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ゆきなの想い、クリエティアの最高戦力・起動要塞ホームスティとカンナギシステム出陣の巻

         ◆

その小さな部屋には掃除道具がキチンと並べられていた、日頃はホームスティ宿舎の住人も必要以外は立ち寄らない用具室に彼女は一人泣き崩れていた。

世界中の女性が羨望するであろう、しっとりと光沢ある髪は煌々と美しさを育んでいるが、相反するように相貌は重苦しい雰囲気を含んでいた。

魔法使いが持つ水晶のような何処までも澄んだ瞳の奥に強い意志と後ろ髪惹かれる想いの双方を乗せて雪野うさぎは宿舎の薄暗い用具室の壁を訴えかけるように睨んでいた。

その姿は白のブラウスにデニムと言うラフなスタイルは完全に部屋着である。

ドンっ!と叩かれた壁――

その手をひっこめる事なく雪野はうちひしがれていた。

感情を抑えられないエネルギーがゆっくりと部屋の温度を下げて全てを凍結させていく。

少し震えながら握りしめたコブシ……柔らかく女性らしいその手は力なく躊躇しながらもそっと壁に手をそえた。


「お願い……カンナギお兄ちゃん……私達を助けて……」


咽から発せられた声……震える声……霧散して消え入りそうな声音……怯える子リスのような震えた薄ピンクの唇からかすれ零れて、その瞳からは一筋の雫が頬をつたい重力にひかれる。

曇天模様の心を映し出した瞳……頬をつたう液体がキラキラと舞い落ちて、薄暗い中でも虹色の輝きを見せる。

用具室全体が凍りつくと雪野の立つ壁の一角が観音開きの扉が浮き出る。

雪野の視線を移した扉が自然に開く――そこには六角の大きな紅いクリスタルが安置されていた。

クリスタルに突っ伏せながら身体を預けるように雪野は膝から徐々に崩れ落ちる。

涙の一つ一つが冷静沈着で聡明な雪野の慟哭が「カンナギお兄ちゃん」の一言に色濃く滲みでていた。

小さく、本当に小さく震える肢体……迷い猫のようにすくめた肩……困惑する思考。   

『ううっ……』誰にも知られたくない・聞かれたくない、もう一人の弱弱しい私……その静かな嗚咽が木霊すると凍りついた小さな用具室は哀願に溢れる。


「カンナギお兄ちゃん……私、同じ過ちを繰り返したくない……貴方を失った時のように……私はどうすればいいの……」


意識が無意識に、記憶と混同して言葉を紡ぐ……一人つぶやくように……心のアラートを押し切り、両手いっぱいでも持ち切れなくなった本当の言葉……服越しに伝わる無機質なひんやりとしたクリスタルの感触……それを振り払うように小刻みに身体を震わせ、小さく、誰にも見つからないようにむせび泣く……誰かがいるわけではない、誰も知るわけもない用具室。


『泣かないで……』


福音は突然鳴り響く、早鐘のように……

言葉ではない響き――雪野の五感に直接訴えかけるような優しい……暖かい響きが力なく崩れる雪野の心に問いかける。

「お兄ちゃん……カンナギお兄ちゃん」

言葉の先は届かぬ時空の壁の向こう、触れようとする指先はただ空を切る。

その暖かさだけはそっと雪野を包む、紅いクリスタルから発せられたナノのように小さく、溢れ出る程の沢山の粒子が人の形を模りそっと彼女を包む。

小さな、とても小さな粒子の感触が、雪野の潤いのあるピンクの唇をそっとなぞる。


『僕を眠りから起こすなんて……シスコンとしては目覚めのキッスぐらいは請求するよ……』


はっきりと聞こえる懐かしい声音、まるで、天使の歌声が重なり合い五重奏のしらべを体現したような恍惚感が心の奥に眠っていた勇気と言う雪野の気持ちを高揚させる。


「僕はいつでも雪野の味方だよ、たとえ、相手が全知全能の神でも僕の信念は揺るぎないよ……さぁ、大切な妹、雪野の為に……雪野の大切な仲間の為に……もう一度、僕は眠りから覚めるよ、クリエティアの誇り高き戦士として」

「ごめんなさい……」


無意識に言葉が零れる……カンナギに対して……そしてどうにもできなかった臆病な自分に対して。

締め付けられる本能と自我……身じろぎできない体躯……だけど早鐘のように心の勇気が鳴り響く。


「謝らないで……僕は雪野の慧眼力を信じているから……僕を目覚めさせる……それだけの厳寒な現状だね、今回のファクターとなる者を兄として僕も見てみたい」


ふっと暖かい風が頬に触れた。

ニッコリとカンナギが微笑んだ気がした……。


「さぁ、やっとボロ宿舎としての私のお役目は終わったね。長かったよ。これからはクリエティアの最高戦力と謳われた王家最強の旗艦、起動要塞ホームスティのご登場だ。僕が、マザーシステム・カンナギがお望みの場所にお連れいたします。我が愛する妹君」


悪戯っぽく、茶目っけたっぷりの暖かさが雪野を包んでいた。


「食堂へ、皆様をお集めください……そこが、メインフロアーになります」


雪野の眩い宝石を連想させる端麗な相貌には迷いの色はもう取り除かれていた。

涙の後がついた相好を手の甲で拭い、戦士の顔がそこにあった。

佇まいを整え、用具室を出る足取りはとても軽快で力がみなぎっている。 

キーキーと音が鳴る、とても、夜這いなどはかけられない忍びいらずの廊下に差し込む陽光は煌びやかに雪野の照らしていた、その横顔は知的な活動を司る女神ミューズにも劣らぬほどの知的で妖艶な輝きを取り戻している。

これから、喧嘩を吹っ掛ける相手……強大だからこそ、生きて帰ってこなければならない。

非憤な叫びではなく……再び、仲間そろって優雅な晩餐をとれる時が来る事を信じて。

雪野は深い――深淵なる決意を魂に刻み込んだ。


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