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悪役令嬢は神々の庭で運命を書き換える──八度目の断罪でわたくしは目を覚ました──  作者: Futahiro Tada


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沈黙の子ら

三 沈黙の子ら


 夜明けとともに、世界は静かに変わっていた。

 空無祭の喧噪が去った王都アストリアには、奇妙な静けさが漂っている。

 風は穏やかだが、どこかざらついた音を含んでいた。

 リーヴァは石畳の路地を歩いていた。

 彼女の足元には、昨夜の祭で使われた光の布がいくつも重なり、

 朝日を浴びて薄く透けている。

 布の中には、淡い光がまだ残っていた。

 まるで息をしているように、かすかに明滅している。

 「……まだ、消えていない。」

 リーヴァはしゃがみこみ、その布に触れた。

 指先に微かな温もりが伝わる。

 そこに宿っているのは、昨夜、人々が描いた祈りの残響だ。

 だが、その中に――異質な気配が混じっていた。

 それは“人の祈り”ではない。

 もっと深く、古く、そして……無垢な何か。


 広場の端で、子どもの泣き声がした。

 リーヴァが顔を上げると、群衆が集まっている。

 その中心に、小さな影があった。

 白い光に包まれた幼子が、布の上に座っていた。

 年齢は三歳ほどに見える。

 けれど、その瞳の奥には、まるで“千年”を見通すような深みがあった。

 「……誰の子?」

 「分からないんです。突然、布の中から……」

 「昨日の光が、形になったのよ。」

 ざわめく声の中で、リーヴァだけが息を呑んだ。

 その子の瞳には、“天上の光”が映っていた。

 神々が封じられたアーカイブ・ヘヴンの光。

 「……あなた、どこから来たの?」

 リーヴァが静かに尋ねると、子どもは首をかしげた。

 そして、唇を動かした。

 「……おかあさん、いない。」

 たどたどしい声だった。

 けれど、その響きには明確な“記憶”があった。

 人ではない何かが、かつてそう呟いた声。

 ——あれは、神々が沈黙へ還る前に残した最後の言葉。


 その日を境に、各地で同じような“子ら”が発見された。

 祭の翌朝、光の布の近くや祈りの広場で、

 誰にも知られぬうちに現れる。

 彼らは皆、共通して“言葉を持たない”。

 声を発しても、意味を結ばない。

 けれど、目を合わせれば、心に直接響くような感覚が訪れた。

 ——沈黙の子ら。

 人々はそう呼ぶようになった。

 リーヴァはその報せを受け、王都の記録院へ向かった。

 石造りの回廊を進むと、かつての祭の象徴である“祈りの布”が

 研究標本のように並べられている。

 その中央に、学匠テオが立っていた。

 「リーヴァ、君も来たか。」

 「ええ。噂は本当なのね。」

 「本当だ。昨日の光の降雨のあと、

  十五の町で“光の子”が生まれている。」

 テオは疲れた表情で羊皮紙をめくる。

 そこには、子らの出生記録が細かく記されていた。

 「親の記録は?」

「いない。どの子も、突然現れた。

 そして奇妙なことに――」

 テオが目を上げる。

 「彼らは、言葉の代わりに“記憶”を見せる。」

 「記憶?」

 「ああ。手を取ると、その者の過去を“見る”ことができる。

 昨日、ひとりの記録官が接触した。

 彼は自分の幼少期の夢を見たと言って、涙が止まらなかったそうだ。」

 リーヴァは息を詰めた。

 ——記録に触れて記憶を呼び戻す。

 それはかつて神々の書庫“光の書架”が持っていた力。

 「つまり、彼らは……神々の断片。」

 「そう言っていいだろう。」


 その夜、リーヴァは一人、旧大聖堂を訪れた。

 祭の余韻を残した石壁には、まだ光の跡がちらついている。

 彼女は蝋燭を灯し、祭壇の前に立った。

 「沈黙の子ら……。

  彼らは、人の祈りの中から生まれた“神の記録”。

  でも、どうして今?」

 誰も答えない。

 ただ、祭壇の上の聖杯が微かに震えた。

 風もないのに、光がゆらいでいる。

 「あなたなのね……」

 リーヴァは目を閉じ、かつての神々の声を探した。

 > 『——沈黙の継承者。』

 声がした。

 懐かしい、けれど胸を締めつけるような響き。

 それはイリスの声でもあり、リーヴァ自身の記憶の奥から聞こえる声でもあった。

 > 『子らは記録。

 >  祈りが言葉を失い、意味を超えたとき、

 >  “沈黙”が形を持つ。

 >  それが新たな神性の萌芽。』

 「……つまり、また始まるのね。

  “神々の再来”が。」

 > 『再来ではない。

 >  再生だ。

 >  だが、均衡は崩れる。

 >  子らはまだ無垢だが、

 >  人がその沈黙に意味を与えた瞬間、

 >  それは力となり、また祈りを支配する。』

 リーヴァの目に影が落ちる。

 「……人が、また神を作るというの?」

 > 『人は祈る限り、神を生む。

 >  それが希望でもあり、滅びの原理でもある。』


 翌朝。

 リーヴァは再び広場を訪れた。

 昨日見た幼子――あの“光の子”が、

 人々の手に抱かれて笑っていた。

 「ほら、笑った! まるで天使みたいだ!」

 「この子を見てると、心が楽になるね。」

 笑い声が広がる。

 その空気に、リーヴァの胸はざわめいた。

 彼女の目には見えていた。

 子の周囲に、淡い光の環が漂っている。

 それは祈りの残響――そして、“依存”の始まりだった。

 人々は知らぬ間に、

 子らに祈りを向け始めていた。

 「お願い、この子が幸せになりますように。」

 「この子に触れれば、病が癒えるんだって。」

 リーヴァは群衆の中で立ち尽くす。

 光がまた“信仰”を生み出している。

 それは優しさにも似ているが、

 やがて束縛となる。

 彼女はそっと呟いた。

 「……また、同じことを繰り返すのね。」

 その声に応えるように、幼子が彼女の方を見た。

 金の瞳が、まっすぐに彼女を映している。

 「……リーヴァ。」

 その一言が、世界を凍らせた。

 群衆が息を呑む。

 幼子は確かに“言葉”を話したのだ。

 そしてその名は、誰も知らぬはずの“沈黙の継承者”の名。

 「……どうして、私の名前を?」

 幼子はただ微笑んだ。

 その頬に光が宿り、ゆっくりと消えていった。

 群衆は祝福のように歓声を上げた。

 だがリーヴァだけは、恐怖を覚えていた。

 あの瞳の奥に見えたのは、懐かしい“闇”――

 かつて神々を滅びへ導いた、記憶の渦だった。


 夜。

 リーヴァは再び日記を開いた。

 筆先が震える。

 > 『祈りはまた、形を求めている。

 >  沈黙は終わりを知らない。

 >  私は問わなければならない——

 >  “祈りは誰のためにあるのか”。』

 彼女は最後の一行を書き加えた。

 > 『沈黙の子らは、世界の記録。

 >  だが、彼らが記すのは希望か、それとも滅びか。』

 窓の外で風が吹く。

 遠くで子どもの笑い声が響いた。

 その笑いが、祈りと同じ響きを帯びていた。


――そして、“沈黙の子ら”が現れたその瞬間から、

  再び世界は“神々の夢”を見始めたのだった。

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