フィーナの決意1
昔、この話で少しだけ設定して書きかけていたのを見つけました。
あまりにも幼稚な文章で、冷や汗ものです。
絶対あれをそのまま出せないなぁと思いつつ、一応目を通して新たに書き起こしてます。
設定も、プロットも全然足りなくて、書きなおしたら話が別物に変化してる。
まあ、当然ですが。
設定に、冥界の地図を追加でUPしております。見ていただけると分かりやすいかも。
冥界の中心にそびえ立つ闇の神殿。そこには、魔の一族が住んでいる。全ての種族を統制しやすいようにという考えから、冥王が与えた場所なのだが、冥界の中央に位置し、しかも高台に立っているために、冥界一の景観を誇ることでも知られていた。
その神殿からぐるりと周囲を見渡すと、五つの種族の住む領土が、神殿を守るかのように囲んで存在しているのが分かる。しかし、南西の地域の一帯を領土に持つ、セイレーン族の街や城は、他の一族とは違い、視界に映すことが叶わなかった。なぜならば、セイレーン族の城は、南西に広がる塩分のない海、ザルツノット海の海底に存在するからである。
セイレーン族は、水に関する魔力に長けた一族である。そう呼ばれる理由は、ただ水を上手く操ることができるからではない。一族の者すべてが、水の恩寵をその身に受け、なんらかの形で加護されていることにある。
加護は、水の側にいる限り、守りの力を与えられるというのが主だが、能力の強い者によっては、攻撃力も高まる。また、生命力が弱く、長く生きられないと言われた者であっても、水の中であれば、普通に生活できた。もともと、魚に近い形をとって生まれてくることの多いセイレーン族は、このすべてを踏まえた上で、水の恩恵を得られる場所として、ザルツノット海の海底を、生活の場に選んだのであった。
そのセイレーン族の城は、ザルツノット海の海底まで潜った者だけが、目にすることができる。そこには、街と呼べる集落があり、その街並みの美しさたるや、冥界一だと断言しても偽りではない。しかし、その美しさに惹かれて街に入ろうとすると、必ず一定の場所でなにかに弾かれ、陸に押し戻されてしまう。これは、広範囲にわたって、ドーム状に守護結界が張られ、街をすっぽりと覆っているためだ。これによって、セイレーン族以外の者は、長の許可がない限り入ることが叶わず、それを知る者たちは、必要以上に近付こうとはしなかった。
街は、その大半を珊瑚や真珠、貝殻といったもので造られている。大きい貝殻をそのまま住まいにしたり、珊瑚や真珠を組み合わせて家にしたりと、その形は様々だが、自然そのものの曲線美を利用した建物が多く、それゆえに、人工的に造られる物にはない美しさが見る者の心を魅了する。街外れには、珊瑚の木が生えた森が守護結界に沿って生えており、ところどころに、身分の高い者たちの別荘が、珊瑚の木に守られるように建っていた。
その中の一つに繋がる森の小道を、思いつめた表情で駆けて行く一人の少女がいた。肩までで切りそろえている、紫がった青い髪が乱れるのも構わず、ひたすら別荘への道を走る。少女は時折泣くのを堪えている風に顔を顰め、その大きな薄紫の瞳を何度も瞬かせていた。
ほどなくして、少女は目的地に着いたらしく、ある別荘の前で立ち止まった。少女は戸を叩くために手を上げたが、なぜか止めて手を下げてしまう。そんな動作を二、三回繰り返すも、ようやく決意に満ちた表情で戸を叩いた。
少女が来るのを待っていたのか、戸はすぐに開かれた。少女はその早さに僅かに動揺を走らせたが、戸が開かれた空間を見た時、動揺は恐怖に変わった。
「レ、イル」
「フィーナ……」
開かれた戸の前には、一人の少年が立っていた。少女がレイルと呼んだその少年は、顔を強張らせ、暗い怒りを抑えながら少女をフィーナ、と呼ぶ。少女、否、フィーナは、レイルを見て浮かべた恐怖の色を、やっとのことで押し隠し、彼に導かれるまま家に入った。
レイルは、無言のままフィーナをある部屋に案内し、静かに扉を開ける。そこは、寝室であり、部屋の窓際のベッドには、美しい少女が、青白い顔で眠っていた。
「ミーナ……」
フィーナは、眠っている少女の名を呼ぶ。だが、ミーナは何の反応も見せることなく、ピクリとも動かない。
「ノーム川に近い岸辺で、襲われて、いた、らしい……」
震える声で、背後からレイルが語る。言葉が途切れるのは、彼が感情を爆発させないよう、抑えているからだろう。その心境が手に取るようにわかるフィーナも、取り乱さないよう、唇を噛みしめて耳を傾ける。
「ミーナを襲ったのは、たまたま遠出をしてきていた、コボルト族の、やつら、だと……っ!」
「コボルト族……」
ああ、とフィーナは溜息に似た声を漏らした。コボルト族と聞いて思うのは、「よりにもよって、なぜコボルト族なのか」という嘆き。かの種族に遭遇して無事でいられるのは、強い力を持つ者だけなのだ。なぜなら、かの種族に理性はほとんどない。あるのは、強さへの渇望と、種の繁栄の執着だけ。冥界一の野蛮な種族と言われているのだ。
「どうして、あいつらが!」
冥界の中央に位置する闇の神殿よりも、北西に住まうコボルト族が、南西に位置するノーム川に近い岸辺に、なぜ現れたのか。彼らの知能の低さから故意にというのはありえないから、偶然なのだろうが、タイミングが悪すぎた。
「あいつら、いつもは、セイレーン族の領地まで、滅多にやって来ないくせに! なんで、来たのよ!」
「フィーナ……」
フィーナにとってミーナは大切な親友だ。一生付き合っていきたいと願うほど、大好きな友で、フィーナと同じだけの想いを、ミーナも持ってくれていることを知っている。だからこそ、彼女をこんなに早く、失うかもしれないなんて、思いたくなかった。
「それで、ミーナは。ミーナの容体は、どう、なの?」
青白い顔で眠っていて、目を覚ます気配がない。死んだように眠る彼女の様子は明らかに異常で、深刻な状況だと思わざるを得なかった。フィーナの問いかけに、レイルは、一泊の沈黙のあと、重々しく口を開き、現状を告げる。
「幸い、体の傷はたいしたことなく、すぐに癒えると医師に言われたよ。けれど、襲われたことによる、精神的なダメージが大きく、このまま心の傷が癒えなければ……」
――眠ったまま、目覚めない。
レイルが言葉にできなかった部分を、フィーナは正しく理解した。このまま、目覚めることなく眠り続ける。それは、死を迎えることを意味する。生きるための力を貰えないのだ。いずれは体が限界を迎えるのは当然のこと。
「目を覚ます、可能性は……」
縋るような思いで、問いかけたフィーナに、レイルは悔しげに首を横に振った。
「ミーナッ……」
フィーナの目から涙が零れそうになる。でも、ここで泣くわけにはいかなかった。フィーナよりもミーナのために泣いていい者が、目の前にいるのだ。それに、フィーナには、ミーナのために泣く資格がなかった。少なくともフィーナはそう思っていた。
「レイル」
「うん」
「ミーナを、お願い。傍に、いてあげて」
「もちろん。彼女は僕にとって、かけがえのない人だから」
「そう、ね」
誠実な青年であるレイルならば、大丈夫だろう。婚約したばかりのミーナを、見捨てるようなことはしない。傍に寄り添って、目覚めが来るのを、諦めずに待ってくれるはずだ。
「私、城に戻って、なにか回復する方法がないか、調べてみるわ。絶対に、ミーナを助ける、から」
「ありがとう。フィーナ」
「やだ、そんな他人行儀なお礼なんて言わないでよ。ミーナは私の大事な親友で、レイルは私の大好きな従兄妹だもの。そんなの、あたりまえじゃない……!」
「フィーナ……」
ありがとう、と言葉にするのを控えて、レイルはフィーナの頭をそっと撫でる。それが今のフィーナにはあまりにも優しすぎて、いたたまれない気持ちになるのを堪えながら、視線をレイルから外した。
フィーナはもう一度、眠るミーナの顔を見る。脳裏に焼き付けるように、じっと見つめた後、小さく息を吐いて踵を返した。無言で部屋を出て行くフィーナを、レイルが弱弱しい笑顔で見送る。その姿を見ていられず、フィーナは早足に部屋を出た。
「はぁ……」
戸を一枚隔てると、フィーナは深く溜息をつく。悲しみと怒り、そして後悔がフィーナの中でぐるぐるとまわり、勝手に涙が出そうになるのを必死でこらえる。
「だめよ、絶対に、だめ」
ここで泣いてはだめだ。ミーナのために泣く資格はない。
フィーナが己にそう言い聞かせていると、部屋の中から、レイルの涙に混じった声が、かすかに聞こえてきた。
「ミーナ……っ、どうして、地上になんか……」
その言葉に、フィーナは心臓を射抜かれたような痛みを抱き、おもわず手で、胸を抑える。これ以上、ここにいてはだめだ。そう思ったフィーナは、戸に向き直り、頭を下げた。
――ごめんなさい。
フィーナは、ミーナとレイルに謝罪して、家を出る。まだ、恐ろしくて口に出せない謝罪の言葉を、心の中で。そうして、来た道を駆け足で戻った。
2015/05/17 レイルの設定を少し変えたので、文章も修正しました。