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竜とリュートの異世界冒険  作者: 浅田浅彦
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6.幕間.フィツヘルベルド騎馬隊

 前方に大きな森林が見えてきた。その者たちが騎乗の身となっておよそ4日間、ようやく見えてきた風景は、訓練で何度も目にしたものであった。

 軽甲冑に身を包み馬を走らせるのは、アマレ帝国の中でも随一の精強さを誇るフィツヘルベルド家専属軽騎馬隊、通称フィツ騎馬隊だ。騎手が掲げる隊旗には、不吉な頭蓋骨の上に銀糸で縫い込まれた双剣がクロスする様が描かれていた。


「大隊長、ここで一度行軍を停止するべきかと」


 ひと際大きな馬に乗る男が先頭を行く馬に追いついて、馬上の人物に声をかけた。この騎馬隊で大隊長補佐の任を受けているアランという男だった。操る馬もさることながら、アラン自身もかなりの巨躯である。


「……何故?」


 それに対してよく通る若々しい声で短く答えたのは、他ならぬ大隊長その人だ。

 甲冑は他の者と同じく急所を最低限保護する簡素なものだが、淡い緑色の光沢を放つ金属で作られたそれは、一目で高価なものと分かる。その下にはしっかりとした作りの鎖帷子が覗く。

 アランに並ばれるとその細いシルエットが際立つが、その人物には見る者が見ればわかる、傑物独特の雰囲気が備わっていた。

 そのオーラに気圧されることなく、アランも淡々と質問に応じる。


「戦の準備をここで整えるべきです」


「装備は1時間前に点検させた」


 フィツ騎馬隊は大隊長の突然の命令で1時間前に食事と装備の点検をさせられていた。

 そして常足で行軍していた騎馬隊は、休憩以降は速足での行軍に切り替えていた。

 装備や食糧、秣を積んだ輜重が付いてこれるぎりぎりの速度。これもまた大隊長の命令だった。

 目的地のナメプ村に急ぎ到着しなければならない理由はないはずだ、と騎馬隊の誰もが理解していたが、誰も苦言を申し立てない。

 戦闘の見込まれない任務中に突然訓練を始めたりするのはいつものことであるし、何より皆大隊長の気まぐれな性格を知っているからだ。

 大隊長は首を傾げる。補佐のアランは無慈悲な男ではないが、部下や馬に甘い男でもなかった。

 4日間の長い行軍の果てであるとはいえ、休憩したばかりの部下たちに再度の休息が必要であると考えたわけではないはずだ。そんなやわな鍛え方はしていない。

 加えて言うならアランは馬鹿でもない。それどころかよく気が回る方だ。何か考えがあっての具申なのだろう。

 大隊長は無言で補佐に先を促した。


「宝剣を装備する許可を」


「……あれは好きじゃない」


 声に不機嫌さをにじませる大隊長に、しかしアランは押し負けなかった。


「すぐに戦闘があるとお考えなんでしょう?」


 大隊長は答えなかったが、その右腕を5年にわたって務めている彼にはその沈黙で充分だった。

 他の部下が粛々と命令に従うのみであったのに対して、アランは、己が主人の発する気配がいつもと違うことを敏感に察していた。


「戦闘があるとすれば、相手はアサシンスパイダーです。万が一の備えはしておいて損はありません」


「わかった」


 そこまで読み、考えられての進言であれば無視はできない。大隊長は右手を上げて進軍停止の合図を出した。アランが大声で進軍停止の号令を出す。

 足を緩めた馬から飛び降り、大隊長は10名を選んで宝剣と呼ばれる魔法剣を装備させた。

 常にはない指示だけに、流石に部隊全体に緊張が走る。アランはこういった引き締めの効果も狙ったのだ、と大隊長は1人納得した。

 前方を見やれば先ほどよりも大きく見える森林と、それに続く遠くの山々が目に映る。

 一見穏やかに見えるその景色の中に、常人が感じえない戦いの気配を確かに感じた大隊長は、彼女(・・)は目を閉じる。嘶き、金属音、そして熱気。甲冑の中から燃え上がるその熱気は乗馬によるものだけではなかった。

 身体の内側から込み上げるその高揚感から解き放たれたのは、アランが準備完了を報告してきた瞬間だった。

 鎧と同じく薄い緑の光沢を放つ兜を再び目深にかぶり、馬に飛び乗る。

 そして彼女は愛馬の腹を軽く絞めるのと同時に小さく、しかし全体に通る声で号令を出した。


「進軍開始」


 一番に走り出したのは彼女の馬だった。


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