はじめましての仲間達は誰ですか?
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昭和の伝統、藺草の香りが鼻腔をくすぐる――懐かしいときわ荘のような古ぼけた畳の感触――俺は距離的に土星よりも遠い、闇深い意識の中から目覚める為にゆっくりと瞼を開けた。
仄かに肢体の節節が痛い。まるで何か入念に検査をされたような感覚だ。
ぼんやりと霞む視界にはお世辞でも平成の物とは思えない、古ぼけた小さな台所――質実剛健な部屋主を連想させる六畳一間の部屋……まるで漫画に出てきそうな貧乏学生の部屋みたいだ。
気怠い身体に力を入れて『ゴロン』と寝返りをうった俺。慣性の法則にしたがった右腕の進行を遮断したコンパクトな丸いちゃぶ台……
その先に……ドラ○もんが好んで住んでいそうな、年季の入った押入れに薄い布団の上下が一枚――シングル用だろうか?などと考えつつ思考能力が徐々に回復してくる――てっ、な、何なのだ――
身体を起こそうと脳が信号を肢体に送るが重力を味方にしている畳が俺を愛している恋人のように離してくれない……
例えるなら、村の商店で買い物するときに「おおっ、歩ちゃんに琴音ちゃんいつも仲がいいね。よぉーし、可愛いからおまけするぞ」といって二百グラムのお肉にコロッケが三個ついた袋を持って、マイ・スイート・エンジェル琴音に「パパぁぁ、パパにのるのぉぉ」と反則気味に純粋無垢な太陽の輝きの笑顔でニッコリ催促しながら肩車をせがまれて、琴音を担ぎながら畦道をとぼとぼと家に帰るぐらいの重力を感じる……気怠い身体に鞭うって立ち上がった俺はプラスチック見たいな白がかった立てつけの悪い窓をガラリっ!とずらして外を見る。
窓から入ってくる空気、何て美味しい空気が満ち溢れているのだろう♪
透き通るような透徹した空から舞い降りる陽光に彩られた樹海と、凛とした佇まいを感じさせる築ウン十年クラスのこの建物……
あれ……とても気持ちの良い青空を滑空しているプテラノドンの姿が……?
うぁぁぁ――な、なんだんだぁぁ――ここはアマゾンかよ!いやいや、白亜紀では?と眼下に広がる広大な景色に胸打たれ感心しながら一人乗り突っ込み!
一面の麗しいほどの自然の息吹、その名もザ・緑……いやいや、有り体のままに言うとジェラシックパーク並みのジャングルと言うべきだろう(恐竜飛んでいたし❤)、熱帯雨林かいっ!と再び、大阪のノリで突っ込みたくなる。
私の瞳に映し出された景色に大声をあげて、コングラッチレーション♪などと叫びたくなる心境。
茫然だ、現実を理解できていない俺の心よ☠
ふぅぅと溜息一つ……右手をおでこにおいて、窓越しに身体をわなわなさせながら立ち尽くしてしまう――俺。
ああっ……哀愁。
そして、その声は突然響いた。
「ミュン!!」と背後から猫かい!と思ってしまう、愛らしい奇声ながらも凛とした声が俺の聴覚に突き刺さる。
ヨレヨレになったしどけないセーラー服を翻し、ぐるりと振り向くと中学生……ぐらいだろうか、あどけなさが残る相貌に『電電太鼓!』と大きく金文字が刺繍されて黒色のジャージの上下を着ている少女。
フラワーロックのようにアホ毛とツインテールをピコピコさせて、ぐぐっと気合いが入ったように腕を組み、傲岸不遜なオーラを漂わせながらこちらを睨んでいる。
うむ、なかなか、可愛いではないか……な、ことね……
いつも琴音がいるベストポジションにやった手が空をきる……。
い、いない!――その一瞬が永遠に感じるほどの驚愕が俺の全神経を早馬の如く駆け巡る、コンビニでエロ本を買っている所を初恋の女の子に見つかってしまい、翌日、クラス中の噂となりあたふたするほどの衝撃レベルだ……肉体が死後のように硬直する、ザ・金縛りといったところだ。
――はっ、こ、琴音がいない!俺のラブリーな天使、マイハニ―がいない――俺の中で超ド級、超絶アライグマ級の動揺がビックウェーブとともに心を浸水させる。
「琴音は!俺のエンジェル!琴音は何処だ!」
我ながら口にすると恥ずかしいセリフだが我を忘れた俺、マヨネーズの最後の一絞りぐらい渾身に振り絞った怒気を十二分に含んだ俺は猛禽類がごとく『ドドドー!』とアホ毛が揺れるツインテールの少女にガブリ寄る。
我を失った俺を綿埃を掃う程度に軽くあしらうと威圧的に腕を組み「ふん!」と血気盛んに鼻をならして俺を仰ぎ見る。その瞳は背筋がぞっとするほどの氷点下の冷淡な瞳……南極のペンギンさんも凍えますよぉぉぉ。
ピンと触覚のようなアホ毛とツインテールをピコピコさせた少女は丸いちゃぶ台を押しのけて、「ふぅぅ」と大仰に溜息をつく、大根役者のように頭をかかえながら眉間にしわを寄せて怪訝な面持ちを浮かべる。
「お前……女装趣味のロリコンかぁミュン」
マイナス百度を超える絶対零度の域に到達しそうな冷厳な眼差し――英語で言うとシニカル――そんな攻撃に負けてたまるか!
あっ……少女の瞳から、少し、ダイヤモンドダストが見えた気が……
「琴音は少し歳の差はあるが俺の世界で一番のお姉さんなのだよ」
たった三百八十四歳差じゃないか、愛に性別や人種、妖怪なんてそして年の差なんて関係ない!と言いきれる俺は少し変態かもしれない(自覚症状あり❤)
畳が敷き詰められた六畳間を揺るがすほどのドン引きオーラを出しながらも表情の変化は微塵もない。
もう、その眼差しは半眼ジト目……アホ毛ピコピコのツインテールの少女は握った手を額に当てて呆れ顔で言い放つ。
「琴音……あのちっこい座敷わらしミュン?今、メディカルチェックミュン。お前はここでの先輩の、私に対して礼儀がなっていない、体育会系なら初めが肝心ミュン!しっかりとすじを通せミュン!」
何か、アホ毛揺らしてミュンミュン言いながら頬を膨らませてプリプリと怒り心頭――メディカルチェックって?……な、何なのだ、と思考回路を働かせようとした瞬間。
「ぱぱぁぁぁ☆」
おお!天使が……俺の心のオアシスの快活な声がキィーと音をたてるウグイス張りのローカから響く。
クイーンっとチョロQが如く小回りのきいたカーブラインを描いて黒髪を揺らした琴音が部屋に猛ダッシュで飛び込み脇目も振らず、一目散に俺に飛びついてきた。
がっしりと受け止める俺❤もう、表情も心も至福のひと時である。
キラキラと破顔した❤俺は包み込むように全力でマイハニ―をぐいっと抱き寄せて可愛らしい額にチュッと口づけをすると琴音は「にへへぇ」と照れ笑いをする。
――愛しているよ!マイ・スイートハニ―琴音❤
琴音は『にぱぁぁぁ!』と輝く満点の満足顔だ。
その瞬間、俺&琴音の熱々の湯豆腐やフレアよりもさらに熱い、そう、熱すぎる抱擁を間近の特等席である真ん前でガン見していたツインテールの少女がみるみるうちに白い素肌や頬を綺麗に朱色に高揚させて『ポカーン』とのどチンコが見えるほどだらしなく口を開く――とても驚いた面持ちを浮かべている。
もう、何が何やらさっぱり分からん――むにゅむにゅと顔をスリスリしてくる琴音は俺のセーラー服に顔をうずめてクンクンと子犬のように臭いを確かめて、安心したようにペロッと舌をだしてニッコリほほえむ――テ、テラ、可愛いっす♪
このままラブなおとぎ話のように二人きりの世界へ逃げだそうと妄想をしていた俺に……
「おほん」
冷静かつ、乙女チックな空咳が古ぼけた部屋の入り口から響く。
可愛い咳払いに気が付く。ニャンニャンと猫のように懐いてくる琴音を愛でるのをやめて視線を入り口に移す。
ふにゅ~☆……琴音は残念そうに、少し物足りなさそうに背伸びをしながら上目づかいで俺も見る。
「仲の良い事はよろしいのですが、さて、本題の説明させていただきますね」
ふぁっと空気を含んで広がったきめ細やかな髪からミルクの香りを漂わせて凛としながらもマイナスイオンがでてきそうな、澄んだ声色、聞き覚えのある声……こいつは……雪野うさぎ。
「ようこそ、世界本部統括の実践訓練施設ホームスティ第一施設へ。当施設の管理者の代表として二人の入居を歓迎いたします。ましてや高坂さんのように『インキュバスの誘惑能力を無意識に具現化』する特殊な能力を持つ人間の入隊が許されるなんて初めてなのでワクワクしております」
それほど大きくない胸元にウサギの刺繍があるピンク色のジャージを着ている雪野はすっと厳しい面持ちを見せていたが、俺と目があった瞬間、何処か嬉しそうに微笑んでみせた。
ああっこら、琴音、ウサギの刺繍が可愛いからって雪野さんに「おねたん☆おっぱいちいったいけどウサたんかあいい」と言って指しながらの上目使いで欲しい欲しい視線をぶつけてきたらダメだよ、こら、俺からも頼んでって言う自己主張で俺のスカートの裾を引っ張らない。
『すっと』雪野の端麗な面持ちが峻厳に引き締る――目線の奥に隠された『全ては保護者の責任です』的な意味合いが見えるのですが……
――もう、ドン引きだよ♪雪野さんの突き刺さる視線に殺気成分とジト目が三%プラスされたよ、もうひと押しで物理的な何かが起きるかも☆てへっ♪
「あうう」と物欲しそうな琴音の柔らかな髪を愛でながら、少し脳内パニック気味の俺は思考回路の整え、「こほんっ」とわざとらしく咳払いをする。心を鼓舞して根本的に理解できない質問をぶつけてみる。
「良くお話が分からないのですが」
一瞬、六畳間の温度が下がったような……
百%の☆本音☆を言う俺のマジ顔の相貌を見て、一瞬だけ小首をかしげるが、すぐに両手を腰に当てて軽く首を振り、雪野はいささか困った顔をした。
「もしかして……何も説明を受けていないのですが?」
高濃縮の疑い果汁で潤った怪訝な眼差し。雪野の問いかけに思わずコクコクコク!と勢いよく三度も頷いてしまった。
「はぁぁぁぁぁ――」気勢がそがれ、大きな溜息一つ。飾り気のない六畳間がどんよりとする――表情を曇らせて、やるせないといった雰囲気を見せると半眼ジト目で一指し指を柔らかそうなピンクっぽい唇にあてて雪野は『しかたないなぁ』と言う雰囲気で説明を始めた。
「ここは、銀河系のターニングポイントである地球に属する地上界・天界・地下界・異形世界・冥界などを含めたギャラクシー的な平和を構築するための部隊を育成している特殊施設です。私達は地上監視部門に属している実践訓練施設ホームスティの訓練生であり戦闘員です。ホームスティに属する者は世界中から選抜して集められた者達です。ちなみに私は氷国で名高いクリエティアから来ました、貴方の母国日本では雪娘や雪女と呼ばれています、こちらの腕を組んでいる子はミュウ、未来からやってきた最新型アンドロイドですよ」
雪野と視線が交錯する度に、少しだけ……睨まれているきがするぅぅぅぅ♪
雪野さん、長い講釈ありがとう………しかし、二つの意味で理解できない、百歩譲って雪女と言うことは理解しよう(マイハニ―も座敷わらしだし)――未来のアンドロイドって何?――ホームスティって学校で習った意味と全く違うではないか――それに養子に入った家を継ぐために都会で勉強と俺の持病、『男女かまわず寄ってきて好き好きと言い寄られる症候群』の特効薬があると聞いていたのだが――そして、もっとも俺を混乱させる、世界観の違い……世界が広すぎるのかな、それても俺が視野狭窄……ニュースでも教科書でも出でこない、ファンタジー的なお話は!
六畳間の真ん中でこめかみに指を当てうずくまりそうになる瞬間、ずっと蚊帳の外状態だったミュウが怒りエネルギーがチャージされて、溢れだす覇気!渾身の睨みを利かせた視線が俺に切っ先鋭い槍のように真っ向から突き刺さる。
「根性がなっとらぁぁぁぁぁぁぁぁぁんミューン!」
カッと大きな瞳を見開いたミュウ、『ちょっと本当に可愛いかも……』とこちらに考える暇すら与えず、優秀かつ時代をリードする脳が全力で攻撃指令を出す。
魅入ってしまいそうな黒水晶のように透き通るミュウの瞳が、血を欲する深紅に変わりキラリ☆と眩しく光ると「瞳からレーザー!」とピシッ!とチョキをした手を目元に構え大きな声で叫んだ瞬間――七色の光が『どびゅゅゅゅん』俺の頬をかすめて天井を貫いた。
――唖然とする俺。
「ぱぱぁぁぁ☆おねたんの目がビューだおぉ!」鼻息荒く大興奮!好奇心てんこ盛りの琴音はとびっきり喜びはしゃいで俺のスカートをまくりあげて太ももに抱きつく。
流し目でちらりと睥睨してこちらを見て、チッっと舌打ちしたミュウ……聞こえてますよぉぉぉ。
「がぶぅぅぅ!」
白いハリセンが美しく円を描く。
パコーン、雪野の右手にしっかりと握りしめられたハリセンが電光石火でミュウの顔面にテクニカルヒット!する。その力は小柄なミュウを壁まで吹き飛ばす――パ、パワフルだなぁ。
「こら!天井に穴を開けたらダメでしょ。つまらない人間は死んだら、いくらでも代えがきくけど、建物のかわりは予算的に支給されないのよ!用事が終わったらベニヤ板で補修しなさい!ベニヤ板代は給料引きにしておきます」
ぐいっと引き締った腰に手を当てて厳しく注意する雪野。
ミュウはとても不満顔。半眼ジト目で見ている――てか、人間はいくら死んでもって……はっ、つまらない人間って……辛辣な……歓迎ムードはないのですかぁぁぁ――俺は建物の天井以下の存在なのかぁぁぁぁぁ。
これはショックさぁ、そりゃ、どう頑張ったって俺の素敵な瞳から滂沱のように涙は出ても、七色のレーザーなんて……出せる人間見た事無い。
「うさぎには悪意が見えたミュン、痛いミュン……壮絶に痛いミュン、ハリセンは反則ミュン。うちはただ、ちょこっとだけセーラー服着た性別不明人間をグリルで焼くようにこおばしく丸焼きにしようとしただけミュン。ちょっとした悪戯ミュン。悪意はないミュン」
――どこに悪意がないって言いきれるねん!と突っ込みを入れたくなる。
頭半分、壁に刺さっていたミュウはズッポリと抜いて、プルプルとアホ毛とツインテールを揺らして首を振る。
クッとこちらを見ると、頭上のアホ毛を束ねたようなツインテールをゆらゆら揺らしながら液晶テレビが如くペッタンコな胸を誇らしげに突き出しミュウは悪びれる事なく言い張る。
こ、こいつら――言葉が咽まで込み上げる、言いたい事もあるが、脳内感情会議では村一番の最新型、優秀理知的理性君一号の孤軍奮闘のご活躍で俺の感情がおさまり、何とか鯨飲を飲み込む。
くいぃ――可愛らしい小さな手がヒラリっと舞っているセーラー服のスカートの裾をひっぱる。
「ぱぱぁぁぁ☆おちっこ」
おおっ、我が心のオアシス……目の端に涙がたまっている、少し、モジモジした琴音がつぶらな瞳をくりくりさせながら上目使いで俺にお手洗いに連れて行けと懇願する。
お前の為ならたとえ、ベルサイユ宮殿の豪奢なトイレだっていってしまうぞ。
とは言え……昭和の香りが漂う畳部屋にはトイレらしき個室は見当たらない。
静まれ!俺の心と念じる――「ふぅっ」と心を静める精神統一的な深呼吸を行い、見かけだけならとびっきりの美少女の二人にお伺いを立ててみる。
「あの、トイレ何処?」
俺の声を聞き、『べー』と舌を出して、ぷいっと顔を背けて不機嫌そうに唇を尖らせるミュウ。
しかし、雪野は大人な対応♪丁寧に廊下を指差し左の突き当たりと教えてくれた――おおっ、多少は人間に友好的ではないかっと感心。
グイッとセーラー服の裾を引っ張る琴音の力が強くなる――これは絶対防衛ライン突破のアラートを知らせる力具合。
――急がなければぁぁぁぁ!
俺は全身全霊でうごきはじめる。
『うええぇぇ』と泣き出しそうな、琴音の小さな手を握り、お姫様を警護するナイトのようにエスコートして廊下に出て歩くはずが……
一歩踏み出したその先に……こんな所にミステリートラップがぁ!
ドタン――俺の脚に柔らかな尻尾らしきものが絡みつき踏みくちゃにしながら壮大に板畳のローカに前につんのめった。
「はううぅぅぅ、痛いですぅぅ」
「ぱぱぁぁぁ☆ぽてしてるぅ」
同時に二つの声があがる。
目にお星様がキラキラと輝いた琴音は俺の転び方が気に入ったみたいでおしっこしたい事も忘れて同じポーズにチャレンジし始めた、さすが、子供?は好奇心旺盛である。
「だいじょうぶぅ、ですかぁぁ」
何だかとびっきり間の抜けた声だ――絶対に天然系ぽい予感❤
おっとりと間の抜けた声の方向を見てみると――光沢のあるパープルのボブカット、牛乳フタなみのぐりぐりメガネに黒ジャージの上着にスパッツ……な、何なんだ見るからにおっとり的なオタクっぽいぞ!こいつは?
俺の視線を直に感じたらしく、メガネごしに唇が触れ合いそうなほど接近して、じっと俺の相貌を見る……そして、ぽあっと蒸気が噴き上がると頬から耳まで夕日と同じ茜色に染まっていく。
「あぁのぉぉ、もしかして、さっき、引っ越してきたぁぁ、新入りさんですねぇぇ」
右手でキラリ☆光るぐりぐりメガネをパタパタと上下させて興味津津&興奮気味に俺をがん見してくる――な、なんだ、この熱すぎる眼差しは。
「わたし、きゅうびキツネの今日子といいますぅ。実はわたしもぉ、日本で産まれましたぁ。同郷なので仲良く結婚してくださいね」
ふわふわ尻尾をパタパタさせて少し興奮しながら両手を頬に当てていやんいやんと顔を横に振っている。
何を恥ずかしがっているのか分からないが、とっても恥ずかしそうだ――と言うか同郷と言うことは……ここは日本ではないのか!結婚と言う言葉はスル―しておこう☆
桃源郷にでも行ってそうな今日子を避けて、琴音の手をとる。
とりあえず、琴音をお手洗いに連れて行き、全力でシーシーをすまして戻ってくると、まだ、今日子はローカの真ん中で一人、悦に浸りいやんいやんしていた。
不可思議な雰囲気――何かを妄想している複数の色合いが混巡した眼差し……もしや不死の病と名高い邪気眼厨二病でわぁぁぁ!
とりあえず、自己紹介を……
「俺は高坂歩。こっちの小さいのは琴音、良く分からない事だらけで困ってばかりだけど、仲良くしてくれな」と言って俺は『にっこり♪♪』愛想笑いも兼ねた笑顔を浮かべると……
パタン――何かの化学反応が起きているのか!!身体中から先ほどよりも蒸気が上がり、明太子のようにお肌が真っ赤になって今日子はその場で腰から崩れた。
「はううぅぅぅ、か、可愛すぎですぅぅぅ。責任とってくださいぃぃ❤」
な、何だ、すっとんきょな今の裏返った声は――
今日子の瞳は3D立体型の絵にかいたようなハートマークが出来上がっている――はっ!もしや、俺の大切な琴音をねらっているのでは!琴音は俺のオアシス、お父さんの目の黒いうちはお嫁にはださん!と発言する小人達が脳内シナプスを駆けまわる。
今日子はふわふわ尻尾を振りすぎて遠心力でお空に浮かびそうである。
「あのぉぉぉ、彼女はおられますかぁぁ、いましたらぁ、丑三つ時に丁寧に呪い殺しますぅぅ」
興奮バロメージ――MAX――必殺技OK――そんなぁ、しっぽ触っていいですよぉ❤みたいに俺の頬に九本のふわふわ尻尾が順番にサワサワと撫ぜ当たりの高度な技を繰り出し何かを誘っている。
「わたしぃぃ、まだ、初々しい三百歳のお子ちゃまなんですぅぅ、恋愛経験のない寂しがりなのでぇ、絶対に結婚してくださぁい」
恍惚した眼差しで柔らかそうな唇をチョコンと突き出してキスを要求しているようだ――てか、結婚……何なんだぁ、果てしなく脳内細胞がトリップして妄想まっしぐらではないか。
「ぱぱぁぁぁ、ことねは四百歳だよぉぉ」
隣で『へっへん!』と得意げに舌たらずで小さなくちびるに可愛く人さし指を乗せて琴音は精一杯自己主張。
おおっ、琴音ぇぇぇぇ、俺はお前となら何時でも添い遂げるぞ、と想いを込めて琴音を抱き抱えながら頬をすりすりする。
愛でられる事が大好きな琴音、可愛すぎる、琴音ぇぇぇ。
ギラリ!――瞬間、背筋に氷を流し込んだような悪寒がよぎる程の眼光が俺達を射抜く。
「そのぉ、座敷わらしを呪い殺せば解決ですねぇ」
言葉からぼぁぁぁ~と黒い瘴気がでているような……
そんな、俺達に瞠目しながらグルグルメガネの奥の瞳が妖艶にキラリに光る、そして、いかにも怪しくポケットからリンゴを取り出して不気味な笑みを浮かべる。
「ことねちゃん、毒入りのリンゴあげますぅぅ、食べて死んでください♪」
うぅぅぅあぁぁぁぁぁ、露骨に毒りんごって、お前は悪い魔法使いか!病みすぎだぁぁ、こいつ、病みすぎだ、しかも琴音、隣でもらって両手で持って喜ぶな!
両手で真っ赤なリンゴを持あげて喜ぶ子琴音からさっくりと強奪するように毒入りリンゴを取り上げる。
『何、余計なことすんねん!』みたいに「ちぃっ」と舌打ちが聞こえた今日子。
凄くがっかりしているがリンゴを取り上げられて『ぷいっ』と頬を膨らませた。琴音は「ぱぱぁぁぁ」と言いながらプンプンさせて睨めつけてくる。
琴音……パパを、パパを寂しそうに睨まないでおくれ――琴音が黒の事でも白と言えばパパは白く見える人間だから――俺は懊悩してしまう。
――ギギギィィィィ
おとぎ話の洋館の扉のような軋んだ音が廊下に響くと俺の部屋からミュウが顔を出す。
「しばらく、大先輩である私が虫けらのようなあいつらの面倒を見る事にするミュン」といきなり滔々と傲慢不遜で言い放つ、そして――
「変態男女人間!遅いミュン……あっ、リンゴ!喧嘩の原因は私がもらうミュン」
と言ってキラリ☆と瞳が光るとジェットエンジン全開のスピードで俺からリンゴを奪い取りクロコダイルが如く大きく口を開いてパクリとリンゴを頬張る。
………………パタン
欲張りギリギリス・ミュウ――いや、キリギリス・ミュウ、死亡フラグがあがってますよぉ、的である。
生命が萎むようにミュウは重力に従いながら足元から崩れ落ち、フラワーロックのようにブルブル痙攣しながらその場に泡をふきローカに倒れこんでしまった。
最新式、アンドロイド……古典的罠に沈む。
そして、今、居たはずの今日子はクスクスと笑い声だけ残して霞のように姿を消えていた。
今更ながら俺は思う――ホームスティのしきたりって恐ろしいことだらけなのだと。