表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔王になった彼氏は、聖女の私に愛を語る。

作者: 水乃のう

◆第一章:聖女と勇者と、ありふれた旅路


 聖女として、私は生まれた時から定められた運命を背負っていた。

 魔王を討伐し、この世界に平和をもたらすこと。

 その重責を胸に、私は旅立った。


 私の名はアリス。

 癒やしの力と、そして唯一「魔王を討つための秘技」を宿す聖女だ。

 

 旅の仲間は三名。

 千の剣を操る剣聖のロイド、森羅万象の魔法を統べる賢者のセドリック。

 そして、異世界から転生してきたという、まぶしいほどの輝きを放つ”雷鳴”の勇者、ユーリ。


 ユーリは、その名の通り雷を身に纏い、光速で駆け抜ける最強の勇者だった。

 普段はどこか頼りなく、すぐに不安そうな顔をする。

 でも、いざ魔物と対峙すれば、その金色の髪をなびかせ、一瞬で敵を屠る姿はまさに英雄そのものだった。


「アリス、大丈夫? 疲れてない?」


 ユーリはいつも、私のことを気にかけてくれた。

 私が少しでも顔色を悪くすれば、すぐに声をかけてくる。

 そんな時、ロイドは「勇者様、聖女殿はお強めですぞ」と茶化し、セドリックは「お主、心配性じゃのう」と苦笑いしていた。


「ユーリ、大丈夫よ。私、結構体力あるんだから」

「でも……無理はしないでほしいんだ。アリスは、僕にとって、その……大切な仲間だから」


 そう言って、ユーリは少し顔を赤らめた。

 その言葉と、はにかんだ笑顔を見るたびに、私の胸の奥がキュンと鳴った。


 ある日のこと、私たちは険しい山道を越えていた。

 突然、巨大なオークの群れが襲いかかってきた。

 

 ユーリは一瞬でオークの懐に飛び込み、唯一勇者だけが持つことができる剣――聖剣で薙ぎ払っていく。

 ロイドは剣技でユーリの背中を守り、セドリックは広範囲魔法でオークの動きを封じる。


 私も癒やしの魔法で皆をサポートしていたけれど、不意に一体のオークが私に襲いかかってきた。

 咄嗟に身構えたものの、間に合わないと思ったその瞬間、雷のような速さでユーリが私の前に現れた。


「アリス!」


 ユーリの剣がオークを両断する。

 私はその場にへたり込んだまま、ユーリを見上げた。

 彼は剣を構えたまま、私を心配そうに見つめていた。


「アリス、怪我はない? 怖かったろ? ごめん、僕がもっと早く気づいていれば……」

「ううん、大丈夫……ユーリが、助けてくれたから」


 その日以来、私たちは意識し合うようになった。

 焚き火を囲んでの夜、ロイドとセドリックが眠りについた後、ユーリは私にそっと話しかけてきた。


「アリス、君は本当にすごい。聖女の力も、その優しい心も……僕なんかよりもずっと」

「そんなことないよ。ユーリだって、いつも私を守ってくれるじゃない」

「守りたいんだ。アリスのこと、何があっても」


 彼の言葉は、まるで夕焼けの光のように温かく、私の心をそっと包み込んだ。

 私は彼の隣に座り、肩にもたれかかった。

 ユーリは少し戸惑いながらも、そっと私の頭に手を置いた。

 互いの鼓動が重なり合うような、静かで穏やかな時間だった。


 旅は順調に進んだ。

 ユーリの雷鳴の速さ、ロイドの千変万化の剣技、セドリックの賢者の魔法。

 そして、私の癒やしの魔法。

 私たちは最強のパーティーだった。

 行く手を阻む魔物はなく、魔王の居城は目前に迫っていた。


◆第二章:裏切りの雷鳴

 

 魔王城の決戦を翌日に控えた夜。

 私たちは最後の作戦会議を終え、それぞれのテントで休息をとっていた。

 明日で全てが終わる。

 そう思うと、胸に期待と少しばかりの寂しさが入り混じった。


 その時だった。

 テントの外から、轟くような雷鳴が聞こえた。

 慌てて飛び出すと、そこにいたのは、信じられない光景だった。


「みんな今までご苦労だった。皆のお陰で私の願いは叶えられる。これから……私が魔王になるのだ」


 そこに立っていたのは、ユーリだった。

 いつもの不安げな表情は消え失せ、彼の瞳は、冷たく、まるで意思を持たない鋼のような眼差しだった。


「ユーリ!? ……嘘だよね……?」


 私の声は、震えていた。

 セドリックとロイドも、言葉を失ってユーリを見つめている。


 その瞬間、私には見えた。

 ユーリの表情が、ほんの一瞬、悲しそうに歪んだように。


 その記憶は、まるで一瞬の閃光のように、私の脳裏に焼き付いた。


 そうして、ユーリは闇夜に消えた。


 何が起きたのか、理解ができなかった。

 最強の勇者が、なぜ? 私たちは、利用されていたのだろうか? 明日、魔王を討つはずだったのに。


 その夜、私は一睡もできなかった。

 ユーリの言葉が、その冷たい眼差しが、何度も脳裏をよぎる。

 しかし、私たちは立ち止まるわけにはいかなかった。


「……我らが行うべき事は変わらない。魔王を討つ。それが我らのするべきことなのだから」


 ロイドの力強い言葉に、セドリックも頷いた。

 私は震える手で聖杖を握りしめた。


◆第三章:歪んだ城、赤い瞳


 次の日。

 世界は闇で包まれた。

 

 轟く雷鳴、終わらない黒い雨。

 天が嘆いているかのような光景だった。


 私たちは魔王城へと向かった。

 道中、魔物の姿はどこにも見当たらない。

 奇妙な静けさが、私たちを包み込む。嫌な予感がした。


 魔王城はボロボロの状態だった。

 壁には巨大な斬撃の痕がそこかしこに刻まれている。

 まるで、何者かが暴れ回ったかのように。


 魔物もおらず、ただ空からは雷鳴と終わらない雨が降りしきっている。

 奇妙で、そして恐ろしい。


 城の中に入ると、一層の不気味さに包まれた。

 静寂の中、奥から微かに雷鳴の音が響く。


 ――そして、玉座の間。


 そこに、ただ一人で佇んでいた。

 ユーリ――いや、魔王が。


 あの時、私たちの前から消えたままの姿。

 いや、異なる点が一つだけあった。

 

 ユーリの眼。

 雷のように煌めく金色の瞳は、血のような赤い眼に変わっていた。

 その赤い眼が、私たちを、まるで獲物を見定めるように見ていた。


 雷鳴の勇者。

 雷のように高速で駆り、魔物を屠ってきた。

 その強さは、私たちが一番よく知っている。


 目に見えぬほどの速さで攻撃を仕掛け、どんな攻撃をも避ける。

 そんな相手を、これから倒さなければならないのだ。


「おい! どういうことだ!」


 ロイドが大声で叫んだ。

 その声は、怒りと困惑で満ち溢れていた。


「自分が何をしているのか分かっているのか?」


 セドリックも、静かに、しかし明確な怒りを込めて叫んでいた。


 魔王となったユーリはゆっくりと玉座から立ち上がった。

 その手には、見慣れた白い聖剣が握られている。


「ああ、よく理解しているさ」


 ユーリの言葉は、以前よりもどこか冷たく、響き渡る。

 白い聖剣が、みるみる闇に染まっていく。

 厳かで神聖だった剣は、邪悪な、禍々しい見た目に変貌してしまった。


 ロイドとセドリックは、すぐに戦闘態勢に入った。

 ロイドの剣が、セドリックの魔法が、同時に繰り出される。


 しかし、雷鳴の勇者には当たらない。

 それは、私たちが旅で嫌というほど経験してきたことだった。


「どうした? それで私と戦おうとでも思ったのか?」


 魔王が冷たく言い放つ。

 その声には、私たちを見下すような、嘲りの響きがあった。


 ロイドが私とセドリックに合図を送った。

 私たちの作戦は一つ。

 ロイドが千の剣で魔王を覆い、セドリックが魔王を捕縛するための魔法を撃つ。

 そして、聖女である私が、魔王を討つ秘技を放つ。

 この一連の連携が、ユーリに対しての有効策。


 その合図が為された。


「剣よ! 魔王を討て!」


 ロイドの言葉が、力を持つ。

 千の剣が空間に現れ、魔王を囲み、一斉に放たれる。

 

 邪悪な剣と化した聖剣を振るい、魔王は千の剣を正確に弾き、雷鳴の高速移動で剣の雨を避ける。

 その動きは、まるで剣の軌道を知っているかのように、完璧だった。


「時の螺旋よ、絡み合え! 運命を束ねし理の楔!」


 セドリックの魔法が放たれる。

 魔王の足元に複雑な魔法陣が現れ、魔王を追尾し、拘束する。

 ユーリの動きが、僅かに鈍った。


『今だ!』


 ロイドとセドリックの声が、玉座の間に響き渡る。


「はい!」


 私は聖女の力を解放する。

 私の全身から、聖なる光が溢れ出す。


『天より降りし至高の光よ、今、我が身に集え! 穢れし闇を討ち滅ぼす、聖なる裁きの槍よ!』


 迸る光の槍が、ユーリの胸を貫いた。

 刹那、魔王の城が吹き飛んだ。

 激しい爆音と閃光。


 私は……何もなってない。何ともない。なぜ?

 セドリックとロイドの姿が見当たらない。

 一緒に吹き飛んでしまった? ……大丈夫だろうか。


 目の前には瓦礫と……魔王が倒れていた。

 ユーリの胸は、確かに、光の槍に貫かれていた。

 倒したのだ。私たちが。


 ユーリの身体からは魔力が失われ、徐々にその身体が、淡い光となって消滅しつつあった。

 ユーリ、なぜこんなことを……

 頭の中は疑問でいっぱいだった。


 瓦礫の下から、ロイドとセドリックが這い出てきた。

 二人とも無事だった。


「……雷鳴の勇者よ」


 セドリックが静かに言った。

 その声は、どこか諦めを含んでいるようだった。


「お主、時を逆行してきたな」


 ユーリの目だけが、こちらを向いている。

 その赤い瞳は、もう憎しみも、怒りも宿していなかった。

 ただ、静かに私たちを見つめていた。


「雷鳴の勇者、お前の力は、その光速の速さが本髄ではないな? お前の本当の力は……時を戻すことができる。違うか?」


 ユーリはニィと、どこか自嘲するように笑っていた。


「なぜ、こんな選択をした? こうしなければ、私たちは魔王を討つことができなかったのか?」

「……いや、僕たちは魔王を何度も倒したよ」


 魔王――雷鳴の勇者が、掠れた声で言った。


「僕らは強かった……しかし、魔王を本当に討てるのはアリス、君だけだった」


 ユーリが私に視線を合わせる。

 

「魔王を討った者が、次の魔王になる。その呪いの連鎖を断ち切れる唯一の能力を持った聖女」


 ユーリの言葉に、私は息を呑んだ。

 そんなこと、初めて聞く。

 聖女の力は、魔王を討つことだけだと思っていた。


「魔王は執拗に君を狙った。そして、毎回……アリス、君は自分を犠牲に魔王を倒した」


 ユーリの言葉が、私の心臓を鷲掴みにした。


「だから僕は、何度も時間を戻した。君が死なない可能性を探して。何回も、何回も。だけど……アリス、僕は君を救う事ができなかった」


 ユーリの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。

 それは、赤い瞳から零れる、まるで血の涙のようだった。


「だけど、僕は分かったんだ。僕が魔王になれば、アリスを助ける事ができるって」


 ユーリの声は、もうほとんど聞こえないほど小さくなっていた。


「アリス、僕が何度も愛した人よ、最後にその顔をよく見せてくれ」


 私の頭は真っ白になった。

 セドリックもロイドもうつむいている。


「……行ってやれ」


 セドリックが静かに言った。

 その声は、私を促しているようだった。

 私は震える足で、ユーリに近づいた。


「アリス、ごめん。本当に……」


 ユーリの手が、私の顔に触れた。

 その手は、冷たかった。


 その手から、ユーリの記憶が、洪水のように私に流れ込んでくる。


(ああ、そうか……そうだったんだ)


 私は何回もユーリとの旅をしてきた。

 ユーリは私を愛してくれて、私もユーリを愛していた。

 初めて出会った時、私はまだ自信がなくて、ユーリがいつもそばにいて、支えてくれたこと。

 魔物と戦うたびに、不器用ながらも必死に私を守ろうとしてくれたこと。

 私が風邪を引いた時、夜通し看病してくれて、その隣で私が「ユーリがいてくれてよかった」と呟いたこと。

 初めて手を繋いだ時の、お互いの手の温かさ。

 焚き火の夜、星空の下で、私がユーリの肩にもたれかかった時の、彼の優しい温もり。


 私は……私はユーリに、どれだけひどいことをしてしまったのだろう。

 私が何度も死んで、そのたびにユーリは時間を巻き戻し、苦しんでいたというのに。


「ユーリ? ユーリ! うそでしょ……? こんな事して!」


 私の声は、叫びのようだった。


「ごめん、アリス」


 ユーリが力なく答える。

 彼の身体は、もうほとんど消滅しつつあった。


「ねえ! また時間を戻して! ……出来るんでしょ? 早く! 絶対に一緒にいれる可能性があるから、早く戻して!!」


 必死にユーリに懇願する私の言葉を、ユーリは穏やかな目で見つめていた。


「……ねえアリス、覚えているかい? 僕らが旅をしていた時に、君が僕に言ってくれた言葉を」

「……え?」


 ユーリは、私の頬に触れた手で、そっと私の涙を拭った。


「僕はね、嬉しかったんだ。とても、ね。こんなに人を愛せるんだって。君につらい思いをさせてしまった事だけが心残りだ」

「心残りって…… ユーリ! 早く時間を戻して!」

「……僕にはもう魔力が無い。もう時間を戻すことができないんだ」

「え、うそ……でしょ?」

「アリス、本当に……ごめん」


 ユーリの表情は、穏やかな笑顔だった。

 その顔は、私が旅の途中で何度も見てきた、一番好きな顔だった。


 ユーリが私の腕の中で、キラキラと光になって、やがて完全に消えた。

 彼の身体があった場所には、白い聖剣だけが残されていた。


 私は、その場に崩れ落ちた。


「……アリス、つらいとは思うがユーリの気持ちを理解してやってほしい」


 セドリックの声が、遠くから聞こえた。ロイドも、私を見つめていた。


「……分かっています」


 私は震える声で答えた。


 私の腕の中には、もうユーリはいなかった。


 私は自分の手を見ていた。

 ユーリとの記憶とともに。


 涙が止まらない。

 

 何事にも自信を持てなかったユーリ、いつも不安がっていたユーリ、寂しがりのユーリ。


 私がユーリに言った言葉。

 

『ユーリ? 大丈夫よ! 私があなたを幸せにしてあげるから! もっと自信持って!』


 その時のユーリの笑顔を思い出す。


 魔王を討つと、魔王になる呪い。

 私はその呪いを断ち切れる能力を持った聖女。

 私の、唯一の力。


 だから、私には、私が断ち切れない呪いが残った。


 勇者を討った者が勇者になる。その呪い。

 私は、自分の手に雷鳴が帯びるのを感じる。

 私は、その場に落ちている聖剣を手にした。


 もう泣いてはいられない。


 ……ユーリ? 大丈夫、私があなたを幸せにしてあげるから。必ず。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ