表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は神々の庭で運命を書き換える──八度目の断罪でわたくしは目を覚ました──  作者: Futahiro Tada


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/26

滅びの神託

四 滅びの神託


 ――目を覚ましたとき、空は灰色だった。

 リヴィアはゆっくりと体を起こした。

 足元に広がっているのは、見覚えのある王都の街並みだった。

 だが、いつもと違う。

 街は静まり返り、建物の輪郭がぼやけている。

 まるで、夢が現実の上に薄く重なっているようだった。

 空気が重い。

 呼吸するたび、胸の奥に砂を詰められるような感覚があった。

 世界そのものが、呼吸をやめかけているのだ。

 (ここは……現実? それとも、夢の続き?)

 問いは声にならず、霧の中に溶けた。

 広場に立つ大時計が、ゆっくりと軋みを上げる。

 針は動いていない。

 “時間の神”の気まぐれにでもあったかのように、

 世界の時が止まっている。

 そのとき、背後で声がした。

「目覚めたか、リヴィア・ヴァーミリオン」

 低く、鋭い声。

 振り向くと、フェルスが立っていた。

 黒衣をまとい、いつもより疲れた顔をしている。

 その手には古びた羊皮紙があった。

「これは……?」

「“神託”だ。神々が、お前に下した最後の命令だ」

 フェルスは羊皮紙を広げた。

 そこには血のような赤で文字が刻まれている。

 リヴィアは一目で、それが**神々の言語デウス・リス**だと悟った。

 読めないはずなのに、意味が心に直接流れ込む。

 > 『この世界は八度目をもって閉じる。

 > 書く者、すなわちリーヴァは、創造の外に追放されよ。

 > 彼女の筆は世界を裂く刃である。

 > 神々は沈黙を保ち、秩序を守らん。』

 沈黙。

 リヴィアの胸の奥で、何かが音を立てて砕けた。

 “追放”――それはつまり、世界からの削除を意味していた。

「……神々は、わたくしを消すのですわね」

「恐れているんだよ」

 フェルスは静かに言った。

「きみの“書く力”が、神々の領域を侵食している。

 夢を現実に変えた者など、かつていなかった。

 彼らは自分たちの支配を脅かすものを、決して許さない」

 リヴィアは微かに笑った。

「おかしいですわね。

 彼らは永遠の退屈を嫌っていたのに、

 今はわたくしという“退屈を壊す存在”を消そうとするなんて。」

「神々は矛盾でできている。

 理性も、慈悲も、欲望も、すべて同じ源から生まれたんだ。

 きみがそれを暴いた瞬間から、この世界は崩れ始めている」

 風が吹く。

 灰色の空にひびが入る。

 そこから、細い光が滲み出た。

 まるで、世界の天井が割れているようだった。

「……神託は、もう始まっているのね」

「そうだ」

 フェルスは羊皮紙を丸め、懐にしまった。

「これが“滅びの神託”。

 神々はお前を裁くために、自らの化身を地上に降ろす。

 ――それが、“四柱の審問官”だ」

「審問官?」

「ああ。お前の罪を象徴する四つの神――

 “理性”、“愛”、“信仰”、“時間”。

 それぞれが人の姿で現れ、お前を裁くだろう」

 リヴィアは目を細めた。

 心の奥底から、不思議な感情が湧き上がってくる。

 恐怖でも怒りでもない。

 ――それは、挑戦の予感。

「いいですわ。ならば、神々の審問を受けて立ちましょう。

 わたくしが書く言葉が“刃”になるというのなら、

 その刃で、彼らの沈黙を裂いて差し上げます」

 フェルスは小さく笑った。

 その笑みは、哀れみとも誇りともつかない。

「リヴィア。

 お前が戦うのは、敵ではなく“創造そのもの”だ。

 神々を斬るということは、世界を斬るということだ。

 つまり、お前自身をも殺すことになる」

「構いません」

 リヴィアの声は静かだった。

「わたくしは、もう八度も死んだのです。

 九度目の死が“本当の意味”を持つのなら、喜んで受け入れますわ」

 その時だった。

 地面が震えた。

 空の裂け目から、光の柱が四本、地上に落ちる。

 それぞれが人の姿を取っていく。

 白、紅、青、黒――四色の衣をまとった神々の化身。

 最初に口を開いたのは、白衣の男。

 理性の神レオルだった。

 顔立ちは整っているが、瞳は冷たい氷のようだ。

「リーヴァ、いや、リヴィア・ヴァーミリオン。

 お前の“書”は秩序を乱した。

 神々が紡いだ世界を、己の言葉で汚した罪。

 弁明はあるか?」

「ありますわ」

 リヴィアは一歩前へ出る。

 赤いドレスの裾が風に揺れる。

「わたくしは、ただ“真実”を書いたまでです。

 神々が隠してきた不完全さを、言葉にしただけ」

 理性の神の眉が動いた。

「真実? 真実とは、神が定めたものだ」

「では、あなた方が沈黙を選ぶことも“真実”なのですね?」

 リヴィアの声が鋭く響く。

「ならば、わたくしはその沈黙を書き換えます。

 “沈黙する神々は、もはや神ではない”と!」

 ざわめきが起きた。

 他の三柱が目を見交わす。

 紅の衣を纏う女神――“愛の神”アリューネが口を開いた。

「愛を否定することも、愛を知ることよ。

 けれど、あなたの言葉には“憎しみ”が混じっている。

 愛なき創造は、破壊と同じ。」

 リヴィアは首を振った。

「違います。わたくしは、愛のために憎しみを選びました。

 誰かの幸福のために、自分の美を犠牲にしたことがありますか?

 それを否定されるのなら、あなたの愛はただの飾りです!」

 アリューネの頬に微かな紅が差す。

 その炎が地を這い、瓦礫を燃やした。

 だがリヴィアは怯えなかった。

 炎の中に立つ彼女の瞳は、むしろ光を増していた。

 次に前へ出たのは、青衣の僧侶――“信仰の神”リサンドル。

 穏やかな笑みを浮かべ、両手を合わせている。

「信仰とは、すべてを委ねること。

 あなたが神を疑うなら、それはもう信仰ではない」

「いいえ」

 リヴィアはまっすぐ彼を見つめた。

「疑うことこそ、真の信仰です。

 盲目の祈りは服従でしかありません。

 もし神々が本当に人を愛するなら、

 人が問いを持つことを赦すはずです」

 リサンドルの微笑がわずかに揺らいだ。

 周囲の空気が震え、教会の鐘のような音が響く。

 フェルスが静かに囁いた。

「……三人目が来るぞ。気をつけろ」

 黒衣の男が前に進み出た。

 “時間の神”オルド。

 彼の瞳は深淵のように暗く、声は砂時計の音に似ていた。

「時間は平等だ。

 神も人も、すべては流れの中に消える。

 だが、お前は時間を壊した。

 八度の死を超え、循環を拒んだ。

 その報いを、受けねばならぬ」

 リヴィアは深く息を吸い、言葉を選んだ。

「もし時間が神の所有物だというのなら、

 わたくしは盗人として生きましょう。

 けれど――」

 彼女の瞳が、まっすぐ神を射抜く。

 「時間を生きるのは、いつだって人間です。

 あなた方ではない。」

 その瞬間、オルドの瞳が光を放った。

 周囲の世界が一気にスロウモーションに変わる。

 風が止まり、フェルスの声も届かない。

 時間そのものが凍結した。

 リヴィアだけが、動ける。

 ――神々の審問の中で、彼女だけが“外側”に立っている。

 それが、彼女が書いた“言葉の力”だった。

 リヴィアは静かに目を閉じた。

 手の中に、あの黒い羽根ペンが現れる。

 自分の血が脈打つように、ペンの先が赤く光った。

「神々の沈黙を、わたくしは書き換えます」

 ペン先が空を走る。

 その軌跡は光となり、空に言葉を刻む。

 > 『神々は恐れた。

 > 人が自らを創る力を持つことを。

 > けれど、恐怖こそが創造の始まりである。』

 文字が光り、空が鳴動する。

 凍りついた時間が一気に解け、世界が震えた。

 神々の姿が崩れ始める。

 レオルの身体がひび割れ、リサンドルの祈りが風に溶ける。

 アリューネの炎が花となり、オルドの砂時計が砕け散った。

 フェルスが呟く。

「……やったのか?」

「いいえ」

 リヴィアは首を振る。

「彼らは死んでなどいません。

 ただ、“沈黙する神”に戻っただけです。

 けれど、それでいい。

 沈黙の中にこそ、言葉は芽吹くのですから」

 灰色だった空に、ゆっくりと色が戻っていく。

 青、橙、金――まるで夜明けのような光。

 崩れかけた街が形を取り戻し、人々の影が蘇る。

 止まっていた大時計の針が、再び動き出す。

「世界が……再生している」

 フェルスが息を呑む。

 リヴィアは微笑んだ。

「神々が滅びても、人は生き続けます。

 それこそが、神々の知らなかった“奇跡”ですわ」

 そのとき、空の彼方から声がした。

 それは、あの“創造神”の声。

 遠く、優しく、しかし確かな響きで。

 > 『書き手よ。

 > そなたの物語は、まだ終わらぬ。

 > 滅びのあとに芽吹く言葉を、見届けよ。』

 風が止む。

 光が消える。

 そして、すべてが静まり返る。

 リヴィアはゆっくりと目を閉じた。

 その胸の中には、燃えるような確信があった。

 ――わたくしはまだ、生きている。

 ――わたくしは、まだ書いている。

 彼女はそっとペンを掲げた。

 光がその先端に集まり、赤い薔薇の形を作る。

 花弁がひとつ、風に舞う。

 それは、滅びた神々への鎮魂であり、

 そして、次の章への“神託”でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ