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竜とリュートの異世界冒険  作者: 浅田浅彦
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2.もしかしなくてもPTA

「し、死ぬかと、お、思った」


 小説でしか見たことのない台詞を口に出してしまったが違和感がない。

 違和感が無いのが逆に怖い。本当にバラバラに食いちぎられていたかもしれないと思うと、改めて肌に粟が立った。

 追いかけてくるクモの走行音から逃げ始めてどれくらいの時間が経っただろう。

 背中は切り立つ、という程ではないが一応崖と言って良いレベルの急な坂だ。多分、背後から不意打ちをされることは避けられるだろう。

 僕はぜぇぜぇ息を切らして草の上に四肢を投げ出していた。

 もう追ってこないと分かってから更に20分は全力で走り続けたので、へとへとだ。

 クワァ、と首のそばから抗議するような鳴き声が聞こえた。驚いて少し肩をいからせたが、胸の上に乗っている重みの存在を思い出して、すぐに力が抜ける。


「よく落ちなかったな、レド」


 レドと名付けた赤トカゲは途中から僕の胸の前に胴体を押し付けるような格好で、首に体を巻き付けてきた。

 その判断が功を奏したのか、幸いなことにこの小さな友達は巨大グモの(あぎと)を免れたらしい。

 それは良いけど、髪に噛みつくのは止めてほしかった。明らかに何本かの髪の毛が頭皮とさよならをした痛みがある。


『どうしたんだよ、いきなり走り出したりして? 危うく落っこちるところだったじゃないか!』


 次いで、ナビゲート役と思われる天の声さんも抗議の声を上げる。って、え?


「天の声さん、落っこちるってどういう意味? 僕の上に乗ってるの?」


『何言ってるんだよ。さっきからずっと乗ってるじゃないか』


「そうなんだ」


 火の玉みたいな存在が頭の上あたりでふよふよ浮かんでいる様を思い浮かべながら、そういうものかと納得する。近くにいないと、わかり易いナビゲートができないのだろう。

 天から見下ろしているわけではなくて、一緒にいてくれていると思うと親近感がわいた。

 そして親近感と同時に怒りがふつふつ込み上げてくる。


「天の声さん、ひどいじゃないですか! なんでいきなり巨大グモの巣窟なんて、難易度高めのダンジョンに案内するんですか!」


『だってキミ、“村に案内してくれ”って言ったじゃないか』


「“人間の”ですよ! 普通に考えて、そこは人間の村でしょ!?」


『えぇ? 言われた通りに案内したのに~』


「いや、そうだけども。天の声さんは僕がア、アサ、アサ……?」


『アサシンスパイダー?』


「そう、それ! そのアサシンスパイダーに食べられちゃっても良かったの?」


『……それは嫌かも。あぁ、そうか。あいつらにしたら、リュートはちょうど良いおやつになっちゃうのか』


「今更!?」


 どうやら悪戯心がわいたわけでも、悪意があったわけでもないらしい。本当に今気が付いた、という態度に嘘偽りはなさそうだ。

 それを見極めた瞬間に僕が辿り着いたのは安心ではなく、恐怖だった。逃げている途中に何度か浮かんだ1つの嫌な予感が、じわじわと事実に変わっていく。

 やばい、天の声さん、ポンコツだ。この声に従ってたら、近い将来間違いなく死ぬ。


「天の声さん、もしかしてもしかしなくてもPTA(ポンコツ ティーチャー アホやろう)ですよね?」


『なんだい? PTAって』


「ポン……ええっと、保護者的な何か、って意味です」


『そっかぁ、ボク、保護者的な何かかぁ。PTAかぁ。良い響きだね、気に入ったよ』


 うっかり本当のことを言いそうになって慌ててごまかした。

 例えポンコツでアホだろうと、現状天の声さん以外に頼れる人(?)はいないのだ。ご機嫌を損ねて見捨てられることだけは避けなくてはいけない。

 どうでもいいけどレドが激しく尻尾を振ってて、痛い。

 僕はレドを支えながら、重い体をゆっくりと起こす。だいぶ逃げたがここも安全だという保障はない。人里に下りなければ。


「とりあえず、“人間の”村まで案内していただけませんか?」


『オッケー任せて! なんたってボクはリュートのPTAだからね』


「ありがとうございます。よっ! 流石PTA!!」


『えっへん、任せなさい。えーと、ここからだとナメプの村が近いから、まずは……』


 僕はまだ疲れの残る体に鞭打って立ち上がった。


***


『「着いたぁ!!!」』


 僕と天の声さんの声がハーモニクス。

 あっさりおだてられて調子が良い天の声さんに導かれて歩くこと約2時間。僕はやっと、この地で目覚めてから初めての人里らしき村落を前にしていた。

 既に陽は暮れかけていて、村は仄赤く染まっている。建物はまさしく異世界の村! って感じの木造だ。


「着いたよ、ほんっとうに着いたよ。よかった、生きててよかった、諦めなくてよかった」


『なんで泣いているんだい? リュート』


「ごめんなさい、嬉しくて、つい」


『大げさだなぁ。まあでも喜んでもらえてボクも嬉しいよ』


「うう、本当によかった。本当によかったよぉ」


 そりゃ泣くよ。

 近くにある村に案内してもらおうと思ったら1時間半以上歩かされたあげく大グモの巣に案内されて全力で逃げ回る羽目になってその後不安を抱えながら2時間歩き続けた末にやっと見つけた人里だもん、そりゃ泣くよ。

 肩の上のレドがまたまた首を傾げているが、なんにも不思議なことではない。


『それじゃ、ボクはここで失礼するね』


「え?」


 安堵に震えて泣きじゃくる僕に水を差したのは、天の声さんの一言だった。


「え? え? 失礼するって、つまり僕を置いてどっかに行っちゃうってこと!?」


『そりゃそうだよ、人間のいるところなんかにボクが下りていけるわけないじゃないか』


「えぇ!? それじゃ、僕これからどうすれば……い、いや、やっぱり良いです! そうして下さい! 是非! 是非、僕を1人にして下さい!!」


『……なんか手の平を返されたみたいで気になるけど、そうさせてもらうよ。またね』


「はい! さようなら~、お元気で~」


 ナビゲーターがいなくなってしまう不安に少しの間駆られた僕だったが、思い直し、慌てて訂正した。

 実体のない天の声さんと話している自分が、村にいる人々に白い目で見られるところを想像したのだ。それにPTAの天の声さんとはここで別れて、良識がある同族に頼った方が何倍も安心できる。

 安心安全第一。その為には恩人を切ることも(いと)ってはいけない。


「お。君ともここでお別れかな?」


 肩から降りたがっているらしいレドがもぞもぞと所在なさげに動いた。

 地面に乗せてやると、するすると森の奥に戻って行く。

 どちらかというと天の声さんよりレドとの別れの方が胸にくるものがあったが仕方がない。レドにとってはきっと森の方が棲みやすいのだろうし、僕の都合で村に連れ込むのは動物愛護の心に欠けるというものだ。

 少し心細く、寂しい気持ちでレドを見送った僕は、恐る恐る声を出してみる。


「天の声さーん。まだ居ますか? 居ませんよね?」


 返事がないのを確かめて、僕はふーっと息を吐いた。思ったより不安な気持ちが強いが、自分で選んだ道だ。両頬を両手で二度強く叩く。ばしんばしん! 思ったより痛かった。


「よし、ここからが勝負だ!」


 突然降ってきた変な声に案内されたり、見たこともない姿の真っ赤なトカゲがいたりしたことから考えても、ここは僕のいた世界じゃない。

 異世界、という発想は飛躍が過ぎるかもしれないが、少なくとも日本ではない。だとすれば、ここから僕がどんな行動をするか、何を喋るかで今後の展開に大きな差ができる。はずだ。


「ギャルゲーと同じだ。最高の選択肢を最高のタイミングで!」


 ギャルゲーってなんだっけ、と思いながら胸に手を当てて自分に言い聞かせる。

 できる。きっとできる!! はずだ!! 僕は決然と一歩を踏み出した。未知の世界に、一歩を踏み出した。


***


「~~~~~~~~。~~~~~~?」


「えーっと。僕は竜登です。マイネーム、イズ、リュート。オケー?」


「~~~~!? ~~~~。~~~~~~!!……(*_*;」


「……えっと、何を言ってますか? ワット、アー、ユー、スピーキング?」


「~~~~~~~。┐(´д`)┌」


「…………えぇ、うそぉ」


 何のことはない、僕は何を喋るかなんて気にする必要はなかった。何故ならその村の住民とは一切言葉が通じなかったのだから。


***


「まさか言葉が通じないなんてなぁ」


 PTAこと天の声さんと会話ができたものだから、すっかり油断していた。ここが異世界であるにしろ、日本以外の国であるにしろ、日本語が使えない可能性は高いと思って(しか)るべきだった。


「ていうか、ここ、もうほとんど異世界で確定だよなぁ」


 日本以外のどこか、という線も考えていたのだが、どうやらそれはなさそうだ。村の住人は東アジア様の顔立ちをしていたが、使っていた言葉は明らかに中国語でも朝鮮語でもなかった。

 第一、記憶もあいまいなままに知らない場所に放り出されているこの状況自体が、現実世界ではないことの証左であるとも言える。

 さらわれてきたのだとしても、危害を加えるでもなく僕をあの森に放逐した意味がわからないからだ。そんなことをしてメリットのある犯罪組織が存在するだろうか?

 それよりだったら、最初に天の声さんに語った通りここが異世界である、という妄想じみた考えの方がまだ納得できる。

 ていうか、他の人とは言葉が通じないのに天の声らしき何かが聞こえてきた時点で超常だ。普通じゃない。

 周りを見回すと、木で組まれた落ち着いた雰囲気の部屋で壁には暖かな蝋燭。広さは八畳ほどだろうか。

 わずかばかりの調度が設置されているが、そのどれもが深いブラウンで、しっかりとした造りに見える。

 よくわからないが、結構高いのではないか。ファンタジーの匂いがする。明らかにどれも日本家屋のものではない。僕が腰かけているのもいかにも西洋風といった椅子とテーブルセットだ。

 ここは初めにノックをした家の住人が案内してくれた建物の一室である。

 その村人に身振りで待つように伝えられてどれくらいの時間が経っただろうか。

 まあ焦っても、コルチゾールが蓄積するだけでいいことはない。ストレスは今日一日でもう十分、というか十年分は感じたはずなので、何も自分からこれ以上増やす必要はない。

 そう思った僕はのんびりくつろぐことを決意して、地味だが高そうな内装に目を通しているのだった。


「~~~~? ~~~~~」


 しばらく部屋を見回していると声をかけられた。声のした方向を見ると、さっきまで閉まっていたはずの入り口に好々爺然としたご老人が立っている。おそらく彼がこの村の村長なのだろう。

 何を言っているかはやはりさっぱりわからない。わからないけど多分「この部屋がお気に召しましたかな?」的な感じだろう。あいまいに微笑み返しておく。

 ついでに右の親指を立ててみたら、老人も同じしぐさをしてくれた。首をかしげてはいるが、案外ノリがいいのかもしれない。

 調子に乗って左の親指も立てたら、やはり両手でグッドをしてくださるご老人、そんなあなたは本当にグッド。

 この時になってようやく気が付いたが、ご老人の背後に立っている2人の男性はボディガードだろうか? 警棒のような木の棒を手に持っていて物騒だが、同じくグッドを真似してくれていたのできっとこの人たちもグッド。


「~~~~」


「……地図?」


 老人が僕の目の前の卓に、一枚の黄ばんだ大きな紙を広げ始めた。細かに形象的な図形がちりばめられたそれは、明らかに地図だった。


「~~~~~~?」


 何事か問いかけるような調子で、村長風のご老人が再び言葉を発した。

 言葉を理解できない僕に辛抱強く語り続けるご老人。そんな彼の、地図の上を順に指さす仕草を見て、勘の悪い僕にもようやく意図が分かってきた。


「どこから来たか、ですか?」


「~~~!! ~~~」


 僕の言葉が伝わったわけではないだろうが、老人が嬉しそうに頷いた。再び、今度はゆっくりと指を地図の上で行き来させる。

 僕も手振りでこの村の位置がわからないことを伝えてみると、村長は地図の一点を指さし、次に地面を指さす。多分そこが村なのだろう。

 しばらく首を横に振り続けた僕だったが、ある場所を指さされて目を細めた。木のような絵に囲まれて、悪相のクモが描かれている。

 背後で鳴る巨大グモの足音を思い出して身震いしてから、僕も森の位置を指さして大きく頷いた。

「……」

 村長はしばらく沈黙した後、ぽつりと一言、口の端から漏れるような小ささで呟いた。

「……ユシャ……」

「え?」

 村長が後ろのボディガードらしき男たちに素早く何事かを耳打ちすると、彼らは大きく身じろぎした。何か驚くべきことを村長が言ったらしい。

 僕はさっきの村長の呟きが気になっていた。そんなことはあり得ないはずなのだが、彼が下手な日本語で“ゆうしゃ”と言った気がしたのだ。



 その日、僕はそのままその建物に泊まることとなった。待遇は悪くなかったと思う。

 お手伝いさんらしき女の人が野菜を煮込んだらしきスープを持ってきてくれたし。美味しかったし。ベッドはふかふかで清潔な匂いがしたし。

 至れり尽くせりでなおかつ疲れているはずなのに、それでも僕はなかなか眠れなかった。


「本当にここ、どこなんだろ? 父さん、母さん」


 顔も思い出せない両親のことを想う。少なくとも、こんな時に思い出そうとするくらいには良い親だったのだと思う。

 これから、僕はどうなるのか。ここはどこなのか。何をすればいいのか。誰を信じて、頼ればいいのか。何もわからない。それが本当に怖い。

 夜の静寂が、部屋の隅の暗がりが、僕の心の暗闇を引きずり出した。

 恐怖。不安。困惑。猜疑。森で目を覚ましてから、ずっと心の片隅に追いやってきた感情。その奔流にもまれたように、僕は一晩中身震いをして、寝返りを打ち続けた。


 無意識と意識のはざまで何か暖かいものに左手が包まれるのを感じた。頬を温い雫が伝い落ちる。それを誰かの指がぬぐってくれる。何となく枕に落としたくなかった僕は、ほっとして無意識の方に天秤を傾けたのだった。

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