力を受け継ぎしもの・・・そして・・・の巻
終盤戦です。
楽しんでいただければ幸いです。
◆
物質同志がぶつかり合う音色と空間が切り裂かれる音色が二重奏のように狂想曲ように部屋を超越した空間に鳴り響いていた。
やがて、均衡していた力は徐々に傾き、その本流をのみ込むように渦をまくと空間が収縮していく……
――パランッ――
マジョラムを連想させる、いくつもの輝きを放ちながら空間がガラス細工のように儚く砕ける。
「うふふ……貴方の血肉は私への贄となり、其の力強い心臓は……」
嬉々としたアスタルテの声音は祭囃子を彷彿させるほど高揚感が色濃い。
そのワルツを奏でたような優雅な『天の暁の明星』の演武が『神が如き強者』を劣勢に追い込んでいく。
はためかせて空気を含み、ふわりと軽やかに柔らかく舞ったセーラー服の裾からは意志を持った幾重もの光が、砂時計のような一律の流れで、白銀の月の美しさ連想させるしらべを奏で幾重にも張り巡らされているアザエルの結界を地獄の餓鬼が無限に食い荒らすように食い尽くす。
その一つ、一つの破壊力は二人が戦う空間を削るように消滅させるほどだ。
例えるならアジア大陸を一撃で沈める程のオーバーキルである。
「アスタルテ……美しすぎます……私は堕天してこれほどの快楽を味わったことはありません」
恍惚した端正な面持ち……快楽をむさぼっているような高揚感。
ひと雫の潤いが大河のように押し寄せる水のように快楽が全てを覆う。
大気を貫き幾重にも襲いかかる光の鞭、意志を持つヤマタノオロチのようにその牙は懸命にかわすアザエルを追い詰めていく。
「素晴らしすぎます。その力……まさに世界を照らす暁の力……そして、そのお尻。ああ、一度だけで良いです、そのお尻を……」
その眼差しがお尻を見つめてうっとりさせてアザエルは心地よく口角を僅かに上げた。
左手に握られていた大きな剣は原型をとどめられないほど光の蛇に食い破られ、背中を覆う翼も無残な姿になっているがアザエルは何か楽しんでいるように微笑んでいる。
襲いかかる光の蛇を紙一重でかわし続けるアザエルだったがその終わりはあっけなくやってくる。
ドスンっ――傷ついた翼に覚えのある障壁の感触がなぞられるように触れる。アザエルは悟っていた、退路は断たれた事。そして、最後の瞬間が刻一刻と迫っている事を。
しかし、相反するように、その面持ちには奇妙なほどの嬉々とした喜びが感じられた。
アスタルテの強大すぎる力の前に防戦一方のアザエルが感嘆した言葉を漏らす。
それはまるで……神と称された者の美しさ、現世に存在するとは到底思えない世界を食いつくす白銀の光の蛇……。
パレットから赤色がキャンパスにたっぷりと色付けされたように瓦礫と化した床に滴り落ちるアザエルの鮮血が煌びやかに勢いよく二度・三度と宙を舞った。
引き締った肢体からすっぽりと引きちぎられた左わき腹の部位を手に抱え、恍惚な面持ちのリリンに痛みをものともせずアザエルは灰色に鈍く輝く大剣を握り、持てる膂力の全てを込めて袈裟切りに振りおろす。
ニコリと微笑むアスタルテ、歩のテンプテーション(誘惑)能力も加わり美の女神を超越するほどの美しさがふきでている。
「わが大剣は折れても、我が大剣に宿る魂の誓いまでは折る事はできません。さぁ、その形の良いお尻を……」
口内から吐き出される吐血が拭う事もなくアザエルは力強く一歩踏み込み、アスタルテ懐の間合いに入る。
瞬きも追いつかぬほどの刹那な時……横一文字に切りあげたアザエル。正確にロックオンしていたはずのターゲット……鈍く輝く大剣が幻影を付きはらい、虚空を切ると同時に遠心力で大剣に引っ張られるように血飛沫をあげて右腕が引きちぎれ、床に転がっていく。
「くふふ。とてもお似合いですよ。血も滴る良い男ですね。ただ、あいにくですが、私は男には興味はないのです。百合の世界に生きる者として唯一、この身体を共有するリリンだけは興味はありますが」
驚愕と激痛が二重奏のようにアザエルの体躯を駆け巡る。末路を悟った端正な顔を歪めたと同時にアザエルの胸を突き抜ける一筋の閃光にも似た一撃。
あまりの速さ突風が部屋中に吹き荒れる。
その閃光の正体、それは血に染まった白皙の腕。アザエルの胸を心臓をアスタルテの無情の一撃が蛇の口のように食らいつく。
その手は狙いすまされたように脈打ち拍動する心臓を掴みとり、溢れだす血肉を引き裂き、ドクリッと脈打つ生命のポンプをアザエルの身体から強引に剥離させ、高く掲げた。
まき散らされたレッドルビーのような魔性に輝く血液……それは無造作に噴水のように床を艶やかにそめていく。
魂と肉体の均衡が破られたように脳内トリップがおきているのか?痛みを超越した快楽を得たようにアザエルのオッドアイの瞳から生命の光がかすみのように薄れていく。
「ははは……お、お見事です……私も世に謳われた剛の者。赤子のように、こうも簡単に打ち取られるとは……最後にキュートなお尻をまじかに見られて感無量です……」
虚空の色を秘めた瞳は過去と現在の走馬灯を遠くに見ているようだがチラリと現実的にアスタルテのお尻もみている、性欲強し!虚ろにだが這いつくばるまでにそれほどの時間はかからない。まるで、崩れゆく運命を悟っている砂のお城や壊れたブリキ人形のようにアザエルは力無く震える膝元から慣性にしたがいゆっくりと崩れ落ちた。
悲運を秘めた『神が如き強者』妖艶な堕天使が唇を微かに動かして虫の息ほどの小さな言葉を紡いだ。
「最後にアスタルテ……いや、リリン様の端正で麗人たる美しい笑顔にみとられること本望のかぎり……」
生きる事……いや、活動する事に疲れたようにアザエルの身体は生きる事に終焉を迎えつつある。
血に染まり光沢に溢れた漆黒色の前髪を撫であげたアスタルテは生命活動の停止直前のアザエルの傍に立つ。
ペロリっと舌で唇を舐める……その微笑みは勝者の余裕を含み、ゆっくりと膝を屈んで死にゆくアザエルの蒼白した頬が触れ合うほどの距離に相好を寄せた。
アザエルは小さく口角を上げる。虚ろな瞳だか、その満足した破顔は殺人的な魅力を秘め、妖艶すぎる微笑を浮かべている……えぐれた筋肉細胞、繊維質、むき出しになった骨、血まみれの肢体、動く力も残っていないアザエルの煌びやかで神秘を感じるレッドルビー色の鮮血が弱まったシャワーのように吹き出し、白く透き通る肌にはじかれるように床に滴っている。
アザエルの頬に右手をそっと添えるアスタルテ。優しく慈愛に満ち溢れた雰囲気が華やかに広がっていく。
「アザエル……見事な戦いぶりでした。戦いの最中にでも私のキュートなお尻を見つめ、割れ目を視姦して、身体が貫かれようとも、視線は二つに割れたぷりりんとしたキュートなお尻を貫く精神を宿し。その揺るがぬ信念、大変に気にいりました。お尻大好きな貴方にチャンスを与えます。貴方は私に忠誠と血の契約を結び、私の下僕として私に死が訪れるまでその身を私に捧げると誓いなさい。そして、生きつづけなさい」
包み込んだ……アザエルの首を抱きしめる様に両腕を回し、たんぽぽの綿毛のように柔らかに優しく、アザエルを称えるようにアスタルテは愛しみの微笑みを浮かべて静かに抱き寄せた。
俺は……そう、俺の意識は完全に傍観者だった。
魂の中、意識の中で俺はアスタルテの何かを否定する度に俺の自我がアスタルテの猛々しく輝く意識に強く浸食されていく
――やめろアスタルテ、男同士は駄目だ!とめてください、おとめになってぇえ!――
これからアスタルテが行う行動が瞬時に理解できる、おおっ!マーベラスと言いたいが共有している脳内思考部分が教えてくれる。
当然のように俺の魂の訴えはアスタルテに軽く無視される(涙)……そして、俺の抗議とは対照的に、相好は極上の微笑みを浮かべていた。
柔らかな指先が青白い唇をそっとなぞる――こ、こらぁぁぁ、止めてください☠俺の唇は全てマイ・スイート・エンジェル琴音のものだからぁぁぁ❤(ぽっ)
アザエルの青白い唇に何らかの魔力をふき込む為に自分のくちびるを重ねようとした刹那。
ドバァーン!
突然、爆発して粉塵をまき散らした扉の方から「ここの悪趣味な扉も立てつけ悪いミュン!」とても聞き覚えのある声が耳を劈くほどのボリュームで咆哮する。
口づけ真っ最中のアスタルテと大きな瞳を驚愕してさらに大きく見開いたミュウの視線がお互いに交差する。
「あああぁぁぁっ!最低ミュン!人として終わっているミュン!そっちの、棘いっぱいの薔薇の世界に行って怪しい同人誌のモデルになるつもりミュン!お前、クリスマスローズよりエロいミュン、クリスマスローズは薔薇ではないのにローズだミュン!人が……いやいや、アンドロイドがちょこっと心配して来てみれば、浮気ミュン、現行犯ミュン!公共公序が守られてないミュン!かなりエロいミュン、今日からお前の事、同性愛エロエロ奉行三号と呼ぶミュン」
一号・二号は誰なのか気になるところだが……などと考えている余裕は俺にはない、意識や存在が消えてしまいそうだ。
ぐったりとしているアザエルを床に置くとアスタルテは口角をニコッとあげて余裕が溢れだすように優雅に振り返りキーキー!とお猿さんのように咆哮するミュウと対峙する。
「いいいっ、今、ちゅゅゅゅゅーをしようとしていたミュン、私の断りなくくちびるを捧げるのは駄目ミュン、三丁目の田中さんは許しても、私は許さないミュン!もう、閻魔大王にチンコ切られろだミュン!」
――三丁目の田中さん?あの島に番地があったのか?――
ムッキ―!と両肩が怒りの気炎をモクモクあげて、アホ毛全開のツインテールをピコピコとフラワーロックなみに揺らし続けて花粉をまき散らすように怒気をまき散らしている。
「威勢が良い子、少しタイプだよ。貴方は誰……私の事が好きなの?いつでも抱いてあげるわよ」
その言葉は優雅にて峻厳……エゴイズム的でツンデレ志向。
歩ではない何者かの言葉……くちびるから紡がれる心まで魅了する宝石のようにキラキラと光彩を放つ女性の声。
下唇を噛んだミュウ、その意志は肉食獣のように強い牽制を示している、そしてアスタルテを睨む黒目がちの双眸が一気に胡乱を含んだ色に変わる。
「お前……私の事を近親相姦のように愛してくれるお兄ちゃんじゃない、誰ミュン?……はっ!もしかして、血みどろになるほどの激しいSМプレイをした後のように死にそうに寝てしまった奴と危ない夜のBLに目覚めて、あまりのショックに二重人格になったのかミュン!お兄ちゃん❤カムバックミュン!男性しか興味が無くなったのならお前、ロバさんにキスされて、口臭を胸いっぱいすって一回死んだほうがいいミュン。もしくは、私と結婚したらしっかり強制してやるミュン、……あっ、お前、お兄ちゃんだから背徳な関係になってしまうミュン、萌え萌えミュン」
頬をまっかにして噴き上がる顔からの蒸気、灼熱ボンバーほどの熱い眼差しで『ぴしっ!』とアスタルテに一指し指をつき立ててキリッと鋭い眼光で正眼する。
「歩?……リリスの子?私の中にいる人格の事……彼はもう、現れない……私があの子を守るから。私を必要としてくれたあの子は私が大切に愛してあげる。天使から守ってあげる。私が私であるかぎり」
言葉は穏やかだが決意に満ち溢れた宣言でもあった。その想いはあの日、セラフと対峙した時以上に濃厚で強い意志が感じられた。
軽く顎をあげて見下すようにミュウを見る姿はいつもの歩とは違い大人びて妖艶だった、血の魔力が活発的に歩の身体と魂を繋ぎ、融合して見る者を蠱惑的な世界に引き込んでしまう。
セーラー服からポタリと滴っているレッドルビーの鮮血がすっーとひとさし指まで流れ、その血まみれの指でくちびるをなぞると艶やかなルージュと錯覚するほどの色香が溢れだす。
その姿を見つめるミュウは脂汗がどっと溢れだす。
「お前、吸血鬼か貧血か、喜色悪いミュン、琴音が朝ごはんの海苔にタバスコをかけてお味噌汁と一緒に食べる時ぐらい喜色悪いミュン!良く解らんが、壮絶な爆死をしたくなかったら、素直に歩を返すミュン!」
『べらもうめー!』江戸っ子気質で啖呵を切ると残念なほどの薄っぺらい胸を突き出し、傲然不遜の態度をとりまくるミュウをリリンは小動物を見る様な微笑ましい眼差しで見つめている。
「返す気はないと言う事かミュン。自信満々に見てくるなミュン。わかってるミュン、象とミジンコぐらい力の差があるミュン……私ではまったく歯が立たない事ぐらい……だけど……」
鋭く細められた目には諦観と覚悟が入り混じっていた。
アホ毛のようなツインテールがピコピコと靡く、ふっとミュウの小さな身体が宙を舞う。
ミュウの全身に躍動感あふれる膂力がみなぎっていく。
そのしなやかな筋肉……弾けたスプリングのようにミュウが長いストライドを刻んで一気にリリンとの距離を詰める。
その相好には笑みは浮かんでいない――じんわりと熱を持った瞳がリリンを射抜くように紅色に変わっていく。
「瞳からレーザー!!」
刹那、七色のレーザーが鋭い瞳から発せられる。
狙いすまされていた……空中を滑降させレーザーを下降気味に放ち、地面を抉る様に砂埃を立たせて煙のように全ての視界を覆い奪う。
ミュウに唯一できる作戦、それはエキセントリックな奇襲しか活路は開けない事は両人ともに共通認識であるようだ。
「…………」
王者の貫録ともいうべきか、臆することなく悠然と構えるアスタルテ……そのしなやかな指先が宙に何かを描いた。
沈みゆく夕刻が闇に紛れる様な、切なく黒い恐怖を感じる雷が一閃放たれると砂埃に身を隠し正面から飛び込もうとしたミュウの胸元を正確に大きく打ち抜き、その衝撃でミュウは紙くずのように弾き飛ばされる。
「ミュュュュュュン!!!」
一瞬の出来事だった……
驚きと激痛がミュウの思考と神経を蝕む、咽から唸りだされた悲鳴にもならない声が痛々しい。
床にこすりつけられるように弾き飛ばされたミュウは直ぐに片膝を付きながら態勢を立てなおす。
胸元にぽっかりと空いた穴……右手でなぞる様に確かめる。
――まだ、死ねないミュン――
意志の宿った瞳。ぐっと顔を歪ませて震える身体を律して弱弱しく立ち上がったミュウ。流れ落ちる血に狼狽することなく、視線をリリンに向けふっと小さく微笑んだ。
力が急速に抜けていく感覚――限りある微量の力を使って、おぼつか無い脚で一歩一歩歩み寄る。
苦く乱れた小刻みな呼吸がミュウの口から零れるが双眸は強い意志がぶれる事なく目標と定めたアスタルテをとらえ続ける。
二人の距離は一メートルにも満たない。アスタルテはただ静かにミュウを見つめている。
次の一歩を踏み出そうとしたミュンのバランスが崩れる、そして、吸い込まれるように臆する事なく推力にゆだねてアスタルテの胸に身体を預けた。
身体中に小さく痙攣がおき、痛みを堪えるミュウ……その瞳、勝気だが困惑と信頼を混巡した色が浮かんでいる、無意識に流れる頬をつたう涙が心の慟哭を訴えている。
「言い香りミュン……歩の芳香ミュン……私の大好きなお兄ちゃんの香りミュン」
ミュウは上目づかいにギロっとアスタルテを睨む。
「私の命なら直ぐにでもあげるミュン……煮るなり焼くなり好きにしていいミュン……だから、お願いします、歩を……大切なお兄ちゃんを返してください……」
その言葉は懇願の色を強く含み、心からの発露だった。
グッとセーラー服を掴む力が強くなる、相反するようにアスタルテは微笑み、しなやかな指で、すーっとミュウの瞳の涙をなぞる。
「とても可愛い子、私の大好きな一途な仔羊さんタイプ……う~ん❤貴方が私と一晩添い遂げてくれるなら、この子の肉体と精神、しばらく返してあげてもいいよ❤」
イタヅラッぽく瞳を輝かせたアスタルテはミュウに問う。
「わ、わかったミュン……だから、歩を返すミュン……は、初めてなのでお手柔らかにしてほしいミュン」
――かけがえのない絆……良い仲間に巡り合えたねリリン――俺の意志にもう一つの意志が語りかけてくる。
クスリッ♪……しとやかで愛らしい微笑みを浮かべた……俺の意識とアスタルテの意識が繋がっていく……そして、理解した……アスタルテは俺であり……俺はアスタルテである事……。
突然、五感の全てが戻り視界が開ける……俺の目の前に苦しそうな朦朧とした上目使いで真っ赤な血を胸元から流すミュンが飛び込んでくる。
「ミュウ……」
俺の言葉……聞きなれた声音が聴覚に届いたミュウは安心したように相好は崩れた……俺は弱り切っているミュウに不謹慎にも可愛いと思ってしまった……決してドSではない!愛するマイ・ハニ―琴音以来の珍事である。
「やっと戻ってきたかミュン、しっかりご指名したのに来るのが遅いミュン……ご指名料が私の命では足らなかったのかミュン」
にまにまと笑いながらミュウは震える手で俺の手をとり胸に押し当てた。
あるはずの柔らかさがなく、ぽっかりと穴が開いていた。
「ふぅぅぅ、さすがの私もきついミュン……人間だったら即死ミュン。私も意識が……遠いミュン……歩お兄ちゃん……最後のお願い事聞いてほしいミュン」
吸い込まれそうな瞳……俺は不謹慎にもゴクリと咽をならした。
「最後……私が起動停止するなら歩お兄ちゃんにくちびるを重ねながら死にたいミュン。後生ミュン……」
にへらっとしたいつもの純粋無垢な笑み……添い遂げたい想いがにじみ出た懇願……俺はミュウの弱り切った肢体を抱き寄せた。
助けて、誰か、ミュウを……失いたくない……その想いが心から溢れるように涙がせきをきったように滂沱する。
「泣かないで……ミュン」
微かに聞えるミュウの言葉――苦しそうなそぶりを見せないようにミュウは懸命に笑顔を浮かべる。
柔らかな小さなくちびるは最後の時を待つように震えている。
こくりこくりと眠るように瞼が重力に逆らえなくなるようにミュウは静かにゆっくりと暗闇の世界へいざなわれる。
死は生きる者全てに平等に訪れる権利――たどり着く畢竟……哀しくて張り裂けそうな想い、涙が止まらない。
この通過儀礼だけは避けたい……早すぎる……ごめん……ミュウ……
辛すぎる感情をおさえて、ミュウのくちびるが触れ合った途端、ミュウが持つ独特の香りバニラのような甘く優しい香りが鼻腔をくすぐる。
死なないで……お願い……死なないで……
血と熱気で彩られたミュウの身体が最後の時を迎える様に、少しづづ俺の身体に沈んでいく。
涙で歪む視界で俺はミュウと口づけを重ねた……少し冷たくなったつぶらなくちびる……愛らしく整った相好の血色が白から土色に変化していく……完全に瞼を閉じたミュウを強く抱き締める。
ごめん、いつも助けてもらってばかりなのに……もっとミュウと一緒に寄り添いながら語りたかった……一緒に俺の地元のラーメン食べに行く約束も果たせないなんて……生きてほしい……俺の命を代償にしても……
――リリン、その子に生きてほしいの?私が願いを叶えてあげる……だから、私の代わりに親友を止めて。貴方にお熱をあげすぎている親友を……
その言葉が俺の意志に直接響くと、共有していた心の中で何かがはじけた……
暖かく信頼できる想いが俺の身体を駆け巡るくちびるを媒体にミュウの身体に流れこむ。
魂が攪拌されたようにジェットコースターにでも乗っている感覚が突然、俺を襲う。
ただ、はっきりとわかる、ミュウのくちびるから広がる熱がじんわりと身体中に波紋していく、頬・首・胴体・腕・脚・が生気を取り戻していくように脈うち始める命の息吹。
「ミュン……」
小さいがはっきりとした言葉が俺の心を震わせる。
温かな体温がセーラー服を挟んで伝わってくる。
ミュウの体温をもっと感じたくてミュウの身体を包み込むようにぐっと抱きしめる。
――ミュウ、よかった……
触れ合う肌がミュウの鼓動や体温をさらに感じさせてくれる。
「生きているミュン……胸に開通したトーマス君が走りそうなトンネルも塞がってるミュン……」
?マークが頭上に浮かんでいるミュウだがツインテールアホ毛マックスまで揺らして、パサパサと両手で身体中をまさぐり歓喜の声を上げた
「ふふっ……アスタルテの魂の欠片がその女に宿り……移り住んだのだ……」
背後からの突然の声。
俺は背後に振り向く。そこに左わき腹を押さえ苦渋の面持ちを浮かべるアザエルが稀有な物を見るように正眼している。
「リリン様……恐れながら、お二人はアスタルテの魂で結ばれた者同士、血縁よりも尊く、
兄弟姉妹よりも深く結ばれてしまいました。羨ましいかぎりです」
ふぅ、と溜息を一つ零したアザエルの身体中の傷が見る間に癒えていく。
「魂の共有?と言うことか……」
俺はミュウを見つめた……そこにはいつもの馬鹿でどうしようもないほど天真爛漫で愛おしくも感じられるミュウが破れたジャージを眺めて「雪野に怒られるミュン、つぎはぎしないけないミュン。はっ!おっぱい丸見えミュン。これは、歩お兄ちゃんに襲われて揉まれた事にしとくミュン」と慌てふためきながら、残念すぎる沈んだ言葉を吐いている。
「あっ、忘却の彼方に忘れていたミュン。キツネの丸焼きが出来上がる前に今日子を助けて恩をきせるミュン」
ポンっと手を叩き、思い出したようにミュンは声をだす。
「今日子も来ているのか?」とイタヅラッぽく質問すると、ぶすっとした面持ちで「お前、やっぱりお尻四つに割ってやるミュン、ホームスティの仲間は家族ミュン、絶対に見捨てないミュン」強い意志を宿した眼差しが凄く印象的だ。
「リリン様、私がお部屋までご案内いたします」
いつの間にか黒いタキシードに身を包んだアザエルは深ぶかと慇懃に頭を下げる、空間に魔力が発せられて、灰塵と化していた物が全て復元されていく。
「SМ大好き変態が何故、協力してくれるミュン?」
物凄く怪訝そうにアザエルのほっぺたをつねりながらミュンは悪態をつく。
ふっと笑みを零したアザエル。
「今は我が主はアスタルテ……いいえ、リリン様……貴方様でございます」
と意味含みな笑みを浮かべる。
「報奨は一夜の契りでよろしいですよ。ああっ、あの柔らかなお尻……お美しいリリン様と一夜のアパンチュール……攻めては私です❤素敵ではないですか」
い、痛い……この精神的ダメージは……こ、こいつ、今日一番のエロくて熱い視線を向けてきやがる……威力的には壁際サークル同人誌のBLクラスを想定してやがる視線……怖いっす。
「とにかく案内するミュン、あの乳牛年増女にやや乳牛化けキツネがやられ
る前に助け出すミュン」
ミュウが俺の腕を絡めとり意気揚々とズンズンと扉に向かっていく。
今、俺はこの城で何が起こっているのか全く分からない……ただ、ミュウが……ミュウの元気な姿と巡り合えた幸せを今一度噛みしめている。
神様が助けてくれたのならお礼を言います。
『あ・り・が・と・う』と……
いかがでしたか?
この作品には思い出いっぱいあり、僕の処女作であり、GA大賞二次落ち作品でした。
今思えば、懐かしい限りです。
新作、たんぽぽ荘も少しづつアップしております。
感想・ご意見などお待ちしております。
また、お気に入り登録まってまーす(☆∀☆)




