静かなる一手
王都中心、赤き石で造られた処刑台。
今日ここで、ひとりの少年が首を刎ねられる。
その罪状は──「王国への反逆」。
処刑は公開形式。
見せしめとして、王と聖騎士団が群衆を集めたからだ。
「見たか、あれが“裏切りの魔導士”クロウ=ランヴェルだ」
「あれが……“元・天才”ってやつか。意外としょぼい顔だな……」
観衆の罵声が飛ぶ。だが、クロウは首輪を付けられ、無言でうつむいたままだ。
(──これでいい。これで、十分)
身体を拘束され、魔力も封じられた状態。
だが、彼の心だけは、まるで他人事のように冷静だった。
──いや、それどころか。
心の奥底では、嗤っていた。
(これで舞台は整った……あとは、ピースが動く)
その頃、王城の一室──聖騎士リーデルが奇妙な報告を受けていた。
「……勇者グレン様の部屋に、誰かが侵入した形跡が?」
「はっ、ドアに魔鍵の痕跡。しかも、監視結界は作動していませんでした」
「なに? 勇者様の結界が破られたと?」
焦るリーデル。だが、その報告はまだ序章に過ぎなかった。
「さらに、記録魔晶が紛失しておりまして……。内部に重要な映像が含まれていた可能性が」
「映像……?」
その言葉を聞いた瞬間、リーデルの顔から血の気が引いた。
──勇者グレンが、仲間を“誘導して”クロウを陥れる様子。
──貴族院が、クロウの処刑と引き換えに“兵器”の譲渡を取り決めた契約。
それらすべてが記録されていた、決定的証拠だ。
「まさか、バレた……? いや、ありえない。アイツは、もう……!」
「どうなさいましょうか、リーデル様……?」
「……動くな。証拠が出回る前に、“処刑を強行”する」
リーデルは、処刑官に伝令を飛ばした。
「予定を繰り上げろ! 直ちに処刑台に立たせろ!」
──その瞬間だった。
王都上空に、灰色の魔力信号が浮かび上がる。
「これは……“公開投影魔術”!? 誰がこんな高度な──」
次の瞬間。空に、音声と映像が現れる。
『日付は今年の星影の月。場所は王国議事堂第三区会議室──』
声が響く。
そして──そこには、勇者グレンを筆頭に、王国の高官たちが口裏を合わせる映像が、はっきりと映っていた。
処刑台がざわつく。観衆がどよめく。
「おい……なんだこれ……まさか、でっち上げ……?」
「クロウ=ランヴェルって、ほんとは……!」
「静まれ!! これは捏造だ!!」
衛兵長が怒鳴り散らすが、もう遅い。
民衆の疑いは確信に変わり、衛兵たちもどこか動きが鈍くなっている。
そして、処刑台の上。
ゆっくりとクロウが顔を上げる。
その目は、深淵のように冷たく、そして──笑っていた。
「ようやく……始まったな」
処刑人が剣を振り上げる。
その瞬間。
処刑台の台座が、爆ぜた。
「なっ──!? 何が起き──!」
足元に仕込まれていたのは、転移陣。
“誰にも気づかれず、封印陣と置き換えた”のは、シェリルの仕業。
視界が光に包まれる中、クロウの言葉だけが残る。
「じゃあ、次は君たちの番だ。“罪”の重さを、正しく量ってもらおう」
次の瞬間、彼の姿は処刑台から消えていた。
残された王国。
そして、浮かび上がった黒幕たち。
これが、クロウ=ランヴェルの“最初の逆襲”だった。