侯爵様のお見合い準備
私の名はハーヴェイ=ランドグラッセル。
父が早々に私に家を継がせ、母を連れて別邸へと隠居したため私がランドグラッセル家の当主をしている。特に大きな問題もなく日々を仕事に没頭していたのだか、先日母が急に訪問してきてこう言い出したのだ。
「孫が見たいわ! お見合いするわよ! 」
あぁ、嵐が来た。
そして母の言葉通り、あれよあれよと見合いの準備が進み、母や昔から仕えてくれているメイドのマーサを筆頭に、あーでもないこーでもないと服装や頭部を整えられた。
意味のない事を。
私の両親は異種族間結婚で父が魔族、母が人族である。故に私はハーフであった。
それ自体はなんら問題はないのだが、問題は私のこの容姿である。
いくら異種族間が認められているとは言えど、好まれるのはやはり二足歩行型が多い。
しかし私の父親は二足歩行型とは程遠い黒い毛に覆われた触手の魔族だった。
そんな父に何をトチ狂ったか侯爵令嬢の母がベタ惚れし、父が母に愛という名の猛攻撃を受けあえなく撃沈。
母が一人娘だった為に父が婿養子になり家を継いだのだ。
見た目がアレな父だが頭も良く心も優しいからきっとそこに母も惚れたのだろう。
まぁ、そこに至るまでも祖父母と色々と一悶着があったらしいがそれは当然の事だと思う。
そしてそんな二人の間に産まれたのが私な訳だが、案の定、父の姿も見事に受け継がれたのだ……その、頭部に。
何故そこに集中してしまったのだろうか?
体は母の方を受け継ぎ人間だ。少しも魔の部分がなくただただ普通の人間の体だ。
まるで人間が被り物をしているだけのようにも見える。それでも二足歩行型な筈のこの姿、一体何が問題かと言うと、
異性に、全く好かれないのだ。
友人にはなれる。しかし恋人にはなれない。
まず魔族の女性には大体笑われる。ごめんなさいと言いながら笑われる。どうやら魔族の女性にはこの頭と体できっちりと別れたハーフ加減がツボに入るらしい。そこでもう恋愛対象外になるのだとか。
こちらもバカにされているようで面白くは無い。本人達に悪気が無い分タチが悪い。
他の種族に至ってもやはり基本は同族がよく、加えて私の所には来ない。
では同じハーフの女性ならどうかというと、同情をもらうのだ。
何故だ、そんなものはいらない。憐れみなどで共にいられてもまったく嬉しくはない。
これは私の我儘かもしれない。だが私にも男のプライドとというものがあるのだ。
そして人間の女性。
これはもう話にもならない。
叫ぶ、気を失う、逃げる。とにかく最初で躓くのだ。
よほどこの姿が恐ろしいらしい。
この邸で働くメイドの中にも人間はいるが、それは母がいる時からの者で、私を赤子の時から見ていたため慣れている。そもそも歳が……グフッ!
誰だ今脇腹を殴ったのは。全く、当主に対して遠慮がない。
はぁ、とまぁこんな風に中々良い出会いに巡り合わないまま時は過ぎ、気がつけば私はもう三十五歳になっていたため、こんな歳のいった化物に嫁ぐ物好きもいないだろうともう結婚は諦めていたのだが。
「ダメよ。諦めるなら全力を尽くしてから諦めなさい。私はまだ嫁と孫を諦めてないわ!
大丈夫、あなたの顔で年齢なんて分からないもの。
だけどこの見合いで駄目ならば母も多少は諦めるつもりよ」
う〜む、本当に諦めるのかは怪しいが、この一度の見合いで母上が満足して多少なりとも静かになると言うのなら数刻の間くらい我慢するのも悪くはないか。
「母上……分かりました。出来る限り頑張りましょう」
「ええ! そうこなくっちゃ!
まずは魔族と他種族の女性合わせて十五名とのお見合いよ!
一応ここ侯爵だし、取り敢えず同格か下の身分持ちでいくわよ!」
はっ?
「それでも駄目そうならこの際その辺の良い子ちゃんを拾ってまたお見合いをセッティングするわ! 」
「はははは、は、母上、見合いは一度で一人だけでは? 」
「そんな非効率なことしてどうするの。私は全力を尽くすと言ったでしょう?あなたの今までの女性関係が絶望的なの分かっているの?
お見合いは今回は魔族と他種族、次にハーフ、その次に人間。その都度集まってくれた女性達とお見合いするのよ! 大丈夫、陛下にはちゃんと許可を取ってあるから!
その名も、お嫁さん数打ちゃ嫁ぐ作戦よー!! 」
オホホホホ! と母上がアホみたいに笑っている。
こうなると誰も母を止められない。
せっせと用意をするマーサ率いるメイド達。お見合いの手順を確認する執事のサルバ。
あぁ、窓から澄み渡る青空が見える。お見合い日和だなぁ、と頭の触手をウネウネしながら私は意識を遠くへ飛ばしたのだった。
※
―――あれから怒涛の勢いで見合いが始まり一先ず魔族とハーフとの見合いは終わった。次は人族だ。
因みに見合いの結果だが、予想通り惨敗だった。
魔族の女性は大体皆最初こそ普通に会話していたのだが、向こうが体はどうなっているのか、と聞いてきたので正直に答えてやったら案の定噴き出したり顔を真っ赤にして堪えていたりした。
彼女ら曰く、尻尾や爪があればまだマシだったそうだ。
魔族女性の美的感覚はよく分からないことが分かった。
他種族の方に関しては、ただ単に無いらしい。ひどくないか?
ハーフの女性達は魔族、人族、獣族、竜族、巨人族など多岐に渡る種族とのハーフ達がこのお見合いに参加していた。母は一体どうやって集めてきたのだろう。
しかしやはりどうにも同情の目で見られる。何故かと問えば、ハーフはハーフなりのモテる基準という物があり私はそれに大きく外れているのだとか。
せめて目が二つあれば、と言われたが…
ふむ、皆この顔にある大きな一つ目に意識が行きがちだが実は私の目はこれ一つだけだは無いのだが…しかし彼女らが言っている目とは違う気がするのでグッと黙っていた。
そして少数の私の見た目を気にしないと言う女性は地位や財産目当ての女性達だけだった。
そんなこんなで今ではサルバやマーサ、護衛達が「尻尾の装飾を発注した方が」とか「爪伸ばして見ます? 」とか「この際地位や財産目当てでもありじゃないですか?」とか言っている。
こいつら本当に失礼だな。
全く、地位や財産に目的の結婚など私には何の得もないでは無いか。しかも彼女たちが気にしないと言うのも口だけだ。
結局は目が笑っていたり憐れんでいたりする。
それならば結婚など私はしない。
それにしても、一応最初に本意でなければ断ってもいいとは言ったがここまでこの姿が受け入れられない物なのか。誰も私の内面を見ようとはしてくれない。流石に本気で落ち込んできたぞ。
「坊ちゃん、案外結婚に夢見てますよね」と言うのはマーサだ。うるさい、それの何が悪いのだ。
私だって父と母の様な夫婦に…ゴホン! そんな事は今はどうでもいい! そんな微笑ましい顔で私を見るな! そして坊ちゃんはもう止めろといっているだろう!
ふう、全く…因みに母はあの日どうやら父には内緒でこちらへ来たらしく、用意だけして「良い知らせを待っていますよ! 」とか言って早々に帰ってしまった。
母上も自分が始めたのだから最後まで責任を持って行って欲しいものだ。
まあ、いたらいたで面倒な事になりそうなので、それで良かったかもしれないが。
…はぁ、次は人族か…絶望的だ。
一話で終わりませんでした。