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6話 約束する

「つぁぁ……!」


 目が覚めた。

 首の骨が折れた。

 首に手を当てた。


 大丈夫だ。曲がっていない。生きてる。生きてるんだ。


「またかよ……!」


 死んだのに、生きている。

 あれは絶対現実だった。


 耳をつんざく絶叫。生々しい血と汚物の臭い。


 あれが現実じゃなくて、なんだというのか。


「もう、わけわかんねーよ。やめてよ……」


 生きてるのか死んでいるのかはっきりしてくれ。頭を抱えて、蹲った。


 俺は何なんだ。何度死んだ夢を見た。夢を見たって、夢の中で夢を見て。その夢の中でまた夢を見て――というのを繰り返しているとでもいうのか。


「また二時……」


 そして毎度二時に起きる。

 鳥肌が立つほどの奇妙な一致。


 これも夢? 死んだらまた二時に目覚めるのかよ?


「もう嫌なんだ」


 抵抗もできず死んでいく。さっきは頑張って猪野郎を殺そうと思ったのに。


 分かるかよ。この感覚が。殺される時の感覚が無い訳じゃない。むしろありありと伝わるんだ。痛覚が爆発して、死の瞬間、溢れる様にして痛覚が脳で暴れる。脳みそが全部破壊されるんじゃないかと思うほどの情報量に押しつぶされ、全身が発狂して、痛みで悶え死ぬんだ。


 嫌なんだ。それが。どうしようもなく嫌だ。


「こんなの、夢に決まってる。俺は眠ってるんだ。これは夢。そう、夢なんだ。ははっ。そうに決まってる。死んだら生き返るなんてあり得ない。だからこれは夢なんだ。これも夢。どれも夢。俺は起きるぞ。起きてやる」


 部屋を出て一階に降りる。


 台所に行って、洗った後の包丁を手に取った。


 真っ暗な中でもわずかな光に反射して、ぎらりと鋭さを放っている。


「夢だ。これは夢。起きて学校に行かなきゃ……」


 震える手でゆっくり、慎重に包丁を逆手で握った。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 息が荒い。なんだよ。これ。もう過呼吸一歩手前だ。ビビるな。これは夢だ。痛くなんかない。一瞬だ。すぐに終わる。死にはしない。だって、これは夢だ。


「もう、嫌なんだよ……」


 殺さるのが怖い。死ぬのが怖い。


 怖い。怖いけど、殺されるよりましだ。恐怖でどうにかなってしまうより、自分の手で……。


 それにこれは夢で、また俺は起きるんだ。


 次は二時じゃない。

 六時半の目覚まし時計で目覚めて、清々しい朝を迎える。そしてまりと一緒に学校に行って、糞どうでもいい日常を過ごすんだ。


「んふぅー、ふぅーっ、んぶぅー……!」


 歯を食いしばる。唇の隙間から凄い音が出ている。大丈夫、大丈夫だから。


 俺は眠っているんだ。これは夢で、俺は深い眠りにいるんだ。

 だから何度も何度も同じ夢を見ているんだ。


 これで終わりだ。

 こんな夢からはおさらばだ。


「ああああああっ……!!」


 思い切り包丁を腹に突き刺した。


「ブっ……!!」


 息が詰まった。全ての時が静止した。何もかも止まっている。動いたら、今動いたら、死ぬ(・・)


 けど、俺はまだ生きていて、血が巡っている。刺し傷からドバッドバ血が溢れ出した。


「ぅぅぅぅあぁあああああああああああああああああああ……!!」


 死ぬ。死んでしまう……! 

 だれだ、これが夢なんて言った奴は。


 ありえない。こんな痛みがあるなんて。


「あがぁ……。だ、だ、だれ、だれか……。はぁ、はぁ……。親父……。お、袋……。助け……」


 その時リビングの明かりがついて両親がこっちを見て、心底驚いていた。そこには包丁を突き刺した実の息子がいるのだから。


「救急車だ!」

「は、はい」


 親父がお袋に命令して、お袋がすぐに連絡した。


「救急車を! む、息子のお腹に包丁が、さ、刺さって……!」


 お袋はあたふたしながらも、なんとか状況を伝えようとしている。

 親父は俺の元まで駆け寄ってきた。

 丁度俺もたっているのが限界で、親父の方に倒れた。


「なにやってるんだ」

「こ、こんなの、間違ってる……」


 こんなはずじゃない。

 皆。みんな夢のはずだ。


 現実じゃない。嘘だ。世界は嘘にまみれている。こんなの嘘だ。

 

「痛い、なんて、嘘だ……。これは、夢、なんだから……」

 

 どんどん力が抜けていく。

 

 ああ。でも嘘じゃないみたいだ。


 俺は死んでいる。現に死んでいる。死んでいく。


 親父が何か言っている。聞こえないよ。全然。

 妹も来た。何か言っている。だから聞こえないんだよ。


「ァ……。な……で……。こ……とに……」


 終わりだ。何も言えない。俺は死ぬ。


 これだけは間違いない。


 俺は、間違いなく死んだ。


 ――――――――――――――――――――なのに。


 確かに目の前は暗い。

 真っ暗だ。でもそれは完全な闇ではない。窓から入ってくる街路灯の明かりが入ってきて、若干は見える。


「生きてる……」


 ここは俺の部屋だ。違えることなく俺の部屋だ。


 治ったのか? 俺は病院にでも行って、緊急手術を受けて、どうにかこうにか命をつなぎとめた?


 馬鹿な。

 

 そんな状態で勝手に退院できる訳が無い。


 これは、つまり。どういうことだ。


 俺は死んだはずだ。何度も死ぬ夢を見て絶望して、ちっぽけな命を投げ出したはずだ。

 腹部を包丁で貫き、重傷を負った。重症じゃない。致命傷だ。確かに俺は死んでいた。死んだはずだった。


「また、なのかよ……!」


 生き返った。

 いや、時間が巻き戻ったのか?

 

「わかんないよぉ」


 夢なの?

 現実なの? 

 境界線はどこにあるの?


 俺は死ぬこともできなくなったのか?

  

 誰しもが平等に迎えるしという概念に、俺だけが外れてしまったのか?


 それともこれは普通の事なのか?


 時計が目に入った。また二時だ。もうどうにでもなってくれよ。


 一回抵抗しようとして、為す術も無く。いや、何もできず死んでしまった。


 そしてそれにも絶望したが、何度も何度も死ぬことに嫌気がさして、自殺を図った。


「それでもまた生き返ってる。俺はいる。ここに。確かにここにいるんだ」


 自殺するなんて言う馬鹿なことをするんじゃなかった。

 痛いだけで、何も生まなかった。


 死んでは生き返り、午前二時に目が覚める。


 これは全てで共通する出来事だ。


「もう夢でいい。ここで精一杯生きよう」


 なんか、自殺して、すっきりしたかも。何も生まないなんて言ったけど、そんなことなかったな。吹っ切れた。自殺してからじゃ遅いか。


「頑張ろう。一度は反抗の意志はある。それに勝てない相手じゃない」


 教室で戦った時、無傷で一体殺し、傷を負ったが、二体目も殺した。勝てる相手なんだ。


 変な気を起こすな。


 自殺とか、そういう事をしている場合じゃないんだ。


 切り替えてやる。


 割り切ってやろうじゃないか。


 俺は確かに死ぬと生き返っている。そして死ぬと午前二時に目が覚めるのだ。確定だ。ここまで連続して同じことが起きているのだ。夢とかそういう範囲の話でもなくなっている。理由も理屈も分からないけど、俺は生き返る力を得たのだ。


 逆に言えば、死ぬことが許されないという事だが。


 まあ、負の面は良い。


 俺は何度でも挑戦できる。

 猪野郎を殺す事だって出来る。何度でも挑戦してやる。


 その度に死ぬのなんて御免だが。


 だからこそ、今度はちゃんと作戦と立てないとな。


 切り替えだ。切り替え。それが結構大事だろう。


 さっきまではね。自殺するほど思いつめてたけど、自殺が無駄だと分かればこっちにだって方法はある。


「頑張るっ!」


 それだけだ。


 ――いいだろ? 簡単で。

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