第38話 ブラッドリーの暴走
お兄様とシェリル王女殿下が仲睦まじく話をしているので、私とクリスティアン様は、途中で庭を見学すると言って席を離れた。
「まだぎこちないですが、お兄様もシェリル王女殿下のことを、好ましく思っているようで良かったです」
「まあ、美しい王女殿下だから、気持ちを向けられれば大抵の男は傾くだろうね。後は二人で話せばいいから、僕たちは先に帰ろうか」
美しい王女殿下、大抵の男は傾く?それは、クリスティアン様も??
「そうですね、先に帰りますと侍従の方に伝えなくてはいけませんね。私、先に行って伝えてきます!」
「え、リア、一緒に行けば…」
私は何となくモヤモヤとしてしまい、クリスティアン様を振り切って庭の出口に向かった。侍従の方に先に帰ると伝え、更に速足で王宮の廊下を歩いた。
途中で後ろを歩いているクリスティアン様が、魔法研究所の職員に呼び止められていた。「待って、リア」と聞こえたような気がしたが、今はクリスティアン様の顔を見ると言いたくないことまで言ってしまいそうで、そのまま気づかないフリをして先を急いだ。
出口に向かいながら、深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしていた。出口で冷静になってからクリスティアン様を待つつもりだった。そう、待つつもりだったのだ。
「え……」
誰かに腕を急に引かれ、体勢を崩したままいきなり部屋へ引きずり込まれた。突然のことに、私はかなり動揺していた。助けを呼ぶ声を上げる前に、さっと口を塞がれてしまった。
「声を出したら、このナイフで刺す。分かったか?」
耳元で囁かれた声に覚えがあった。私はゆっくりと頷いた。
「そこに座れ」
私は素直に従って、指定されたソファーに座った。正面に見知った男が立っていた。
「ブラッドリー…どうして…」
「声を出すなと言っただろう。今すぐ刺されたいのか?」
私は慌てて首を振った。伯父様の息子、従兄のブラッドリーが青い顔をしてナイフを突きつけてきた。
「今すぐ俺と結婚すると誓え。そうしたら、解放してやる。勿論魔法契約だぞ。誓えないならこのまま既成事実を……そうだ、今すぐ既成事実をつくって、いやその前に……父様と母様が捕まった…俺がお前を、そうだ、お前を貰ってやる、そうしたら…」
ブラッドリーは頭を掻きむしりながらブツブツと呟いている。伯父様と伯母様が捕まったことは、今朝お兄様から聞いていた。陛下直属の審問官が、アドキンズ侯爵家の一連の事件について調べるそうだ。
ブラッドリーは、この件とは関係ないと判断され捕まっていなかった。つまりこれは彼自身の単独行動なのだろう。こんなことをすれば、彼も捕まってしまう。
「落ち着いて…」
「声を出すな、刺すぞ!」
血走った目で睨まれ、ナイフが目の前に突き付けられた。このままでは本当に刺されるか、既成事実をつくられるか、どちらにしても最悪な結果しか見えない。
何とかクリスティアン様に気づいてもらえれば、助かる方法もあるのかもしれない。帰りの馬車はそのまま止まっている、つまり私が王宮にいることは分かるはずだ。
考えている間にブラッドリーが目の前に立っていた。私は思わず後ずさったが、ソファーの背に当たりそれ以上は無理だった。
「さあ、俺と結婚すると誓え!」
「そ、それは無理です。私にはクリスティアン様という素敵な婚約者がいるんです。誰があなたなんかと…」
「誓うと言え!」
ブラッドリーは激昂して、私にナイフを突き立てようと振り上げた。私は痛みを覚悟して、ぎゅっと目をつぶった。
「ぐぇっ」
ブラッドリーの呻き声がして、私は目を開けた。ブラッドリーは壁際に飛ばされて蹲っていた。
「良かった、リア。無事だね」
「クリスティアン様……どうして?」
「それは、ほら、このお守りが正常に反応したから、僕が転送されたんだよ」
クリスティアン様は、私の左手に嵌まっている指輪を触った。
「あ、防御魔法…転送…【知らせる君】…」
ホッとした私は、崩れるようにそのままソファーにもたれ掛った。今頃になって体が震えてきた…
「大丈夫かい、リア」
クリスティアン様がゆっくりと私を抱き寄せた。温かい体温に震えていた体が落ち着きを取り戻していく。
「クリスティアン様、もっとぎゅっとして下さい」
私はクリスティアン様の背中に手を回すと、ぎゅっとしがみ付いた。
「え、え、あの、嬉しいけど、ここでこんなに可愛いリアが、大胆になってくれても、人目があるから……」
焦ったクリスティアン様は、ブラッドリーを駆けつけた衛兵に突き出すと、そのまま私を抱き上げて馬車まで転移してしまった。
「さあ、ここならゆっくりと…って、え、リア、もういいの?」
「はい、お陰様で落ち着きました。もう大丈夫です」
残念そうにこちらを見るクリスティアン様から、そっと目を逸らした。先ほどは動揺のあまり、いつもより大胆な行動をとってしまった。冷静になれば、羞恥心が勝ってしまい、素直に甘える気にはなれなかった。
「あの、ブラッドリーはどうなるのでしょうか?」
「そうだな。王宮に忍び込んでリアに害を与えようとした。僕なら切り刻んで捨ててしまいたいが、とりあえず牢に入れ尋問されるだろう。その後は、良くて領地で謹慎。悪ければ、労役か国外追放。リアはこの国の聖女だからね。害を与えることは、国を脅かす行為だと捉えられる可能性もある」
「伯父様と伯母様は?」
「今は聴取の最中で、それ次第だ。一度は会えるようにするから、その時に聞きたいことを聞けばいい。キースも一緒に面会するそうだ」
「そうですか…」
優しい伯父様が、わざとお父様たちを害そうと考えたとは思えない。だからこそ、ちゃんと真相は聞いておきたかった。
あの時の記憶を何度思い出しても、どうしてこんなことになったのか、後悔ばかりが押し寄せるのだ。ちゃんと前に進むためにも、私たちは向き合わなければいけないと思う。
「リア、大丈夫かい?」
優しく温かい手が私の頬に触れる。この手があれば、私は大丈夫だと思えた。
「ありがとうございます。クリスティアン様、大好きです」
クリスティアン様の頬が真っ赤に染まった。両手で顔を覆って何か呟いたが、私にはよく聞こえなかった。
「と、尊い、リアが可愛すぎて辛い……」




