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奈々はレディーです!きちんとお相手してください!

漆黒の津波が過ぎ去った街に戻った二人は夜の街を彷徨う。

京子のメッセージから次なる展開を模索する雅樹と奈々が異空間に迫る!

ガタン・・・

示し合わせたかの様に列車が停まり俺達は元いた駅に降り立つ。

いつもと何も変わらない様な顔をしてスーッと扉を閉めた列車の明かりがパッと消える。

どうやらこの空間の秩序である列車は俺たちと同じ場所で夜を過ごすと決めらしい。


俺達がここから逃げ去った後、漆黒の津波が街を破壊した形跡などどこにも確認でない。

時の移ろい以外、ほとんど全くと言って言い程、元のままの空間が目の前に広がる。


しかし実際は破壊された5分後の世界に替わって新たにもたらされた空間なのだ。

なぜ大いなる意志は、我々の知り得ぬところでこんな訳のわからない空間を存在せしめているのか。


そしてまたどうしてそんな異空間に俺達は招き入れられたのか?

今の俺達には何が何だかさっぱりわからないが、全くの偶然、偶発的な事象だとは思えない。

この異空間にも存在意義が必ずあって、俺達がここに来た意味もまた必ずあるはずなのだ。

およそこの世の中で起こる全ての現象のうち、全くの偶然によりもたらされるものなど無いのではないか。


日は暮れすっかり薄暗くなったが、街は相変わらずの無人だ。

そんな中、奈々と俺は寄り添うように階段を下り沈黙の街に向かった。


目覚めたばかりでまだ二人ともややボーっとした眼であてもなく歩く。

誰もいない、俺達以外で動くのは時折思い出したように吹く弱い風のみ。


風が奈々の美しい髪をなでるようにそっと揺らす。

風までもが奈々の美しさに魅入られているかのようだった。


漆黒の津波と死神を連れてくる強い風でないことにホッとする俺。

奈々と俺は漆黒の津波が行き過ぎたばかりのエリアをただ歩く。


「漆黒の津波が行ったばかりだから電力がまだ残っていますね。今夜の街は明るくてきれい・・・。」

奈々が独り言のように言う。

いつもは、と言うよりは元の世界ではあたりまえの夜の光景。

街頭もネオンも何もなかったように輝く。


「それは時空が新しく入れ替わったばかりだから電力が残存しているってことだよね?」

「その通りです雅樹さん。明るい街と雅樹さん・・・今夜は淋しくない・・・・。」


「そうだよな・・・。夜になる前に奈々とめぐり会えて俺もホッとしているよ。」

「雅樹さんも?」

奈々がきょとんとした顔で言う。


「独りでこの空間に居た時、俺はいろんなことを妄想したよ・・・。未知のウイルスが住民を死滅させたとか、生き残った住民が感染の疑いのあるよそ者を待ち伏せしてなぶり殺しにするとか・・・ウイルス感染によってゾンビ化した集団が襲いかかってくる!なんておよそ非現実的な妄想ですらリアルに俺を怯えさせたよ・・・。全くいい大人がみっともない話だよ。」

そう言いながら俺は自嘲的に笑う。


「みっともないなんてそんな事言うのは、この真の孤独を感じたことのない人です。雅樹さん?奈々は雅樹さんの気持ちがよくわかります。」


「ありがとう奈々。人に理解してもらえるっていうのはこんなにも心地よく安心できるもんなんだな。」

でもそんな気持ちになるのは、夜の街でなお一層美しさを増す奈々からの言葉であることに起因するところが大きいかな・・・なんて心の中で呟き妙に納得する俺。


街灯が奈々の端正な横顔を際立たせる。

美しい横顔だ。


「奈々はこの無人の街で独りっきりの夜を過ごしたんだよな?」

「はい。」

「怖くなかったか?」


「怖くて・・・淋しくて・・・毎晩泣いちゃいました・・・。だあれも、なあんにもいないから元の世界の夜より女の子にとっては、よっぽど安全だとわかってはいても・・・。」

ぽつりとぽつりと話す奈々の様子から静寂な夜の孤独と恐怖が伝わってくる。


「でも今日は雅樹さんがいます。」

奈々の声が急に明るくなり大きな笑顔を見せる。

奈々の笑顔は、一瞬にして薄暗い孤独な街をパッと明るくするくらい魅力的だ。


「そっか!こんなおっさんでも少しは役に立てるな!うれしいよ!」

俺は本気で誇らしくなり、異空間の孤独に怯えていたちっぽけな自分に自信を取り戻す。


「完璧な静寂、漆黒、孤独・・・・。あまりにも死のイメージに近すぎて自分が生きているのか、死んでしまったのか認識できなくなるんじゃないかって不安になるよ。もっともリアルな死を自分自身で自覚できるのかどうなのかなんてのは、今の俺には分からないけどさ・・・。」

独り言のように呟く・・・。

笑顔から一転、神妙な面持ちでうなずく奈々。


「でも、俺には奈々がいて、奈々には俺がいる。つくづく人は独りっきりでは自分自身ですら認識できないって思い知るよ。奈々がいて初めて俺と言う存在がはっきりと現実化される。」


「雅樹さんがいて、奈々を見てくれて初めて奈々の存在が実体化する。こんな極端な世界に来なければ決して味わうことができない感覚ですね。他者の存在の根本的価値ですね。」


「独りっきりでは自分自身の存在を実感することは出来ない。他の認識があって初めて物体としても思念としても自身の存在の確実性を手に入れることが出来るってことだね!」


俺達は夜の街をあてどなく歩く。

時の止まった空間でこの身を休める場所を探して。


「奈々、歩きながら聞いてほしいんだけどさ。」

「なんですか雅樹さん?」


「さっきから考えてたんだけど、電車の中で記憶とデジャブの話になったよな?奈々も俺も時々デジャブを感じるって。もしかしたらデジャブのように感じるのは、それから記憶についてやや曖昧な部分が発生するは、この空間に居る俺達の内的時間が逆行しているからじゃないかな?だから曖昧になった記憶を結果的に既視感として認識するといった感じで。」

「・・・・・・。」


奈々の表情がみるみる曇る。

「ん?奈々?どうして機嫌悪くなってるの?」

俺は奈々の顔色を伺ってややかがみ具合の姿勢になりながら歩く。


「別に機嫌悪くなんてありません!」

ってその刺々しい言い方明らかに機嫌悪いって・・・。


「あっそうか!ごめん俺は気が利かないから全然気が付かなかったよ!まだ夕飯食べてなかったよな!そう言えば俺も腹ペコだよ!」

「・・・・また奈々の事を子ども扱いする・・・。」


「え?いやいや子ども扱いなんてしてないって!ってか子供も大人もおっさんも、腹は減るだろう?」

「奈々はお腹なんて減ってません!」

「じゃあなんで怒ってるんだよ?」

「怒ってなんかいません!」


って怒ってるって完璧に!

「一体どうしたんだって、奈々?」


「もう!雅樹さんは女の子の気持ちなんて全然わかってないんだから!奈々とこんなにきれいな二人っきりの特別な街を歩いているのに、『デジャブは内的な時間の逆行の影響ではないか?』なんて考えてたんですね!!えー確かに京子ちゃんもこの空間では内的な時間が逆行している、つまり徐々に若返っているって言ってましたから雅樹さんのご推測は奈々も、『きっとその通りだわ。』って感心しましたけど、奈々と二人で歩いているのに奈々の事なんてちっとも関心持ってくれてないんですね!」


すごい剣幕だ・・・・。

全く予測不能。

まさかこんな展開になるとは・・・・。

なんだか段々ひどくなってないか?奈々の情緒?

が、女心がわからないってのは本当の事だから言い訳のしようもないな。


いや?待てよ・・・もしかして、


これも内的時間逆光の影響かも・・・。

外見的な若返りは顕著に、極端には変化がし難いはず。

そりゃそうさ!一旦作り上げられた肉体がそれとわかるくらいに変化する、例えば極短時間に身長が158㎝から100㎝に縮むなんてことは物理的にかなり困難なはず。まぁそもそも異常な空間なんだから何でもありってことも十分考えられけど。何にしても時間が逆行している以上肉体的な若返りの変化も何らかの形で必ず伴っていると考える方が自然だ。でも肉体的な変化は、精神的な変化と比較して緩いんじゃないか?と、これらの仮定のもと今の奈々を捉えると・・・もしかしてどんどん若返っていて本当に子供みたいに自制心が利かなくなってきている?

だとするとこの直情的な反応も理解できるし、対応としてはもっと幼子を扱うように接しなければならないな・・・。


「雅樹さん?」

今度は奈々が俺の顔を覗き込んで言う。

「雅樹さん今、奈々の事、小っちゃい子供を見るみたいな目で見てた・・・。」

「あ、いや・・・。」

図星を突かれて言葉を失う俺に奈々が続けて言う。


「雅樹さんはきっと、時間の内的逆行からくる影響で奈々が子供見たく精神年齢が低下して感傷的になってるって仮定を立てた・・・。でも違うんだから・・・。奈々を一人前の女性として扱ってくれなかったことに傷ついているっていう、ゲ・ン・ジ・ツ!ヲ・ミ・テ!」

奈々がことさら強調しながらもちょっとおどけた仕草で言う。

その様子に奈々の変化を読み取った俺もまた呼応する。


「ハイハイ、お嬢様ご無礼をお許し下さい。きちんとレディーとして扱わせていただきます。」

おどけて俺が言うと・・・。


「ハイは1回!」

「プッ、なんだそりゃ、奈々?爺さん先生っぽいぞ!その言い方。」

「お爺さん先生なんてひどい!奈々はレディーです!きちんとお相手してください!」


静寂に包まれた街に二人の笑い声が響く。

俺は軽く淑女の手を取り恭しくエスコートする。


街灯が、二人を闇夜から切り出すかの様に明るく灯す。

手を取り合った二人は、再び歩き出した。










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