侯爵様のお見合い結果
我ながら十八歳も年下の女性にこうも簡単に落とされるなど夢にも思わなかった。
「も、もも、申し訳っ」
「…くくっ、そうか。いや、問題ない。正直にと言ったのは私の方だからな」
流石に彼サーザンド嬢もまずいと思ったのか随分と焦りながら謝ってきた。可愛い。
サーザンド嬢の目には今も私を化物として映しているのだろうが、私は全くそれを嫌だとは思わない。そこに嫌悪も怯えも嘲笑も無く、ただ私と言う個人を映してくれているからか。
まぁ、今までが今までなので正直そうだといいな、と言う事なのだが、どっちにしろ惚れてしまったのだ、これはもう行くしかあるまい。
もしそれで上手くいかなかったとしても残念だがそれでもいいと思える。
少し晴れ晴れとした気持ちでサーザンド嬢と向かい合う。
背後にいるサルバも扉の前に控えるマーサ達からも行け行け押せ押せと言う気迫を感じる。だが、
「しかし、結婚し夫婦となれば話が変わってくるのではないか? 」
そう、私はどうしてもこれが気になるのだ。
下世話だと言うな、当然の心配だろう。
私からはもうサーザンド嬢との見合いを断る気はない。
出来ないのであれば、非常に残念だが出来ないのであれば、養子を取ることも考えねばならん。
そんな気の早い事を考えていると、
「あの、因みに侯爵様の体はどの様になられてますか?」
は?
「は? 」
「いえ、 少し侯爵様との事を想像してみようとしたのですが、体がどの様になっているのか分からず上手く想像できなかったもので」
「つまり? 」
いかん、体の事をすっかり忘れていた。
さ、流石に引かれてしまうのではないか? というか想像しようとしたのか!?
さっきまで上手くいかなくてもいい、などと格好つけた事を考えていたはずなのに少しの揺れでこの体たらく。
つい聞き返す言葉にも力が入ってしまった。
「あ、と、頭部の様に黒い毛に覆われていらっしゃるのか、覆われていないのか、です。
も、申し訳ありません」
あぁ! 怒ってないよ! 大丈夫だよ! 驚いただけだから! また顔が赤くなってる。可愛い! 内心はとても荒ぶっていたがどうにか心を落ち着かせ、サーザンド嬢に鎖骨辺りの肌を少し見せた。
「…まあ、そうだな、簡単に言うと体は完璧に人間の体だ。この魔の部分は完全に頭部だけのものだ」
ど、どうだろうか?
可笑しいだろうか、引いてしまっただろうか?
するとどうだろうサーザンド嬢の顔がさらに赤くなっていくではないか!
なんだこの男性の肌を見てしまって恥ずかしい! みたいな反応は!? 可愛い!
「そうですね、想像の範囲ではありますが、別段嫌悪感は沸き起こらなかったので大丈夫なのではと思いました」
恥ずかしがっているのを我慢して答えてくれるサーザンド嬢、可愛い。
そしてなんだ、今まさか大丈夫と言ったのか?
「それに私は初め侯爵様とお会いし叫んでしまい、怖いとは思いましたが今は大分慣れてきましてその思いも薄れてきています。
侯爵様が見た目を気にしておられるようなのでお話し致しますが、失礼ながら、もし侯爵様のその…それらがヌルヌルでしたら私も侯爵様のお言葉に甘えさせて頂きました。
しかし見た所どうやらフサフサのサラサラのようですし、なんだかとても気持ちが良さそうですし、なので大丈夫では、と。
私ヌルヌルした物が苦手なので…」
そうか、サーザンド嬢はヌルヌルが苦手なのか…。
わたしの頭部の毛がフサフサのサラサラで気持ちが良さそうなのか…。
父上、母上フサフサに産んでくれてありがとうございます。
そしてメイド達、いつもサラサラに整えてくれて感謝する。
そんな想いに浸っているとサーザンド嬢が思いもよらぬ事を「あの、もしや侯爵様は私に断って欲しいので「ハーヴェイ様!! 」」…口に出そうとしてサルバに遮られた。
あ、危ない! サルバよありがとう。
う〜む、しかしまだ誤解は解けていないはず。このままだと私に気を利かせてしまった彼女が見合いを断ってしまうぞ。それは良くない。非常に良くない。
ハーヴェイ=ランドグラッセル、今を逃せば必ず後悔する。ここが勝負だ。サルバ達も固唾を呑んで見守ってくれている。いくぞっ!
「では、貴女は私との見合いを進めてもいいと?」
「はい。侯爵様がお嫌でなければ」
嫌なわけがない。
「私と結婚してもいいと?」
「はい。侯爵様のご迷惑でなければ」
迷惑なわけがあるものか。
「私と夫婦になり、子供を産む事になってもいいと?」
「はい。それは勿論」
…これは夢か、目の前が滲んで良く見えん。
部屋の者達が一斉に沸き立つ。
「おめでとうございます! 」「奇跡が起きた」「若奥様だと…羨ましい」
口々に皆が喜びを表している。止めろ、気持ちはわかるが止めてくれ、恥ずかしいだろ。
そう言う私も大きな目から出る汗を誤魔化すのに必死なのだが。
私はまだまだ彼女の事を知らない。それはサーザンド嬢も一緒だろう。
しかし彼女となら私はきっと、ずっと良い化物でいられると思うのだ。
これが惚れた欲目というやつだろうか?
まぁ、それでもいいかと思う自分が面白い。
…そう言えば、目で思い出したが、もう一つサーザンド嬢に言っておかなければならない事があったな。
きっと私を化物として見ている彼女ならば大丈夫だろう。
「サーザンド嬢、私姿についてもう一つ教えておきたいことがあるのだが」
この時わたしは完全に浮かれていたのだ。
サルバ達に先に言っていれば、今じゃないと全力で止められたに違いない。私も止めるだろう。
「私の目だが、世間はこの大きな目が一つだけだと誤解しているが、実は私の目は一つだけではない」
サーザンド嬢はそうなんですか? とキョトンとした顔で問いかけてくる。可愛い。そうなんですよ。
「私の目は他にもこの触手の先端一本一本に――」と言いながら頭にある全ての触手を動かしサーザンド嬢へと向ける。
そして普段は閉じられているすべての目がひらか「きゃーーーーーーー!! 」れなかった。
サーザンド嬢は気を失い、この後私は鬼の如く屋敷中の者達に怒られたのは言うまでもなく。
しかしそんな気を失ったサーザンド嬢はその後、今度こそダメだと落ち込んでいた私に面会を申し込み、流石に触手についての罵倒かと思っていたのだが、「本当に驚いてしまいましたのよ、侯爵様の前で気を失ってしまったなんて恥ずかしいわ。先ずは一本ずつで慣らしていきますわ。
侯爵様、次からは慎重にお願い致しますわね」と慣らすという気合と共にふふふ、と私に微笑みかけながら可愛らしい事を言っていた。
どうやらこの見合い、母上の「お嫁さん数打ちゃ嫁ぐ作戦」は見事大成功となったようだ。
最後まで読んで頂き有難うございました。