第40話 それぞれの道
離縁してアドキンズの姓に戻った伯父様を、お兄様はアドキンズ侯爵領の領主代理として雇い入れた。優秀な伯父様がいれば、アドキンズ侯爵領は安泰なのだそうだ。
当初お兄様は、領主として領地に戻るつもりで近衛騎士団第五部隊を退役するつもりでいたが、陛下がそれに難色を示した。
「溺愛する第一王女シェリル様を出来るだけ手元に置いておきたいのだろう。アドキンズ侯爵領は近いとはいえ、王都から離れているし、陛下は僕がここにいればシェリル王女殿下も王都にいるだろうというお考えだ。まあ厄介な役職もついてしまったし、当分は王都住まいだな…」
お兄様とシェリル王女殿下の婚約は調い、1年後に盛大に結婚式を執り行う予定だ。半年後には私とクリスティアン様の結婚式、アドキンズ侯爵家は当分忙しいことになる。
私を襲ったブラッドリーは監視用の腕輪をつけられ、ダーシー子爵領で謹慎。当主になったブラッドリーに付き添い離縁した伯母様も領地に籠るそうだ。伯父様が差し出した財産で一年は過ごせるが、その後どうなるかはブラッドリーと伯母様次第だ。
「お兄様、それでは後程」
お兄様はこの度の功績を認められ、近衛騎士団の団長を拝命することになった。お兄様曰く、王女殿下の夫としての地位と名誉が必要だから急遽決まったそうだ。ついでに王弟殿下が、団長という役職を押し付けて楽をしたいのだとも言っていた。
ちなみに王弟殿下は防衛大臣になるようで、兄は王弟殿下にずっと仕える形になっている。
シェリル王女殿下との仲は順調に進んでいるようで、文句を言いながらも兄は嬉しそうに出かけていった。
「さあ、私も出かける支度をしなくては……」
お兄様の団長就任式に聖女として参列するためだ。私が聖女だということは、帰国後発表されていたが、公式の場に聖女として参加するのは今回の就任式が初めてだ。
「さぁお嬢様、美しく可憐な聖女をお披露目するために、頑張りましょう!」
侍女とメイドは朝から張り切っている。耐え続けた準備も、仕上げのドレスを着れば完了だ。
「コルセットは、出来るだけ楽なものに…出来ないのね……」
笑顔の侍女たちに連れられて、私は引きつった顔で、準備をするため部屋に入った。
「キース・アドキンズ侯爵、そなたを近衛騎士団団長に任命する。国の為、これからも一層の活躍を期待している」
近衛騎士団の象徴である真っ白な騎士服に身を包んだお兄様は、妹の私でも惚れ惚れするほど格好いい。団長の証である勲章を陛下から授与されると、恭しく礼をした。皆が一斉に祝福の拍手を送る。
私も惜しみない拍手を送っていると、私の隣に立っていたクリスティアン様が、何故か落ち着かない様子で私の手を取った。
「クリスティアン様…?」
「リア、この式典が終わったらすぐに屋敷に送り届けるからね」
「どうしてですか?この後陛下にご挨拶をして、シェリル王女殿下にもお茶に誘っていただいています。すぐに帰るのは無理ですよ」
「リア、どうしてこんなに綺麗な格好で来たの?さっきから男どもの視線がリアのことを見ていて、僕はずっと落ち着かないんだよ……」
クリスティアン様が困ったような顔で言うから、私は思わず笑ってしまった。
「うちの侍女たちが張り切ってしまった結果ですね。別に私のことを見ているのではないと思いますが…」
王宮にいる時の私は不愛想女、呪いがかかったなど散々な言われようだった。表情が戻ったところで、その評価が劇的に変わるとは思えなかった。どちらかと言えば、注目を浴びているのはクリスティアン様の方だ。
絹の様に繊細な銀色の長髪に、何度見ても慣れない美貌、白の魔法使いの証であるローブを颯爽と身にまとい、ここにいる老若男女全ての羨望の視線を集めている。隣に立っている私のことなど、きっと目に入っていないだろう。
「リアは自分の評価が相変わらず低い。君は社交界の華と言われたミリア様に似ているんだよ。封印が解かれた今、誰が見たって美しい。さらに聖女な上に、近衛騎士団長の妹で、アドキンズ侯爵令嬢。僕がいなかったら間違いなくこの社交界一の花嫁候補になっていたはずだ。今だってリアを見て惚けている男どもの視線が鬱陶しいのに、リアが気をつけないと僕が暴走するよ」
「暴走は止めてください。一応、気をつけますから…」
「今日一日、僕は君の側を離れないからね」
その後陛下にご挨拶をして、シェリル王女殿下のお茶会に参加した。ずっと側を離れないクリスティアン様の行動に、シェリル王女殿下も苦笑いだ。
「オーレリアは白の魔法使いに愛されているのね。このままだと、結婚した後も色々と困るかもしれないわね」
シェリル王女殿下の前でも、ピッタリと私にくっついているクリスティアン様の態度に、この先が心配だと言われた気がした。(いや、実際に心配されていた)
「そんなことをおっしゃっておられますが、キースも大概ではないのですか?」
クリスティアン様の言葉に、シェリル王女殿下は真っ赤になって俯いてしまった。お兄様の恋愛事情は知らないが、愛が重いということだろうか??
「お互い苦労しますね。オーレリア」
シェリル王女殿下がそっと目を逸らした。きっと心当たりがあるのだろう…
朝、神殿の横にそびえ立つ天界樹に祈りを捧げる。毎日の日課だ。
祈りを捧げれば、清浄な空気が辺りを満たす。キラキラと輝く天界樹の葉がそよそよと風に揺れている。
タランターレ国に戻ってから、国内での魔物の目撃情報も、瘴気発生の知らせも聞いていない。他国も同様のようだ。
「やっと平和な日常が戻ってきた気がするわ」
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