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ああ。私は、いったいどうすればいいのだろうか。やはり、警察に届け出るべきであろうか。いやいや、それは時期尚早で、友情を持って、もう一度本人を、しっかり説得するべきだろうか。――わからない。
二十八歳にもなって、こんなことが解決できないとは、やっぱり私は役立たずに違いない。ヒューマンスキルが低すぎるのだ。いや、とりあえず私のことは置いておいて、新たな犠牲者が出る前に、とにかくこのことをここへ記し、どうすればいいか、読者の皆さんに尋ねてみることにしよう。
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M君は、大学時代からの私の友人である。二年前に、私が統合失調症というややこしい精神病に罹ってからも交流を続けてくれている、数少ない親友の一人なのである。
M君は私のひとつ下で、二十七歳である。そして、働いていない。なぜ働いていないのかはおいおい説明するから、今は、とにかくM君が働いておらず、実家のある茨城県の片田舎に引きこもって、何もすることがなく昼間からその田舎町をぶらぶらうろついて過ごしているということを、分かっていただければそれでいい。
話というのは、このM君が、今年の一月のとある日に、栃木県にある私の実家(二年前に病気になってから、M君同様私も、実家にやっかいになっている)にやってきて、私と飲みながら、
「いやあ、とうとう我慢できなくなっちゃってさあ」
と言い出したところに端を発する。何が我慢できなくなったのか私が聞くと、以前からM君の内に秘められていた、露出という性癖を放出することを我慢できなくなったのだと、M君は言うのである。
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去年の十二月のある日、M君は「とうとう我慢できなくなって」素っ裸の上に足のすねまである黒のベンチコートを着て、颯爽と実家の玄関を飛び出した。
M君の実家は、茨城県のHという町の住宅街にある。M君は、実家を出ると、その住宅街の一端にある、前々から目星をつけていたとある家に向かった。
M君の実家からその家までは、歩いて十五分程度だという。M君は、大きな通りを避け、人気のない路地を一人てくてく歩いた。日時は平日の夕方の四時過ぎ、暮れるのが早い冬の陽はもう西の空の端に傾いて、辺りは薄暗かった。
M君は何度か路地を折れ、家々の間を通り抜け、途中、一人二人の通行人とすれ違い、しかしコートの下からすね毛を露わにしている格好を特に怪しまれることも無く、やがて目当ての家の前にたどりついた。そうして、その家の前にある駐輪スペースに自転車が停まっておらず、まだ「獲物」が来ていないことを確認した。そして、その家のはす向かいにあった電柱にもたれかかり、白い息を静かに吐きながら、その家を見つめ、彼の獲物を待つことにした。
しばらくすると、路地の向こう側から、青の体育着を着た一人の女子中学生が、ヘルメットを被り、自転車をこいでやってきた。それから、例の家の駐輪スペースに入っていった。このときM君は、顔が熱くなるほどの言いようのない興奮を感じ、心臓はバクバクと早鳴りしたという。M君は電柱にもたれかかるのをやめ、家の前へ音も立てずに近づいた。
駐輪スペースでは、女子中学生がヘルメットを被ったまま、自転車を停めようとしているところだった。小学生に間違えられてもおかしくなさそうな、二次性徴もまだだろうと思われる、体の小さな女の子である。その女の子が、こちらに背を向けながら、
がしゃん
と、自転車のスタンドを立てた。
「お嬢さんお嬢さん」
M君は小さな声で女子中学生に声をかけた。中学生は、ぱっとM君のほうを振り向いた。M君を見、一瞬、わけが分からないという感じで、
きょとん
という効果音が出るんじゃないかというくらい、不思議そうな顔をした。体の大きさに似つかわしい小顔で、色黒の、髪はショートカットにしている顔である。
M君はたまらなくなってにやっと笑い、その中学生に向けて、
「んばあっ!」
と、掛け声をかけながら、ベンチコートのファスナーを素早く下ろし、両手で思い切りベンチコートの前を開いた。M君の痩せこけた色黒の体が、乳首に汚らしく生えた黒い毛が、毛の濃く生えそろった両の太ももが、そして寒さに萎び、M君の興奮とは関係無く反応を示そうとしない陰茎が、中学生に対して露出させられた。
中学生は、恐怖と気持ちの悪さで叫びだすかと思えたが、そんなことはしなかったという。あまりのことに感情が凍結してしまったのか、
きょとん
とした表情を保持し、じっと目を逸らさずM君を見つめてきたのである。ただ、それまで両手に持っていた自転車のハンドルをどういうわけかこのタイミングで放し、その勢いが余って自転車をひどく傾けてしまった。自転車はゆっくり中学生の体とは反対側の空間に倒れていき、やがて地面に到達して、
がしゃああん
と、けたたましい音を上げた。するとその拍子に感情が解き放たれたのか、
「きゃああああっ」
中学生が叫びだした。その瞬間、M君はサッとコートのファスナーを上げ、薄暗い路地を全速力で逃げ出した。
*
「・・・というわけなんだよ」
M君は私に「我慢ができなくなっちゃった」事の顛末を話し終えると、満足そうに手元にあった焼酎のお湯割の入ったグラスを持ち、ぐいと一飲みした。
「いやあーっ、興奮したなあ、はっははは」
「それは」
犯罪だから、やめたほうがいいんじゃないか、という意味のことを、私はM君にまじめに言った。するとM君はつまらなそうな顔をして、
「渡辺君だって、それなりに性癖はあるじゃん」
と言う。
「それはそうだけど」
「まあいいじゃん。そう言えばさあ、最近パワプロでさあ・・・」
と、この時、M君の露出の話は、座興の話題のひとつとして、次に現れる話たちの間に埋もれてしまったのである。




