異世界の考察!超高速次元からの脱出は可能か?!
奈々と雅樹による、取り残された空間についての推察が始まる。2人が新たな局面に移ろうとしたその時漆黒の津波と死神が2人に迫る!
○願い事 48
向こうの世界での5分がこっちの世界で7日間だとしたら、奈々のここでの一年間は元の世界ではたった4時間程度に過ぎない。これを言い換えればこちらの世界は向こうの世界の2000倍くらい早く時が過ぎていると言うことになる。しかし時間の流れが速い事なんてちっとも実感できないな・・。それよりもし若返りの速度がそれに反比例していたら一日で6歳若返る事になるぞ・・この対比が文字通りであれば奈々はとっくに赤ちゃんになっているはずだけど1年経った今そこまでの若返りは見られない・・・。とすると・・・。
頭の中でザッとの計算をした後に俺は奈々の顔をまじまじと見る。
「なんですか?雅樹さん私の顔ジロジロ見たりして・・」
「奈々って今何歳?」
「女性に年齢を聞くなんて失礼ですわ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ?今何歳?」
「嫌っ!雅樹さん奈々のこと一人前の女性としてみてない!」
「そんなこと言ってないだろ?内的時間の逆行がどのレベルなのか知る必要があるんだから。」
「絶対に教えない!」
「何をそんなにこだわってるんだ?実は凄い年寄りだったとか?」
「そんなことありません!本当にまだ若いんです!」
「それなら素直に教えてくれりゃあいいじゃん!」
「絶対に嫌っ!」
奈々が頑なに年齢を教えるのを拒む。
イライラしながらふと手元に目をやると学生証が・・・。
「なんだこれ見ればいいんじゃん~。」
「嫌!見ちゃダメ!それ返して!」
学生証を取り返そうと手を伸ばす奈々をかわす。
俺は学生証を開いて生年月日を確認する。
「なんだまだ若いんじゃないか。何をそんなに嫌がってんだ?」
「バカッ!雅樹さんなんて大っ嫌い!」
張り手の一撃でも飛んでくるかなと身構えるが奈々はその手の女性とは違ったようだ。
頬を膨らめて拗ねる姿が愛らしい。
○空間エネルギー
「奈々そう怒るなよ。ところで俺はさっき考えていた事があるんだが、恐らく京子ちゃんはこんな事言っていなかったか?この空間はかぎりなく広い・・・う~んつまり元の世界との比較なんだけど・・そうだな空間エネルギーが低いみたいな事を・・・。」
拗ねた様子の奈々だったが俺の言葉に素早く反応する。
「京子ちゃんも同じ事言っていましたわ・・。雅樹さんも物理学を研究されている方なの?」
「いや俺は文系人間だよ。ただそう言うことには興味があるから何となくね。そうか!やっぱり京子ちゃんも同じ見解だったか。奈々はこの空間の時間の流れが不安定だと言ったよね?たぶんこの地域だけでなく世界レベルではもっと不安定な状態になっていると思う。更に言うならば宇宙レベルでもね。ここには破壊される前の数々の過去が同時に・・それこそ数え切れないくらいのたくさんの過去が存在していると思うんだ。そしてそれぞれの過去がそれぞれに空間を内在している・・言うならば時間軸の異なる宇宙が同時に存在しているんだ。だからここは元の世界に比べて空間的に格段に広い。故に空間エネルギーが拡散されて弱まっている。みたいなこと言ってなかった?」
「すごい!京子ちゃんもやっぱりそう言っていましたわ・・・。」
「そうであればこの空間の時間の流れが異常に速いことも説明が付きそうだ。空間エネルギーが弱い場所では時間は早く流れるはずだからね。奈々のここでの1年は元の世界で言ったらたった4時間程度になるはずだよ?京子ちゃんにも同じ事言われたんじゃないか?だから奈々は余裕なんだよな?」
「なんでわかったの!そう!京子ちゃんも同じように言っていた。こっちの世界は元の世界に比べて大体2000倍くらい速く時が流れていることになるって!」
拗ねていた顔がすっかり明るくなる。
「計算上はそうなんだが・・・時間の流れの速さなんて体感できないよな・・・。やっぱり時間って言うのは主観的に感じるものと客観的に観測するものとで捉え方、っていうか感じ方が違ってくるのか?例えばブラックホールに突入した宇宙船は客観的に観測している者にはアッという間に飲み込まれ押しつぶされたように見えなくなってしまう。だけど宇宙船の内部にいる人間には永遠かの如く延々と押しつぶされて消滅する瞬間はやってこない。つまり今俺達がいる空間とは逆で空間エネルギーが高すぎる事によって時間の流れが無限に遅く流れているからなんだけど・・・。これは想像の域に過ぎないけど、もしかしたら宇宙船内部の人間にはその遅くなった時間の流れすら認識できないのかも知 れないな。今の俺達と一緒で・・・」
そこまで言い終わった俺はしばし沈黙する。
時間の流れについては何となく仮説が立ったが、いや・・・仮説が立ったと言ってもどうなるわけでもないのだがもう一つの内的時間の逆行速度がどうしても気になる・・・。
「奈々?今自分のこと鏡で見た時さ、大体何歳くらいの時の自分に見える?」
「え~わかんないよ。自分では変化に気づかないものですわ。ある程度成長してからは自分が変わったなんて認識できませんもの。自分は変わってないって信じたいし・・・。」
「そうか・・そんなもんかもな。俺だってこんだけおっさんになっても昔と変わらないなんて思ってるしな。」
そう言いながら自嘲的に笑う。
しかし・・どうしたら内的時間の進行速度がおおよそでも判別できるか・・・。
俺は考えに考えた。
今の奈々とかつての奈々を比較すればいいわけだから・・・・
「奈々!良いことを思いついたぞ!」
俺にひとつのひらめきが降りてきた。
○残存エネルギー
「何ですか?雅樹さん?急に大きな声出したりして…」
「いや大した事でもないんだけど…奈々のアルバム見せてほしくて。」
本当に大した発想ではないがこれなら現在の奈々と比較しておおよその逆行した時間がつかめる。
「アルバム?どうして?」
「今の奈々と比較しておおよそどのくらい時間が逆行しているか把握する為だよ。」
「雅樹さん?」
「ん?なんだい奈々?」
「アルバムなんて持ち歩いている人普通いませんよ・・・」
「あ、やっぱりね・・・。」
良いアイディアだと思ったんだけどな・・・。
でもまぁ時間の逆行はそれほど致命的な速さではなさそうだ。
一年経っても奈々は大きく変わっているわけでもない。
そのうち機会があったら奈々の家にでも立ち寄ることを提案しよう。
「まぁアルバムの事は追々で良いや。ところで、俺は過去がこうして存在することを一応は認めたけれど・・認めたと言うか今現在自分がそこに存在しているから否定のしようがないわけなんだけど・・。それにしてもやはり合点がいかないな・・。」
「どうして?」
「だってそうだろ?例えばコンビニの弁当だけどあれだってさ、過去に存在があるけど向こうの世界で時間が経過したからって売れない限りは消えちゃうわけないだろう?過去に存在があってあっちの世界でも存在は消える訳なく現存した場合、存在が過去と現在で多重的にあるってことになっちゃうよな?」
「それについては私はこう捉えています。つまり過去の存在は物質のもつエネルギーの足跡、つまり残存エネルギーなのではないかって。」
「残存エネルギー?」
「そうです。物質のエネルギーがそこに留まった時に残るものだとしたらどうでしょう?例えば私は幽霊なんかも残存エネルギーの賜物ではないかなんて考えるんです。思念が強い方が亡くなった場合その残存エネルギーが残る・・みたいな感じ?」
「う~ん・・そんな捉え方もあるか~。とするとこっちの世界での俺達の存在も残存エネルギーって言うか思念的な存在かもしれないな・・。こちらの物質が残存エネルギーだと仮定した場合俺達も同質のものであれば、それに触れたり摂取出来たりする事に何となく説明がつく・・。感覚的にだけどね。」
「私達の存在については未だよくわかりませんが、そんな捉え方もできなくはありませんね。」
そうすると俺達の本体は元の世界で実体として存在している可能性もあるのか・・。
まぁ今そんなこと考えたってしょうがない。
過去が存在している事、俺達がそこに存在している事、そしてまた内的時間の逆行と言いどれも今までの俺の常識や知識では推し量りきれない。
だが現実はこんなものかもな。
俺達が知り得ている事なんてほんの一部だしそれすら真実かどうかだなんて言いきれない。
絶対的な物はこの世に存在しないかもしれない。
何かが変われば今までの世界が全部ひっくり返ることだって無いとは言えないしな。
「奈々?これからどうする?」
俺は奈々の方を見てそう問いかける。
「雅樹さん?私のお家に行ってみます?」
「アルバムの件で?」
「それもありますけど・・ずっと帰ってないから、たまには様子を見てみようかな・・なんて・・。」
「近いのかい?」
「電車ならそんなに遠くないです。」
「よし、じゃあ食べ物持って奈々の家に行ってみようか!」
「はい!」
なんだか遠足気分だ。
奈々の顔つきがパッと明るくなった。
○摂理?
俺達はカフェリンダを後にし駅へと向かった。
街には相変わらずひと気はない。
ただ奈々と俺の二人と風だけが動いている。
空虚な街を寄り添いながら歩き、やがて駅へと着いた。
改札を素通りしホームへと進む。
電光掲示板の時刻は、ただ無意味に次の電車の発着時間を表示している。
階段を昇りホームに着くと既に電車が停止していた。
そして、まるで俺達が来るのを待っていたかの様に扉が開く。
奈々がなんの躊躇もなく電車に乗り込む。
その姿を見て俺も慌てて電車に乗り込む。
二人が乗り込むと途端にスッと動き出した。
何とも不思議な光景だ。
「奈々?この電車はまるで俺達が来るのを待ってたみたいだな。」
「そうなの。電車の存在には京子ちゃんも首をひねっていたわ・・説明が付かないって。」
「行き先も告げていないけど・・間違いなく奈々が求める駅まで運んでくれるわけ?」
「うん。途中では停車せず私が求める駅まで来るとピタリと止まるわ。」
「一種のテレパシーみたいなものか?」
「そんなものかも知れない・・・。」
「大体この電車は誰が運転してるんだ?実は先頭車両に行っったら運転手がいたりして。」
「ううん。誰もいないの・・電車は無人で運行されているんです。これも不思議な現象・・」
奈々が不安げな顔をして言う。
「でも今まで事故だとか間違いはなかったんだよな?」
奈々の不安を打ち消そうと俺が言う。
「そう言うことは一度もありません。この電車はまるでひとつの摂理見たくこの空間に存在しているんです。」
「摂理?」
「摂理って言うとちょっと仰々しいけど暗黒の津波、死神そして電車・・・この3つが今のところ私達が知るこの世界での法則?的な存在です。」
「まったく・・・訳のわからない空間があったもんだよな・・・。」
「単純にして複雑怪奇・・・でも現実世界も結局はそんなものではありませんか?私達が知り得ていることなんてほんの一握り・・・」
「確かにそうかもな・・その一握りの知っていることですら、どうしてそうなのか、どうしてそんな風になるのか厳密に全て知っている事なんて本当はひとつもないかもな。例えば磁石だってさ、N極とS極があって違う極同志は引き合うけど同じ極同志では反発するって知っていてもなぜそうなのか本質的なところで説明なんて出来ないもん。それからさ、ガン細胞やウイルスの存在も不思議だよな・・あいつらは人や動物に感染して繁殖する。でも結果的に自らの種の繁栄が宿主を殺しそして自分達も死滅していく。いったい何なんだ?自爆テロか?宿主を殺し自らも死ぬその行動に必然的理由があるのか?俺には皆目見当が付かないが、でも違った次元では摂理があるのかも知れない。ただ俺達が知らな いだけでさ。電車が動いている仕組みだって同じだよな・・・毎日のように乗っていたってその構造なんてほとんど知らないに等しい・・・ハハッ本当は動いてなんていなかったりしてな。」
何も知らない自分を笑う俺。
「私達が常識と思っていることなんて本当は嘘でもっと違うレベルでの摂理で世界は回っているかも知れませんものね。」
「もしかしたら、そんなもんかもな・・・」
そう言いながら車窓をボンヤリと見る。
○願い事 52 愛
「世の中には絶対的な物なんて無い…か。そうだよな…かつて絶対無とされていた真空ですら完全な無ではなかったんだもんな。」
俺は何気無く呟いた。
「確かに物理学上、絶対無は存在しないと言うのが現在の通説ですが、それすら絶対的な事実とは言えないのではないですか?」
なぜかムキになって反論する奈々。
「そうだね…奈々の言う通りだ。こんな訳のわからない空間だって存在している以上絶対無が無いとは言い切れないよな。って事はやっぱり絶対的な物は無いと言う事だよな…」
奈々を否定する事なく結ぶ。
「そんな事はありません。」
がなぜか奈々はお気に召さないようだ。
「絶対的な物は無いはお気に召さないか?そうか!死だけは絶対的か…そうすると絶対的な物は無いって言うロジックも成り立たないもんな…」
「死だって絶対的かどうかなんてわかりませんわ。肉体的な死が生命の終わりと言い切れますか?それこそ死なんて生物学的な表層的な捉え方で本質はその先にあるかもしれないし…残存エネルギーについてさっき話しになりましたけどむしろそちらのエネルギー体の方が本体かも…」
なんだ?どうしたってお気に召さないのか?
奈々は何をそんなにこだわっている?
カフェリンダに出入りしていたって言うから理系のプロフェッショナルだとばかり思い込んでいたが、本来は倫理学か神学か哲学専攻なのか?確かにカフェリンダには様々な分野の天才達が集まっていたから、なにも理系と決めつける道理はないのだが。
俺は奈々の可愛らしさの中にある整然とした雰囲気に理系のイメージを得ていた。
「奈々には参ったよ、降参だ…奈々は絶対的な物があるって言いたいんだろう?そしたらそれを教えてくれよ。」
俺はこの子に得も言われね天才的な何かを感じていた。
文系か理系かなんてカテゴリーはこの際どうでもいい。
奈々の考えが、物事の捉え方が知りたかった。
「それはね…」
奈々は一瞬間をあけそして言った。
「それはね…愛よ。」
○願い事 53 リビドー?
「愛?」
「そうです。愛です。」
さも訝しげに言う俺を不思議な物でも見るかの様にうかがう奈々。
奈々の尺度では愛が絶対的な物…か。
ちょっとびっくりだが…
面白い。
奈々の考えがもっと聴いてみたくなった。
「奈々?奈々は『愛』が絶対的な物だって言うのかい?」
「そうですけど?なにかおかしいですか?」
「いや、おかしくはないけど…愛って絶対的か?俺はむしろ絶対的な物と対極的な感じがするけどな…」
「どうしてそう思うんですか?」
小首を傾げてそう俺に問いかける奈々は至極真剣な面持ちだ。
そしてストレートに疑問をぶつてけてくる。
「なぜって…愛は壊れやすいだろう?」
「壊れる?なぜ?雅樹さんは愛を壊したのですか?」
奈々が眉間にシワを寄せる。
「いや、一般論でさ…まぁ自分自身にも心当たりがないかって言えばそんなこともないだろうけど。ともかく、好きだの嫌いだの冷めたのなんだのってとかく愛は壊れやすいだろう?」
「そんな事はありません。世の中の全ては『愛』によって創られています。」
世の中の全ては『愛』によって造られている。
そうキッパリと言い切った奈々の顔は自信と確信に満ちている。
さっきまであった眉間のシワは消え失せ晴々とした顔の奈々。
しかし俺にはどうにも合点がいかない。
「奈々?奈々の言う『愛』って『リビドー』の事か?それなら何となく俺にも理解出来るけど?」
「全ての行動の根源にリビドーがある…精神分析学の祖フロイトの学説ですね。でもそれは愛の中でもごくごく限定的な性愛でしょ?私が言っているのはもっと大局的な愛です。」
こんな可愛らしい子から性愛とはちょっぴりギョッとしたがそれは俺の願望する奈々との勝手な解離だろう。
奈々は立派な、いやいや…充分魅力を秘めた一個の女性だ。
「それは奈々の願望かい?この世の中は愛だけじゃなく憎しみや怒り…愛とは正反対の感情も溢れているよな?むしろそっちの方が多いんじゃないか?だから一向に争いは無くならない…」
「雅樹さん?憎しみや怒りも形をかえた愛ではないですか?全ての生き物は単独では決して存在し得ません。それは生物学的にだけでなく存在論としても。個が存在する事を認識出来るのは他の存在が必然なのです。その相関的な関係の中では憎しみも怒りも愛と同種の物質…と置き換えても良いくらい同質の物だと私は捉えています。元はみんな愛なのです。」
「奈々の言う事もわからないでは無いが…それってかなり極論じゃないか?」
「雅樹さんはどうしてそう考えるのですか?」
奈々の飾らない問いかけに俺はたじろぐ。
○願い事 54 天使達の疑問
「いや・・どうしてって・・」
奈々のストレートな問いかけに言葉を詰まらせる。
問いかけが単純であればあるほど明確な答えが出せなくなるものだ。
『太陽はどうして落ちてこないの?』
『死んだらどうなるの?』
『どうして嘘をついちゃいけないの?』
『どうして僕は生まれてきたの?』
『何で生きてるの?』
幼子の純粋な疑問に明確な答えが出せる大人がどれだけいるだろう。
大人達は合理的な答えで子供達を納得させようとする。
しかし多くは徒労に終わる。
なぜなら。
『どうして?』
『それはどうして?』
『どうしてそうなの?』
子供達の問いかけが続けて3度もあれば多くの大人達はアッと言う間に言葉に詰まる。
天使達の疑問は本質的には誰も理解がされていないことがほとんどだからだ。
天使達の純粋にして単純な問いかけに大人達は困惑する。
かつては自分も同じ様に純粋に疑問に思っていたはずなのに。
追い立てられる日常の中でいつしか頭の隅に追いやられ考えることすら止めてしまった本当は大切な問いかけ。
人生の目的なんて本当はその辺りの疑問を解決することに集約されるんじゃないか?
ふと、そんな思いが頭を過ぎる。
それら純粋な疑問は究極的に人間の存在を問うところに帰着すると考えたからだ。
『なぜ生きるのか』
『なぜ愛するのか』
きっと今の俺は子供の頃に見た大人達と同じ様に困惑した顔をしていることだろう。
だがこの愛おしい天使に俺の考えも伝えなければ。
奈々の愛の捉え方には正直魅力を感じている。
それを素直に受け入れることも考えたがもう少し議論を続けることでこのモヤモヤした頭がハッキリとしてより本質に近づける様な気がした。
幼い頃に置き去りにしてしまった天使の疑問を解決することが出来るかも知れない。
○願い事 55 奈々
「奈々…俺は…」
そう言いかけた途端に電車が止まり当たり前の様に扉が開く。
「雅樹さん着きましたわ。降りましょう。愛についてはまたゆっくりお話ししましょ。私達にはまだまだお互いに話すべき事は沢山あるわ…」
そう言いながら電車を降りる奈々の横顔になんとも言えない艶っぽさを感じた俺は、目を覚ますかの様に首をブルブルと振り後を追った。
降り立った駅を見回す。
奈々との話しに夢中になって気にもとめていなかったが、この路線は俺自身も毎日利用している。
この駅も降りたことすらないが毎日通過していた。
もはや遠い過去にすら感じられるがついさっきもだ…
都市部から程よく離れた閑静な住宅地。
この辺りだと快速を利用すれば都内にも小一時間で通える。
いわゆる建て売り住宅の建ち並ぶ住宅街ではなく、所々に奇抜なデザインのたたずまいがうかがえる新しい街だ。
「奈々はここに住んでたんだ~良いところだよな。しかしこの駅が最寄りだったら俺達どっかですれ違う位してたかもな!」
根拠の薄い親近感ではあったが何となくハイになってお茶らけて言う。
「そうですね…」
奈々がいかにも気に入らない顔をしてボソリと言う。
「え?なに?」
語尾がうまく聞き取れなかった俺は聞き返した。
「ええ!そうですねって言ったんです!!」
なぜか奈々の機嫌を損ねてしまった。
スタスタと先を歩く奈々を慌て追いかける。
「何を怒ってるんだよ?気に障る事言ったか?」
「別に何も気に障ってなんていませんけど?むしろもっと触ってもらいたい位ですわ!」
明らかに気に障ってんだろ…
一体何がいけなかったのやら…
それに…『むしろ触ってほしい位ですわ』って?
訳がわからなかったが、ひとまず奈々について歩く。
しばしの無言…
「奈々?」
俺は無言の空気に耐えきれなくなって奈々を呼んだ。
「何ですか!」
がやはり機嫌は治らず振り向こうともしない。
立ち止まってもう一度奈々を呼ぶ。
「奈々!」
俺は奈々の名を呼び終わると今まで歩いていた歩道に倒れ込んだ。
「だから何ですか!!」
今度は振り向いた奈々だったが、その視線を落とさなければ俺を見つける事が出来なかった。
すぐ後ろを歩いているはずの俺はそこにはいなかったのだから。
「雅樹さん!!」
歩道に倒れ込んだ俺を見つけた奈々が駆け寄ってくる足音が聞こえた。
○願い事 55 死神
「雅樹さん!どうしたの!」
奈々が必死の形相で雅樹を抱きかかえる。
その時一陣の風が二人を通り抜けた。
誰もいない街に強い風が吹き抜け辺りの風景を揺るがした。
「風!」
奈々がハッとした顔つきになり辺りを見回す。
ちょうど二人がやってきた反対方向から強い風が吹いてきた。
「いけない・・この地域がどの時間軸にあるのかを計算に入れるのをすっかり忘れていたわ・・」
暗黒の津波がやってくる前触れの強風・・・。
「雅樹さん・・まさか死神がもうここまでやってきている?」
奈々の顔色が変わる。
「雅樹さん!雅樹さん!起きて!死神がまた来る前に!雅樹さん!」
奈々が俺の頬を打つ。
「う・ん・・」
なんとか意識を取り戻した俺に奈々が言う。
「雅樹さん!暗黒の津波がやってくるわ!早くここから立ち去らなければ!」
「暗黒・・の津波?」
「そうよ!もうすぐ津波がやってくる!もう死神の一部がこちらに来ているはずです。」
「死神が?」
「そうです!たぶん雅樹さんはたった今、死神に襲われたんだと思います。でも無意識の内にかわした。だけど彼らの太刀は振り抜けた瞬間真空を作り出すみたいなのです。だから雅樹さんは一瞬意識を失った・・でも良かったあの太刀をよけてくれて、もしあの太刀に触れていたら・・。」
「どうなったんだ・・・」
「・・・今はそんな事より早く逃げましょう。雅樹さんを仕留め損なった死神が仲間を連れてもう一度ここに来る前に!彼らは考えられない高速で飛行移動することも出来ますがその場合あまりの高速度のため軌道が非常に大きくなります。雅樹さんを狙った死神は今頃遙か上空にいるはずです。ですから今の内に早く!」
フラフラとしている俺の手を引っ張り奈々が元来た駅に引き返す。
俺は死神がいるであろう遙か上空を見上げながらもつれる足に活を入れ必死に走り出した。
願い事55まで次回56から