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いつかの敗北

プロローグにあたります。読まなくても無問題。


「これが、俺に行ってもらいたいっつー世界すか?」

「左様」

「うぃっす。んじゃあまぁ、続きを見てみるとしますか」

 

 胡座を組んで向かい合う瑞々しい男と壮健な翁。二人は同時に目を開くと、真剣な面持ちで短い会話を交わした。そうしてまた、二人揃って目を閉じた。


 ――――――――――

  

 世界の全てを燃やし、生じた灰で造り直したような世界が広がっていた。

 大地のほとんどは乾いた土と岩で構成されている。そんな世界を、二人の男と一人の女が、天をく巨大な塔を目指し歩いていた。


 塔の手前で、男がクイと顎で何かを指し示す。美男子と言って何ら差し支えのない大柄な男だ。けれど、この男の美しさは、どこか恐怖を感じさせてくる。

 男の行動に女ともう一人の歳若い男は、顎で示された方向を見やる。女は溜め息を吐き、若い男は冷や汗をかいた。


 男が顎で指し示したのは、三頭の異形なけものだった。

 

 第一の獸はとら。一部を除けば何の変哲もない、通常の個体より二回り程大きいだけの虎だ。

 虎は唸り、一番始めに自分達に気付いた刀を帯びた男を凝視する。

 虎は、いつも敵を求めていた。己の力を解放すること、それが虎の喜びだからだ。

 刀の男は、今まで出会った敵と何もかもが違って見えた。

 自分達を見ても、男は反応を示さなかった。

 今までの敵は、自分達兄弟と出会い、必ず弱者の反応を見せた。怯え、恐怖し、震えていた。それが当たり前だった。だというのに、あの男は長い黒髪を風に靡かせるだけで、眉一つ動かさなかった。余裕すら、感じられた。

 ……面白い。

 虎は男に興味をそそられ、一番に敵へと駆けていった。

 

 男は、虎が自分に向かって来ていることに気づく。それでも男に怯む様子は無かった。それどころか、地を蹴り縦横無尽に走り回る虎を目で追いながら、その口は笑いを噛み殺しているかのように、歪んでいく。

 

「……虎に翼、か。まぁいい、アレの相手は俺がやる。アレが一番、楽しめそうだからな」


 男の言葉通り、迫り来る虎の背には、一対の大きな翼が生えていた。

 男は虎を誘い込むように走り、二人の前から姿を消した。


 ―――――――――― 


 第二の獸は、言うならば牛に似ていた。だが、牛に似ているのは角の生えたその顔だけ。全体を見るなら、牛というよりもえた人に似ていた。

 化物うしは女を見つけ、鼻を鳴らす。

 すごく、良い匂いがした。

 見た目もとても柔らかそうで、ここにあるいつも食べてるものなんかより、何倍も何十倍も美味しそうだった。

 化物が求めるは餌。故に化物は女を選んだ。切り揃えられ肩まで伸びた黒髪までもうまそうで、女の爪垢一つさえ残さず、食べてしまいたいと欲したからだ。

 餌を決めた化物は、一歩歩いてはいた腹を満たす為に、毛むくじゃらな手を伸ばす。いつもの餌。土や岩といった無機物を抉り取り、咀嚼するためだ。

 食べ、歩き。出しながら、化物はのろのろと女を目指す。


 一番グロテスクで巨大な獸が女に近づく。女は近づいてくる化物に対し、とことん嫌そうな顔を浮かべていた。

 いなくなった二人と相手を交換してもらいたかったが、今さらどうしようもない。女はしばらく項垂れたままだったが、自らの頬を叩くと正面から化物を見据え、自国の神に仕える服。巫女服の胸元に手を入れ、数枚の札を取り出した。

 

巨体でかいくて遅いし、あんたみたいなんは焼却が一番やな」


 そう言い、女は目の前に迫ってきた化物に対し、札を投げた。その言語は大柄の男と同じでありながら、どこかニュアンスが違っていた。

 女が投げた札は風にでも乗ったのか、ペタペタと化物の体に張り付いた。それを見届けた女が指を鳴らすと、札は炎となり、化物を覆ってしまった。

 

 ――――――――――


 第三の獸は虎と人に似ていた。正面に向かい突き出した二本の鋭い牙を除けば、顔は人そのもの。けれど身体は、赤黒いことと毛の向きを除けば、ほとんどが虎だった。

 虎の身体に人の顔だが、知性はまるで感じられなかった。

 牙で口が閉じないからだろう、口からは涎が垂れ流されている。目も狂人のように、常にギョロギョロ動いていた。

 彼を、見つけるまでは。

 青年というには少し足りない、子どもから大人になっていく最中のような少年が、怪物の視界に収まってしまった。

 瞬間、怪物の後ろから前に向かって生えている体毛が跳ね起きた。鋭く尖った三本の尾も、先端を少年に向けピタリと止まった。

 少年を見詰める怪物の姿は、まるで無数の小さな棘を集め作られた、釘のようだった。

 怪物は蹂躙することが好きだった。一方的に命を奪うことが好きだった。相手の全てを否定しているようで、堪らなかった。

 故に怪物は簡単に命を奪えるであろう、冷や汗をかいている少年を選んだのだ。


 一直線に自分へと向かってくる怪物。少年は狙われていることが分かると、敵に背を向け走り出した。

  

「ライさん! ……はもういないか。イヨさん! それじゃああとはお願いします!」


 女に後を託し、少年は逃げ出した。

 

 ――――――――――


 少年にライと呼ばれた男は、二人と十分に距離を取ったところで足を止め、鞘から刀を抜きダラリと構えを取った。

 何かを警戒していたのか。一定の距離を保ち追跡していた虎も、ライと同じく足を止めた。

 ライと獣は、人と人が決闘をするかのように、睨み合う。

 獣にしては利口だな。そんな思いを抱き、ライはただ斬りやすいだけの片手での構えを解き、正段に刀を構え直した。

 たった、それだけの隙だった。

 たったそれだけの隙の間に、虎は目にも止まらぬ速さで、ライの死角に回り込んでしまっていた。

 

「! チッ!」


 背後を取った虎の速さは、先程追いかけてきていた虎の速さとは全くの別物だった。

 油断した。ライは後悔とともに、無限の戦場を駆けてきた己の直感に従い、刀を背へ回し背骨を守るように配置した。

 翼がある以上、ある程度は飛べるだろう。その認識が甘かった。ある程度どころか、虎は走るよりも早く翼で飛翔していたのだから。

 ライの胸を後悔が埋め尽くす、すると背中に回した刃に、衝撃が走った。

 

「何ぃ!?」

  

 背後で金属同士がぶつかったような、そんな音が響いてきた。直後、ライの身体は衝撃に耐えきれず、水平に弾き飛ばされてしまっていた。


 ライは弾き飛ばされながらも、何をされたか冷静に振り返る。刀の手応え。そして耳に残る金属音は、どう考えても刀同士がぶつかり合う音だった。敵は異形とはいえ生物。その体に金属などあるはずがない。だが、ならば俺の刀を傷つけたのは、なんだ? 

 ライは宙空で欠けてしまった己の刀に視線を落とす。

 傷跡は一文字。

 爪や牙でこの傷をつけられない。ならば、あの虎の身体でこの傷跡を残せる部位は……


 ライの瞳が虎の翼を見つめる。そこで、彼の身体は背中から岸壁へと叩きつけられてしまった。

 弾き飛ばされていた数秒の時間、ライは受け身を取ることを捨て、敵への対策に時間を割いた。結果、激しく岸壁に衝突したライは、指一本動かさなくなった。


 勝鬨かちどきのように咆哮する虎の背中で、翼が鳥の羽のようにしなやかに舞う。柔軟性が高く、とても刀を欠けさせられるようには見えないが、事実。ライの刀を砕いたのは、銀色のその翼だった。

 

――――――――――

 

 化物は炎に覆われていた。

 だが、炎は少しずつ、何かに(えぐ)られるように消えていった。


「……ああ。そう来るんや……」


 炎が消えて姿を現したのは、無数の歯形を身体中に刻み込み血だらけになった、正に化物だった。

 

「燃えた皮膚ごと火ぃを食べるなんてなぁ。ほんま、気色悪いわぁ」


 化物は今だ燃えている顔を手でなぞり、鎮火した。


「うぇ~……」


 焦げて真っ黒になった化物の顔が、女を見るやいなや笑顔になる。


 化物にとって、食うこと以上に大切なことはない。痛みであろうと火であろうと、目の前のごちそうを食える喜びに比較(くら)べれば、どうでもいいことだった。

 化物は痛みを忘れ、食欲のみに突き動かされ行動する。大股で一歩を踏み出し、大地に己の足跡を刻むと、そのまま前のめりに崩れていった。

 化物は訳がわからなった。

 あとほんの少し、もう一歩進むだけで、あの美味(うま)そうな餌に手が届くというのに! 怒りの感情が芽生えようと、化物の身体は動かない。

 ……そういえば、熱かったから自分の肉を食べた時、つい食べ過ぎちゃったなぁ……

 化物はそんなことを考え、活動を停止した。


――――――――――


 少年は逃げる。なぜなら自分が弱いことを知っているからだ。

 イヨのような特殊な力は無い。ライのように戦う力も無い。有るのは自由にならない経験と、そこから来る変わった閃きだけ。戦闘において自分が出来ることなんて、逃げて敵を引き付けることぐらいだと、少年は熟知していた。

 そして、逃走それもそろそろ限界だということも。

 

 敵は異形の怪物。目に見えない速さだった虎よりマシとはいえ、このドリルのような怪物も十分に速い。むしろ直線だけならこの怪物の方が速いのでは? とさえ少年は思う。


「……来た!」


 何度目かになる怪物の突進。少年は無様に地を転がり避けるも、伸びてきた怪物の尾に触れてしまい、腕の肉を切り裂かれてしまう。  

 無傷で避けれたのは、最初の一撃だけだった。あとは今回と同じように、身体のどこかしらを切り裂かれてしまっていた。回数を重ねる度に、敵の攻撃は少年の身体を深く傷つけていく。

 敵の突撃の精度は、一回ごとに上がっていた。

 あと、何回避けれるかなぁ……

 少年は歯を食い縛り、怪物を見る。

 生物というより、兵器に近いなと少年は思った。

 毛の一本一本が針のように鋭く、触れるだけで傷つけられるなんて、そんなの生き物として破綻してる……

 少年はそう思い、思考をそこで終わらせた。走り去って行った怪物が、Uターンをして戻ってきたからだ。

 また、追いかけっこが始まった。


 少年の足は、最早限界だった。ジグザグに動く度、足の震えを押さえきれず転びそうになった。怪物と自分の間に岩を挟み、なんとか時間を稼いではいるものの、怪物との距離は縮まるばかり。

 怪物は障害物があろうと構うことなく突進する。掘削機のように岩を貫き、最短距離で少年に迫ってくるのだ。

 

 何度目か攻防。傷を負い弱っていた少年は、とうとう躱すことが出来ず、怪物に腹を貫かれ、息絶えた。

 

――――――――――

  

 人も獣も、全員が一つの攻防が終わったことを知った。

 虎は気を抜き、女は顔を曇らせた。怪物と少年が走り去った方角から、歓喜の雄叫びを聞いたからだ。

 

 終わったと、それぞれが思ってしまったが故に、誰もが対処が遅れてしまった。

 

 不意に、虎の前に影が差した。

 欠けた刀を振り上げる、そんな影が。

 虎は逃げようとしたが間に合わず、振り下ろされた刀を頭に叩きつけられてしまった。

 虎の視界に映った、振り抜かれた影の刀からは、刃が消えていた。

 それもその筈。刃は折れ、自分の頭の深い所に、埋まってしまっているのだから――


 頭をかち割られた虎は最後に、自分を殺した相手、銀髪ぎんぱつの男を称えるように見詰めてから、瞼を閉じた。


 ――――――――――

 

 イヨは、大気が澱むのを感じ取った。


「あのバカ……! 力を解放しやがった!」


 イヨは黒雲が集まっていく場所を睨み、舌打ちを鳴らす。

 キレていた。だから、気付かなかった。

 すぐそこで死んでいたはずの化物が、手を伸ばしてきていたことに。


「しまっ! んあぁぁ!! 汚らわしい、放せ化け物!!」


 身体を化物の手に包まれ、イヨは嫌悪感から悲鳴を上げた。壊さないように、けれど逃がさないように、絶妙な力加減で包んでくる化物の手は、痛みを全く感じさせなかった。

 無論、それは食べる為だ。血の一滴も、汗の一滴も唾の一つも無駄にしない為。だから、化物はこうしている間にも無駄に吐き出される唾を嫌い、女を腕ごと丸飲みにした。

 

 ズルリと、口から出てきた腕に、イヨの姿はなかった。

 それどころか、先程まで全身にあった噛み跡も、真っ黒になった火傷跡さえもなかった。まるで、イヨに燃やされたこと自体がなかったことのように、化物の身体は元に戻っていた。


 ゲップをした後、化物は黒雲が集まっていく方へと、辺りを食い散らかしながら進んでいった。


 ――――――――――


 銀髪の男。ライは折れた刀を無造作に捨て、殺気を放ってくる怪物を睨んだ。

 その怪物から突き出た二本の牙には、未だに少年の遺体が突き刺さっていた。


「貴様……!」


 黒から銀へと変わった髪のように、瞳もまた、黒から金色へと変わっていた。

 金の瞳に睨まれ、怪物は後ろあしを一歩、退がらせてしまう。

 怪物は強者つわものは嫌いだった。兄を殺したアイツは間違いなく強者だろう。だから、怪物は時間稼ぎに徹することにした。

 

 握り込み、ゴキゴキと拳を鳴らすライ。怪物にその拳を叩き込もうと飛び出した瞬間、背中に衝撃が走った。


「ガハッ!?」


 何が起きたか分からないでいるライの横から、虎の頭が現れた。

 ライは、全てを悟った。

 割った筈の虎の頭が、元に戻っているのだから。

 背中が熱かった。よく斬られるライは知っている。コレは、深く斬られた時の感覚だと。自分の顔を覗いてくる虎の頭の位置を考えるに、胴体の半分ぐらいは斬られているな、と。

 

「クソ……俺の、敗北か……」

 

 殺した筈の虎は、よくやったと自分を称えるような瞳を浮かべていた。ライは間違いなく、この虎は自分と対峙していた虎だと思った。だからこそ、納得できなかった。

 どういう仕組みで生き返ったのか? それを確かめたくて、最後の力を振り絞り、拳を高く掲げた。


 だが、その拳が振り下ろされることはなかった。


 男が動けることを知った怪物が、男の顔を貫いてしまったからだ。


 男が死んだことを告げるように、黒雲が晴れていく。

 全ての黒雲が消えると同時に、怪物の牙に重なり突き刺さっていた遺体の一つが、嘘のように消えていた。


 ――――――――――


 風にでも流されてきたのか、一枚の札が、塔の前へと落ちていく。

 札が淡い光を放つと、巫女服の女が突如として現れた。

 女は塔の真上、雲で見えない部分を睨み、一人呟く。


「もう一匹おったとはなぁ……」


 その言葉を最後に、女は光を放ち、姿を消した。

  

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