4.恐らく『勇者』
「てやー!!」
僕は剣を振るっていた。ギャラリーが息を飲むのが伝わってくる。
「うおりゃー!!」
振る、振る、振り回す。僕のその姿に驚き、白目をむいている人もいる。
「えぇい! ……ふぐ!? あ、あれ?」
突然肩に衝撃が走り、身体に急制動がかかる。見れば目の前の木でできた人形に中途半端に剣が食い込んでいる。
「ふんぐぅ~~~! ぬ~け~な~いぃ! はいあぁぁぁぁ!」
左右前後。どんな風に腕に力を入れても、古びた質素な剣は微動だにしない。顔を真っ赤にして剣の握りと格闘しながら思う。僕はなんでこんなことをしているのか。
***
遡ること1時間ほど前。
「これを付ければいいんですか?」
「~~~」
お風呂場で女中のシエラさんにたっぷり可愛がられた僕は、干からびたミミズみたいにくたびれて、テーブルの上に上半身を投げ出していたのだが、村長たちが入ってきたので身を起こした。
ちなみに衣服は村長さんと同じ麻っぽい質感の上着に革のズボンに着替えている。シエラさんが用意してくれた。シエラさん自身も乾いた服に着替えている。
休息していた僕に差し出されたのは、銀の輝きを持つ不思議な形の冠だった。冠というよりは、カチューシャに近いかもしれない。
村長の給仕をしていたメガネの女中さんがうやうやしく掲げているところを見ると、相当な貴重品なのだろう。村長が後ろで、被るようにジェスチャーで示している。
詳しくは思い出せないが、若い和尚さんが相棒のお猿さんを折檻するために使っていたものに似ている気がして、気が進まない。
しかし、振り向いた先、背後に控えていたシエラさんが頷くのを見て決心が固まった。慎重に受け取って、頭の上からその美しい光沢を放つ冠を装着する。
「っ!! 痛い!」
被った直後に頭の芯まで突き刺さるような感覚が走った。その鋭い痛みはおでこや、頭の中心、右耳付近、左耳、後頭部を順繰りに素早く駆け巡る。
しかし、外そうかと思って手を頭に伸ばす頃には、余韻だけ残して静かに消えていってしまった。
「これ、一体何なんですか?」
口を開いたときに違和感はあった。まるで知らず知らずのうちに知らない言語を口走ってしまったような、脳が口に向けて勝手な命令を出してしまったような、そんな感じ。
困惑する僕を尻目に、村長やシエラさんたちは驚きに顔を染め、次には喜色満面でお互いの顔を見合わせた。
村長が僕に話しかけてくる。
「リュート殿、我々の言葉はわかりますか?」
「えぇ、まぁ。ってあれ?」
さっきまでちっとも理解できなかった村長さんたちの言葉が意味を失わず脳内に届き、僕は驚いた。
成功ね! まさか本当に効力を発揮するとは。小声で言葉を交わし合うシエラさんたち女性陣。やはり何を言ってるのかはすんなり理解できた。
この冠のおかげなのか。そう思って冠に触れてみると、察したように村長さんが説明をしてくれた。
「それはウィズマン・クラウンというマジックアイテムです。被るとあらゆる言語を理解し、話せるようになるという代物なのですが、いやはやうまくいって本当に良かった」
「ま、マジックアイテム……」
こんなご老人がさも当たり前のように魔法を肯定するような発言をするのだ。いよいよ本格的に異世界だな。
驚きはしたが、恐怖はあまり感じない。魔法が有ろうが無かろうが、故郷である日本以外の国に放り出された方が何倍も怖い。
「自己紹介が遅れました。私はこのナメプ村の村長を務めております、カダと申します。そこのシエラからお名前は伺っておりますが、リュート殿、で間違いありませんか?」
「あ、はい。竜登です。牧島竜登と言います」
「お前たちも挨拶を」
「エミリです」
「シエラです、って知ってますよね?」
村長に促されメガネの女性と、いつの間にか村長の隣に移動していたシエラさんが短く自己紹介をしてくる。僕はおずおずと頭を下げた。
エミリさんは『知的という字が人間になったらこんな感じ』という感じの美人だ。
メガネが素晴らしくグッド(*´ω`)b
「それで、まず初めに再確認したいのですが、あなたはどこからいらっしゃったのですか? できるだけ詳しくお聞かせ願いたい」
「えぇっと……」
僕は緊張しながら、慎重に言葉を頭の中で整理する。たどたどしい説明しかできないのをもどかしく思ったが、村長たちは辛抱強く聞いてくれた。
次は僕が質問をするターンだった。ここはどこの国のなんという地方なのか。
アマレ帝国の北方に位置するエゾフと呼ばれる地方である、というのがその答えだった。聞き覚えはない。地球上にあるどこか、という線も捨てきれないが、僕は確信に至った。ここは恐らく地球ではない。
次に村長たちが聞いてきたのは、この村まで至った経路と経緯だった。経路の方はよく覚えていないが、僕はできる限りわかりやすくここまでの出来事を述べた。
少し迷ったが、途中まで案内をしてくれた『見えざる声』についても言及する。村長たちは気味悪がるわけでもなく、黙って聞いてくれた。
巨大クモの巣窟に連れていかれた、というところに差し掛かった時だった。皺と区別がつかないほどに細い村長の目が、うっすらと見開かれて眼光を放った。
「……やはり、あなたが目を覚ましたのは、エゾフの森で間違いないでしょう」
「そう言えば天の声さんもそんなこと言ってた気が」
「ふむ」
やはりマナ様のお声を聞けるのか? 村長が小さくつぶやくと、シエラさんやエミリさんが目を見張った。
エミリさんがメガネを親指で持ち上げる。おぉ。その仕草、何気に初めて見た。流石異世界。
「帝家と同じ能力をお持ちということですか? カダ様」
「いや、まだわからん」
「……メガネ、グッド」
「リュート殿、済みませぬ。何かおっしゃいましたか?」
「い、いや、何でもないです。ええと、あの、ていけ? って、なんですか?」
「ああ、いえ、こちらの話です。まだ確たることは何も言えないのでお気になさらず」
「え、あの、はい」
お茶を濁されたようで気にかかったが、それ以上は何も話してくれなさそうだったので、僕も深く追求しないことにした。
ここで村長は目を閉じて、ふー、と長い息を吐いた。何かを黙考している様な間を置いて、それから言葉を選ぶようにぽつぽつと語り始めた。
「リュート殿、時折、私たちの世界には『勇者』と呼ばれる者が現れることがあります」
僕は息を詰めた。昨日村長が口走っていた勇者、という単語は聞き間違いではなかったのだ。ここからが重要だ。僕は一言も聞き漏らすまいと、村長の口元に意識を集中させた。
「彼らは異世界からの迷い子とも、大女神マナ様がお創りになり、遣わした救世主とも言われています。
彼らは一人一人それぞれ特異な才能を持ち、時代時代の節目に現れ、この世界に革新的な変化をもたらしてきました。
時代の節目に現れるというよりは、彼らが時代の節目を作ったと言えるかもしれません。
リュート殿、突然こんなことを言われて驚くかもしれませんが」
村長が再び目を開いた。
「あなたも、彼らと同質の存在、恐らく『勇者』です」
「……まじかよっしゃグッドデベロップメント!」
「あの、リュート殿?」
「あ、すみません」
なんか絵にかいたような異世界展開に思わずガッツポーズが出てしまった。落ち着け静まれ鎮まれ僕。
少し気まずい沈黙が流れる。破ったのは僕だった。落ち着いて考えたら不安になってきたのだ。その不安と表裏一体の疑問を口にする。
「でも、僕なんかが本当にそんな、おもしろかっこい……じゃなくて特別な存在なんでしょうか? 特段、何かの才能に目覚めたっていう実感もありませんし」
「『勇者』と一口に言っても、持つ力は千差万別です。
どんな相手もなぎ倒す力や、膨大な魔力を使いこなす『勇者』もいれば、特定の戦技や魔法にのみ長けた者、局所的に有用な技術を持った者、すぐにはっきりとした能力を特定できない者も居りました。
ただ共通して言えるのが、人のあまり立ち入らないようなところで目覚めるということ、不思議な服装をしていること、そして目覚めるまでの記憶が曖昧ということです」
「記憶が曖昧……」
「えぇ、そうです。記憶が混乱したままエゾフの森で目覚めたというあなたの状況、乱心していらっしゃる様子もないのに姿なき声に導かれたというお話、加えて異国のものとも思えない元の身なり。
これらを考えるにあなたは『勇者』という特別な役割を与えられた存在である可能性が非常に高い」
「つ、つまり僕にも何か特技みたいなのが?」
「えぇ、恐らく。多分、聞こえてきたという声に何か関係が」
「よっしゃ増々グッドな展開!!」
「リュート殿?」
「あ、すみません。そ、それで、それで! その力っていうのを知るにはどうしたらいいんですか?」
そう! そこが大事! 特大魔法? どんな武器でも使いこなせたり? 実感していないだけで滅茶苦茶に頭が良くなってたり? いやいや、僕にしか使えない聖剣とか魔剣がこの世界には(以下割愛)。
何故だかこういう展開をすごくたくさん知ってる気がするけど、いざ自分がその立場になったら全然違う!
『特殊能力』って言葉の響きが素晴らしい。超わくわくする! 僕、やっぱり男の子だったんだ!
村長が柔和な笑みを浮かべる。
「それでは、外に出て色々と試してみましょうか」
***
そして今に至る。古い両刃の剣を渡されてとりあえず振ってみろ、ということだった。本物の剣を初めて手にして興奮したのも束の間、すぐに厳しい現実に行き当たった。剣を振り回していても何かに目覚めるような気配はない、それどころか。
「ふんぐぅーーーーー、ぬーけーなーいー!」
剣に振り回された挙句、標的の木の人形に剣を奪われてしまう有様である。集まっている村人たちが、見ていられないと目を覆う。斧を担いで仕事に戻って行く様子の人もいた。
「ちょっと貸してくれませんか、リュートくん?」
焦って奇声を上げる僕に後ろから声をかける女性は、給仕やお風呂の“お世話”をしてくれたシエラさんだ。
「え? あの、はい」
「よいしょ」
よいしょ、って言葉、可愛い女の人が言うと全然おばさんっぽくないな。なんてどうでもいい感想を抱いて感心していた僕は、次の瞬間、震撼した。
「戦技、“切”!!」
柄を握ったシエラさんの両手が薄く赤い光を放ち古びた剣に伝播した、そう思った直後、すぅっと剣が斜めにスライドして木の人形が切断された。
なんかこう、え? 物理的にそれが当たり前ですけど何か? みたいな感じ。
剣から光が消えるまでの間、振りぬいたままの格好いい姿勢で固まっていたシエラさんが振り返ると、周りのやじ馬たちが歓声だの指笛だの拍手だのを飛ばす。
照れたようにほっぺを掻きながら彼女が僕に剣の柄を差し出してくる。あんぐり口を開けたまま、受け取ったその剣は、女の人が持つにはどう考えても重すぎた。どうにか言葉を絞り出す。
「あ、あの、今のは?」
「戦技、って言うんです。今使ったのは刃物を一時的に鋭くするついでに身体能力をちょっとだけ上げる技です」
「もしかして、シエラさん、結構お強いです?」
「強くないですよ~。村長の護衛も兼ねてるので少しだけ鍛えているだけです。それを言ったらエミリの方がよっぽど」
え。
思わず振り返ると、エミリさんがメガネを親指で押し上げて見せた。
やばい、さっきまでと全然違う仕草に見える! 怖いんですけど! メガネで美人で知的でおまけに戦闘ができるお手伝いとか異世界半端ない!
ていうか、こんな小さな村の長が戦闘メイドを2人も侍らせているって、どうなの? これが常識なの? それともみんなシエラさんくらいのことはできたり?
もしかしてもしかしなくても僕、激弱なんじゃ……?
ふと、森の方を見ると、斧を持った上半身裸の男たちが、リズムよくその大きな得物を打ち下ろして木を伐採していた。みんなすべからく強そうだ。農作業をやっているただのおじさん、という感じはしない。
「あ、で、でも、そこら辺の女の子よりは強いですよ!」
「そ、そうですよね!」
「それにリュートくんも何か使えるかもしれないですし」
目に見えて落ち込んだ僕を気遣ってシエラさんがフォローを入れてくる。気を取り直した僕は建設的な質問をすることにした。
「その戦技? ってどうすれば使えるんですか?」
「うーん、詳しいことは分かんないんですよね。魔物を倒して修行してた時期にできるようになったんですけど、いつの間にかできるようになってて」
お、重要情報。
ごめんなさい、と恐縮するシエラさんをよそに僕は彼女の言葉から思考を巡らせる。
まずこの世界、魔物いるんだ。まぁこれはPTAナビに案内された洞窟で巨大なクモに追いかけられた時点でちょっと察してた。
もう1つ。確定じゃないけど、魔物を倒すと強くなれるらしい。RPGみたいなレベルアップがあるのかな? RPGが何かは思い出せないけど、概念は何となく理解できる。
んで、さっきの“戦技”とかいうのも、魔物を倒して強くなったから習得できた、みたいな?
「シエラさん、レベルアップってわかります?」
「レベルアップ? って何かが上達したりすることですか?」
「まぁ、そういう意味ではあるんですけど……。あの、例えば貧弱だった人が魔物を倒してたら見違えた、みたいな話はありませんか?」
「えっと、まぁ、魔物を倒すことを生業にしている傭兵さんたちは強い方ばかりですけど。そもそも貧弱なひとは魔物と戦おうなんて思わないんじゃないかと」
「それもそうですね」
「あ、でも、やっぱり実戦を経験すると違いますよ? 独りで体を動かす訓練するのとは雲泥の差でした」
強くなった人がただ単に実戦で鍛えられているのか、レベルアップみたいな超常的なパワーアップが存在しているのかはわからない、ということだ。
だが、希望的観測を否定する話があったわけでもない。これから特技みたいなものが開花する可能性が僕の脳内に重要事項として残った。
「リュートくん?」
「あ、すみません」
「もしよろしければ、コツを教えましょうか? 戦技」
「え?」
脳内に、戦技を習得した自分がシエラさんに褒められるシーンが急浮上した。
シエラさんは何を勘違いしたか、固まっている僕を見て目を伏せる。
「あ、いえ、女に教えられるなんて嫌ですよね。ごめんなs……」
「是非に!」
「え? えっと?」
「是非にお願いします! よろしくお願いします!! 今すぐお願いします!!!」
食い気味な僕に引き気味のシエラさんだが、仕方ないというものだろう。美少女お手伝いさんと特訓とか、そんな展開オタクじゃなくてもぶひぶひ言うって。
さっきのお風呂はどうなんだよ、という脳内ボイスを全力で無視して、ついでに風呂場での記憶を脳内ダストボックスに入れる。
だって、あれは違うもん。僕の意思に関係なく生理現象がおきただけだもん。僕は悪くないし、あんなの青春じゃない。あいつが勝手にやりました。むしろ恥ずかしかった僕が被害者。
「えっと、じゃ、がんばりましょう!」
「はい!」
「まず、イメージとしては……」
僕は目を輝かせて、剣の柄を両手で握りなおした。