と約束する必要がある・・・。
「指切りげんまん・・・です!」
釈然としないが、言われるがまま奈々の小指に俺の小指を絡ませる。
「雅樹さん、約束ですからね! 奈々との約束は絶対ですから! 」
あれ?どこかで聞いたようなフレーズだな?
「奈々うれしい! 奈々は奈々が一番好きな人のお嫁さんになるって約束したんです!」
何がそんなにうれしいのかは理解できないが、奈々がよろこぶ姿は俺にとっての幸せでもあった。
異空間に二人っきりしかいない俺と奈々。
そんな極端な環境下では、お互いの感情を瞬時にシンクロさせようとするのではないか。
それはまるでもつれ合う量子の様に。
どんなに離れていようとも・・・
どんなに遮られようとも・・・
量子のペアは同一になる。
全てがひとつになるために。
大切な約束をした小指に、奈々の感触がいつまでも残る。




