後編
…………。
ち、沈黙が辛いですわ。
流石に化物だなんて直接口に出すのは淑女として、と言うか人として行けないわよね。謝らないと、謝らないと!
「も、もも、申し訳っ」
「…くくっ、そうか。いや、問題ない。正直にと言ったのは私の方だからな」
あら、侯爵様が笑ったわ! 侯爵様のあの大きな目の目元を微笑ませながら笑っているわ! そして頭の触手もサワサワと蠢いているわ。
……ちょっと可愛いのではないかしら?
「しかし、結婚し夫婦となれば話が変わってくるのではないか? 」
侯爵様が何事も無かったかの様に質問をして下さいました。
でも確かに、侯爵様の仰りたい事も分かります。そうですね、少し想像してみましょうか。
私と侯爵様が―…? あら、体がどうなってるか分からないから上手く想像できませんわ。聞いてみましょう。
「あの、因みに侯爵様の体はどの様になられてますか?」
「は? 」
「いえ、 少し侯爵様との事を想像してみようとしたのですが、体がどの様になっているのか分からず上手く想像できなかったもので」
「つまり? 」
侯爵様の声が硬く聞き返してきます。
はっ?! 私また失礼な事を!?
「あ、と、頭部の様に黒い毛に覆われていらっしゃるのか、覆われていないのか、です。
も、申し訳ありません」
あぁ、私は一体何を聞いているのでしょう! ついペロッとはしたない事を質問してしまいましたわ。
せっかく先程の顔の赤みが引いたと思いましたのにまた赤くなってしまいました。あぁ、恥ずかしい。
「…まあ、そうだな、簡単に言うと体は完璧に人間の体だ。この魔の部分は完全に頭部だけのものだ」
この通り、と侯爵様はきっちり閉じていた襟を緩め少し肌が見えるように開いて下さいました。
申し訳ございません、ありがとうございます。
私の顔がさらに赤くなるのを感じます。
それにしてもやはりお優しい方ですわ。こんな私の無礼な質問にもしっかりと答えて下さるのですもの。
せっかく侯爵様がこんな質問に答えて下さったのです。
恥ずかしがっている場合ではないわ。私も精一杯答えなければ。
「そうですね、想像の範囲ではありますが、別段嫌悪感は沸き起こらなかったので大丈夫なのではと思いました」
頭は化物で体は人、正直ただわぁすごい、という感想しかありません。むしろ少し拍子抜けしたぐらいです。
「それに私は初め侯爵様とお会いし叫んでしまい、怖いとは思いましたが今は大分慣れてきましてその思いも薄れてきています。
侯爵様が見た目を気にしておられるようなのでお話し致しますが、失礼ながら、もし侯爵様のその…それらがヌルヌルでしたら私も侯爵様のお言葉に甘えさせて頂きました。
しかし見た所どうやらフサフサのサラサラのようですし、なんだかとても気持ちが良さそうですし、なので大丈夫では、と。
私ヌルヌルした物が苦手なので…」
そういう問題なのか?という言葉が後ろから聞こえてきた気がしましたが、そう言う問題なのです。
結局は頭部が黒かろうが、髪の毛が触手であろうが目が一つであろうが口が大きかろうが私にとって侯爵様の化物の見た目で一番大事なのは質感なのです。
それに侯爵様は私などに気を使って、断りやすいように……て、あら? もしかして侯爵様は結婚したくないのでは?
だけど上手く行っている以上自分からは断れない事情があり、だから私に遠回しに断ってくれと仰っているのでは?
うーん、私は侯爵様の好みではないのかもしれないわね。
あらあら、だとしたら私、全く空気の読めない小娘ではないですか。
これは確認しなければ。
「あの、もしや侯爵様は私に断って欲しいので「ハーヴェイ様!! 」」
私が侯爵様に伺おうとしましたら執事が侯爵様のお名前を急に呼ばれました。驚きです。
質問をさせていただく瞬間も逃してしまいましたわ。
侯爵様かうぅ〜ん、と唸っております。どうされたのでしょう? 触手もウネウネと忙しなく動いていますわ。
侯爵様には失礼ですが少し面白いですわね。うふふ。
侯爵様が意を決した様に顔を上げ、私の目をみて口を開きました。
なんとなく部屋の空気も張り詰めている様な気がします。
「では、貴女は私との見合いを進めてもいいと?」
「はい。侯爵様がお嫌でなければ」
「私と結婚してもいいと?」
「はい。侯爵様のご迷惑でなければ」
「私と夫婦になり、子供を産む事になってもいいと?」
「はい。それは勿論」
やはり跡取りは必要ですもの。それに私、子供は結構好きですのよ。
と思った瞬間部屋の皆様がわぁ! と湧き、「当主様おめでとうございます! 」「ついにこの日が」「生きてるうちに見れるなんて…」と皆様一様に笑ったり泣いたりとされてます。
この喜びぶりに今までそんなにも大変だったのねと侯爵様に少しの同情と、皆様の様子に少し引きながらも侯爵様の方を見てみると、上を向きながら目を手で覆って震えておられました。
私はまだ恋や愛を経験したことがありません。
正直この先侯爵様と恋や愛が芽生えるのかも分からないので不安はあります。
それに私は侯爵様の事を割と化物として見ています。
ですが、この今回、本来断る事が出来た化物とのお見合をお受けしようと思えたのは、初めて侯爵様を拝見し、会話もして頂き多少なりと人となりを見れた事により感じたのです。
これからの人生を侯爵様と共に歩む事が嫌ではないと。
とまぁ何だかんだと偉そうな事を言ってしまいましたが、簡単に言いますとただの直感です。
侯爵様のような化物と共にあれば、何だかとても素敵な事が起こる予感がするのです。
なので侯爵様、こんな私ですがどうぞ末永く宜しくお願い致しますね。
後は補足という名の侯爵様視点です