変態な僕と雪女の羞恥心・・・寒いのは嫌です
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「ハーハー」
全身の汗腺から吹き出るような汗に体温を奪われながら鮮やかな黒髪の先が地面に接するほど身体を屈め、膝に手を当てながら歩は軽く目を閉じていた。
ジワリと染み込むように肺に入り込む酸素が身体中を駆け巡る感覚、ホームシティに来て以来、毎日あじわうようになった苦しくも爽快な感覚だ。
俺はゆっくりと呼吸を整えながら空を見上げた。
気がつけば日没……オレンジ色に染まった太陽が西の空へと恥ずかしそうに沈んでいく風景も見慣れてきた。
この、太陽の最後の輝きと宵闇の始まりが交差する日没の時間を目安に本日の訓練も終了する運びになっていた。
今日も斬新でハードな練習だった……特に狩られるもの競争(借り物競走はしっているが……)は身体中に焼き肉のたれを塗ってライオンの群れの前で三十分間、ガパティと叫びながら逃げまどう特殊訓練(いったい何の役に立つのやら?)。
途中、メスライオンに捕まってしまい、甘がみ程度にかじられかけたけど……流石に観念してウルウルしながらメスライオン相手にじーと懇願の眼差しを向けてみたら、ぺろっと一舐めされて『めっちゃ可愛いやん、さぁ、お行き、私の餌よ』とガウガウ言いながら開放してくれた♪まじかで、にやけた顔のライオンを見たのは初めてです。
――もう、ロケットにしがみついてでも田舎に帰りたいです。
ちなみにマイ・ラブリー・エンジェル・琴音は怪我をしてはいけないので、お子様用訓練スポット動物ふれあい広場なる所でモルモットと訓練と言う名の遊びをしていたらしい。
さて、今は更衣室でシャワーを浴びた俺は練習施設から徒歩五分の居住地、木造平屋のホームスティの玄関口で靴を脱ぎ、自分の名前が書いてあるかなりくたびれた小さなロッカーに入れる。まるで田舎の公民館のような様相だ。
お気に入りの黄色いキリンさんのスリッパ(琴音からのプレゼント)に履き替えて、おぼつか無い足取りでキィキィ鳴り響くウグイス張りローカをフラフラと歩く。
自室の横開き扉の前にて深呼吸――のつもりが……
さらさらと黒髪を揺らしながら、ふぅぅぅ……溜息一つ……
気を取り直し、いつものとおり、部屋のドアをガラガラ!と開けて、入った瞬間――不可思議な感覚が背筋を走るように撫でた。
あまり、気にしない……
思考回路がショートしたように何も考えたくない……いや、考えられない。
全身の筋肉が部屋に戻った安堵感から弛緩して、力尽きかかっている俺は引きっぱなしのせんべい布団に身体ごとバタリと倒れた。
布団の中で一つ柔らかい感触を感じる……おおっ、琴音、先にねんねしていたのだね。
成長したなぁぁぁ☆と少し感慨深いが、極度の疲労が思考能力を低下させる。
だらしなく服を脱ぎ捨てて、ジャージを着ようとするが、いつもの場所にない……
少しも疑問に思う事無く、一糸まとわぬ全裸にて布団には入った。
『琴音、パパは裸だけど、お風呂入っていると思って気にしないでね』と心の中で言い聞かせ、布団にもぐりこむ。
――ううぅぅぅ、何だか良い香りが、琴音、シャンプーかえたのかな?
う~ん、むにゃむにゃ……琴音とは一つのルールがあり、起きているときには必ず!おやすみのチューを琴音にしてもらう。寝てしまっている時は琴音を抱きながら寝ると言う崇高にて甘美な協定が自然の内に出来ている。
これをしておかないと翌日、琴音はすこぶる機嫌が悪い……ちなみに機嫌が悪いと朝からパワフルな悪戯が待っている。
口にいのししを入れられたり、乳首にドラ○もんの落書きをされたり……天使のような座敷わらしの琴音だが、ジェラシー機能を標準装備しているすぐれものなのだ。
抱き寄せ、頬をすりよせて、琴音を愛でる。
琴音、何だか少し大きくなったのかな?あれっ、琴音、何か首の後ろに手をまわしてくるなんて、まだ寝てないのかな?
一度眠ったら定時までは何があっても起きないはずの琴音……お、おかしい……
極度の疲労で鈍った脳内メインシステム……思考が今の現状が、もしや、ゆゆしき状態では……という、事の異変に気がつく。
視界は漆黒の世界……ただ、顎元に触れている髪、ストロベリーの甘く良い香りが鼻腔をくすぐる。
手で全体をまさぐってみる……布団の中なので相手が確認できないが柔らかな膨らみを二つ確認(まだ、琴音のはずだからと先入観あり♪)
もそもそ、柔らかい感触の腕が肩から首の裏に絡めて身体を引き寄せてくる……謎の物体X……
「あ、あのぉぉぉ、琴音……さん?」
心拍数が上昇……早鐘のようにドキドキと拍動する、一糸まとわぬ姿の俺の肌の上を滑るように柔らかい謎の物体Xが淫靡に艶めかしく動くと心までドキドキ感が浸食していく。
琴音と思っていた謎の物体Xが俺の頬に『ぽにょ♪』とした頬を置いて、思いっきり抱き合う形になってしまった(しかも、俺、一糸まとわぬ姿オプションあり)。
ゴクリ――思わず咽をならす、青春真っ盛り、高坂歩十七歳……
「うれしいですぅぅぅぅ」
耳元で囁かれた甘美な呟き……その吐息は首筋をくすぐる。
あれっ布団よりもふあふあした心地よい感触が背中や足に絡みつく……これって、まさか……尻尾……
「あゆむさぁぁん♪ドキドキしましたぁぁ。もうぅぅ、えっちですぅぅぅ」
折り重なるような肌の触れ合う感触。
ほの暗い中で目が慣れてきたのだろう、今日子が手を顔に当てていやんいやんとぶりっこしている姿を目視で確認。
とんでもない所に来てしまった――どうにか逃げなければ!
「言っていただいていたらぁぁ、タンポポの黄色いくまたんの勝負パンツぅぅ、はいていましたのにぃぃぃ」
――今日子、勝負パンツ、かなり残念さんだぞ――
などと心で叫ぶ俺をしりめにスチーム上気機能搭載みたいにプシュと湯気が全身からあがる今日子……これは金メダルが狙えそうな恥ずかしい度数とみた!かなり、恥ずかしがっている。
「あの、今日子……これは間違いなのです」
「はうぅぅぅ、間違えぇぇ……裸でわたしぃぃのお布団にぃぃ、入ってきてぇぇ、恥ずかしがらないでくださいぃぃ❤」
大きな声は筒抜けてしまうベニヤ板程度の薄壁――周りの部屋に聞こえないように今日子は耳元で囁く……彼女なりに周りの部屋に気を使っているようだ。
「だから間違えで……」
少し思案するように、考察するように歩の瞳を真摯に見つめる。
はっ!と閃いた今日子は『にぱぁぁ』と破顔一笑、完全に表情が緩み切る。
「もうぅぅ、ごめんなさいぃぃですぅぅ。あゆむさぁぁんは、わたしぃぃと子作りしたいのですぅぅ。わたしぃぃ、三百歳のひよっこだからぁぁ、さきにぃぃ、プロポーズがほしいぃぃですぅぅねぇぇ」
ブラジリアンダンスのように情熱的な要素をたらふく含んだ真摯的な眼差しのうえに凄く得心した面持ち……今日子は何かの言葉を待つように一日千秋の想いと期待を込めてこちらの唇をガン見している。
「あゆむさぁぁんのしっぽぉぉは前にぃぃあるのですねぇぇ、あたっていますぅぅ」
うぉぉぉぉぉ――理性の神よぁぁぁ我にご加護ぉぉぉぉ――だって、青春真っ盛りの男の子だもん。
「すこしぃぃだけぇぇ、わたしぃぃもぬぎますぅぅ」
軽くパープルの髪をかきあげた今日子はお気に入りの白いフリルいっぱいのパジャマに尻尾を器用に使い上手く脱ぎ捨てる。
歩の素肌に伝わる感触――柔らかくてあったかい素肌の感触……小さな布を纏った二つの膨らみが押し付けられて形が変わっている。
もう、極楽浄土に逝ってしまいそうです。
「すこしぃぃだけぇぇ、わたしぃぃにもどっって、いいですかぁぁ?」
耳元に吐息を拭きかけるように言葉を紡いでくる。
――私にもどる?
不意に疑問が脳裏をかすめるが心まで温まるような今日子の体温が肌越しに伝わると無意識に抱きしめてしまった。
歩の胸に顔をうずめる今日子は妖艶な雰囲気を醸し出している。
「私では駄目ですか?歩さんの骨の髄まで愛しています。世界中の誰よりも……」
凄く、大人びた声が今日子の口元から零れた――いつもの間延びした今日子ではない、脳内トリップしそうなほどの大人の色香を存分に含んだ声。
ぷるぅと背筋が震えた……直接、脳に伝わり、まどろみにも感じられる切ない願いが籠った響き。
しとやかな中に秋波を含んだ濃密な眼差しに歩は思わず肩をすくめた。
蠱惑的すぎる……歩の精神は未知なる何か取り込まれるように、はっきりとしない意識が更にもうろうとし始める。
「私の目を見て……歩さん……」
その瞳は暖かさと孤独さが入り混じる――とても、不可思議な魅力的光彩を含んだ瞳。
吸い込まれそうだ――意識とは無関係に俺は今日子の瞳にくぎ付けになる。
何かの催眠術にかかったように魅入られた心はうっすらとした闇の中で微笑む今日子の愛くるしい笑顔に抵抗する手段を持たない。
今日子の手が俺の腹部から上半身に滑らせる……とてつもない快楽を感じてしまう。人を魅了する九梶の眷属本領発揮である。
まるで俺の身体は糸が切れたマリオネットのように動けない。
柔らかな感触が戸惑う歩の唇を塞いだ……甘く切ない純真なキス……
少しだけ……寒さで震える子犬のように小さくわなないた。
怖さと好奇心……そして独占欲……揺れる心を攪拌しながらゆっくりと唇を離す。
しっとりとした唇を人さし指でなぞる今日子。感触を確かめながら甘美な眼差しを歩に送る。
「初めてです。ほしいと思った異性。どうして、そんなに私の心と魂を引きつけるの?貴方の全てが欲しい。私をもっと知ってほしい……私の初めて……歩なら全てを捧げても良い……だから……」
小さな双丘を包んでいた薄ピンクのブラジャーのホックが自然に外れる……小さくも形の良い魅惑の果実が露わになると仄かに身体が火照る。
き・れ・い・だ……
暗闇の中で一つの布団の中で俺の瞳に映し出されている女神のような裸体。
ゴクリ……咽を鳴らしてしまった……理性がふっとんでしまいそう――琴音ぇぇぇぇ、ううぅぅ、パパは誘惑にまけてしまいそうだぁぁ。
最後の理性の扉に踏ん張る俺。
ガタン……
その音は突然響く。
小さな音が玄関口で響く……その刹那……今日子の身体がブルルっと震える。
「あれっ、電気つけていったはずなのに」
その声の主……キョトンとした雪野の声……俺の聴覚にも届いた。
ほどなく、電気がつけられると、みあげる視線の先には驚愕のあまりぽか~んとあっけにとられた雪野の相貌が……
まるで世界ビックリ仰天フィクションを眼下で目撃しているような過剰すぎる反応♪
「な、なに、なにしているんですかぁぁぁ!」
怒涛の声だ!声がうわずりながらもオペラ歌手なみに叫ぶ雪野、その瞬間、雪野の足元から怒りと驚きの波を奏でる様に急速冷凍!室内温度が急激に下がり、部屋全体を浸食するように凍り始める。
や、やばい!!生命の危機を実感❤原始的なプリニティブな本能がそう悟ったと同時に俊敏な反応で布団を蹴り上げ立ち上がる。
「ぎゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!へ、変態ぃぃぃぃ!!!!」
この時点でジ・エンドといったところかな……琴音、パパ、ここで殺されちゃうかも❤てへ。
きめ細やかな黒髪が空気を含み『ふぁっ』と舞った。立ちあがった歩のシルエットは男性とは思えぬ、中性的な美の集大成を感じさせるほど魅力にとんでいる。
一糸まとわぬ姿の歩を瞳にやきつける雪野……明石で取れた新鮮なタコを茹でたような、ザ・茹でダコ!のように顔を真っ赤にしてわなわなと肩を震わせて怒り心頭のご様子。
眉間にしわを寄せて、切っ先鋭い鋭利な刃のような眼光でギシッと睨みつける雪野……あれっ今日子の姿がない、霧散したように消えている。
「ご、誤解だ!!雪野さん冷静にぃぃ!」
ペンギンやアザラシが住んでいそうな氷点下まで室温が下がり、低体温の為だろう肢体の自由がきかない……このままでは凍死すると脳内小人会議で満場一致で採決すると、最後の力を振り絞って無理矢理、怒り狂う鬼神の如き雪野の手を掴もうと踏み出すが……
『ぷにゅ……』
寒さの為、意識が朦朧としていく中で……柔らかな感触がまた、唇を覆った。
ああっっ――もう、思考回路は凍結……意識が遠のいていく……あっ、あったかそうなエスキモーファッションの琴音がペンギン達と仲良く、かまくらの中で御雑煮食べている……
そんな幻想が走馬灯のように……ああっ寒いよぉぉぉぉ。