1話『怒れる瞳』
──序章
「なんだというのだ……何故こんなことに……」
暗く埃っぽい部屋の隅に、どうしようもない現状を怯えたうめき声で嘆いている男が居た。
白い寝間着を身に纏っている老人は、体を小刻みに震わせている。寒さと恐怖により真っ青な顔色で、目元も落ち窪み酷く焦燥した様子だった。
部屋といってもそこは炭部屋の中であった。室内には台所で使う木炭や薪が俵になって積まれており、物置として食器や行灯などが棚に並んでいる場所だ。探せば明かりを燈す道具も見つかるだろうが、老人はそうしようとしない。
座り込んで、脇差しを抱えるようにしている彼の呼吸は荒い。
冷え切った冬の明け方の空気が一呼吸ごとに喉を刺激して、耐え難い緊張から吐き気すら催した。口の中は乾き、真っ白になってなにも思い浮かばない頭の奥から痺れがくるようで、なにか良い手立てを──己がするべき行動を考えることさえできずに、何度も走馬灯めいた益体もないことばかりが思い浮かんでいた。
時は元禄十五年(西暦千七百二年)、十二月十四日。
年の瀬も近づいて来たこの冬は、身も凍るような厳寒で江戸中に雪が積もっていた。
その寒さの中で、老人が震え隠れているのは江戸の本所両国橋近く、高家旗本である吉良家の屋敷にある一室であった。
そして震えているこの男の名は吉良義央──となれば、今まさに彼は後世にて非常に有名な状況に身をおいているとわかるのではないだろうか。
『赤穂事件』──と呼ばれる赤穂浪士による吉良邸討ち入りの真っ最中なのである。
これまでなにが起こってこうなったのかは、あまり現状に於いて重要ではない。
吉良が今行うべきは如何にして生き延びるかを考えることなのだが、残された時間を無駄にするが如く彼はこれまでを思い出していた。
昨年の二月に赤穂藩の藩主浅野長矩が江戸城殿中で吉良に切りかかり切腹になったこと。
吉良はその後に仕事を隠居してこの屋敷に移り住んだこと。
そのような、過ぎ去ったことを今更考えたところで仕方がないのだ。
吉良にとって重要なのは、今まさに遺恨を残していた浅野長矩の家臣らが仇討ちの襲撃に来ている最中で、吉良は隠れ潜んでいるという事件のクライマックスな状況に置かれていることを認識する必要があった。そしてどうにか隠れきるか逃げ出すかする方法を思いつかなければ、復讐と義心に燃える赤穂浪士らに捕まり、無残に殺されるのは火を見るより明らかである。
細かい経緯や恨みの原因などは諸説あるが、吉良はそれを思い出しているどころではない。
だがこの段階になっても彼は悔やむように、嘆いていれば奇跡が起こりすべて良い方向に解決するとでも信じたいのか頭を抱えたまま震えていた。
「このままでは……どうしろというのだ……」
弱々しい声である。とても夜討ちを仕掛けられても応戦せねばならない武士の姿ではない。
体格は貧弱というほどではないが、この吉良という男──これまで実戦は疎か刀を振るったこともないのだ。剣術を習ったこともない。太平の世となれば、本来戦うべき身分にある武士であってもこのような不覚悟な者はざらに居ただろう。
屋敷中を走り回る乱暴な赤穂浪士の足音がまだ響いている。吉良とは違い、赤穂浪士の中には決闘にて斬り合いを体験した者が居り、山鹿流という実戦向けの戦術を全員が学び、この一戦に命を掛ける覚悟で挑んできている。気合の差は歴然であった。
先程までは幾人かの忠義ある吉良の家臣が抵抗をしている声や剣撃の音が聞こえていたのだが、やがてそれも消えた。
家臣が抵抗している気配もなく自在に敵が屋敷を走り回れているのは、すべて討ち取られたか降伏したか。少なくとも、部下が赤穂浪士を撃退するなどで状況が好転することはなくなっているということだけは泣きそうになりながら理解した。
「屋敷にある長屋には家来が百人以上は控えているのに、いったい敵は何人で攻めてきたというのだ……」
抵抗した者の中には吉良家の当主である孫の吉良義周も含まれる。とても武人とは云えない華奢な体つきをしていて、病弱ですらあった義周も吉良を守るために手槍を手にしていた。
それらが死んでしまったのかと思うと、吉良は背筋が凍る思いであった。
跡継ぎも死に、もはや吉良家は存続不可能で、先祖にも顔向けが出来ない。
(何故自分はいっそ戦い、跡継ぎよりも先に死ななかったのか。或いはそうしていれば赤穂浪士らも引き上げて行き、孫は死なずに済んだかもしれないのに……)
だが、それでも、
「儂は死にとうない……」
と、吉良は嘆いた。
誰だって死にたくなどない。昨年に浅野長矩によって殿中で斬りつけられて大怪我をし、改めて吉良はそう考えるようになった。
命あっての物種だ。生きてさえいれば、立場などどうでも良い。だからこそ名誉ある幕府の仕事を辞して、隠居生活を楽しんでいたというのに。
「大体、浅野が斬りつけてきたのがいかんのだ……それを逆恨みしおって……」
恨み言を漏らしても事態は一つも好転しないし、絶望的な状況を打破できる考えもないのだが弱々しい言葉は自然と漏れ出た。
「何故こうなった……なにがいけなかった……どうすればよかったのだ。生きるためにはどうすればよいのだ……わからぬ……」
必死に考えを巡らせるが、いい方法を思いつくには残りの時間はあまりに短く、状況は既に最悪を通り越している。
数十人の敵が跋扈する屋敷から脱出するなど不可能である。援軍の宛もない。
連中が、吉良はとっくに逃げ出したものだと誤解して引き上げてくれることに一縷の望みを託しているが、普通に考えて屋敷の周囲には見張りを置いているので逃げていないことなどわかっているだろう。一部屋一部屋、押し入れの中から天井の上まで探すだけだ。
つまり、吉良はもう助からない。
それが充分に彼にもわかっていて、どうしようもない絶望が手足を凍えさせる冷気と共に這い上がってくる。恐怖と寒さから足腰は萎えて逃げ出すこともできず、手は鈍り脇差しすら取り落としそうであった。
自然と、涙がこぼれていた。武士としてあるまじきことだと自覚しても止まらない。
そのとき、
「──吉ィィ良ァァァ! 何処だ! 俺がお前を討つ!」
「ひっ」
裂帛の怒号。壁越しにも感じる激しい殺意。部屋に隣接している台所で、食器や水瓶などを破砕する音が聞こえた。すぐ近くに敵が来ていて、癇癪を起こしたように暴れながら探している。少なくとも話し合いが通じる相手ではないというのが、声だけでありありとわかった。
心胆が縮まる思いをしながら、吉良はガチガチと歯を鳴らして入り口を見ていた。
「入ってくるな……気づくな……どこかに行ってくれぇ……」
だが吉良の願いは当然のことながら敵である相手には聞き入れられない。
薪をつっかえ棒のようにしてある引き戸に、ガンと大きな音がする。
その音と同時に縦一文字の白刃が通った気がした。
「うおおおお!」
気合の声を叫んだのは戸の向こう側に居た男だ。声と同時に、外から戸に蹴りが叩き込まれて刃で切れ目が発生していた戸は真っ二つに分解しつつ内側に吹き飛んできた。
大砲でも打ち込まれたかと思うような、凄まじい衝撃であった。左右に分離した木戸の破片が壁に叩きつけられて更に砕け散る。
びくりと吉良は身構えて、うっすらと明るい台所に居る襲撃者を見る。恐らくは外と繋がる戸を破壊していて月光が雪の反射光と共に室内を照らしているのだろう。暗闇に目が慣れた吉良には、くっきりと相手の姿が見えた。
襲撃してきた赤穂浪士は仇討ちの興奮で血が滾っているのか顔を真っ赤にしている。室内に居る吉良が見えているのかいないのかわからないが、躊躇わずに部屋に踏み込んできた。
武器は十文字槍。室内で使うには長大な武器だが、威力は鎧武者を刺し殺すに十分だ。勿論、襦袢一つの老人など紙のように突き通すだろう。おまけにそれを片手持ちしており、左手には刀を抜き放って持っていた。槍と刀の二刀流である。尋常な膂力ではない。
顔の赤い男は炭部屋に入ると同時に、最も手近な炭俵に蹴りを叩き込んだ。先程戸を粉砕した威力を今度は見せつけるように、炭俵が四散して部屋中に飛び散り弾ける。
そのうち一発が吉良にも当たり、くぐもった悲鳴を上げてしまった。
赤穂浪士のぎょろりとした目が影に隠れていた吉良の方を向く。
「そこか! 吉良!」
「く、来るな!」
咄嗟に手元にあった薪を投げつける。腰が完全に引けていた。上手いこと目にでも当たらない限り効果はないだろう。当たるかどうかも怪しい。
それでも他に方法もなく、続けざまに薪を何本も投げた。
「もう止めろ吉良! お前が抵抗するからこんなことに!」
腹の奥から叫ぶ罵り言葉と共に、相手の赤穂浪士が接近してくる。
一本目の薪を、十文字槍を大きく振り回して空中で弾き飛ばした。同時に弧を描いた槍の軌道にある炭俵や棚などが飴細工のように横薙ぎの一撃で砕け吹き飛ぶ。老人の投げた薪を軽く打ち払う、という強さではない。当たれば人体が千切れ飛びそうだ。
まるで小枝でも振り回すように槍と太刀を扱い、吉良が投げつける薪を弾き飛ばし、両断してついでのように部屋の中を破壊する。
「ひいい!」
吉良は情けなく悲鳴を上げた。
「こんな攻撃で!」
赤穂浪士が近づく。
吉良は薪を取り落として、手元にあった炭火を熾す皿を投げた。襲撃者が避けながら刀を持った手を伸ばして振るうと、伸ばした吉良の手の平が深々と切り裂かれた。
指は奇跡的に落ちなかったが、手が切断されたように痛く、熱い。そして血でぬめり、握る力はもう出なかった。
咄嗟に後ずさりして離れたが、当然ながら相手は容赦をしない。
「まだだ! そこか! この野郎!」
赤穂浪士は片手で槍を、一撃必殺などと生ぬるいことを言わずに何度も突き込んだ。暗くて正確な急所には当たりにくいからだろう。
槍が当たったのを確認もせずに突いては引き抜く動作を繰り返す。だがその速度が尋常ではない。吉良が瞬きをする間に五回も槍の刺突が襲ってきた。
腰を抜かして相手を仰ぎ見ながら後ろに下がったからか、槍は吉良の足に当たる。
「ああああ」
肉に刃が突き刺さる冷たい感覚を味わい、嘆きの息に似た声が吉良の口から自然と漏れた。
一切迷うことなく前後してきた十文字槍はその穂先で吉良の膝頭を貫き、また左右に伸びた刃で太腿を深く切り裂いていた。血が下半身を染めていく。
怯えに竦んで這いずるように一旦離れた吉良だったが、死に瀕して一種の覚悟が決まる。
(もはやこれまで)
と、吉良は思いながらも、唯一持っていた脇差しを抜き放って恐怖と怪我から感覚がなくなった手で握った。血で柄がぬるぬるとして、ちゃんと握りしめられているかもわからない。
目がチカチカとして耳鳴りも酷かった。相対する相手が羅刹のように思える。恐ろしい鬼が襲ってきている。体中の熱が、どんどん失われていくのを感じた。
男の背後から騒ぎを聞きつけた赤穂浪士の仲間が駆けつけてくる。
そしてそのうちの一人が襲撃者の背中に声を掛けた。
「待て! 武林! 一人で先走るな!」
武林と呼ばれた男は目まで充血している赤い顔を仲間には向けずに叫んだ。
「いいや今! 俺が吉良を討つ! ヘァアアアアア!」
気合の声と共に、吉良は死が迫ってくるのを感じた。
先程の薪を払い落とした腕前もそうだが、尋常な武芸の使い手ではない。万が一にも、まともに剣術をやったことがない吉良が勝てる相手ではないだろう。
武林は大きく吉良の方へと跳躍しながら、体全体を捻り回転させた。
「とぅ! この馬鹿野郎が!」
勢いをつけ跳躍しての蹴りが放たれた。赤穂浪士らは袴姿ではなく、動きやすいように下半身は股引きに脚絆を身に着けているので足を自在に使えるのだ。派手な蹴りだって可能である。
見たことのない飛び蹴りを放つ武林を呆然と見て、武士として槍でも刀でもなく蹴りで仇を討つ者が居るだろうかと場違いなことを吉良は思った。
吉良が無我夢中に突き出した脇差しは掠りもしなかった。
こめかみの辺りに、武林の強烈な蹴り足が横薙ぎに炸裂する。
吉良は頭が吹き飛んだかと思った。首から頭が引きちぎれなかったのは奇跡だと思えたが、その奇跡はなんの役にも立たないだろう。
最初に頭蓋骨、次に首の骨が鈍い音を立てたのを聞いた。脳も頭の中で潰れたかもしれない。吉良の全身から力が抜けて、起き上がることもできずに倒れ伏す。
それでも吉良はまだ生きていた。いや、単に即死しなかったというだけで、生命維持はこのままではできずに死を待つばかりだった。それでも意識はあった。
首の骨が折れて呼吸ができない。もういっそ早く首を切り落としてくれと、死につつある中でそう願っていた。
「吉良ッッ! 生きることが戦いだ!」
武林と呼ばれた浪人がそのようなことを叫んでいる──。
(自分を殺した奴がなにを意味のわからないことを)
吉良は全身から体温を失いつつ、尽きる意識は最期にこう思った。
(もっとなにか、良い方法があったのではないか……生き延びられる明日があったのでは……)
そして、その生命を終えるのであった……
吉良義央死亡。
死因、刀傷(両手の平に二箇所、右膝に四箇所、右下腿に一箇所、左股部二箇所)。
及び、頭部損傷(斬首されたので詳細不明)。
それが、よく知られる赤穂事件──吉良邸討ち入りに於ける吉良の末路であった。
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──吉良死亡 一回目
「はっ!」
吉良は布団から跳ね起きた。酸素を求め喘鳴して呼吸を整えて震える歯を噛みしめる。頭を吹き飛ばされたような頭痛を感じた気がした。
着物に染み込むほどに体中びっしょりと汗を掻いていて、布団が湿り凍えるように寒かった。失禁したかと思うぐらいだ。特に、足は槍で貫かれ血を失ったが如く感覚が鈍い。
「布団……?」
と、吉良は自分が寝ている布団と、己の両手を見やる。毎日使っている高級羽毛布団(彼の知行地である三河国幡豆郡は水鳥が多いので作らせた)であり、なにも変わりはない自分の手だ。
手の平を切断されかねない程に切り裂かれた痕は、なに一つ残っていなかった。
恐る恐るシワだらけの顔に触れる。蹴りを叩き込まれて陥没した様子はない。そして折れたはずの首、十文字槍で何度も刺された記憶がある足。恐怖が蘇り吐き気もこみ上げたが、やはり確認しても何処にも怪我はないようだった。
「夢……か?」
混乱した頭で吉良はそう呟いて、安堵の息を吐いた。
そうだ、自分が今生きているのならばあれは夢だったのだ。
ここはどう見てもあの世でなく自分の寝室なのだから、そうに違いない。
吉良は傷のない両手で泣き出しそうになった自分の顔を覆った。
「よかった…… よかった……! 死なないでよかった……! あれは夢だったんだ……! 儂はまだ生きている。あんな恐ろしい思いをすることなど、ないのだ……!」
生きている。
それだけで、こんなにも嬉しく思えるものなのかと吉良は感動した。
手のひらから感じる温かさが頼もしい。柔らかい布団がこんなにもありがたい。嗚咽を漏らさずに吸って吐く呼吸がこれほど清涼だとは、これまで一度も思えなかった。
──生きることが戦いだ。
ふと、夢の中で聞いたような言葉が浮かんだが、きっとそうではない。
生きることは救いなのだと吉良は思えた。もしかしたら、あの夢はお釈迦様などが教訓などを与えるために見せたものかもしれない、とさえ思えた。今度寺に寄進せねばとも。
「ふう……もう大丈夫だ。もう、怖がることはない」
あのような現実感のある夢を見たというのは、やはり赤穂浪士が近頃きな臭いという噂を耳にしていたからだろう。
吉良邸でも万が一の襲撃に備えてしっかり中間・小者(武家の奉公人)を邸内の長屋に住ませていざというときの人数を揃えているし、近所に役宅を持っていての盗賊や悪漢を捕まえることに定評のある火附改役の旗本には付け届けを行っている。
嫌に現実味を持っていた夢だが、所詮夢は夢。このような状況下で襲いにくるはずがない。杞憂というものだろうと吉良は考えた。言うなれば近所に警視総監のような役目を持つ旗本の家があるのに襲撃事件を起こす馬鹿が居るだろうか?
しかしながら吉良の主観的には、昨晩の夢では気がついたら襲われていたので状況もなにもわかったものではなかった。襲われてからも、吉良は震えていたので何処から何人の赤穂浪士が襲撃してきたかも不明であり、どれぐらい覚悟を決めて襲撃してきたか理解できない。
それに警視総監の近所どころか、彼ら赤穂浪士の主人は江戸城の殿中で形振り構わず斬りかかってきたのだ。果たして決死の覚悟を決めたその家来達が、場所を選ぶだろうか。
だが夢と断じた吉良は胸を撫で下ろして、動悸が自然に収まるのを待っていた。
すると──
「ご隠居様。六ツ半(約午前七時)でございます」
「おお、わかった」
家来の一人が、従者に水桶を持たせて部屋にやってきた。涼しい顔をした背筋がピンと張っているが気負ったところのない、剣術の鍛錬による姿勢の良さが見える若侍である。名を清水一学といい、農民の生まれだが吉良が士分に取り立てたこともあって非常に真面目な勤務態度をしている隠居付の近習──つまりは護衛である。
部屋に入ってきた彼を見て、僅かに吉良は心が痛んだ。夢の中で、吉良を炭部屋に隠した一学は二刀を引っさげて台所を警護していた。その後で武林と呼ばれた浪士が吉良の元に来たということは、あの台所で暴れるような音の際に彼は殺されたのだろうか。夢の中、怯えて隠れているときはそんなことすら気にする余裕がなかった。
農民である一学を取り立てたのは、夭逝した吉良の息子、吉良三郎と年格好が似ていたことによるので親しみも多かったのだが……そんな彼を犠牲にしながらも死んでしまった──
「ご隠居様、どうなされました?」
不思議そうに尋ねてくる一学に、吉良はハッと意識を切り替えた。
そして首を振ってぎこちない笑みを浮かべた。
「いや、なんでもない。少し夢見が悪かっただけだ」
大丈夫だ。自分は生きている。一学も生きている。昨日と変わらぬ日常だ。そう吉良は自分に言い聞かせた。
吉良は毎朝この時間に起床することになっていて、いつも通りに顔を洗う水桶も運ばれてくる。その同じ繰り返しの生活習慣に安心を覚える。
悪夢による寝汗を掻いて気分が悪かった。冷たい水はありがたい。
吉良は起き上がり、着物を肌脱ぎになる。冬の寒さは老骨に厳しいが、顔を洗う際は濡れぬようにそうするのが武士の作法であった。
「む……?」
と、水に付けた手指に痛みを感じる。
爪の先が僅かに痛んで、冷たい水に凍みる感覚だった。
そこは確か、一昨日の夜に爪を切ろうとして誤って指を切ってしまったのだ。
(確か昨日の昼には治っていたはずだったが……)
記憶を手繰ると、昨日も朝は染みて痛んだが、昼過ぎに知人と茶会をしたときには気にならないぐらいに塞がっていたというのに。
悪夢を見て強く手を握り、傷が開いてしまったかと──そのときは思った。
顔を洗うと朝餉の時間だ。吉良は隠居してから、吉良家の当主を譲った孫の義周と共に朝食の席に付くことが多い。
義周は出羽米沢藩上杉家の次男である。彼の父、上杉綱憲は吉良義央の長男であり、上杉家へ養子に行き当主となっていた。義周は吉良の孫でありながら、吉良家の嫡男である吉良三郎が亡くなったことから今度は吉良の養子として吉良家の跡継ぎに戻ってきたのである。
年はまだ十八で少年の幼さを顔に残している。体が弱く、武芸などの鍛錬も僅かな時間しか行えないので色白で華奢に見える容姿が年齢を常より下に見せた。
庭に面した居間にて、先に待っていた義周がやってきた吉良を見て頭を下げた。
「お早うございます、父上」
その声を聞いた瞬間に、昨晩見た夢の中でその細腕で槍を手にして、父を隠せと家来に命令していた義周がフラッシュバックして、僅かに吉良は目眩を感じた。
夢の中ながら吉良の行いは恥ずべき行動であった。自分の命よりも跡継ぎであり当主の義周を守らねばならないのに。例え、吉良の首が取られて不名誉とされても交渉次第で家を残せたかもしれないのだから。だというのに、夢の中の吉良は自分が死にたくないことばかりを考えていた。
吉良は呼吸を整える。夢は夢だ。いつものように、義周に返事をした。
「うむ。お早う、義周。さてと、今日の朝飯は……」
向かい合って座り、膳を見る。
炊きたての白米に味噌汁、鰈の干物を炙ったものにおろした大根が添えてあり、白湯が仄かに湯気を立てていた。白湯は体の弱い義周のために毎食付けさせている。
吉良は献立を見回して首を傾げる。その献立に既視感を覚えたが、すぐに記憶と合致した。
「なんじゃ。今日も鰈の干物か。昨日の朝と同じだのう」
悪い夢を見た昨日の朝食と同じなのだ。嫌いな献立ではないが、二日続けてというのはどういうわけだろうかと思ったのである。
だが、義周が小首をかしげて控えめに指摘した。
「父上? 昨日の朝は確か大層冷えたからと、うどんではございませんでしたか」
「それは一昨日だった気がするが……はて?」
まだ若い義周からハッキリ言われると自分の記憶が疑わしくなる。
物覚えが悪くなるのは年寄りの常だが、自分がそうなるとやや暗澹とした想いを感じた。
(明日、また明日と時を過ごす度に頭がボケてくるのか……)
と、思うと早めに仕事を隠居した判断も正しかったかと思う。彼の高家という仕事は非常に繊細な付き合いと忘れてはならない知識を必要としていた。
(ボケたせいでまた浅野内匠頭のような輩に切りつけられてはたまらない)
切られたときの理由もボケが原因だったつもりはなかったのだが、吉良はそう思った。
ふと──。
義周が味噌汁椀を手に持った仕草を見た吉良の記憶が浮かび上がるものがあった。
こうして毎朝食事を共にしているのだから、義周が味噌汁を飲む姿ぐらい何度でも見たことはあるのだが、不意に──。
そしてやけに鮮明に、なにかと重なるように吉良は目に映る景色の『先』が浮かんできた。
今日の味噌汁は熱々で、中の豆腐までしっかりと火が通っている。元来猫舌の義周に合わせて、いつもはぬるめに作るのだが特に寒い今朝は念入りに温めてしまったのだろう。
義周はその熱い豆腐をすすった拍子に吸い込んで、熱さで舌を軽く火傷する。
その光景が記憶の中にある気がした──だが、その記憶というのはまさに先程、義周から記憶違いだと指摘された朝食の席で起きたと思しき出来事だ。
わけがわからず、吉良が唖然と見守っていると、豆腐を啜った義周が、
「熱ッ──」
と、慌てて口を味噌汁椀から離して、呆然と見ている吉良の視線に気づくと慌てて取り繕う。
「あ──! あ、す、すみません父上。つい油断を……」
「い、いや……気をつけるのだぞ」
その、義周の言葉も記憶通りだった。
(これは一体どういうことなのだ……?)
訝しがりながら吉良はいつものように──昨日のように、朝食を終えた。
隠居したことで吉良の生活にはゆとりが出来た。
城仕えの頃は毎朝朝食を取り、内湯で身を清め、上等の裃をきっちりと着こなし、遅くとも朝四ツ前までには家来を連れて登城せねばならなかった。そこから高家として儀礼や典礼に関わる指導、部下への指揮、書類の整理に加えて江戸城にやってくる様々な大名旗本らとも折衝せねばならず、忙しい日々であった。昼食を取る暇もなかったほどだ。
賄賂を貰っていたのも、賄賂を渡してくる相手はそれだけ仕事を処理する優先順位を上げて欲しいと言う必死な想いから金品を特急料金として渡してくるので、むしろそちらの方がわかりやすくて助かっていたぐらいだ。吉良が相手にしなければならない者は多く居るのだから、差し迫った理由のある者は付け届けと共に自己申告するべきであると思っていた。
しかし隠居した今はそのような煩雑な仕事及び人間関係とは関わり合いのないことだ。
なにやら困惑があった朝食を終えて、一息付く。
妙な既視感は悪夢を見た影響だろうと、胸につっかえるものを収めて吉良は日常へと戻ることにした。いずれ記憶の混乱も忘れてしまうだろう。
「さて……おい、今日は誰ぞ訪ねてくる予定があったか?」
そう尋ねると、部屋に控えていた吉良家家老の小林平八郎が応えた。がっしりとした体格の、いかにも武士らしい厳しい男である。
吉良は隠居したものの当主の義周はまだ江戸城で仕える役目には就いていないので、江戸住まいの家老らもそれなりに暇をしている。平八郎も家老の身でありながら自ら義周相手に槍の稽古などを付けているぐらいだ。
だが彼の応えた言葉に吉良は固まる。
「本日は……山田宗偏様と茶会の予定がございます」
「な……」
山田宗偏。宗偏流の茶道を起こした、本所に住まう僧であり吉良が隠居してからは家も近いこともあって、度々茶会を開いていた相手でもある。
それについては別に問題はないのだが。
(彼とは昨日も茶会をしなかっただろうか──)
正確に言えば、あの無残な夢に繋がる昨日の昼間……十二月十四日に。
同じ相手を、同じ用件で二日続けて招くことなど普通はない。
「う、く……」
吉良は頭痛を堪えるように頭を押さえた。
記憶らしきなにかが彼の脳裏にまざまざと蘇る。
はっきりと、これから起こる山田宗偏との茶会で行う話題や茶の味なども吉良の記憶に再現されていく。あたかも、未来を見るように。或いは過去を思い出すように。
彼は無意識に、夢の中で槍の突き刺さった膝を撫でながら平八郎に尋ねた。
「のう、平八郎──今日は何日だ?」
ごくりと唾を飲み込むが、平八郎は当然のように、当然ならざることを告げる。
「師走の十四日でございますが……」
吉良は、狐に頬をつままれたような気分になった。
それは彼が昨日だと思っていた──殺された日の日付である。
それから吉良は暫く、夢でも見ているかのように過ごしていた。
茶会へとやってきた山田宗偏から、やはり覚えのある会話を振られてそれになんと応えたかはっきりと覚えていない。
時間が進めば進むほど、嫌な焦燥感と確信的な既視感に吉良の顔色は悪くなっていった。
宗偏の矍鑠とした声を聞きながら、夢の中で芝居を見ているような気分になってくる。茶の席とはいってもお互いに慣れ親しんだもの、堅苦しいものではなく世間話の一つでもしつつ行うのがいつものことであったが、その世間話の内容を吉良は既に知っているのだ。
「そう、この前は津軽様に釣りもやらないかと勧められまして」
知っている。
「ですが還俗したとはいえ私も寺生まれ。どうも殺生や生臭は気が引けて」
知っている。
「あれで奥が深いらしいのですが、いやはやしかし津軽様ほど打ち込む方は珍しく──」
何故、自分はその話題を知っているのだろうか。
吉良は次に宗偏が放つ言葉に被せて告げた。
「ご自分で──」
「──釣りの書を記すことにするとか」
そう吉良が繋いだのを聞いて、宗偏は瞬きをして目を丸くする。
それから得心したように、頷いた。
「津軽様は吉良様とこそ親しい間柄でしたな。言うまでもございませんでしたか」
話題に出しているのは津軽政兕という旗本は吉良の娘を妻に貰ったこともある、義理の息子とも言える関係であった。その妻阿久利は婚姻してから早逝してしまったものの、それ以降も吉良と彼は親しい関係にあった。
だが、だからその政兕が日本初の釣り専門書を執筆するということは──吉良はこの宗偏に聞いて初めて知ったはずなのである。
「……吉良様?」
「山田殿。もし、おかしなことを聞くかもしれないが……」
吉良は汗の浮かんだ顔を見せて、静かに尋ねた。
「……昨日も儂に同じ話をしなかっただろうか」
「……? いえ、昨日はお会いにならなかったかと」
「そう、か……。すまない、ちょっと朝から調子が悪くてな」
吉良は酒に酔ったように、或いは夢から現実に醒めないように。
(なにかが、おかしい……なにかが……)
そう考えるが、いったいどうなっているのか頭の中で説明がつく理屈は思い浮かばなかった。
それからなにを宗偏と話したか覚えもせず、いつの間にか彼は帰り、日も沈む頃合いであった。
夕飯の、やはり見た覚えのある鮭と大根を煮しめた好物の料理も箸が進まなかった。それで義周に心配をされたことは、記憶にはない光景だったが。
(思い過ごしだ。思い過ごしに決まっている)
吉良はそう自分に言い聞かせて、普段は飲まない酒を口にした。少しでも記憶にある昨夜の夢と、自分が現在行う行動を乖離させたかった。それになんの意味があるのかもわからなかったが、酔って惑えば少しは謎の記憶による混乱から醒めるかと思ったのだ。
布団に入ってからも胸の動悸が激しかった。不安になっているだけだと自分を落ち着かせようとする。
目を瞑り朝になれば、なにも変わらなかった今日が終わり、普段通りの明日になっている。
(病弱な義周が壮健になり、役目に付けますように。お家が安泰になり、領地が豊作で平穏にありますように。別居した妻といずれ仲直りをする場が訪れますように。政兕と釣りに出かけられますように。山田宗徧殿とまた茶を飲めますように。赤穂藩が遺恨も何事もなく収まりますように。旨い飯が食えますように。明日も生きていられますように……)
願いのように吉良は延々と胸の中で唱えていた。
次第に夜は更けていき、眠れぬままにまんじりと明け方近くになった。
そうして、夜明け前の吉良邸にて銅鑼の音がけたたましく鳴り響く。
「吉良覚悟おおお!」
次に聞こえたのは大きな叫びである。
すわ、何事かと慌てた様子で屋敷中をドタバタと走り回る足音がしたかと思ったら、あちこちから怒号と悲鳴が上がり初めた。
「三十人は庭へ回れ! 五十人は屋敷を取り囲め!」
という襲撃側からの叫びに、いったい何人が現れたのかと邸内で混乱が巻き起こる。
こうして赤穂浪士側は大声で盛った人数を叫ぶことで、襲撃をより大人数で行っていると相手に錯覚させ戦意をくじく兵法であった。
吉良は布団から上体を起こして、目を見開いて胸を押さえる。
すぐさま吉良の部屋に近習の清水一学がやってきて、酷く不安そうにしている吉良の肩を押さえて告げた。
「見てまいります故、ご隠居様は部屋から出ないようにお願い致します」
と、出て行った。
ガチガチと吉良は歯を鳴らして震えた。この流れも知っている。自分は知っているのだ。
間違いない。夢に見た通りの、赤穂浪士の襲撃が今まさに行われているのだ。
(だが、どうする? どうすればいい? 既に襲撃を受けている今、どうすればいいのだ?)
暫くすると義周と一学が慌てて戻ってきた。体が弱い義周は血の気が失せた顔をしているが、手には短槍を持っている。
「父上!」
「ご隠居様! 赤穂浪士の襲撃でございます! 今すぐ避難を!」
「ううう」
あまりの──記憶通りのことに、吉良は呻いた。
「我らは家臣団と迎え撃ちます故に、父上は隠れていてくだされ!」
本来なら敵の襲撃があれば、迎え撃つのが困難ならば当主の義周を真っ先に隠すなり逃がすなりせねばならないのだが、この場合は違う。
赤穂浪士の狙いは吉良義央ただ一人。
彼が討ち取られれば即ち敵の勝利となり、吉良家の面目も潰れてしまうだろう。それを、吉良家を受け継いだばかりの義周は危惧している。また、祖父であり養父である彼を、家では穏やかで体の弱い義周を気遣ってくれる吉良を守らねばならないという愛情もあった。
同じ状況が起きたという信じがたい現状に頭が呆け、腰を抜かしたように脱力している吉良を引きずって二人とお付きの家臣らは吉良を台所裏の炭部屋に連れて行った。
待ってくれ、と言いたかったが声は掠れ、混乱から上手く言葉が紡げずにただ怯えているのだろうと思われるばかりで避難させられた。
襲撃者にはあの鬼のような、槍を振り回し暴れ人を蹴り殺す男が居て。
それはきっとひ弱な義周などでは勝負にならず、なぎ倒されてしまう。
自分がここに隠れていてもすぐに見つかり、殺されてしまう。
「ご隠居様はここでじっとしていてください。台所は拙者が命を懸けてお守りします。いずれ長屋より大勢が加勢に来て撃退するはずですので、それまでお待ちください」
一学は緊張しているが、どうにか吉良を安心させようと歯を食いしばってそう告げ、炭部屋と台所を繋ぐ戸を固く閉ざした。
彼は吉良に拾われた農民上がりの武士であり、低い身分ながら重用されてきた恩義がある。
襲いくる敵が如何に大勢だろうが、強かろうが、自らは逃げることも降伏することも選ばない純粋な忠義があった。だから間違いなく、そこに残り死ぬまで戦うつもりだろう。
「あ、ああ……」
駄目だ。ここには、敵が来る。最も恐るべき使い手が。
別の方法を取らねば──だがそれが思い浮かばず、吉良は物置に残されたまま家臣らは戦いに赴いた。決死の迎撃戦である。彼らも、夜襲を掛けた相手が危険極まりないとは理解している。だが逃げず降伏せず、吉良を守るために戦うのだ。己が勤める武家を守るために。
吉良は夢ならば早く醒めろと、頭を抱えて震えるしかなかった。結局夢の中でとった行動と同じように。誰かに、成り行きに任せて祈るのみだ。
そして半刻も経たないうちに、台所にて騒ぐ物音が聞こえた。
「お前ェェェッ! 吉良を何処に隠した!」
「黙れ無礼者! この清水一学が相手だ!」
「吉良は、あいつは……! うおおおおお! 武林唯七! 出る!」
叫び声。台所で激しい破砕音が発生した。なにが出るというのか吉良にはさっぱりわからないが、その音が止まるともう争う気配はなかった。
武林唯七という男によって、瞬く間に一学は倒されてしまったらしい。
一学は家臣団の中でも弱くない。むしろ、彼を取り立てたのは剣術を学んでいるところを見かけたからであり、その腕前は道場で見た限りでは家来の中でも一番だ。
だがそんな彼でも、一合と攻撃を打ち合うだけで負かされてしまった。
(死んだ……一学は死んだのか? 義周は?)
変わらぬ日常を送ってきたというのに、降って湧いた惨劇に背筋を凍らせる。
そしてなによりも、この結末を吉良は予め知っていたという事実に、頭が混乱して涙も浮かんだ。
(知っていたのに、儂はなにもできずに、一学を、家臣を死なせてしまった。そしてこれから、儂も殺されてしまう……!)
「とぅ!」
続けて炭部屋の戸が蹴りの一撃で吹き飛び、武林唯七と名乗った男が踏み入ってきた。
彼は吉良の姿を認めると、
「吉良……! なんでお前がこんなところに居るんだ!」
(探しておいてなんという言い草だろうか)
言葉は支離滅裂だが、殺意は当然満ちているようだ。
癇癪を起こした子供か、まるであの日の浅野長矩のように頭に血を上らせた様子で顔を真っ赤にしている唯七は、入るなり一間半程の長さをした十文字槍を、横回転させてぶん投げてきた。
「これは仇討ちなんだ! 覚悟しろッ! 吉良ァァァ!」
飛来した槍は小部屋の棚を粉々に打ち砕きながら勢いを殺さず、大車輪のように回転した投擲は吉良の肩に深々と突き刺さり、鮮血を撒き散らして骨を砕いた。
この酷い肩の痛みが決して夢ではないことを吉良に伝える。
投げた武器による効果も確認せずに唯七は小部屋の棚を踏み台にして高く跳躍し、同時に刀を抜いて障害物を物ともせずに飛びかかってきている。
「うわああああ!」
吉良は落ちてくる唯七に向けて、脇差しを突き出した。必死の抵抗だった。
その脇差しを突きに行くという行動にすら記憶があり、無意味に終わるという確信があった。
「このッッッ──吉良、お前ェッッッ!」
武林の飛び蹴りが、脇差しを持っていた吉良の腕を蹴り潰す。棍棒で殴られたような威力だった。骨が砕け、握力が出せずに脇差しを取り落とす。
「お前が殿を殺したァァ! だから俺がお前を討つ!」
両腕を破壊されて無防備になった吉良の目の前に着地し、唯七は間髪入れずに持っていた太刀で吉良の腹を薙ぎ払う。
冷たい鉄が通り過ぎ、血が溢れた。切腹はしたことがないが、自分では切れないほどに深いところを切断された感触だけは味わってしまった。
(ああ……死んだ……)
最後に吉良が聞いたのは唯七の、
「殺されたから殺して、本当にこんなことで戦いが終わるのか……」
という急に冷めたような言葉であった。
同時に吉良は、朦朧とする意識の中で思った。
夢に見たものとは違う負傷と、最期に聞く言葉だったと。
吉良義央、武林唯七に腹を切り裂かれて死亡。
──彼の運命は更に続く。
Kindle版とほぼ同じものを掲載致します
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(たぶん)3万ダウンロードぐらい行ったので、記念無料公開ですどうぞよろしく