第3話 お見合いしてみませんか
「ねえ、これは何?」
執務室の片づけをしていると、席に戻ってきたクリスティアン様が布に包まれたものを取り上げた。
「ああ、それは魔法騎士団長のアルベール様が、先ほど置いて行かれました。何かは見ればわかると仰っていましたが…」
魔法騎士団長のアルベール様は、兄のキールやクリスティアン様の通っていた魔法学園の2つ上の先輩に当たるそうで、無茶ぶりの天才、いや無茶ぶりが服を着て歩いている様な方だ。赤い獅子のような長髪をまとめもぜずに魔物に立ち向かう姿は、どちらが魔物か分からないと秘かに言われているとかいないとか。
「うわっ絶対ダメなやつだ。嫌な予感しかしない…リア、捨ててきて」
「駄目ですよ。ちゃんと中を確認して返事をして欲しいそうです。ただし、返事は「はい」か「了解」しか受け付けないそうです」
「何、そのバカな返事……っ、げっ!」
嫌そうに中身を確認したクリスティアン様は、中身を確認した途端頭を抱えて机に突っ伏してしまった。そっとクリスティアン様の背後から覗き込むと、そこには姿絵と釣書きが見えた。どうやらお見合い相手のようだ。美しい赤い髪が印象的な、迫力のある美人さんだ。
「知っている方ですか?」
「ああ、知っている…アルベール先輩の末の妹だよ。確か、リアの5歳上、19歳だったかな…。まさかアビゲイル嬢を僕に押し付けようとしているなんて…あり得ないよ~」
「綺麗な方ではないですか?いいじゃないですか」
「良くないよ!アビゲイル嬢はアルベール先輩の女版、性格が瓜二つなんだよ。最近のお見合いでは、当日に気に入らない相手を蹴り飛ばして破断にしたと聞いた…それ以外にも、魔法で前髪を燃やしたとか、剣を突き付けたとか、いい話は聞かない…」
どうやら見た目ほど大人しい方ではないようだ。確かに少し勝気そうな目をしているかもしれない…
「で、返事は「はい」ですか「了解」ですか?」
「どっちも同意じゃないか!無理、絶対無理!!」
「いいじゃないですか。一度会うくらい」
「ねぇ、リア。それ本気で言っている?」
「それは勿論本気です。お見合いですよね?」
「くそっ分かったよ。相手は公爵令嬢だ、こちらから断ることは出来ないしね…アルベール先輩には「了解しました」と伝えるよ」
クリスティアン様にお見合いを薦めていたのは自分なのに、お見合いを受けると言ったクリスティアン様の言葉に何故かモヤっとした。
「リア?どうかした?」
「いえ、何でもありません。お見合いの日取りが決まりましたら、お知らせください。仕事の日程を調整しますから…」
「…わかった…」
クリスティアン様がお見合いの打診を受けてから、席が設けられるまでわずか7日…会場の手配や、仕事を調整することに苦労したが、何とか無事に当日を迎えることが出来た。そう、出来たのだが…
「あの、どうして私までここにいるのでしょうか?」
何故かお見合いの席に私まで座らされ、絶賛混乱中だ。
「だって、断る理由がいるじゃないか。可愛いリアを言い訳にしたら、きっとアビゲイル嬢も穏便に納得してくれると思わないかい?」
「いや、まったく思いませんが。どちらかと言えば怒り狂うと推察されます…」
どうして彼は、ご令嬢が自分のお見合いに他の女性を同伴させて、穏便に済ませられると思えるんだろうか?怒り狂い修羅場と化す、そして矛先はクリスティアン様ではなく私に向く未来しか想像できない。今すぐ帰っていいだろうか、いや帰りたい、帰ろう。
「やっぱり、私は、帰り…」
「お待たせいたしましたわ。クリスティアン様、お久しぶりです」
席を立とうとしたところで、凛とした声が響いた。
「アビゲイル嬢、久しぶりだね。今日はお手柔らかに頼むよ。それと、こちらは」
「知っていましてよ。あなたが片時も側から離さないほど大事にしている、親友の妹さんでしたっけ?」
真っすぐに見つめられると、威圧されたような気になる。心では震えあがっているのだが、残念ながら無表情はどうしようもない。
「初めまして、アドキンズ侯爵家のオーレリアと申します。今はクリスティアン様の弟子として仕えさせていただいております。あくまで師弟関係で、それ以上のことは断じてございません」
なので、このまますぐに帰らせて欲しいです。
「あら、そうですの?愛人にするのかと思っていましたわ。だからこの場に呼んで、その条件で婚姻を結ぶ気なのかと思いましたわ」
私が愛人…?この方とクリスティアン様が結婚??そう考えた瞬間、何故か心が裂けてしまいそうな気持になった。そんなことを思った自分に更に驚いた。勿論顔には出ない。
「アビゲイル嬢、あまりリアを虐めないで欲しい。僕もいい気分ではない。君は僕のことを好きではないだろう?どうしてこの縁談を?」
「お兄様が無理やりにですわ。でも、わたくし自分より強い男性がいいのです。その点ではクリスティアン様は理想的ですわ。ただ、わたくし他の女性を大事にしている男性は嫌ですの。ですから、この娘を大事にするのなら、このお話はなしですわね」
「それは、有難…い」
バシッと派手な音が鳴った。どうやらアビゲイル様がクリスティアン様を殴ったようだ。それも見事なグーパンチで。女性は平手打ちが標準装備だと思っていたけど、アビゲイル嬢は一味違うようだ。
「これでこの話はなしですわ。もしわたくしが黒魔術を習得していたら、あなたのことを呪い殺していましたわ。命拾いしましたわね」
殴られた反動で床に倒れたクリスティアン様を見下ろして、アビゲイル嬢は捨て台詞を残して颯爽と去っていった。
「カッコいい女性でしたね」
「酷いよ、リア。僕の心配は?すごく痛いんだけど……」
「クリスティアン様は自業自得です。呪われて一度死ぬべきです」
クリスティアン様の左頬は赤黒く腫れ上がっていた。このままでは明日には無残な顔になってしまうだろう。治癒魔法師に治してもらうにしても、ここから馬車までは徒歩だ。気休め程度でも、私の微弱な治癒魔法で、症状を改善しておいた方がいいだろう。
「効果は保証できませんが、気休め程度には…」
私はクリスティアン様の頬に手を当てて、目を閉じた。温かい光が手の平に集まっている感覚はある。でも何かが邪魔をしているのか、昔の様に上手く癒しの力が出てこない。
「ありがとう、リア。痛みが楽になったよ」
本日2回目の投稿です。お休み前なので、投稿してみました。何時に投稿するのがいいか、試み中です。
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