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悪役令嬢は神々の庭で運命を書き換える──八度目の断罪でわたくしは目を覚ました──  作者: Futahiro Tada


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記憶庁の塔(メモリア・スパイア)

二 記憶庁のメモリア・スパイア


 風が、止まった。

 世界が一瞬、息を潜めるように沈黙した。

 ユリウスはその“間”を感じ取った。

 それは、ただの風の途切れではない。

 ——言葉が、世界に満ち始めた合図だった。

 記憶庁の塔――メモリア・スパイア。

 王都の中央に聳える黒き塔は、

 人々の記憶を収める巨大な装置であり、

 この国の“心臓”そのものでもあった。

 ユリウスが丘で「黎明の書」を開いたその翌朝、

 塔は異常を示していた。

 塔の頂から放たれる光が、七色に分裂したのだ。

 それは百年ぶりに観測された“多声現象”。

 人々はそれを「言葉の嵐」と呼び、恐れ、そして祈った。


 ユリウスは塔の下で立ち尽くしていた。

 風が吹くたび、空気が震え、

 人々の囁きが地鳴りのように響く。

 「……これが、言葉の再生?」

 背後で声がした。

 振り向くと、そこに立っていたのは記録官のリュカ・ノール。

 彼はかつてユリウスの“異能”を報告した張本人であり、

 今は庁の上級監査官となっていた。

 「ユリウス、君の行動は大きな波を起こした。

  あの“書”を開いた瞬間から、

  世界中の記録媒体が反応している。」

 「……それは、悪いことなんですか?」

 「悪いかどうかを決めるのは我々ではない。

  上が、判断する。」

 リュカの瞳は冷たく澄んでいた。

 それは個人の理性を超えた、

 “制度の声”そのものだった。


 塔の内部は、息を呑むほど静かだった。

 壁一面に記憶結晶が埋め込まれ、

 それぞれが淡い光を放っている。

 庁長室に案内されると、

 そこには長官エルディアが立っていた。

 白髪に青い瞳、まるで雪のような雰囲気を纏う人物だった。

 「ユリウス・エルン君。

  君は“リーヴァの記録”を再生させたね。」

 ユリウスは頷いた。

 「はい。でも、あれは……ただの祈りです。

  世界を救う力なんて、ありません。」

 エルディアは微笑んだ。

 「そうかもしれない。

  だが、祈りとは“信じる力”の別名だ。

  人が信じれば、現象は形を持つ。」

 「それは、また……神を作るということですか?」

 「いや、違う。

  国家が神の役を引き受けるということだ。」

 その言葉に、ユリウスは息を詰めた。

 「……あなたたちは、祈りを利用するつもりなんですね。」

 「利用ではない。

  “管理”だ。」

 エルディアは机の上に一枚の設計図を広げた。

 そこには巨大な塔の内部構造が描かれている。

 「メモリア・スパイアは、

  リーヴァの“沈黙の原理”を模して作られた。

  君の行為によって、今ようやく完成した。」

 「完成……?」

 「“言葉の再生”によって塔は自己進化を始めた。

  人々の記憶、思考、祈り――すべてを収束させ、

  新しい“集合意識”を生み出す。

  我々はそれを“黎明核ドーン・コア”と呼んでいる。」

 ユリウスは震えながら言った。

 「それじゃ、世界を一つの意志で支配するってことです!」

 「支配ではない。

  “統一”だ。」

 その声には、神々と同じ冷たさがあった。


 夜。

 ユリウスは庁舎の上階に閉じ込められていた。

 監視官が扉の外に立ち、

 逃げることは許されていない。

 窓の外には、黒い塔の影が伸びている。

 塔の先端では光が渦を巻き、

 空へ向かって絶え間なく文字を放っていた。

 ——文字が、空を覆っていく。

 それはまるで、リーヴァがかつて見た

 「沈黙の樹」の反転のようだった。

 根ではなく枝が伸び、

 空を覆って“言葉の牢獄”を作っている。

 「やめるんだ……」

 ユリウスは呟いた。

 「言葉は人を自由にするためにあるのに……」

 その時、窓の外から風が吹いた。

 風に混じって、声がした。

 > 「ユリウス。」

 リーヴァの声。

 彼は息を呑んだ。

 > 「祈りを恐れてはいけない。

 >  祈りを閉じ込めれば、世界はまた沈黙に還る。」

 「でも、彼らは祈りを武器にしようとしている!」

 > 「なら、あなたが“祈りを取り戻す”のです。

 >  祈りとは、心が他者を思う瞬間の名。

 >  言葉がそれを思い出せば、

 >  光は再び優しさになる。」

 ユリウスの胸が熱くなる。

 その瞬間、部屋の壁に刻まれた記憶結晶が光り始めた。

 > ――黎明の書、再起動。


 扉が開く音がした。

 現れたのはリュカだった。

 「……君を逃がす。今すぐ。」

 「どうして?」

 「私は記録官だ。

  本来、言葉は保存されるべきであって、支配のために使われるべきじゃない。

  リーヴァの書を閉ざした彼らの罪を、繰り返したくないんだ。」

 ユリウスは頷き、書を胸に抱えた。

 「ありがとう、リュカ。

  でも、行き先は分かってる。塔の上だ。」

 「上?」

 「あの光の中心に、黎明核がある。

  そこに“祈り”を戻す。」


 二人は螺旋階段を駆け上がった。

 塔の内部は異様な熱を帯び、

 文字の粒子が空間を満たしている。

 声がする。

 千の囁き、万の嘆き。

 それは人々の祈り、記録、願いの断片だった。

 ユリウスは耳を塞ぎながら進む。

 「これが……人々の心の声?」

 「違う!」リュカが叫ぶ。

 「これは、“編集された祈り”だ!

  庁が再構築した、人工の言葉だ!」

 塔の頂へ辿り着くと、

 そこには巨大な光の球体が浮かんでいた。

 人の意識が溶け合い、絶えず形を変えている。

 それが――黎明核ドーン・コア

 ユリウスは足を踏み出した。

 「これが……祈りの未来?」

 エルディアが現れた。

 「そうだ。人は祈りを制御できるようになった。

  苦しみも、憎しみも、もう存在しない。

  我々は“完璧な沈黙”を得たのだ。」

 ユリウスは震える声で言った。

 「それは沈黙じゃない。

  ただの“停止”だ!」

 「では君はどうする? また混乱を呼ぶのか?」

 「混乱でもいい。

  言葉は、生きるためにあるんだ!」

 ユリウスは胸の書を開いた。

 ページから光があふれ、風が巻き起こる。

 塔全体が震え、文字が解き放たれた。

 > 「祈りは沈黙を超える。

 >  言葉は再び、命と共に生きる!」

 光が弾け、エルディアが叫ぶ。

 「やめろ! それではまた世界が——!」

 だが、もう遅かった。


 爆音のような風が塔を貫いた。

 記憶結晶が砕け、

 そこから溢れたのは——色。

 音、香り、記憶、夢。

 世界のあらゆる感情が混じり合い、空へと解き放たれていく。

 ユリウスの体は宙に浮かび、

 周囲の文字が彼の身体に吸い込まれていく。

 風の中で、誰かが囁いた。

 > 「あなたが、新しい継承者。」

 その声は、リーヴァのものだった。

 > 「沈黙を恐れず、言葉を抱きしめて。

 >  それが、黎明の祈り。」

 ユリウスは涙を流しながら、

 光の中へと飛び込んだ。


 翌朝、塔は沈黙していた。

 だが、世界は静かではなかった。

 子どもたちが歌を歌い、風が言葉を運んでいた。

 記憶庁の塔は崩れ、

 その跡地には一本の木が生え始めていた。

 その枝に咲く花は、

 あの日リーヴァが残した沈黙の花と同じ色をしていた。

 人々はそれを「黎明樹ドーン・ツリー」と呼び、

 新しい時代の象徴とした。


――世界は再び語り始めた。

  沈黙は終わり、祈りは日常となった。

  だがその中心には、まだ風のような声が囁いている。

  「言葉を忘れるな。

   それこそが、祈りのはじまりなのだから。」

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