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悪役令嬢は神々の庭で運命を書き換える──八度目の断罪でわたくしは目を覚ました──  作者: Futahiro Tada


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再び、花は咲く

第二章 薔薇の墓標の上で


一 再び、花は咲く


 ――世界が、沈黙を覚えてから三年が過ぎた。

 誰も祈らなくなった。

 誰も神を名乗らなくなった。

 けれど、人々は生きていた。

 風はまだ吹いていたし、

 子どもたちは泣き、笑い、恋をした。

 神々がいなくても、太陽は昇る。

 それを知ってしまった人間たちは、

 もう奇跡を求めなくなっていた。

 けれど、同時に――何かが欠けていた。

 信仰という名の重石が取り払われた世界は、

 軽くなりすぎて、すぐに崩れそうだった。

 誰もが自由だったが、その自由をどう使えばいいか分からなかった。

 まるで、音の消えた楽譜の上で踊る楽士のように。

 リヴィア――いや、今はもう、彼女をリーヴァと呼ぶべきだろう。

 彼女は小さな村の外れにいた。

 以前のような華やかなドレスはもうない。

 代わりに、粗末な白の衣を身にまとい、手には筆を持っている。

 丘の上には、小さな教会があった。

 かつて神々を祀った礼拝堂は、今では廃墟と化している。

 屋根は抜け、ステンドグラスは割れ、

 祭壇には花が一輪、枯れずに咲いていた。

 それは“薔薇”だった。

 深紅の花弁を開き、朝の光を受けて震えている。

 神々の沈黙以降、この世界では滅多に花が咲かなくなった。

 だからこそ、その薔薇は人々に“奇跡”と呼ばれていた。

 リーヴァは膝をつき、花に手を伸ばした。

 指先が触れる。

 花弁は柔らかく、だが冷たかった。

 生きているようで、どこか死の名残を抱いている。

「――この花、あなたなのね」

 風が吹いた。

 誰もいないはずの教会の中で、

 古びた鐘がひとりでに鳴った。

 その音に応えるように、

 リーヴァの胸の奥で、遠い記憶がざわめく。

 ――滅びの神託。

 ――沈黙の微笑。

 ――そして、神々の消失。

 すべてが終わったはずだった。

 それなのに、まだこの世界は動いている。

 まるで、神々が完全には死に切れていないかのように。

 リーヴァは静かに呟いた。

「あなたたち……まだこの世界を見ているの?」

 その瞬間、薔薇の花弁がひとつ、空に舞った。

 風もないのに。

 それは光を帯び、リーヴァの肩に触れる。

 花弁が触れた場所から、微かな熱が広がった。

「……まさか、信号……?」

 彼女の瞳が揺れる。

 神々の沈黙以降、再び“啓示”を受ける者はいなかった。

 だが、今――確かに“声”があった。

 ――書け。

 短い一言。

 それは、かつてフェルスが語ったのと同じ声色だった。

 だが、もう彼はいない。

 観測者の姿は、神々の沈黙と共に消えたはずだ。

 (誰が……呼んでいるの?)

 リーヴァは立ち上がる。

 薔薇を見下ろすと、その茎の根元に何かが埋まっていた。

 土をかき分けると、そこから一冊の古びた書物が現れた。

 表紙には、かつて自分が書いた名前があった。

 ――《リヴィア・ヴァーミリオン》

 彼女は息を詰めた。

 それは“彼女自身の過去”だった。

 八度の死、断罪の夜、神々との饗宴、滅びの神託――

 そのすべてが、この本に記されている。

「……あなたたち、私を記録していたのね。」

 手を触れると、ページが自動的に開いた。

 開かれたのは、最終章の先――何も書かれていない白紙だった。

 その白の上に、血のような赤が一滴、落ちた。

 薔薇の花弁が、溶けて文字に変わっていく。

 > 『神々は再び息をする。

 > だが、それは祈りによってではない。

 > 人の言葉が、神を呼び戻す。』

 リーヴァは立ち尽くした。

 それは“神々の再来”の予兆。

 沈黙のあとに訪れる、もうひとつの幕開け。

 丘の下では、村人たちがざわついていた。

 最近になって、夢の中に“声”を聞く者が増えたのだという。

 誰も祈っていないのに、夢の中で名前を呼ばれる。

 そして翌朝には、奇跡のように病が癒えている。

 「神々が帰ってきたのでは?」

 「いや、あれは幻だ。悪魔のささやきだ。」

 「けれど、声は優しかった……“あなたを見ている”と。」

 人々は再び迷い始めていた。

 信仰を捨てたはずの世界に、再び“信仰の影”が忍び寄っていた。

 リーヴァは教会の扉を開け放った。

 光が差し込み、空気が動く。

 薔薇が小さく震え、花弁がひとつ、再び宙を舞う。

 その瞬間――声がした。

 女とも男ともつかない、深く静かな声。

 > 「リーヴァ。お前は沈黙を生んだ。

 > だが、沈黙はやがて“声”を欲する。」

 リーヴァの胸が熱くなる。

 その声は、どこか懐かしかった。

 フェルスではない。

 鏡の神でもない。

 もっと古く、もっと根源的なもの。

「あなたは……誰?」

 > 「かつて、私を“沈黙”と呼んだ者がいた。

 > 今は、“再生”と呼ばれている。」

 リーヴァは理解した。

 ――創造神の一部。

 かつて神々を生んだ、“根源”そのものだ。

「何を望むの?」

 > 「観測ではない。参加だ。

 > 神々はこの世界に戻りたい。

 > だが、かつての形ではなく、“人間の姿”として。」

「人間の姿……?」

 > 「そう。彼らは再び生まれようとしている。

 > 言葉によって。

 > ――お前の書く“物語”の中に。」

 その瞬間、リーヴァは震えた。

 胸の奥で、ペンが熱を帯びる。

 世界が再び、書かれようとしている。

 だが今度は、神々が“登場人物”として戻ってくるのだ。

「……つまり、わたくしが神々を“再び創る”?」

 > 「創るのではない。迎えるのだ。

 > 彼らは人の記憶を経て蘇る。

 > だから、祈る必要はない。

 > ただ、“思い出せ”。」

 声が消えた。

 教会の鐘が鳴り、風が吹き抜けた。

 薔薇の花が光り、根元の土が赤く染まる。

 リーヴァはそっと膝をついた。

 筆を取り、白紙のページに最初の文字を書く。

 > 「第九の世界、薔薇の墓標にて。

 > 神々は眠り、そして人間として目覚める。」

 その瞬間、空に光が走った。

 遠くの山々が震え、空から赤い花弁が降り注ぐ。

 花弁は火のように燃え、やがて人の形を取って落ちていく。

 ――それは、神々の再来だった。

 愛の神アリューネは、ひとりの盲目の娘として。

 理性の神レオルは、書記として。

 信仰の神リサンドルは、病を癒す医師として。

 そして時間の神オルドは、老人の姿で村に現れた。

 彼らはもはや神々ではない。

 人として生まれ、眠る。

 けれどその瞳の奥には、確かに“永遠”が宿っていた。

 リーヴァはその光景を見つめ、静かに微笑んだ。

「ようこそ、“新しい世界”へ。」

 風が吹いた。

 薔薇の花弁が舞い上がり、

 それがまるで“幕の上がる合図”のように、

 世界は再び動き始めた。

 ――神々が再来し、人間として歩む時代の始まり。

 リーヴァの新たな物語が、ここから幕を開ける。

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