ホームスティは訓練所?
チュンチュンチュン♪
激動のホームスティに来て四日目。
通常なら夢うつつなお時間❤
明け方のスズメの鳴く声よりも早起きなスケジュール……もう、生きる事を悟りきった爺さん婆さん並みに早起きではないか!
とにかく、ホームスティの朝は早い、暁の太陽が水平線にちょこっとニヤケ顔を出した頃、耳には可愛らしい連絡用イヤホンを付けて幸せの色❤黄色いジャージに身を包んだ歩とワンポイントに『タン塩!』と丸文字で描かれているジャージの琴音……朝っぱらから二人揃ってお笑いコンビのようなファッション。
――都会ではこのようなファッションが流行っているのか?
もう、疑問に思うしかないだろう……村では考えられない奇行な一連の流れ。少しばかり?常識とかけ離れたホームスティ生活、うむ、とにかく黒電話を見つけて実家に真相を確かめなければ、などと考えている俺の傍らに、我が愛するハニ―がかなり眠そうに、ぽてっと寄り添うように太ももに頬を当ててくる♪
軽く小首を傾げた歩のジャージの裾をクイクイ☆と引っ張ってお目目こしこし眠たそうな琴音が「おあよーぱぱぁぁぁ」と呟きながら必死に眠気と戦う。
頑張れ琴音♪もう、『おあよー』ってお茶目さんだな❤後で一緒に添い寝してあげるからね❤
ガラリ―ン
突然、歩の目の前に干物の付いたコンニャクが投げられて地面で跳ね上がる――ああっ、琴音、一瞬驚いている。眠気が吹っ飛んだのか?琴音がパタパタと両腕を上下させるとニパァ!と輝くほどの破顔。
笑みを浮かべて、大好きな有名芸能人に渋谷辺りですれ違ったほどの興奮が宿っていく。
あれっ琴音?――土の上に落ちていた棒を拾ってブンブン振りまわしながらコンニャクに近付いていく。
こらこら、アラレちゃんのように棒をもって突きにいかない!もう、ウルウルした瞳で『ぱぱぁぁも一緒にやるのぉ』などと訴えかけない!と琴音とのテレパシー通信(マイブーム❤)ごっこを一人している俺に物理的殺傷効力がありそうな冷厳な視線をぶつけてくる先客……ミュウ。
「遅いミュン!インスタントラーメンが伸びきってしまうぐらい遅いミュン。むしろ謝るミュン、カップラーメンの神様に土下座ミュン!こら、男女!ちょこっとばかり可愛いからってそんなに見つめるなミュン」
――男女?……可愛い?朝から冗談を!この何処から見ても日本男児の俺に?
ふわっとした新風が巻き上がるようにふくと男性とは思えない光沢のあるきめ細やかな黒髪が空気を含み舞う。朝日をめいっぱい浴びで神々しい輝きをみせた。
心の底まで深く浸食していく容姿の美しさ――魅入られそうな不思議で蠱惑的な甘い香りと男性とは思えない神が特別入念に造ったとしか思えない美をたずさえた艶やかな眉目秀麗な麗人――微笑みを浮かべる歩。
その足元で「にゃはは♪ぱぱぁぁぁ、あたまバーン♪」と可愛らしく不可思議な踊りを踊りご満悦に振り仰ぐマイ・スイート・エンジェル琴音。歩の乱れた黒髪が気にいったのか小さな指をさしてクルクル可愛らしく頭を振りながら『バーン』と真似をしてくれている。
思わずうっとり……ああっ、琴音ラブ❤
風に混じり砂埃が全体の八%程度ほど舞い散る視界の中、ちらりっと威勢が良いミュウを見ると、好物を目の前に置かれて指をくわえる子供のように見惚れながらの視線で歩を見ている。
俺の視線に気がついたミュウはプイッと顔を背けて嫌々という雰囲気を漂わせて相好を歪める。
「あ、甘過ぎるミュン……抹茶とあんこが美味しいどら焼きぐらい甘いミュン!どら○モンもビックリミュン。むしろ、甘いコーラに溺れたどざえもんミュン。溺死するほど近親相姦に溺れているミュン」
おろおろっとニートもビックリの大根役者っぷりのミュウ。口を手で隠しながら衝撃的なものを見たように三歩後ずさると「ムカつくミュン!お仕置きミュン!熱線殺菌ミュン!」とピーピーと言い放ち、躍動するような瞳が燃え盛る炎色に彩られる次の瞬間――七色のレーザーが狙いすましたように歩に襲いかかる。
「ぱぱぁぁぁ、おねたんのお目目びゅうー❤」
あれはとても危険なお目目びゅうー☠
目をパチクリさせて指を指しながら鼻息荒い大興奮の琴音を抱きかかえて俺は身体を反転させると、きめ細やかな黒髪がふぁっと広がり艶やかな光沢を見せる。
「はううぅ、朝からいいものをみましたぁぁ。あゆむさぁぁん。お目覚めの口づけしてくださいぃぃ。してくれないと軽く三代先までたたりますぅぅ♪」
明け方の薄暗い空からホァンとした雰囲気で舞い降りてきた柔らかそうな九梶の尻尾が歩と七色のレーザーの狭間に割り込み、歩&琴音を守るようにふわふわとした壁を形成した。
パープルのボブカットをヒョイと揺らして、グリグリメガネの下の唇を少し突き立てていかにもキスしてくれなきゃイヤイヤ❤といった風体で歩のまえに空から舞い降りてきた。
そんなおねだりモードの今日子をジーと訝しげに見つめる琴音――あれ、琴音やきもちやいてくれているの♪
今日子はポケットから紫色の怪しげなリンゴを出すと「琴音ちゃん♪朝ごはんあげますぅぅ。一か月前のとれたてでおいしいですよぉぉ」って琴音、さっきまでの様相は何処へ!
そんなに喜んで受け取るのじゃない!よーくみなさい、今日子の口角がニッ!と上がったニヒルで邪悪な笑みを。
これが毎日続けは困りきってしまうな――そう、初めて東京に上京した青年が電車の路線が迷宮のように複雑すぎて困り切ってしまうほど俺の頬がピクリっと引きつっている。
まずは、安全第一!大事そうに両手でがっつり怪しげなリンゴを抱えている琴音から取り上げる……ぐっーとウルウルと涙目で見つめてくる。ああっ、そんなにジャージの裾引っ張って頬を膨らませてすねを蹴らない、抗議しない。パパも辛いのです☠――こらっ!今日子半眼ジト目でこちらを見ないように!「ちっ」と舌打ちしながら白い九本の尻尾を器用にイジイジシュンとさせない!
――もう気分は幼稚園の先生です……そんなガヤガヤ騒ぐ俺達がそろった事を見計らったようにぴしっとアイロンがかったピンクのジャージ姿の雪野うさぎ片手に笛を持ち、清々しいほど凜とした面持ちを浮かべて「今から点呼をとります」とピーっと笛を吹きながら一列の整列を呼び掛けている。
「さて、今日は持久力と実践力を鍛える為に三日間のタイム設定でホームスティの第二施設のメンバーと模擬戦闘をします。あちらは私どもの第一施設の少数施設メンバーとは違い、大人数の中から選び抜かれた精鋭部隊です……と言うわけで開始時刻になりました。琴音ちゃんは施設で待っていてください。でわ、散開!」
天高らかと木霊した雪野うさぎの声を合図に各々が散っていく……って何が始まっているのだ?琴音が心配そうに俺のジャージの裾を持って『ぱぱぁぁことねぇもいくのぉ❤』とおねだりモードに入っている。はぅぅ、可愛すぎマイ・スイート・エンジェル・こ・と・ね♪
後ろ髪引かれ過ぎてツルッパ毛になりそうな想いを振り切って歩は正面に鎮座する鬱蒼と茂る森の中に入っていく。
そこは古生代シルル紀以来四億年以上の長い歴史を持つシダ植物達が我が世の春を謳歌している不思議な世界が広がっていた。
一歩足を踏み出すごとに下生草の感触が靴を通り越して伝わってくる。
上がっていたはずの朝日に漆黒の暗闇が覆っていく。空が突然、停電したように暗くなる、その怪しげな宵闇はピクリっと心を震わせる。
流星群にも似た閃光が暗闇を切り裂くように上空を流れ落ちている――と、突然、耳元にはめているイヤホンから快活な声が響く。
「パンパカパーン♪うひょう♪第二施設のやつら、綺麗な星にしてやるミュン!りゅーせいおひさまビーム!」
イヤホンからテンション高いミュウの奇声……いやいや、戦闘モードの声が響くと流星群が落ちた辺り、森のかなり奥の方から爆発音と煙が上がっていた――も、もしや、今の流星群はミュウの仕業では?
暗闇が増すに連れて気温も異常に上がっていく、体感温度は三十八度といったところだ。
にしても異常な暑さだ……ジャージにぴったりと張り付くような汗。森に入った途端、世界が変わったような。
暑いと考えただけで暑いのだが――歩がジャージのポケットから可愛らしいクマさん柄のハンカチをとりだして、衣服に張り付くような汗を拭った刹那。
ガサガサ……ドタン!
前方の木から体操着にスパッツ姿の女の子二人が落ちてきた。
「や、やりますわね」
「今の攻撃……気をつけて、あれが第一施設に入ったテンプテーション使いよ」
何だか俺の知らないところで攻撃をうけたらしい。ところで誰にだろう?
「あ、あのぉー、お怪我はないですか?」
ニッコリ、相手に警戒心を与えないように極上のスマイルを浮かべる――あれ、片方がタコ入道のように真っ赤な顔で倒れてしまった。
「く、くぐみ!しっかりして。な、なんて強力な力なの!」
女の子が俺をぐっと睨む――が直ぐにまどろみを見る様にボヤ―んとした眼差しになっていく。
「あ、あの……二人っきりになれたのは思わぬ僥倖。あ、あなたは……か、彼氏さんはいるのですか?」
な、何故か気温よりも熱い眼差しでこちらを見ている――とりあえず、恐いのでプルプルと首を横に振る――か、彼氏?この子頭大丈夫なのか。
「美味しすぎます。貴方に巡り合えなかった今までの人生なんて損をしていたのでしょう♪」
何かに取りつかれたような足取りで一歩一歩、下植物を踏みながら俺に近付いてくる。
「さぁ、そこの幹に大人しい寝てください❤満開にしましょう、百合の花を」
あれっ、この子、口元からよだれ垂れている……百合って、ひいぃぃぃぃぃ!何か誤解している。
三歩下がれば三歩進んでくる一進一退の攻防、どうしたのだ、いったい。
「さぁ、私と未知なる世界に行きましょう」
女の子がするすると体操着と服を脱ぎ一糸まとわぬ姿に!先ほどまでの汗とはジャンルの違う、冷えた泉から湧き出たような冷や汗が汗腺からどっとわき出てくる。まるで天然クーラーのように体温が下がっていく。
この明らかに怪しい目つきの女の子――逃げたら手痛いお仕置きしますよっ!と言う意識が伝わってくる。
ゴクリとのどをならす俺……今の状況を『カクカクシカジカ』と説明できないほどの緊迫感が。
追い詰められた俺はぐっと目を瞑る……心臓が張り裂けそうな程ドキドキする。
その刹那――物凄い熱気と聞きなれた声が俺の緊張をほどいてくれた。
「許さないですぅぅ。わたしぃぃのダーリンに手を出したら三途の川におくってあげますぅぅ」
突然、イヤホンから間延びした声が聞えると、徐々にリアルな声と重なっていく、天から降り注ぐ九梶特有の業火が視界いっぱいに渦巻く。
「この子たちはぁ、あゆむさぁぁんのテンプテーションの能力にやられたのですねぇぇ。浮気しほうだいですぅぅ。わたしはぁぁ、あゆむさぁぁんにひ・と・め・惚れですからぁ」
突然舞い降りてきた今日子、パープルのボブカットを揺らしてなんだかもどかしいように指をイジイジしながら焼け跡を見る、そしてくるりっと回転して歩を上目使いで覗きこむ。
空模様が突然かわり、空から煌々たる白銀の月が漆黒の中で一際存在感を示している。
――この島は何なのだ?いきなり夜になるなんて。
驚いた俺に気がついたように今日子はにんまりと笑って腕に絡みつき、俺を押し座らせるようにピョコンと腰を落とした。
「奇跡ですぅぅ。沢山の条件が重ならないと空は変わらないはずですぅぅ。ただしぃぃ、生理学的にぃぃ、身体がしんどくなる事があるみたいですぅぅ。あゆむさぁぁんは大丈夫ですかぁぁ」
あれ、今日子の瞳の色がやけに何かしてやるぞ!的な要素が溢れているような――手をわしわしさせて……何故、ジャージの胸元に頬を赤らめながら手を置くのだ。
あれ、俺のジャージのジッパーをお下げになるのですかぁぁぁ!――抜けだそうとするが意図的だろう九梶の尻尾が身体中に絡まって動きが取れない。
「わたしぃぃのわがまま……叶えていいですよねぇぇ」
透き通るようなきめ細やかな肌……そして血色の好い唇がそっと近づいてくる。
ドキドキと心臓が鳴り響く――っ。
「瞳からレーザー!」
イヤホンから聞きなれたセリフが流れた刹那――強烈な七色の光が闇の彼方から一直線にこちらへ、今日子が尻尾を盾にして防いだと同時に巻き起こる強力な爆風に吹き飛ばされていた。
うっすらと脳裏によぎる――ああっ、琴音と村に帰りたいぃぃ。
――見つけた♪――
妖艶で優しく懐かしさを感じる声がしっとりと脳に響いた……この声がのちに歩にとって重大な意味合いを持つ事は故郷の村の三丁目の田中さんも知らないだろう。