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そして、これが、つい一週間ほど前のことである。


その日も私とM君は私の実家で飲んでいた。二人とも仕事をしていないから、平日の五時ごろから飲みだして、もったいないことに私の母が作って、私の部屋まで運んできてくれた夕食をつつきながら、ああでもないこうでもないと、くだらない世間話に花を咲かせていた。そうして二人ともかなり酔っ払ったところで、M君が、突然にやにやと笑い出し、


「そういえば、こないだもまたやっちゃったよ」


「何が?」


もしかして、と私は思い当たったので、


「露出?」


とM君に聞いた。


「そう!ふっははは、最高だったよ」


M君は実にうれしそうな顔でそう言った。そして、その成り行きを一部始終、私に丁寧に語ってくれた。


M君が語り終えると、私はいつもの調子で彼をたしなめた。それが犯罪であること、中学生に迷惑がかかっていることを、再度話した。


「・・・だから、本当にやめたほうがいいよ」


「ふっふふ。まあいいじゃないですか。人の命にかかわるようなことじゃないんだし。俺のやっていることなんて、殺人とか振り込め詐欺とかに比べると、かわいいもんだって。それよりさあ――」


また、別の話に話頭を転じようとしたので、私はとっさにそれを止めた。ここだ、と思った。大学時代からの一番の友達に、犯罪をやめさせるかどうかは、ここにかかっている。私は手に持っていたウィスキーのロックグラスを、テーブルに置いた。


「いや、良くない。大なり小なりがあるとはいえ、犯罪は犯罪だよ。もしこれからも続けるっていうなら、俺はもうM君には会わない」


「・・・」


酔いも手伝って気が大きくなり、私はとめどなくなった。それから、間髪入れず、やめろ、もう露出なんてやめろと、かなり大きな声で何度も連呼した。


するとM君は頬から笑みを消し、無表情になった。その表情には、悲痛さがにじんでいた。


「露出は、やめない。月イチで、続ける」


しぼり出すように、そう言ったのである。


「やめろって簡単に言うけど、俺の何を分かってそれを言ってくれてるの?今俺は、毎晩夜の三時まで眠れなくて、朝十一時に目を覚まして、そのまま昼過ぎまで布団で転々としてるんだよ、毎日。何ですぐ起きないで一時間以上も布団の中にいるか、分かる?することがないからだよ!起きたってゲームをするかマンガを読むかテレビを観るかしかなくって、そんな日がまたやってきたのが分かるから、起きずに布団の中で過ごしてるんだ。渡辺君ならその絶望が少しは分かるでしょ?本当にやってらんないよ。だから露出するんだ。まだ世の中の苦しさを知らない中学生に、こんな俺の体を見せつけて、そうして・・・」


それから先は、言葉にならなかった。M君は口を両手で覆った。泣いたのである。


 友達のその姿を見て、私はそれ以上何も言うことができなかった。それから、M君が泣き止むのを待って、もうその日は飲む気も失せてしまったので、早々に布団を敷き、二人で眠った。次の日の朝起きると、M君は言葉少なに、夕飯をいただいたことと、うちに泊めてもらった感謝を述べると、いそいそと帰って行った。


   *


 M君の三回目の露出事件について話そう。


 先月、つまり三月のある日、M君は、またあのベンチコートを着て外出した。時間帯は、例のように中学生の下校時刻に合わせた、夕方である。


 M君は以前散歩をしていたときに通りかかり、目をつけていたとある家に向かった。M君の家から歩いて二十分ほどで着く、住宅街の中にあるその家には、物干し場に、あの中学生の青い体育着と、若い女の子が着けていると思われるかわいらしいブラジャー・パンティが、よく干してあるのだった。それを見てM君はこの家には女子中学生が住んでいるに違いないと踏んだのだった。


 いつも通り人気のない路地をM君は歩いた。コートの中が裸であるということが誰かにばれやしないかという緊張感と、中学生のいる家に近づいていくにつれて高まってくる高揚感。これだから露出はやめられないと、M君は歩きながらぶるりと身を震わせた。


家々を通り過ぎて、T字路をひとつ曲がり、さらに進む。すると、やがて目当ての家が見えてきた。――と、ここで、M君にとって予想外のことが起こった。


 目的の家の前、駐車場と駐輪場が一緒になったコンクリート敷きのスペースに、自転車にまたがって停まっている青い集団が、見えたのである。女子中学生であった。ヘルメットも脱がず、四~五人、かたまって、ぺちゃくちゃしゃべっている。小鳥がさえずるようなその声が、こちらに聞こえてくる。友達同士で下校し、その途中でこの家にとどまり、おしゃべりをしているところであろう。集団の中に、この家の子が一人、いるに違いなかった。


 M君は、興奮で体がかあっと熱くなるのを感じながら、ゆっくりと歩き、家に近づいた。近づきながら、中学生の数を数えた。一、二、三、・・・五人もいる。


(来た。俺の時代が来た!)


M君はあまりの喜びと興奮とで、卒倒しそうになるのをやっとのことで抑えた。それから、今度は、歩きながらそれぞれの中学生の体つきをつぶさに観察した。自転車のサドルに乗っている尻、片足をペダルに乗せているために膝が曲がり、ズボンがぱつぱつに張っている太もも、体育着に、かすかにだがツンと出っぱっている胸・・・。熟れる前の青い果実が、品評会よろしくずらりと並んでいる。M君にとってはこの上ない光景だった。


しかし、こう五人も並んでいると、露出をするにはなかなか勇気が必要になってくる。M君は露出をする踏ん切りがつかず、中学生たちの前を一度通り過ぎた。そのまましばらく歩いたところで、


(よし、行こう)


と決心し、回れ右して中学生たちの方へ再び歩き出した。哀れな中学生たちは、M君をまったく気にせず、相変わらず騒がしくしゃべっている。M君は早足で中学生たちに近づいた。中学生たちのそばにたどり着くと、そこに立ち止まった。そこでようやく、中学生のうちの一人が不審そうにM君のほうを見た。


「お嬢さんお嬢さん」


M君は声をかけた。何しろ今回は相手が五人なので、いつもより大きめに声を張った。その声が路地に響きわたると、中学生たちはぴたりとおしゃべりを止めた。路地に静寂がおとずれた。中学生たちはそろって不思議そうにM君のほうを向いた。五人の視線を受けたM君は、たまらなくなり、頬に満面の笑みを浮かべた。


「んばばばばばあっ!」


 M君は渾身の勢いをもって、一瞬のうちにコートのファスナーを下ろし、コートの前を開いた。無上の恍惚感と爽快感が、M君の全身を包んだ(M君の言によると、本来なら中学生個々人の目の前に立ち、素早く移動しながら、「んばっ」「んばっ」「んばっ」・・・と、ひとりひとり個別に体を見せたかったそうである。しかしそれは相当な移動スピードを要し、現実的には全員に体を見せつける前に騒がれてしまうに違いないので、仕方なく五人一度に露出をしてみせたそうである)。


「きゃああああっ」


「何、何!?」


「うわっ、ちょっとマジで?キモいキモい」


人は集団でいると、とっさの事態の反応もより分かりやすくなるようだ。前の二回の露出の時と違い、中学生たちは突然現れたおじさんの方を見て、即座に彼の露出に対して声をあげた。


その中学生たちの反応に満足すると、M君は満面の笑みをたたえたままくるりと中学生たちに背を向けて、走って逃げ出した。


  *


これでM君に関する私の話は終わりである。この話には、いわゆるオチはない。M君は今もきっと露出をする機会をうかがっているに違いない、いや、今まさに新たな露出事件を起こしているかもしれない。私はそれを考え、この友達の行動に対して親友として何をすべきか思い悩んでいるという、ただそれだけの話なのである。


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