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9話 次は

「しまった……!」


 死んでから目覚めた瞬間、後悔が襲ってきた。

 黒崎先輩の邪魔はするべきじゃなかった。邪魔というより、不用意な助太刀だ。あれは何もしなくてもその内、殴り殺していたはずだ。


 無駄に死んだ。


 つか、運悪すぎだろ。

 蹴り飛ばした刃物が自分の方に飛んでくるとか思うかよ。ああ、クッソ。最悪の気分だ。


 面倒くさいんだよ。午前二時から買い物に行くのがさ。


「行くけど! 行くけどね!? 結構時間かかるんだよねっ」


 金を多めに持って行って、総合ディスカウントストアへと行く。

 

 これで何回目かな。三回目?

 店員の「らっしゃせー」という挨拶もいつも通りだ。


 包丁やワイヤーなどを買って、いつもより少ないお釣りを受け取った。


「やめてよ……。お金なくなるよお。使うと思うし、いいけどさあ」


 ぶつくさ言いながら、家に帰る。

 あとは寝て、起きて、朝食を食べる。


 その後は、怒涛の様に時間が流れた。

 まりと一緒に学校に行って、気持ちを新たにし、教室に入った。


 担任のいつもの文句を聞くと、生徒達も立ち上がって騒ぎ始めた。お前ら、あとから地獄見るから今のうち楽しんどけ。


 俺は理系棟から文系棟の屋上に移動した。


 授業の開始を告げる鐘の音を合図に、ワイヤーをペンチで切って、簡易の罠を作った。


 扉の上にある屋根の上に乗って、そこで陣取った。


 そして考えなくてはならない事がある。

 

「ここにいてもまりには会えないか……?」


 教室で足掻いた方が良いのかもしれない。だが、教室にいると最低でも三体以上の猪野郎を相手にしないといけない。


 仮に三体とも倒せたとしても、その後文系棟まで移動しないといけない。この時点でかなりきつい。


 俺自身が文系棟にいた方がまだいい。ここからどうにかして二階まで降りないといけない。


 階段は人で埋まっている。二階に降りる事は出来ない。

 やはり理系棟から行った方が良いのか。

 

 理系棟の二階から渡り廊下を渡って、まりのいる文系棟二階に移動する。これの方が、まだ現実味がありそうだ。しかし教室にいたら最低でも三体の猪野郎を相手にしないといけない。


 駄目だ。堂々めぐりしている。

 あっちを立たせようとすると、こっちが立たなくなる。そんな感じだ。

 

 考えれば考えるほど、考えはまとまらない。やってみないと、全く分からない。


 それに俺一人でまりを守れるとは思えない。


 黒崎蓮。


 あの先輩が居れば百人力だ。

 俺は屋上から出発して、黒崎蓮先輩と合流した後、どうにかしてまりを救出する。


 なんて不確定な道のりだろう。ほとんど何も決まっていないに等しい。


 とりあえず、この九時十五分の悪夢を切り抜けないと駄目だろうな。


「来た……!」


 猪野郎どもだ。

 そいつらが続々と校舎の中に入っていく。


 あと一分もしないでこの屋上にも猪野郎が登ってくるに違いない。

 リュックの中から包丁を一本取り出して、右手に持つ。


「さあ、やろうか」


 扉の奥からぺたぺたと階段を上ってくる音がする。足音は二つ。二体の猪野郎だ。


 ここは通過点だ。だけど、油断すればその瞬間に殺されるだろう。


 扉が開いた。猪野郎が一体来ている。その体を押し倒すようにして、飛び降りた。


「くぉらっ!」


 気合を入れて猪野郎を押し倒し、首に一撃。

 攻撃したら即座に離れる。ワイヤーの罠を飛び越えて、もう一体の猪野郎を待ち構えた。


「ブフーッ!」


 声を荒げ猪野郎は俺に向かって突撃を開始した。かかれ。かかった。ワイヤーに躓いて、転ばなかったが、完全に体勢が崩れている。


 そこに近づいて、刃を寝かせて肋骨の間をすり抜けさせるイメージで、包丁を猪野郎の胸に滑り込ませた。


「ブホ……ッ!」


 冷静に。冷徹に。そのまま体当たりして、猪野郎を完全に転倒させた。馬乗りになり、即座に包丁を引き抜いて、猪野郎の右目にぶち込んで、奥まで突き刺した。


「ボリョリョ……」


 びくびくっと猪野郎の体が痙攣して、ぐったりとした。殺した。ワイヤーに躓きながらも転ばなかったのは、ちょっと驚きだったが、結果が良ければそれでいい。


 成功だ。上手く行った。要領よく殺せた。


 死体は放置して三階へ移動した。


 黒崎蓮先輩と合流したい。

 それには三階に降りる必要があるかは分からないが、降りておけば多分会えるだろう。夢で見たことは細部は違うものの、ほとんど同じような事が起こる。


 俺は黒崎先輩と会うはずだ。


 三階に降りると、すでに混乱は極みに達していた。一方的な殺戮が巻き起こっている。


 二階に降りる階段では誰かが倒れ、それを踏み越えて二階に降りようとしている女生徒が多数いる。しかし二階にも猪野郎はいるから、列はなかなか進まない。


 一人の女生徒が渡り廊下の方に行ったのを機に、多くの生徒達がそちらにも流れ始める。


 そろそろだ。


 その流れに逆らい、髪の短い一人の女――黒崎蓮がこちらに来た。

 俺はその隣に並んで一緒に屋上への階段を上った。


「……んだよ、お前。なんで付いてくんだよ」

「俺の方が先に屋上にいましたよ」

「そんな話はしてねーよ。付いてくんなって言ったんだ」

「じゃああそこに行って死ねっていうんですか」


 屋上へ行く踊り場で方向転換すると同時に、一瞬だけ三階を見下ろした。二体の猪野郎がこっちに来ている。


「……それは勘弁しておいてやる。つーか、お前、もう殺ったな? 血もついてるし、包丁なんて持ちやがって。どっから調達した?」

「今はどうでもいいでしょう」

「ま、そうだな。そんなのどうでもいいし、アタシにとっちゃそんなもの玩具にすぎねぇ」


 だろうよ。アンタの強さはあり得ない。

 無明流古式戦闘術だったか? それ一つで猪野郎と渡り合っている時点で、アンタに刃物は必要ないんだ。


 だけど、それだけじゃ足りない。


 人間が地球の覇者となったのは、武器を使うからだ。素手で戦おうとしたら、人間は絶滅していただろう。武器を使うのは卑怯でも何でもなく、至極自然なことなんだ。


 屋上に出た。


「お、二体殺してんのか。やるな。アタシも負けてらんねぇな」

「それより、向こうにワイヤーを張って罠を作ってあります。それを使いましょう」

「そんなの使ったら瞬殺するだろうが」

「追ってきたのは二体です。一体とは遊べますよ。ワイヤーに気付いて乗り越えてくる」


 俺は言うが早いか、ワイヤーを越えて入口に体を向けた。「まあいい。分かった」


 黒崎先輩もワイヤーを越えた。


 すぐに猪野郎どもが姿を現し、こっちに駆け寄ってきた。


「俺がこけた方をやります。良いですか?」

「仕切るなあ、お前。良いけどさ」

「あと、これ使ってください」


 俺はポケットに入れておいた近接格闘用武器――サックを二つ渡した。


「要らねえよ」

「使ってください。負けますよ?」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ。アタシが負けるわけないだろうが」

「ベスト十六のくせに」

「あれは違えんだよ」


 言っている間に猪野郎がワイヤーに引っかかった。時間が無い。


「いいから使え」

「あ、テメッ!」


 サックを強引に黒崎先輩に押し付けて、俺は倒れた猪野郎を刺し殺した。すぐ目の前にはもう一体の猪野郎。すぐにその場から離れて、逃げる。俺が戦う必要なんてない。黒崎先輩がすぐにでも来る。


「テメーの相手はアタシだっつーのッ!」

 

 その一撃は前回の一撃を激しく上回った。


「ドゥォォオ!?」


 猪野郎の横っ腹に拳が入ったと思えば、そのまま一メートルは真横にずれた(・・・)

 何て一発だ。


 高いサックを買ったが、これほど違うのか。


「いい感じだっ! 気分は上々っ! 体は好調っ! 無明流古式戦闘術――」


 左右に揺れながら黒崎先輩が猪野郎に肉薄する。


 連続して二発、いや、三発――四発。どんどん増えていく。体がどんどん動く。躍動する。その度に動きの精度が上がる。


 怒涛の連撃だ。止まる事が無い。猪野郎は反撃の機会すら与えられず、拳を貰うばかりだ。サックを付けただけなのに。いや、それが違うんだ。鉄製の高いサックだ。硬い。拳より当たり前だけど硬いんだ。


 だけど、あれで軽く打っているんだ。その証拠にどんどん早くなる。全力で打っていたら、ああは体が動かない。技後硬直で体が止まる。


 だけど、あれは違うんだ。


 次に一発に繋げ、最大の威力を発揮するために今も動いている。黒崎先輩はドラララララと叫びながら、両拳を乱打する。一発一発が軽い。けど、それは黒崎先輩の中での話だ。猪野郎は軽い拳の攻撃ですら、致命の一撃としてとらえている。「来た来た来た!」


 拳の速度が最高潮に達している。もはや素人の俺では捉える事すら困難だ。


「行くぞコラァ! 覚悟しろ!」


 黒崎先輩はさらに一歩踏み込んだ。その直後の攻撃は見えなかった。たぶん。右――。


「――“暴威雷電”!!」


 何かが弾けた。いや、破裂した。一瞬だが黒崎先輩の姿がブレた(・・・)。それほどの速度で叩きこまれた一撃が猪野郎の腹を捉えた。


 猪野郎は何度も拳で打ち据えられた末、最大の威力の右ストレートを腹に食らった。


 猪野郎は攻撃を喰らって、完全にノックアウト寸前だ。そう。寸前なのだ。まだ生きている。片膝を着いて、ダラダラと涎を流していながらも、なんとか生きている。


「“暴威雷電”を、食らっ、てまだ意識が、あるとは、やるな……!」


 黒崎先輩は肩で息をしている。技の反動だろう。あれだけ激しい技を使っておいて、疲れないなんてあり得ない。何十秒無酸素運動をしていたのか分からないほどだ。絶対に酸欠状態になっている。そうじゃなくても、それに準ずる状態に近いはずだ。


 二人だけの空間になっているところ申し訳ないが、俺もいる。忘れてもらっても結構だが、足元掬ってやるよ。


 俺は猪野郎の背後に回って、組み付いた。


「フガッ……!」


 猪野郎が弱々しく抵抗した。その程度じゃダメだって。もっと荒々しくやらないと。


 猪野郎の体を封じつつ、右手に握る包丁で喉を掻っ切った。「あっ……! テメッ!」


 黒崎先輩が文句を言った。しょうがないんだって。こっちは時間が無いんだから。責めるなら“暴威雷電”とやらでコイツを仕留められなかったことを恨んでくれ。つーか、滅茶苦茶恥ずかしい名前だな。絶対に口にはしない。


 喉を斬って、すぐに離れた。最後の抵抗で怪我をする訳にもいかない。背中から飛び離れた反動で、猪野郎は倒れた。終わりだ。完全に動かなくなっている。


「ふぅーーーー………。まあいい。アタシも修行不足か」


 何か文句を言いたいようだが、大きく息を吐いて切り替えてくれたようだ。


「このサック貰っていいか? スデコロじゃちょい厳しいからな。良いもんもってんなあ。えっと……名前。なんつーの?」

「織田……梓ですけど」

「ふーん。織田。織田ね。なに? ちょっと武士っぽい感じ?」

「そういうのいいんで。織田つながりでからかわないでください」

「つまんねー奴。これは貰うからな」

「一つ条件」


 いい機会だ。恩を売っておけばいい。この人とは共に行動したい。


「それあげますから、ちょっとだけ協力してくれませんか?」

「協力ぅ? なんの?」

「ちょっと、彼女? 的なのを助けに行くんで。力貸してください」

「ああ。あれ? 愛の力的な?」

「意味不明なこと言わないでください」

「それはアタシも思った。まあいいけど。行くのはさ。協力ね。ああ、うん、まあいいよ。金払ってもしょうがないだろうし」

「そうですね」


 しかし、これからどうすればいい。まりを助けに行こうとは言うものの、そこまで行く方法が無い。


 階段は人がい過ぎて通れない。その内死体の山が出来て、歩行すら困難になるかもしれない。


「で、こっからどうすんの? 彼女、どこにいんの?」

「たぶん、ここの二階に」

「はあ? どうやって行くんだよ。渋滞してんぞ、下。殺されるっつーの。行かねーぞ。そんなの」


 そうだよな。下に降りたら殺してくださいと言っているようなものだ。

 今あるものでどうにかしないと。


「織田。その中に何入ってる?」

「リュックですか? 色々持ってきましたけど」


 リュックを黒崎先輩に渡した。「ふーん」と検分している。十秒もせずに何かひらめいたようにニタァと笑いやがった。嫌な予感がする。


「彼女何組だ?」

「四組ですけど……」

「つーと、あの辺りか。こい。良い考えがある」


 来いとはいうが、勝手に進んでいくだけだ。しかし荷物を持っていかれるわけにもいかない。


 黒崎先輩はとある場所で立ち止まって、落下防止柵を無造作に飛び越えた。


「ちょ、何してるんですか。落ちますよ……!?」

「うっせーな。今から落ちんだよ」

「は……?」


 意味不明な発言に流石の俺も開いた口が閉じなかった。黒崎先輩はこれ見よがしにため息をはぁぁぁぁ……と吐いた。


「織田。クソだな。お前。たんねー頭使えよ。その矮小で詰まってるか分からない脳みそ使ってよ。これ。見ろ」


 リュックから織田先輩はとある物を出した。黄色と黒の縞々模様のロープだ。何かに使うかもと思って、買っておいたやつだ。


「これで下に降りる。超天才だろ?」


 ……超アホだよ。何言ってんだ。この人。本人は満足げな顔をしているけど、そんな危ないことをしろってか? 


「やべーな。悪魔的発想だよ。やばくね? これで二階まで行くとか常人に思いつくか? つかねーな。うん。長さは十分だな。むしろ地面まで届くだろ。これ。降りても微妙か。普通に運動場にアイツらいるし。狙い撃ちだな」


 一人で喋って、一人で納得している。

 黒崎先輩はさっさとロープを柵に結んで、強度を確認している。この人は一体何なんだ。


「あ、あの。ちょっと流石に危ないんじゃ……?」

「はあ? なにそれ。クソだな。織田ぁ」


 一応初対面なんだからさあ。クソとか言わないでくれない?


「なあ。好きじゃねーの? ソイツのこと。名前なんていうの?」

「……まり」

「そのまりちゃん? 今死にかけてるんだぜ? 実際問題、もう死んでる確率の方が高い。階段からは行けない。お前だって分かるだろ。これしか下に行く方法ねーぞ? アタシ言ってること間違ってるか? なあ」

「いや、それは」

「それでも行かないってことは、あれだよ。愛? 愛的な物が足りねーんだよ。多分な。お前。本当にまりちゃんのこと好きなわけ? いや、まぁ、初対面でこんなこと訊くのあれだけどさ。今は緊急事態なわけじゃん? そこらへんはっきりさせないとさ。アタシもお前となし崩し的に行動するなら、それなりに覚悟がいるわけだよ。お前と一緒にいるより、自分一人の方が良いかもしれないとあるわけ。分かるだろ? アタシのこと知ってるならさ。強ーんだよ。アタシ。あの訳分からない奴らにだって負けない。流石に素手じゃヤバいかもしれないから、このサック貰っておこうと思ってる。んで、お前が一緒に行かねーとこれはあげないって言うから、しょうがなーく一緒に行くわけ。そのお前がさ。足りてねーんだよ。覚悟が。彼女への愛? それがさ。助けたいんじゃねーの? それなのに、危ないとか言ってる時点で、お前は迷ってんだよ。まりちゃんが本当に好きだったら、今すぐにも飛び降りるべきだね。こうやってアタシが喋ってる間にも、まりちゃんが危ない目に合ってるわけだしさ。わーかーるーか? 黙ってねーでよ。オラ。行くのか? 行かねーのか? ハッキリさせろ。ボケ」


 うっせーな。べらべら。

 俺だってわかんねーよ。なんで俺とまりが付き合ってるのとか。分かるわけねーだろ。何の面白味も無い俺と付き合って何が楽しいのか分からないし。あいつに得なんて全くないように思える。あとは、幼い時から一緒だったというアドバンテージ位だ。そんなもんだ。結局のところ、分からないんだよ。俺はまりが好きなのか? 別に嫌いじゃない。でも黒崎先輩が言うほどに、好き好きという訳でもない。


 でも、まあ、居なくなったら心底嫌なのは間違いない。それが嫌で、猪野郎が来ると分かってもなお、この学校に来ているのだから。


 覚悟とは言わないが、決意があるのは間違いない。


 もう、あれだよ。好きとか嫌いとかじゃなく。居るのが自然なんだ。俺とまりが一緒にいるのは普通。それは当たり前で、そこに揺らぎはない。


 好きとかそういうのを超越してるんだよ。


 それを言っても恥ずかしいだけだ。適当に「行くよ」とだけ言えばいい。


「あっそ。迷う前に行動するんだよ。分かったか?」

「……うざ」

「何か言ったか?」

「もう少しお淑やかにした方が良いんじゃないっかって」

「後で殺す」


 黒崎先輩がロープを柵に結びつけた。グイグイ引っ張って、強度を確認した。


「とりあえずは付いて行ってやる。屋上にいてもしょうがないからな。色々疑問はあるけど、訊かないでやるよ。有難いだろ?」


 鬱陶しい先輩だ。恩着せがましいのが特にな。


「俺から行きます」

「アタシ、スパッツ穿いてるから、パンツは見えねーぞ?」

「死に腐れ」


 誰が見たいなんて言ったんだ。


 ロープに手をかけた。正直あり得ないほど怖い。なんでこんな事になっているんだろう。普通屋上からロープで二階まで降りるか? やんねーよ。もう。


 握力と足にロープを絡めて、ゆっくりとだが確実に下りていく。


「おせーよ。さっさと行け」


 上からどんどん黒崎先輩が下りてきた。この人には怖いという感覚はないのか。

 三階の教室の窓の目の前まで来た。教室内は死体が散乱している。今も教室内で逃げ惑う奴もいた。やばいな。二階のまりの教室も同じことになっているかも。


 それを見た黒崎先輩も「やべーぞ。まりちゃん生きてっか?」と口にした。分かってるよ。速くしないと。するするとロープを伝って降りる。


 そして二階の窓まで到達した。中の様子はここから見えないが、強引に体をすべり込ませれば、ここからでも入れる。まり。今行く。


「おらっ」


 体を強引に窓に入れて、教室内に入った。ダンッと音を鳴らして着地した。


 誰もいない。違う。死んでいる。全員だ。誰も息をしていない。猪野郎もいない。


 教室内は返り血で染まり、血の海が出来ている。上靴が真っ赤に染まっている。足元。


 息が浅い。現実から目を逸らしている。そんなのって。ないよ。俺がどれだけ頑張ったと思ってるんだ。何度も死んだ。その度に生き返って、死ぬ思いをしてきた。それもこれもまりを助けようと思ったからだ。何回も死ぬたびにまりに悪い事をしたと思った。自意識過剰だと思うけど、まりは俺の事が好きだったみたいだし、今際の際に何度もまりを思った。


 それほど、俺にとってまりは大事だった。


 それなのに――。


 それは骸で、死骸で、遺体で。

 ただの肉塊なんだ。


 まりは、死んでいた。

 足元に転がっている。絶望に顔が彩られ、表情が固まっている。目を見開き、苦痛に顔をゆがんでいる。


 後ろからもう一つ着地音が聞こえた。


「おい、織田。どうだ。いたか」

「……居ましたよ。ここにね」


 俺は包丁を強く握りしめた。


「……そうか。残念だったな。遅かっただけだ」

「そうです。失敗した。今回は」

「はぁ?」


 今回は失敗だった。

 

「次は失敗しない」


 俺は首に包丁を突き立て、自殺した。

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