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竜とリュートの異世界冒険  作者: 浅田浅彦
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7. 何をしたいの?

「なんで、また、ここなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


「うるさい」


「あてっ……すみません」


 思わず叫んだ僕の後頭部を軽く小突いたのは、動きやすそうな革の防護服にナイフ、短杖といった軽装備のアイさんだ。

 道々聞いた話だと、斥候(スカウト)を主な役割としているらしい。パーティーの先頭を行って危険を排除し、必要なら罠も張る。要は偵察だ。

 腰をかがめて、音もなくするする動き、後ろの僕たちに手信号を送って安全を知らせる様は、控えめに言っても格好よかった。

 あと、上着とぴったりしたズボンの間から時々背中が直に見えて、視線のやり場に困った。


「ここまでクモとの戦闘はなし……ガット、どう見る?」


「まぁ、十中八九待ち伏せだろうな」


 アイさんが後ろに向かって声を投げると、低くて凛々しい声が返ってくる。

この傭兵団、ブロークン・ハートのリーダーを務める、ガットさんだ。

重装備で身を固めて……って、え? 待ち伏せ?

 僕の困惑を読み取って、さらさら金髪、弓兵のトーシャさんが解説をしてくれる。


「今回私たちが殲滅しようとしているアサシンスパイダーは、通常2、3匹を1チームにして、見回りや狩りを行うんです。しかし、ここまで一度も遭遇していない。これは奇妙です」


「あの、へ、へぇ」


「他人事かよ」


「あてっ……すみません」


 再びアイさんの拳が僕の頭部を襲った。ていうか、アイさん、殴りすぎ……。


「っく、くくくくくく」


 そして黒装束の男――ババ、という名前らしい――は、ずっと気味の悪い笑い声を上げ続けている。なんなんだこの人。変態か? 変態っぽい。いや、ぽいと言うより、変態だ。


「なんにせよ、入ってみないことには始まらないな」


「ですね」


「ただ、アサシンスパイダーは賢い。襲撃を察知していることも含めると、今回のは特に頭がいいと見て間違いない。用心は必要だろう」


「あ、あの、やっぱり、この中に行くんですか?」


 当たり前のように洞窟に突入する流れで話を進めるガットさんとトーシャさんに、たまらず僕は声をかけた。


「ここまで来て他に何があんだよ?」


 うんざりしたように言うアイさんに、反射的に謝りそうになったが、ぐっとこらえる。


「いや、だって、あのクモたちすっごいでかかったし、しかも罠まで張ってるかもしれないんだったら、無暗に突撃しない方が……」


「あんなぁ、これ以上こっちに戦力が増える予定はないんだ。あの貧乏な村じゃ、せいぜい私たち1パーティーを雇うぐらいが関の山だ。今ここで尻尾巻いて逃げ帰っても、なんもいいことないだろ」


 僕はふるふる、と首を横に振った。脳裏に一昨日の逃走劇がよみがえる。毛むくじゃらの巨大な脚、大きいのに俊敏な身のこなし。正直、ぞっとして足がすくむ。

 ち、とアイさんが舌打ちをした。


「ガット、こいつ、置いてこう」


「え、だけど」


「ただびびってるだけで魔法も戦技も使えないガキなんて足手まといだ。いや、それどころか、下手したらあたしたちの命取りだ」


 あからさまに、僕を蔑むアイさんの視線。かっと、頭が熱くなりかけたが、すぐに冷めていく。アイさんの言う通りだ。

 自分に何かができると分かっていれば違うのだろうが、僕は現状無能で、びびりで、役立たずだ。


「そうだな、確かに危険かも……リュート殿、申し訳ないが、ここに残っていてもらえますか?」


 ガットさんの申し訳なさそうな声がして、増々身の縮こまる思いだった。顔を上げられない。


「中で何かありそうだったら、リュート殿は私たちに構わず、逃げてください。村までの道は分かりますね?」


 視線を落としたままこくり、と頷くと、ガットさんがため息をついた。失望の念が込められている気がした。


「それでは」


 忍者装束のババさんは相変わらず気味の悪い笑い声を上げ続けている。

 嘲笑われているような気がして、僕は結局、松明の明かりが見えなくなるまで、顔を上げることができなかった。


***


 ただ待つ、というのもそれはそれでつらい。

 せめて、どれくらい時間がかかりそうか、くらい聞いておくんだったなぁ。そんなことを考えながら、僕は岩壁に開いた穴の脇に安座していた。

 ガットさんたち、ブロークン・ハーツが洞窟に突入してからどれくらい時間が経ったろうか。15分くらいだろうか。この洞窟どんだけ深いんだよ。中からは物音もしない。

僕は既にこの“待つ”という行為に倦み始めていた。

 じゃあ、やっぱりガットさんたちに付いていくべきだったのか? 誰に問われたわけでもないのに、僕はふるふると首を横に振った。

 付いていったとして、僕に何ができる? 一昨日のトラウマも消えていない。死ぬかもしれない。そう思うと背筋が凍る。むしゃむしゃ喰われたりとか……考えただけでちびりそうだ。

 村長は僕にも何かしらの特殊能力が宿っているはずだ、と言っていたが、どんな能力かわからなければ使いようがない。

 そもそも僕なんかにそんなものが本当に宿っているのだろうか? 本当はただの記憶喪失とか錯乱とか、そんな状態で森に放り出されていただけではないのか?

 そうだとしたら、ブロークン・ハーツに付いていったところで、邪魔になるだけだ。

 アイさんの言う通り、足を引っ張るだけではすまないかもしれない。

 彼女の軽蔑しきった視線を思い出した。


「しょうがないじゃないか」


 誰にともなく言い訳をした時だった。

 前方の草むらがガサガサ、と音を立てて動いた。弾かれたように立ち上がる。

 油断していた。外なら安全だと思い込んでいた。外に出ていたアサシンスパイダーが帰ってきたとか? 

 それならやばい、どうしよう? いや、迷っていないでどこかに隠れないと。でもどこに?

 決断する前にそれは、草の間からにゅ、っと顔を出した。


「うわぁ!? ……ってお前か」


 くわぁ、と可愛い声を上げるその生き物は、アサシンスパイダーではなかった。


「びっくりしたぁ。驚かすなよ、レド」


 頭を90度回転させてみせる姿はやはりかわいい。首の周りのとげとげ。トカゲのような姿だが、体表がマグマもかくや、という程赤い。一昨日僕になついてくれた、あの生き物だった。

 レド、と名付けた個体と同一かは分からないが、何となく、レドである気がした。

 するする、と這って近づいてくる真っ赤なそいつを、僕は抱き上げて肩の上に乗せた。

 首の下を優しく掻いてやると、レドは気持ちよさそうに喉を鳴らす。


「また会えたな、嬉しいよ、レド」


『また会えたね、リュート。こんなところでどうしたんだい? この前連れてきたときは怒っていたじゃないか』


「て、天の声さん!?」


 再会はレドとだけではなかった。PTA(ポンコツ・ティーチング・アシスタント)の天の声さんが聞こえて僕は仰天する。見捨てたんじゃなかったんだ。


「見捨ててくれてよかったのに……」


『うん? 何か言ったかい?』


「い、いや、何でも?」


 僕は慌てて脳内にある本音の元栓を閉める。

 何を隠そう、一昨日僕をこの洞窟に案内して、巨大グモのトラウマを植え付けてくださいやがったのが、この天の声さんだ。


“村に案内しろ、と言われたからクモの村に案内してみました、てへッ♡”


 というのが彼(?)の言い分らしい。とにかくポンコツなのだ。


「今更出てきて何の用ですか?」


『なんかひどい言われようだね。せっかく耳寄りな情報を教えてあげようと思ったのに』


「なんか、聞きたくないですけど、聞くだけ聞きます」


『おっきなアサシンスパイダーがそろそろここに来るよ』


「へー、それは耳より耳よ(棒)……、って、え?」


『あんな大きいの、僕見たことないよ。適当に逃げてきたらたまたま君がここにいたってわけ。そっかぁ、この穴を目指してたんだな』


「言ってる場合ですか!」


 僕は今度こそ迷わず洞窟そばの木々の中に飛び込んだ。

 心臓がうるさい。そして、レド、尻尾で頭叩くのやめてくれ。

 果たして間もなく、そいつはレドが出てきた辺りから姿を現した。

 で、でかい! いや、でかいなんてもんじゃない! 体高が僕より大きい。170センチはあるだろう。しかも脚を曲げている状態で、だ。

 ぴんと伸ばしたらどれくらいになるだろう、考えるだに恐ろしい。

 やばいってやばいってやばいって。心臓が増々大きく脈打つ。あいつに聞こえないだろうか。無駄だとはわかりつつも僕は胸の真ん中あたりを両手で抑え付けた。鎮まれ鎮まれ。

 そいつは僕たちに気が付くことなく洞窟へと入っていった。

 その姿が見えなくなっても、僕はしばらく動かず、じっとしていた。

5分ほどたったろうか。ふー、っと僕は息を吐いた。窒息しそうだ。知らぬ間に息を止めていたらしい。


「行ったかな?」


『多分ね』


 僕は恐る恐る、洞窟に近付いてのぞき込んだ。

その瞬間、やつがぐわっと飛び出して襲い掛かってくる、なんてことはなかった。洞窟は、少なくとも入り口は静けさを取り戻している。


「ガットさんたち、やばいんじゃ……」


 自分が安全だと分かってから、ようやくそれに思い至った。自分本位で恥ずかしいが、さっきはそれどころじゃなかった。


『うん? 誰だい? そのバットって』


「ガットね。一緒に来た傭兵の人たち、アサシンスパイダーを退治しに来たんだ」


『うーん、それはやばいかもね』


 そうだ、やばい。あんなに巨大なのもいるって知ってるのかな、ガットさんたち? 知ってたとしても後ろから襲われたらアウトなんじゃないかな?

 どうしよう、どうする? 助け。そうだ助けを呼ぶんだ。でも誰が? 誰が助けに来てくれる?


“こっちに戦力が増える予定はない”


 アイさんはそう言っていた。


“私たちに構わず、逃げてください”


 ガットさんはそう言った。やはり逃げるべきだ、そうしよう。

 でも、でもガットさんたちはどうなるんだ? 今逃げるってことは見捨てるってことになるんじゃ?

 でも僕が仮にあの巨大に輪をかけて巨大な巨大グモを追いかけたとして、何になるんだ?


『行かないのかい?』


 思考が堂々巡りを始めた時に、天の声さんが語りかけてきた。


「……行くって? この中に?」


『うん』


「……行って、何をすればいいんだよ」


『よくわかんないけど、仲間がこの中にいるんじゃないのかい?』


「仲間?」


『違うのかい?』


「うん、いや、まぁ、そうかも。でも」


『なら助けに行かないと』


「でも」


『でも、なんだい?』


「まだ会ったばかりだし、僕、何もできないし」


『そっかぁ、なら見捨てて逃げた方がいいね』


「え?」


 思わず空を見上げた。


「逃げて、逃げていいの?」


『だってそこまで仲良くないんだろ? 命をかけるのはもったいないじゃないか』


「いや、そうだけど、でも」


『でも、何だい?』


 でも、なんだろう? 僕は迷っている。ということは助けに行きたい、という気持ちがあるってことだ。じゃ、助けに行くのか? 

 突然。胸の奥の方。覚えてもいないはずの遠い記憶が鮮烈によみがえった気がした。

気がしただけだ。掴もうとしたそれは、しかし、するすると逃げて行ってしまった。


「助けれるもんなら、助けたいよ」


 絞り出した声は震えていた。そしてつづけた言葉は消え入るようだった。


「でも、僕には何もできない。だから、無理だよ」


『……ボク、親の事大嫌いなんだ。説教臭くてね』


 天の声にも親がいるんだ。神様にも父親とか母親とかがいることもあるし、そんな感じかな。

 何となく背中に翼の生えた赤ちゃんと慈しむ母親の図を思い浮かべて、思わず、頬が緩んでしまった。少し天の声さんに親しみが涌く。

 僕の沈黙を続きの催促だと思ったのか、天の声さんは続ける。


『ボクにああしろ、こうしろ、こうあるべきだって、うるさくて、ほとんど覚えてないし、そもそも聞く気もなかったけど、たまにいいこと言うんだよ。

 その中で、数少ない親のいい発言の中で、ボクが大好きな言葉があるんだけどね』


 ここで天の声さんは、一度息を吸うように、ためを作った。


『“何ができるか、できないか”も大事。だけど“自分が何をしたいか”はもっと大事』


「何を、したいか」


『リュートは何をしたいの? ちなみにボクは今、猛烈におしっこしたい』


「最後の一言で台無しだよ!?」


 突っ込みはしたが、天の声さんのおかげで僕の意思は固まっていた。ポンコツのくせに、と思わなくもないが、でも。


「ありがと」


『どういたしまして』


 少しでも、助けたい、という気持ちがあるならそれでいいじゃないか。

 何もできないかもしれない。だけど、助けを呼びに村に戻ったところで、ガットさんたちは死んじゃうだろう。それだったら、僕が助けに入って行って失敗しても同じことだ。

 僕が死ぬか死なないか。その違いだ。

 死なない方を選ぶべきかもしれないけど、僕は何とかしたい、と思っている。この気持ちを抑え込んで、今ここで逃げてしまえば、多分僕は後悔する。

 レドを肩から降ろそうとしたが、肩やら背中やらを逃げ回って捕まってくれない。


「お前も来てくれるのか? ってうわ、レド、お前!」


 返事はおしっこだった。生温かい液体が鎖帷子を貫通して肌着を濡らした。

 怒って投げ捨ててしまおうかと思ったが思いとどまって苦笑いするにとどめた。生理現象だし仕方ないか。

 全く、ちびりたいのはこっちだっての。


「しっかりつかまってろよ、レド」


 言葉が通じるはずもないが、レドは一度頭を傾げると、しっかりと首に尻尾を巻き付けてきた。

 その様子に満足して、僕は震える息を思いっきり吸い込んで深呼吸をした。

 そして、真っ暗な洞窟に向かって一歩足を前に出した。

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