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第39話 伯父様の後悔

 5日後、私とお兄様は王宮にある一室に案内された。衛兵が立っている前の椅子に、疲れた様子の伯父様が座っていた。

「伯父上…」

「キース、オーレリア……」

 私たちを見て、伯父様は申し訳なさそうに視線を下げた。

「すまなかった…私のせいで兄さんたちが殺されたと、ハッキリと知らされた。ずっと心の中で、自分の犯したことが原因だと疑いながらも、一縷の望みを捨てられなかった。あれは偶然で、私が犯したことは関係ないと信じたかった。兄さんとミリア義姉さんを、愚かな私が死に追いやった…すまない…」

 伯父様は椅子から崩れるように床に座り込んで、そのまま頭を床に打ち付けるように頭を下げた。

「伯父様……」

「伯父上、まずは真相を聞かせてください。僕たちはずっとこれまで、あの時何が起こったのかを知ることも出来ず、ずっと答えの出ない自問自答を繰り返してきました。伯父上が何をしたのか、教えてください」

 伯父様は衛兵に支えられながら、椅子に座り直した。

「…あの頃、私は妻の金遣いを諫めることも出来ず、言われるままに金を使ってしまった。気がついた時には資金繰りが悪化してどうしようもなくなっていた。兄さんにも援助してもらい、これ以上は無理を言うことも出来ず、高利貸しに行こうと覚悟した。それでもその勇気が出ず、場末の飲み屋に入った、酒の力を借りようと思ったのだ。そこで癒しの力を持つ女性を探しているという男に会った。心当たりがあれば教えて欲しい、謝礼もはずむと言われた。初めは言うつもりはなかった。それでも、黙っている私が情報を持っていると確信した相手は、どんどん酒を勧め、謝礼の金額を上げていった。そして私は、つい言ってしまったんだ。私の兄の娘が癒しの力を持っていると…」

 気がついた時には、金塊の入った革袋を握ったまま眠っていたそうだ。不審に思いながらも金塊は返済に充ててしまった。後悔していたが、どうしたらいいか分からないまま5日が過ぎた頃に、アドキンズ侯爵家は火事になり、兄夫婦は殺されたと知らされた。

「聞いた瞬間、私のせいだと思った。だが、それを必死に否定した。私の言ったことだけで、兄夫婦が惨殺され火事になるなんて、そんなことがあるわけがないと、そう信じないとおかしくなりそうだった」

 確かに伯父様の言葉がきっかけだったのだろう。でも、まさかその言葉でお父様たちが殺されると、当時の伯父様が考えられるかと言われれば無理だと思った。確かに伯父様が言わなければ、起こらなかったことかもしれない。でも、言わなくても起こったかもしれない。それは誰にも分からない。

「伯父上が悪くないとは、僕は言えません。あなたが言わなければ、もしかしたら今も父たちは生きていて、僕たちは幸せに暮らせていたかもしれない。ですが、あなたが言わなくてもリアのことは情報として違う誰かから漏れて、結局同じことが起きていたかもしれません。リアが癒しの力を持っていることは、別に秘匿していたわけではなかった。今言えるのは、最悪なのはその時に侵入した間諜たちで、父と母を殺した奴と、証拠隠滅を謀り屋敷に火を放った奴だということ。帝王は殺人を指示したわけではなく、あくまで聖女を捜索していただけでした。先走った間諜が起こしたことを、全て伯父上のせいには出来ません。僕があの時もっと早く駆けつけていれば、こんなことにならなかったかもしれない。そう思う度、僕は今でも後悔します」

 お兄様の表情が陰った。私が記憶を失くしている間も、お兄様はずっと後悔を抱えながらガレア帝国に潜入していた。それはあの当時何も出来なかった私にもある。

「もし私があの時目を覚まさなければ、私を庇うことなくお母様だけは助かっていたかもしれない…」

「リア、それは違う。あいつはあの時パニックになっていた。きっとリアがいなくても、母さんは殺されていた可能性が高い。気にしなくていいんだ、リアは何も悪くない」

「でも、私に聖女の印なんてなければ、そもそも間諜が来ることはなかった…」

「そうじゃない。悪いのは犯人だ。リアが気に病むことはない」

 お兄様がすぐに否定したが、声に出してそう言ったら、原因は私にあるような気がした。守護印を封印しなければ、魔力が尽きた状態で両親が襲われることはなかった。そもそも私に癒しの力がなかったら……

「私のせい…で、……」

 急に呼吸が苦しくなって、私は崩れ落ちそうになった。

「リア、大丈夫だ。ゆっくり呼吸して。君のせいじゃない。絶対に違う」

 力強い腕に抱きしめられ、私はハッとその人物を見た。

「クリスティアン様…」

「ごめん。心配になって様子を見に来てしまった」

「クリス……」

 お兄様がホッと息を吐いたのが分かった。

「リア、辛かったら僕が抱きしめておくよ?」

 私はクリスティアン様の胸に顔を埋めた。そしてコクリと首を縦に振った。今クリスティアン様から離れたら、また嫌な考えに囚われてしまいそうだった。

「オーレリア、そしてキース。私は罪を償いたい。だが妻は何も知らないんだ。解放してやってくれないか。それとブラッドリーがすまなかった。あの子は罪を犯した」

「ブラッドリーはともかく、伯母上は間もなく解放されるでしょう。しかし、伯父上がいなくなれば、子爵家は直ぐに没落しますよ。いいのですか?」

「ああ、あの家はもう先がなかったのだ。無理やりここまできたが、ここが潮時だ」

「伯父上の領地経営の手腕は素晴らしいと思いますよ。アドキンズ侯爵家の領地を8年間、見事に維持していただきました。子爵家がここまで悪化したのは、伯母上、そして息子のブラッドリーの散財もあるでしょう。あなたの過ちは、妻と息子に強く言えなかったことです。結果、潰すのですか?」

「私の罪を知っているか?」

「いえ」

「自分の妻を愛せなかったことだ。ずっと優秀だった兄に劣等感を抱いて、美しい妻を娶った兄のことを羨んでいた。子爵家の婿養子になってからも、優秀な息子と愛らしい娘を授かり、幸せそうな家庭を持った兄を恨めしくさえ思っていた。息子にもちゃんと向き合えていなかった。結果、後ろめたい気持ちになって妻と息子の暴走を止めることが出来なかった。全て、私の至らなかったせいなのに、全部見て見ぬふりをした」

 自責の念に堪えられなかった。それでもキースが無事に帰ると信じて、8年間アドキンズ侯爵家の領地を守り、無事に渡せた。後は子爵家を清算することが、今の自分の懺悔とけじめだと伯父様は言った。

「違います。それでは伯母様とブラッドリーが可哀そうです。ちゃんと話し合って下さい。それでも暴走が止まらないなら、その時に清算することを考えればいいです。今ではないでしょう」

「オーレリア…君は、ミリア義姉さんに似てきたね。知っていたかな?彼女の婚約者は元々私だった。兄と彼女が恋に落ちて、私は喜んで身を引いたつもりだった。納得していたと思っていたのに、今までずっと気に病んでいたんだな。そうだな、妻にも申し訳ないことをしていたと思う。ちゃんと話をしてみよう。それで離縁を望むなら、それなりのことをしよう」

 

 その後も伯父様は取り調べを受けたが、その事実だけでは罪を問うことは難しく、実際にその情報だけで一連の事件が起こり得たかという確証がなかったため無事釈放された。

 その後伯父様は伯母様と話し合いをしたが、長年の確執は埋めることは出来なかったようで、爵位をブラッドリーに譲り離婚が成立したそうだ。きっと近い未来、子爵家は没落するだろうと、悪い笑顔で兄は断言した。


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