第41話 エピローグ
朝、いつものように天界樹に祈りを捧げる。清浄な空気が心地よい。
いつもと同じ光景だ。ただいつもと違うのは……
「お嬢様、お急ぎください!今日は婚礼の準備が立て込んでおりますよ!」
後ろにざっと控えた侍女とメイドが、清々しい気持ちに水を差す。
「わかっています。でも、これは毎日の務めなのだから、少しくらい遅れてもいいのでは?」
「駄目ですわ。今日の日を待ちわびているクリスティアン様のことを、待たすなんて恐れ多い!」
婚約してから、アドキンズ侯爵家に通うクリスティアン様に、侍女やメイドはすっかり骨抜きにされたようで、麗しの君(クリスティアン様)を少しでも待たすなんて、この者たちには許せないことのようだ。
「麗しの君の隣に相応しい装いをいたしましょうね。私たちの腕の見せ所ですわ!」
きっと今日はいつも以上に、コルセットに力が入るのだろう。少し私の背骨が心配だ。
天界樹の隣にある神殿で婚礼の儀式を行う。タランターレ国の白の魔法使いと聖女の婚姻は、国内外でも大きな話題になっていた。少し前に執り行われたガレア帝国の新帝王アルフ1世とアビゲイル・ブルックス公爵令嬢の結婚式にも匹敵するほどだ、と大袈裟に書き立てた新聞もあったほどだ。
「昨日の雨が嘘のように、今日は天候に恵まれたね」
嬉しそうに微笑むクリスティアン様に私はこっそり囁いた。
「ありがたいことに、各国の聖女様が天界樹に祈ってくれたようです」
昨日祈りを捧げた時に、天界樹を通じてそのような感情が流れ込んできた。明日は晴れますように、オーレリア聖女が幸せになれますように。だから今日の天候は特に心配はしていなかったのだ。
「そう、それは素敵なお祝いだね」
いつもの魔法使いのローブではなく、婚礼用の礼服を着こなすクリスティアン様が、破壊力満点の笑顔で微笑む。(周りの侍女やメイドがショックで倒れるかもしれない)
「リア、今日も綺麗だね」
「クリスティアン様も綺麗ですよ」
「え……?」
今日も私の最愛の人は美しいのだ。驚いたような顔のクリスティアン様の腕に手を掛け、開いたドアから一緒に神殿の中へ入った。
参列者の中には、陛下やお兄様、シェリル王女殿下、伯父様や王弟殿下の顔が見えた。魔法研究所の秘書兼助手のエルマー様や職員の皆さん、魔法騎士団団長のアルベール様、治癒魔法師のマルク様、そしてなんと元帝王様の姿まで見えた。髪の色は赤ではないので、お忍なのかもしれない。会場には、入り切れないほどの人が参列しているのに、目につくとはやはり元帝王様だ。
退位した帝王様は、髪の色を戻して孤児院の院長をしているそうだ。髪色が赤ではないため、案外元帝王様だとバレていないそうだ。アルフ帝王様とアビゲイル公爵令嬢の婚姻式に参列したお兄様と陛下が、アルフ帝王様から直接聞いた話だから、情報は確かだ。
祭壇の前まで来ると、大神官様が恭しく祝辞を述べた。ここで神に二人の永遠の誓いをたてるのだ。
「それでは誓いの言葉を…」
「オーレリア、僕は絶対に君を逃がさない。一生幸せにすると誓うよ」
「クリスティアン様、私はあなたの側で幸せになって、あなたのことも幸せにしてみせます」
誓った瞬間、神殿が眩い光に包まれた。魔法契約の完成だ。これで一方的な婚姻破棄は出来なくなった。
「何となく、今すぐ逃げなくてはと思ったのは気のせいでしょうか…」
「さあ、それは本能的なものかもね。勿論逃がすつもりはないけどね」
クリスティアン様は素敵な笑顔を浮かべながら、そっと私に近づくと誓いの口づけをした。
一瞬背筋がぞくっとしたのは、きっとキスをされたせいだと思いたい。
白の魔法使いは、弟子だった私を逃がさない。「溺愛される覚悟は出来たかい?」と聞かれて、私は「望むところです」と答えた。
天界樹が大空に向かってキラキラと輝く光景を見上げて、私はクリスティアン様に微笑んだ。
最後まで読んいただきありがとうございました。
これでとりあえず完結です。
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続編を投稿開始しました。タイトルは「白の魔法使いは聖女を逃がさない」です。
書き始めて一年ほどで、短編も合わせると6作品目完結出来ました。根気よく読んでいただいてる読者様に感謝を。




