第7話 sideクリスティアンの回想②
「まさかここにいる人たちは、6年前からその事実を知っていたのですか?」
陛下が気まずそうに視線を彷徨わせた。知っていたということなのだろう。殴っていいだろうか?
「ここからは、当時直接連絡をもらった私が説明します」
そうか、クリフォード卿は、キースの直属の上司に当たる人物だった。
「ガレア帝国に潜入する前に、キースから伝書蝶で連絡が来ました。アドキンズ侯爵夫妻が殺害され、妹のオーレリアは無事だが、屋敷に置いたまま放置したので保護を頼むと。キースは刺客を追い戦闘の末、刺客は自害。間抜けな刺客だったらしく、身分証を所持、他にも偽造の身分証があったため、そのままガレア帝国に潜入することにした。という内容でした。近衛騎士団第5部隊は間諜を得意とする部隊です。キースは闇魔法の使い手なので、入隊直後から、専門部隊に所属していたのです」
キースが屋敷を出た時点では、火災は起こっていなかったのだろう。保護に向かった時には、すでに僕が助け出した後だったそうだ。
「では、元々王命だったと?」
「いえ、違います。彼の独断です。しかしこの情報が洩れれば、キースの身に危険が及ぶと判断し、情報はここにいる陛下と、近衛騎士団団長の王弟殿下のみと共有したのです。クリスティアン様やオーレリア嬢には申し訳ないことをしました」
「いえ、その事情なら、理解できます。情報は最少人数で管理するべきです。では、どうしてこのタイミングで教えてくれたのですか?」
「今まで生死不明だったキースから、6年ぶりに連絡が来たのです。次のガレア帝国から来る使節団に混じって、帰国すると…」
「次の使節団、ということは来月ですか?」
「そうです、キースは外交官としてやってくるそうです」
「外交官…そこまでの地位に?」
「どうやら偽造の身分証が役に立ったそうで…詳しいことは、彼が無事に戻るまで分かりません。ですので、この件は、まだオーレリア嬢には内密にして、クリスティアン様の胸の内に秘めておいてください」
「わかりました」
キースが生きている。リアが知れば喜ぶだろう。今は言えなくても、来月になればキースはやって来るのだ。
「そうか、来月はリアの15歳の誕生日があるな。今までは両親の命日だからと、リアは祝うことを遠慮していたが、もし本当にあいつが帰って来るなら、祝うのもいいかもしれないな」
兎に角今は、無事に帰国出来ることを祈ろう。ずっと探し続けていた親友との再会を。
夜遅くに屋敷に戻ると、リアはすでに眠っていた。メイドに、未婚の女性の部屋に入るなんてと止められたが、リアの顔が無性に見たくなった僕は、こっそり転移魔法でリアの部屋に忍び込んだ。
すやすやと眠るリアを起こさないように、小さな声で囁いた。
「リア、キースが見つかったよ…」
キースが戻ってきたら、どうしてリアが記憶を失い、アドキンズ侯爵夫妻が殺されたのか理由が分かるかもしれない。リアが表情を失くし光魔法が使えなくなったことも、何故あの日僕を呼んだのかも……
刺客がガレア帝国の者だということも気になった。アドキンズ侯爵とガレア帝国には、何のつながりもないはずだ。殺されるような理由があったとも思えない。
アドキンズ侯爵家は、僕の憧れの家族だった。アドキンズ侯爵は僕が白の魔法使いに指名されるまで、白の魔法使いを務めるほど強い魔法使いだった。一身上の都合だと白の魔法使いを辞しただけで、魔力が衰えた訳ではなかった。そんな彼が刺客に不覚を取ったとはどう考えても信じられない。ミリア様は美しく優しい奥方だった。そんな両親の愛情を注がれて育った子供たちが、僕は羨ましかったのだ。
僕の生まれたエイベル伯爵家は、良くも悪くも普通の貴族だった。突然変異なのか先祖返りなのか、母の腹の中にいる頃から魔力量が高かった僕を産んで、体調を崩した母は回復することなく僕が5歳の時に亡くなった。父は早々に若い後妻を娶ったが、その妻は家庭や子供を大事にするような女性ではなかった。
夫婦で頻繁に夜会に出かけ、小さかった僕のことは乳母に任せて関心すら示さなかった。乳母は気のいい人だったが、魔法の知識が乏しく、生活魔法以外は使えない人だった。
だから6歳の時に、魔力暴走を起こした僕に気づけなかった。結果、エイベル邸の半分を吹き飛ばすほどの魔力が暴発するまで、事態を把握できなかったのだ。僕は、僕を恐れた父によって魔法省が運営している施設に預けられた。
「しっかり魔法を学べば、暴発も起こらない。魔力が制御出来るようになれば迎えに来る」
父の言った言葉を、幼い僕は信じて懸命に勉強した。魔力を制御出来るようになり退所後、そのまま13歳で魔法学園に入学して寮に入り、歴代最年少の15歳で白の魔法使いになった。結局父は、卒業するまで一度も会いに来ないまま、病に倒れ帰らぬ人となった。幸いにも後妻との間に子供はなく、僕は18歳の時にエイベル伯爵となった。
キースとは13歳の時に魔法学園で知り合った。珍しい闇属性持ちなのに、雰囲気は柔らかく温かい。その頃には、学園一の才能を見せつけ、羨望と嫉妬の視線を浴びていた僕のことを、嫌いもせず嫉みもしない。媚もせず、ごく普通に接してくれたのはキースだけだった。
「キースは僕のこと、どう思っているんだ?」
「ん?告白か?」
「違うよ、キースは僕が嫌じゃないのか、と思って」
「そうだな、クリスはクリスだな。一応尊敬もしているよ。でも、別にそれ以外感じないな。変か?」
「いや、それでいい…ありがとう…」
いつも自然体で接してくれるキースは、僕にとっては家族のような存在になっていった。休みの期間、領地に帰ることの出来ない僕を、アドキンズ領に連れて行っては、何気ない日々を提供してくれた。
キースの妹のオーレリアは、天使のように愛らしい子供だった。あの日まで、間違いなく幸せな家族がそこに存在していた。
それなのにあの日、僕の憧れていた理想の家族が、何者かの悪意で壊された。僕は絶対に許さない。僕の全てをかけて、そいつを葬り去ってやる。
「…クリスティアン様?どうしてここにいるのですか?」
リアの寝顔を見ながら考え事をしていたら、思いのほか長居してしまったようだ。眠そうなリアのペリドットの瞳が不審な者を見る目に変わっていく。
「え、あの、これは、だな…」
「変態ですか?仕事のし過ぎで、欲求不満?」
「よ、欲求不満って、そんな言葉、どこで覚えたんだ⁈変態でもない!そうだ、おやすみを言いに来たんだ」
「……」
「おやすみ、リア…」
僕は居たたまれない気持ちになって、転移魔法で自室に飛んだ。次の日から、リアの僕を見る目が冷たくなったような気がするけど、きっと気のせいだ……泣きたい。
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