第8話 誕生日は祝うものではありません
「あの、リア、来月は15歳の誕生日だから、今年はちゃんとお祝いしたいんだけど…どうかな?」
執務室で書類の整理をしていたら、クリスティアン様が遠慮気味に誕生日の提案をしてきた。私の誕生日は、両親の命日だ。もうすぐ7年、それでもあの日の光景は色あせないまま、私の記憶に刻まれている。
「いえ、結構です。別に祝わなくても歳は取りますし、問題ありません」
自分でも驚くほど、いつもより低い声でそう答えていた。悲しそうなクリスティアン様の顔には、気づかないフリをして書類を整理した。
両親の命日、そして兄が失踪して7年。この国の法律では、失踪から7年経てば死亡したものとして扱っても構わない。つまり、私の誕生日に兄は死亡したとみなされるのだ。そんな日を祝うなんて、私には無理だ。
「そんなことより、最近天界樹に関する問い合わせが多いんです。天界樹の管轄は魔法研究所、つまり白の魔法使いであるクリスティアン様の管轄です。ここに積んである書類は、今日中に確認して下さい」
クリスティアン様の机の上には、500枚以上の書類が積んである。そのすべてが魔物や瘴気、天界樹関連の陳情書だ。ここ最近では、国境付近で魔物の目撃情報が多く寄せられ、研究所の人たちは情報収集と対応に追われていた。魔物討伐は魔法騎士団の管轄だが、情報を分析して対策をたてるのは魔法研究所なのだ。
「今日中…今日もここに泊りだね。リアは、時間がきたら屋敷に戻っていいからね…僕とエルマーで頑張るよ」
「ええっ私もですか?私には愛する妻と可愛い子供たちが待っていますので、残業はしますが、家には帰りますからね」
エルマー様は、宿泊をきっぱり断っていた。クリスティアン様が恨めしそうにエルマー様を睨んでいる。まあ、いつもの会話なので気にしない。
「では、私は帰ります。後でメイドに食事を届けてもらえるように手配していますので、ちゃんと召し上がって下さいね」
私はそのまま執務室を出て、王宮の西の門を目指した。この時間に合わせて、エイベル伯爵家の馬車が迎えに来てくれるのだ。私はぼんやりと歩きながら、王宮の隣にそびえる天界樹を眺めた。沈む夕日が天界樹をオレンジ色に染めている。
魔物や瘴気からこの国を守っている天界樹の守護の力が、弱まっているのではないかと疑問の声が増えている。先ほどの書類のほとんどが、その類の書類だった。
天界樹の守護は、「始まりの天界樹」を中心に張り巡らされている。ガレア帝国の天界樹は、花嫁である聖女たちが祈りを捧げることで維持している。そして他の4柱は、それぞれの色を冠した魔法使いが管理している。
つまり天界樹の不調はガレア帝国にある「始まりの天界樹」に何かが起こっている可能性が高い。タランターレ国の聖女がガレア帝国にいないので、他国と違って聖女に連絡をとって理由を聞くことは出来ない。
白の魔法使いであるクリスティアン様が打てる手は、天界樹の守護の力が弱くなった地域に、魔法で結界を張ることくらいだ。それも長くは維持できないだろう。根本的な原因が解決しなければ、いずれ結界も限界をむかえる。
いったい何が起こっているのか、今は情報が全く入ってこない状態なのだ。来月にはガレア帝国より使節団がやって来る予定だ。その使節団が何か情報を持っていればいいが、なければクリスティアン様の負担は減らない。いや、増える一方なのだ。
「あの国が、内情を素直に教えてくれる可能性は、低いでしょうね…」
そして、予定通りガレア帝国より使節団がやって来た。
私は何故か弟子としてではなく、ドレスを着て使節団を迎える列に加わっていた。こういうことは、綺麗な女性の方がいいと思うと抵抗したけれど、クリスティアン様がどうしても一緒に参列して欲しいと言ったのだ。彼には珍しく少し強引に、着飾らされた私は謁見の間に連れてこられた。
「リア、一応言っておくけど、参列している間は何があっても声を出しては駄目だよ」
「はい?そんなことは分かっていますが?」
「そうだね、一応念のためさ」
ニコニコと微笑みを浮かべるクリスティアン様に、私は訳が分からないまま頷いた。
王宮の謁見の間に、ガレア帝国よりやって来た使節団が並んでいた。前列に外交官や貴族、合わせて5名、そしてその他の護衛や騎士などが後ろに控えているようだ。
5名の中に、懐かしい顔が見えた。髪の色は茶色いが、アクアマリンの瞳はそのままだった。
「……」
そっと手を握られ、私は隣に立つクリスティアン様を見上げた。クリスティアン様は私を見て頷いた。何故彼が使節団にいるのか分からないし、ここは謁見の間だ。下手にここで騒ぐわけにはいかない。どんなに驚いても顔には出ないことに感謝した。
私は色々な感情を抱えながらその場に立っていた。キースお兄様…謁見の代表の中の一人が、7年前に失踪した私の兄だったのだ。
「ガレア帝国より参りました、外交官のメルス・マクロスと申します。タランターレ国の国王陛下、並びに王妃殿下、そしてご参列されている皆様にご挨拶いたします。今回は、かねてよりお尋ねさせて頂いている聖女の件で、訪問させていただきました。ガレア帝王は、タランターレ国の聖女を待ち侘びております。ですが、今もまだ聖女は現れていないとのこと。是非我が国の者にも、微力ながら聖女捜索のお手伝いをさせていただきたい。そう思い、今回訪問させていただいたのです」
「マクロス殿、及び使節団の方々、よくぞご訪問下さいました。タランターレ国一同、ガレア帝国の使節団の皆様を歓迎いたします。ですが、聖女の件に関しては、我が国の者が探しております。残念ながら今は該当するものがいないのです。決して聖女を隠してなどおりません」
「勿論疑ってなどいません。ですが、天界樹の守護に聖女の力が必要なのも事実。明日、もしかしたら聖女の印を持ったものが現れないとは限りません。滞在する2か月の間、我が国が捜索するお許しが頂きたいのです。これはガレア帝王の願いでもあります」
「わかりました。ですが捜索には、我が国の魔法騎士団も同行させていただきたい。この地をよく知るものが道案内した方が効率もいいでしょう」
「それは有りがたい申し出です。では、明日からよろしくお願いいたします」
お兄様の隣にいる50歳くらいの外交官、メルス・マクロス様が訪問目的を告げ、国王陛下が了承したので、この謁見は無事に終了したようだ。
無言のまま謁見の間を出た私は、クリスティアン様と一緒に馬車の中へ入ると、大きく息を吐いた。
「あの、もう喋っていいですか?聞きたいことが、たくさんあるのです!」
かなり焦ってそう言った声は、いつもより高く昔のような話し方になってしまった。
「可愛いリア。落ち着いて、大丈夫だから。僕の友が戻ってきたのか聞きたいんだね?」
「はい、そうです」
「屋敷に帰ってから詳しく話すから、今は深呼吸して落ち着いて。ここでは話せないからね」
やはりここでは教えてもらえないようだ。私は焦る心を押さえて、コクリと頷いた。帰りの道のりがいつもより長く感じる。早くキースお兄様のことを聞きたかった。