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3. 残響

 東京都某区。栞がかつて勤めていた如月物産では、今日も元同僚たちが噂話に花を咲かせながら、社員食堂でランチを取っていた。


「なんか、部長も最近元気ないわよね。」


「そりゃ目をかけてた子が、あんな辞め方したら気を病むわよ。」


「山岡さんのこと?退職代行使ったんでしょ?発想がいまどきよね。」


「新しい企画書もよく書けてたし、もうちょっと頑張れば、高卒でもいいポジション狙えたのに。」


「部長が厳しくし過ぎたのよ。だってあの子、毎日0時過ぎまで、サービス残業していたらしいわよ。まあ期待されるっていうのも大変よね。」


「でも、私たち時短って言っても、家でその分、家事しているから、トータルの労働時間は似たようなものじゃない?」


「確かに~!」


「しっ!部長が来たわよ。」


 栞がいなくなった部署では、栞がこなしていた仕事を誰に任せるかで、部長が頭を悩ませていた。だって、彼女以上に真剣に仕事に取り組む人はいなかったから。



 一方、その頃――


「しおり、しおり、お願い。お願いだから生きていて。」


 栞の母親は、警察に連れられて、工事現場の森の中にいた。栞の揃えられた靴と、ロープがかけられた場所で、母親は膝をがくっと落として、泣き崩れた。


 死体がない、遺書もない。――でもスマホ、運転免許証、銀行のキャッシュカード、クレジットカード、そしてマイナンバーカード。この世界を生きるために必要な全てのものが、鞄の中に残されていた。不思議過ぎる自殺現場に警察も首をひねった。


「お母さん、落ち着いて。お嬢さんから、何か気になるお話を伺ってませんか?」


「いいえ。あの子は、私に心配かけまいとして、子どもの頃から悩み事を相談してくれないんです。」


「そうですか。では最近、様子がおかしいということは、ありませんでしたか?恋人にフラれたとか。」


「あの子の交友関係は、正直何も知らないです。東京に出てから仕事が忙しいみたいで、最近は全く連絡も取ってなくて。」


「――全くですか?」


「ええ、全く。」


「――失礼ですが、あなた、本当に母親ですか?」


 警官は、半ば呆れ、半ば苛立ったように言った。


「まあ、事件性はないですかね?署で行方不明届の提出をお願いします。」


「栞は……、栞はたった一人の私の娘です。女手一人で育てたんです!別れた夫とも連絡をとって、あの子の二十歳の誕生日は、盛大に祝おうと約束していたのに、どうして、どうして、こんな。こんな。」


 栞の母親の泣き声が、もぬけの殻になった稲荷神社に響いた。



 この神社跡地での神隠しは、全国ニュースにこそならなかったが、地元では面白おかしく噂された。同窓会で顔を合わせた栞の同級生たちも、皆不思議だ、不思議だと、口を揃えて言った。


「山岡さん、ちょっとミステリアスな感じが俺はかわいいと思っていたんだよね。東京なんて行くから……。」


「でも、不思議よね。明らかに自殺したみたいなのに、死体も遺書も残ってないなんて。」


 近所の人も好き勝手なことを言った。神社を取り壊そうとするから罰が当たったんだとか、今度は工事で怪我人が出るとか。


 ――それに狐にさらわれたとか。

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