異世界は突然に
初投稿です。沢山の方に読んでいただけると嬉しいです!
「何でこんなに忙しいのに異邦人の相手なんかしなくちゃいけないんだよ!」
見たこともない光源が薄暗く光っている建物の奥で、小太りの男が長身の男性に愚痴を言っている。薄暗いのも相まって、長身の男性がどんな表情をしているかは定かではない。
「しかし、街に野放ししておく訳にもいかないもので...」
長身の男は申し訳なさそうな声ながらも、これまでの経緯について理路整然と説明している。
一通りの説明が終わったところで小太りの男が、
「とりあえず一番奥の牢屋が空いてるからそこに入れておけ!」
と乱暴な口調で言ったにも関わらず、
「ありがとうございます」
そう丁寧に言うと、長身の男性は文句一つ言わずに『俺』を奥へと連れて行く。
牢屋の前を通過する度に、薄ら笑いや凶悪な視線を感じつつ、長身の男に連れられて歩みを進めていくと、小さな小窓が付いた誰もいない小汚い牢屋の前までやってきた。
「申し訳ないが一晩だけここで過ごしてもらうことになる」
そう言いながら牢屋を開け、中に入るよう誘導している。
『俺』は牢屋の汚さに若干の抵抗をしつつ中へと入っていく。
小汚い牢屋に小綺麗な格好をした男がいるという何とも奇妙な光景の出来上がりである。
「それでは、明日の朝まで待っていてくれ」
そう言い残すと長身の男は足早に立ち去っていった。
「おーい、騎士団長に連れて来られるなんておめーさんは何をやらかしたんだ?」
そう声を掛けてきたのは向かいの牢屋にいた髭面のオッサンである。
「....」
『俺』はその質問に答えることもなく横になる。どうやら緊張が途切れて疲れが一気に襲ってきたようだ。
「おーい、シカトかよー」
そんな呑気な声は今の『俺』にはただの耳障りでしかない。
(何でこんなことになってるんだよ...)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
車通りの少なくなった夜中に、一人家を出て走り出そうとしてる若者がいる。
彼の名前は三谷 駆、都内の私立大学に通う至って普通の大学生である。身長は170 cm後半あるものの、普段あまり運動をしないためか細身である。また、視力があまりよくないため黒縁の眼鏡を普段から愛用している。最近運動不足すぎると感じてか、本日から夜中にランニングを始めるようである。だが、このいつもと違う行動がこの大学生の運命を大きく変えるのである。
□
「いやー、2 kmほど走っただけでこの疲れようは、いよいよヤバイな...」
そんな独り言を呟きながら、俺は公園のベンチで小休憩をしていた。中学生の頃は部活で野球をしていたのだが、高校・大学と部活もサークルにも入らなかったためかこの有様である。
ちなみに、もともと体力は少ない方であり、高校の時の1500 m走では、なんと7分フラットという驚異的な体力の無さであった。しかし、長距離走以外ではその見た目からは想像出来ない運動神経を発揮することがしばしばあり、男女ともに一目置いていたことを本人は気づいていない。
「初日だし、明日は朝早いから今日はこの位にして帰るかな」
そんな感じで、初日をあっさりと終わらせて帰路に着くのであった。
(そうだ、裏道を通ればかなりショートカットになるからそっち通って帰ろ。どうせ帰り道は走らないし)
そう思い、小学生の頃以来通った記憶がない裏道へと歩みを進めた。
(いや〜、昨日は馬鹿みたいに雨が降っていたから、てっきり今日は走れないかと思ってたわ〜。家に帰ったらビールでも飲んで寝よ)
そんな不健康そうなことを考えながら、街灯のほとんど無い裏道を進んでいると、
「え?」
急に体に浮遊感を感じた。正確に言うと、一段低くなっている段差に気付かずに一歩踏み出した時の様なあの嫌な感覚である。もしそうであればすぐ地面に足がつき、ホッとするのであるが、どうやら違うようだ。
「うえーーーーーーーーーぃ」
と情けない声を木霊させながら俺は穴に落っこちていったのである。
□
ドカン、ガラガラと音をたてマンホールの底に着地ならぬ落下を果たした。てっきり下水に落ちてバシャンというのを想像していたので少し拍子抜けだった。しかも、奇妙なことに先ほど歩いていた裏道よりも少し明るいのである。
それどころか、
「あれ?ここ誰の部屋?」
といきなりの光景に全く状況が把握出来なかった。そもそもマンホールに落ちたはずなのに、今俺がいるのは木でできたテーブルの上である。お尻の下にクシャクシャになった変な模様が描かれた紙があり、辺りを見てみると木箱のような物が山積みになっている。その一部は、自分が落下してきた影響からか崩れている。誰かの部屋というより物置という印象だ。
「とりあえず怪我はないか...」
と呟きながら自分の体を確認した。服装は覚えているとおりランニングに出かけた時に着ていたポロシャツと短パン。衝撃で若干ズレていたが、眼鏡も無事。その事実が、今の現状を理解するのになにも役に立たない。とりあえず拉致とかでは無いと思う。となるとワープ?そんな能力なんか持ってないはずだが...。
待てよ、穴に入って隠し部屋に行くとか有名なゲームのようだ...まさか、あの木箱みたいな箱の中にコインが入ってるとも思えないし...。とそう思いながらも、おもむろに手近の箱を手に取り開けてみる。
すると、キノコ...ではなく、
「なんだこれ?」
そこには鼻毛切りほどのサイズの剣が入っていた。それはまるで、小学生の頃に一度は欲しいと思ってしまうであろう、おみやげ屋さんとかに売っている謎の剣のキーホルダーの様である。
「...スッ」
俺は呼吸するかの如く箱の蓋を閉じ、この部屋からの脱出を試みるのであった。