僕は誰? リリン?・・・それとも高坂歩? 真実はいったいの巻
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良い香りがする……ふわふわで柔らかい……
イングリッシュガーデンを彩るローズな香りが俺の全身を包んでいる。
心地よい……深い眠りから覚めるように俺はゆっくりと瞼をあけた……!
俺の顔のすぐそばにチューリップのように真っ赤になった相貌に瞳を閉じて少し唇を突き出したユーノ、スカイブルーの髪が俺の頬をくすぐりながら急接近。
「うぁぁ」と俺は全力回避運動によりベットから転がり落ちる。
パフンっとユーノはベットに豪快にキスするとクァッと瞳を開けて床で身体を打って痛がる俺を睨む。
「何故、起きたのですか!!白雪姫では王子は無防備な女性に己の欲望をぶちまけて唇を奪うのですよ、何故、目覚めるのですか、今から子作りをしようと、沢山お風呂にも入りましたのに!!」
あれっ、もしかして俺が悪いのか?……ユーノさんカタカタと震える両肩から黒い気炎……瘴気が上がっておりますよ。
「お義兄様はおっしゃったではありませんか、やきそばが好きだと、結婚したいと!!」
一人ヒートアップ……うむうむ、激情家なのかな、ポップコーンの出来上がる瞬間のようにプンプンしている顔、オタマジャクシみたい……などど心の片隅で思っていたなどとは絶対にいえない。
熱く語るユーノはいつの間にか艶やかなミントブルーとペールピンクのパステル色の色あでやかなスリップに着替えていた……スリップから劣情をそそる白地黒レースの下着が不意に覗いている事は内緒にしておこう。
「こうなれば、実力行使で!!」
ニヤリ、口角をあげて不敵な笑みを浮かべて軽やかにベットから降りる。
ふぅ、一つ溜息をつく俺……よし、ここは素直になろう、いや、素直に訴えよう。
「あの、ユーノさん……」
「お義兄様、わ・た・しにさん付けは要りません、せっかく、脱がす楽しみを残しておいたのですが、お義兄様、私、自分で脱ぎましょうか?凄く甘えたいのですぐにでも一糸まとわぬ姿になりましょうか?」
おおっ、思春期に少年から大人に変わる瞬間は……いやいや、踏ん張れ俺の
理性。
もじもじ、しながらも脱ぎ始めようとするユーノを俺は慌てて制止した。
どうしたのですか?と言う感じできょとんとしたユーノ、その仕草が可愛らしい……小首を傾げて少女らしい張りのあるしなやかな腕を組んだ。
ここは『おほん』と一つ咳払いをして、冷静を装いながら問いかけてみる。
ふわりっとスカイブルーの髪をかきあげて、『お義兄様、もしや、あんな事やこんな事……ぽぉぉ』みたいな、いかがわしい妄想を含んだ視線を感じるユーノが歩の瞳に写っている。
「皆さん、人違いをしている、俺は高坂歩であって……」
「それは違います!」
いきなり、バッサリと切られる。
突然の遮断に俺は言いたい事の十パーセントもいえずじまい。
「貴方はリリン……今は記憶が錯乱しているだけ、その証拠をお見せしましょうか?」
首を傾げて悪戯っぽくクスクスと口元を手で隠して微笑む。
恐い気がする――本当に証拠があって、それが真実なら、俺は高坂歩でなくなってしまう、琴音と一緒に過ごした年月を色あせさせたくない。
俺の心を救ってくれた琴音、だから、正直怖い……
俺の心が読みとられたのか、ユーノは俺の顎に手を添えて恍惚とした雰囲気で悦に入っている。
「貴方はこの世のすべてを誘惑する……貴方はこの世の全てを籠絡する……貴方は本当の自分を押し殺している、知っているはず、貴方がこの世に生を受けた時の記憶を……全てはしきたりの元に」
しなやかな両腕が俺の首に絡み、抱きしめるユーノは耳元で小さく呟く。
「天使達が貴方を殺せない理由……それが、しきたり」
耳にかかる息がこそばかゆい……『しきたり』俺は心の中で反芻させる……釈然としない俺の記憶を呼び起させるキーワード……本当にここにあるのかもしれない。
無理矢理、納得させようとする俺と高坂歩である俺とが脳内戦争を起こしている。
正直、俺はわからなくなってきた――
「お義兄様のお気持ち……ご理解できます……私もしきたりに束縛されていた者ですから」
囁く声……まじっりっけなどない無垢な声、俺の心にすっと溶け込んでいく。
「私はお義兄様のお役に立ちたい……だから、私を義妹だと心から認めてほしい。本物の妹以上に愛情がほしい。私だけを見てほしい。決してお義兄様、お義兄様を孤独にしたあの天使のように一人ぼっちにしないから」
ユーノの言葉……間違えなく心から発露した言葉。
少しの沈黙が続いた……俺の思考回路の小人君達は現状を整理する事で手いっぱいだし、ユーノは何故か瞳を閉じて力強く俺に抱きついたまま離れようとしない。
柔らかな感触が服越しに体温と共に伝わってくる。
沈黙は突然破られる。
「リリン様、ユーノ様」
甘さと懊悩が混在した静寂を二人を呼ぶ声が静かに響きわたった。
首に絡めていた細腕をそっとはずしたユーノは優しさ溢れる笑みを俺に送り、振り返る。
そこにはうっとりするほどの端正な顔立ちに右目が金色・左目がエメラルド色の美少年ことアザエル君と燕尾服を着た黒い人型の羊が恭しく頭を下げている。
そして、次の瞬間、一匹、恭しく頭を下げている羊の頭が無残にも突然吹っ飛んだ!
――いきなりバイオレンス・ホラーかよ!と突っ込めないほどの気迫がユーノに一瞬みえました☆
血飛沫が舞い、肉片が辺りに散らばる……もう一匹の人型羊は狼狽しているがアザエル君は涼しげな顔でニッコリ笑った。
「八つ当たりもほどほどにお願いいたします、ユーノ様」
人型羊は怯えきっている所をみるとユーノは凄い剣幕でアザエル君を見ているのだろう……こちらからは見えないので想像だけどね。
「身の程をわきまえなさい。下等な者が私の部屋に無断で入ってくるとは、その魂をもって永久に償いなさい」
ぞっとするほどの冷淡な声色。
次の瞬間……断末魔を上げて人型羊がミンチになっていく……さっきの甘いひと時はいったい……ひぃぃぃぃ、黒魔術を越えたオカルトじゃないですか。
「リリス様のご命令です、所属不明の第三世代智天使戦艦級クラスの宿舎が地上よりワープ経路を使い我が不可侵領域内に進攻しております」
『宿舎?だからどうしたの?』と首を傾げて雰囲気を醸し出すユーノにアザエル君は抑揚なく更に言葉を紡ぐ。
「すぐに迎撃に当たる様にとのご指示です」
リリスの命令に不満一杯とユーノは二の腕を抱きかかえ、ベーと舌を出す。
俺ははじめて知った……宿舎って空が飛べるのですか……学校では教えてくれない事件簿だね。
それにしても宿舎って――何故だろう、心の奥底でとびっきり純粋な期待感が満ちてきている。
大切な仲間が俺の為に――もう少しだけ頑張れる気持ちが膨らんでいく歩だった。
この一報がとてつもない大戦の始まりだとは歩は知るよしもなかった。




