第4話 魔力が無くなったわけではないようです
「すみません。ほとんど変わりませんね…」
「いや、本当に痛みは少し引いたんだ。リアの優しい癒しの力は感じたよ」
気を使われているようでいたたまれない。本来の癒しの力ならこのくらいの腫れは直ぐに治る。8歳になるまでの私なら、多分余裕だった…あの日、何かが起こって私はほとんどの魔力を失い、両親は殺され、兄は行方不明になったままだ。
「早くお屋敷に戻りましょう。治癒魔法師の手配もしておきます」
「リア、大丈夫だから。こんなものは氷魔法で冷やしておけば、直ぐに治る。でも、心配してくれてありがとう」
「別に心配などしていません。先ほども言いましたが、わざと怒らすような事をしたクリスティアン様が悪いと思います。ですが唯一の取り柄である顔が駄目になっては、何も無くなってしまいますので…」
「酷いな…僕は顔以外取り得がないのかい?まあ、確かに顔はいいと思うけどね。嬉しいな、リアも僕の顔が好みかい?」
「一般的な話をしただけで、私の主観ではありません」
図星をつかれた私は、速足でそのままクリスティアン様を振り切った。内心焦っていたが、この時ばかりは無表情の自分に感謝した。
『オーレリアはクリスが好きなのかい?運命の王子様だとか、あいつの顔に騙されちゃ駄目だぞ』
私が5歳の時に、アドキンズ邸に遊びに来たクリスティアン様を見て王子様だと言ったら、キースお兄様が言った言葉がふっと頭に思い浮かんだ。そうだ、騙されては駄目だ。この男は天然の人たらしなのだ。
エイベル邸に着くと、既に治癒魔法師のマルク様が待機してくれていた。事前に連絡用の伝書蝶を飛ばしておいた。魔法で飛ばす蝶の形をした手紙で、魔力の少ない私でも何とか飛ばすことが出来るので、重宝しているアイテムだ。
「クリスティアン様、派手にやられましたね。今日はお見合いだと伺っていましたが?」
「はは、ちょっとしたアクシデントがあったんだよ」
「そうでしたか…では、癒させていただきますね。おや?微かに魔力の残滓が、誰かに癒してもらったのですか?治ってはいませんが…」
「ああ、リアが応急処置だと言って……魔力を感じるのか?」
「そうですね。微かですが、癒しの光を感じます。聖女の光ほどではありませんが、不思議ですね…」
「そうか…確かにリアは幼い頃、光魔法を使えていた。魔力は失われていないのかもしれないな。では、どうして今は使えないのだろうか」
「そうですね、一般的には精神的なものが多いですね。魔物討伐に従軍した治癒魔法師が、凄惨な現場を見てトラウマを抱えることは多いです。それ以外では、珍しいケースですが、何か封じ込めるようなものを施すなどもありますが、それこそ意味が分かりませんね」
私には記憶がない。でもあの夜、確かに何かがあった。きっとそれを知っているのは、両親と兄のキース、そして両親を殺害した犯人だけかもしれない。
「リア、リア?大丈夫かい?顔色が悪いよ」
「…あ、大丈夫です。少し考え事をしていただけですから。綺麗に治って良かったです。なにせ唯一の取り柄ですから。マルク様、お疲れ様です。お茶の用意をさせていただきますので、こちらでお待ちください」
「オーレリアお嬢様、実は今日はこの後も治療依頼がありまして。このまま先方に向かいますので、お茶は残念ですが、またの機会にさせていただきます」
「治癒魔法師を呼ぶのは貴族だろう?何かあったのか?」
「そうですね、白の魔法使いのクリスティアン様にはすぐにお耳に届くとは思いますが、お知らせしておいた方がいいでしょう。実は、地方の森に魔物が出たそうで、これから被害があった領主の屋敷に行くのです」
「国内に魔物が?天界樹の守護の力が弱まっているのか?」
「一介の治癒魔法師の私には、そこまでは分かりません。帰ってきましたら、分かったことをお知らせした方がよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む。報酬は支払うから、出来るだけ情報収集を頼んでいいか?」
「毎度ありがとうございます。では、これで失礼いたします」
マルク様は治癒魔法師だが、個人的にクリスティアン様に情報提供をして小銭を稼いでいるらしい。家にはまだ小さな子供が5人もいるらしく、何かとお金がかかるそうだ。毎回お茶の時に出すお菓子は、全て子供のおやつとして持って帰る子煩悩なお父さんだ。
「リア、僕はこのまま王宮に行く。君は屋敷にいてくれ。天界樹の様子も見てくるから、少し遅くなる」
「はい、お気をつけて」
クリスティアン様はそのまま転移魔法を発動した。一瞬で姿が消えるのはいつ見ても圧巻だ。流石、国一番の白の魔法使い様、先ほど殴られて吹っ飛んでいた方と同一人物だとは思えない。
「天界樹に何かあったなら、大変ね……」
この世界は、天界樹によって魔物と瘴気から守られている。はるか昔に神の授けた偉大な樹、なので本ではなく柱と数える。天界樹は全部で5柱ある。中心にあるガレア帝国にあるのが「始まりの天界樹」と呼ばれる一番大きな樹で、その名の通り天に届きそうなほど大きい。残りの4柱はこの始まりの天界樹の苗木から生まれたとされている。天界樹を中心にそれぞれの国が起こり、ガレア帝国を囲むように4つの国が存在する。
それぞれの国には色を冠した魔法使いたちがいて、ゴルゴールは黄の魔法使い、アウレリーアは青の魔法使い、エリシーノは緑の魔法使い、そしてタランターレにいるのが白の魔法使いだ。
ガレア帝国には赤の魔法使いと呼ばれる帝王がいて、始まりの天界樹を守るために4つの国は定期的に帝王の花嫁と称して、それぞれの国で生まれた聖女をガレア帝国に捧げている。今いる聖女は3名、タランターレ以外の国の聖女だったはずだ。つまり、帝王には現在花嫁が3名いることになる。
中心であるガレア帝国に逆らえば、天界樹の守護は弱まると言われており、残念ながら4つの国はガレア帝国の属国のような立場になってしまっている。タランターレには今、聖女と呼ばれる女性が現れておらず、花嫁は空席となっている。
では、聖女はどうやって決めるのか。
聖女は天界樹の守護印が体のどこかに現れるらしい。産まれた時に現れた例もあり、その場合その赤子はそのまま花嫁としてガレア帝国に贈られるらしい。「いやいや、赤ちゃんが花嫁って…」と家庭教師に授業でその事実を知らされた時、衝撃過ぎて思わず突っ込んでしまったぐらいだ。
贈られた赤の魔法使い、帝王様はその子をどうするのだろうと気になり、当時7歳だった私は昔の書物を読み漁った。結局、読んだ書物の中には残念ながら詳しい記述はなかったのだが……
「今も謎の多い、帝王と聖女」
一瞬頭の中に何かが浮かんだような気がしたが、何が浮かんだのか何度考えても思い出せなかった。モヤモヤとしながら、クリスティアン様の帰りを待っていたが、待ちくたびれた私が寝てしまったので、クリスティアン様がいつ帰って来たのか分からなかった。
「リア、キースが見つかったよ…」
だから寝ている私に向かって、クリスティアン様が呟いた言葉を聞くことは出来なかった。