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第37話 シェリル王女殿下のお茶会

「ああ、駄目だ。伯父上の件は心の準備ができていたし、クリスとリアの婚約も、アドキンズ侯爵を継ぐことも予定通りだ。まさかそこに、僕の婚約の話が降って湧くなんて、思ってもみなかった……」

 火事の後に新しく建てられたアドキンズ侯爵邸に帰って来ると、お兄様が頭を抱えて蹲った。クリスティアン様と私も一緒に戻ってきたが、何と声を掛けようか迷うほど困った様子だ。

「僕もキースに婚約者候補がいたなんて初耳だ。本当に内々の打診しかなかったのだろう?」

「ああ、たまたま王女殿下の護衛騎士が怪我で休んでいる間、臨時で僕が1ヶ月ほど護衛騎士をしたことがあった。その時にシェリル王女殿下が、僕を見初めたらしい。陛下に降嫁させようと思うがどうかと聞かれただけだ。はっきりと返事をする前に、僕はガレア帝国に行ったから、てっきりそのまま話は無くなったと思っていたんだ」

「お兄様は王女殿下をどう思っているのですか?」

「どうもこうも、14歳の王女殿下に対しては、何も思っていなかったよ……」

「では、今の王女殿下は?」

「そ、それは、美しい王女殿下だと思っているし、今まで待っていてくれたのだと聞かされて、心が動かない男がいると思うかい?」

 気のせいか、お兄様の頬はほんのりと赤い…

「キースの好みにピッタリだからな…王女殿下は。よかったじゃないか、理想の相手で」

 クリスティアン様がクスッと笑った。お兄様は綺麗な女性が好みだということか……

「降嫁をお受けすると言ってしまったのですし、このまま流れに身を任せるのがいいのでは?」

「そうだけど、14歳の時に見初めたと聞いた時も、今まで待っていたと聞いた時も、何故そこまで僕のことを気に入ってくれたのか、そこが分からなくて納得できないというか、なんだかモヤモヤするんだ」

「そこはシェリル王女殿下に直接聞けばいいだろう?5日後に王宮でお茶の席が設けられるのだから」

「なんて聞くんだよ。僕のどこがいいのですか?なんて言って、反応が返ってこなかったら、どうしたらいいか分からないよ」

 お兄様のこんな姿を初めて見た私は、どうしたらいいか分からずクリスティアン様を見上げた。

「まあ、あれこれ考えるより、まずは会って話すことだ。僕とリアも同席するから、何かあれば助け船も出せるだろう。頑張れ」

 クリスティアン様が肩をポンと叩くと、お兄様は弱弱しく頷いた。

「じゃあ、帰ろうか、リア」

 思わず頷きそうになったが、私は首と横に振った。

「クリスティアン様、婚約は成立しましたが、婚姻を結ぶまではこちらで過ごすと言いました。ちゃんと約束しましたよね?」

「だって、リアが屋敷にいないなんて、僕も使用人たちも寂しいよ。別に今までも一緒にいたんだし、このまま婚姻まで一緒に住んでも大丈夫だと思う」

「駄目ですよ。私はここからクリスティアン様の元へ嫁ぎたいんです。半年後には一緒になるんです。待っていてください」

 クリスティアン様はしょぼんとしながら頷いた。(可愛いけどここはグッと我慢)

「分かったよ。その代わり、その指輪は必ず嵌めておいてね」

「…分かりました」

 婚約指輪として渡された指輪は、【知らせる君(改良版2)】だ。心の機微は伝わらないが、位置情報や防御魔法が付与され、私に危険が迫り防御魔法が発動した時だけ、クリスティアン様に情報が伝わるようになっているそうだ。

 満足そうに頷いたクリスティアン様が、そっと私の頬にキスをすると、そのまま転移魔法を発動して消えた。少し寂しく感じたことは内緒だ。

「さあ、では5日後のお茶会、それが終わったら伯父上に話を聞きに行こう。リアはずっと伯父上を慕っていたから、辛いだろうけれど……」

「大丈夫です。私もどうして伯父様がそんなことをしたか、ちゃんと本人の口から真実が聞きたいです。その上で判断をしたいです」

「そうだな。では、とりあえず僕のお茶会の準備からだね……」


 王宮に着くと、私と兄は王族専用の庭へと案内された。

 小さいけれど手入れの行き届いた美しい庭には、今が盛りを迎えた色とりどりの薔薇が、甘い芳香と共に目を楽しませてくれた。

 その庭の一角に設えられたガゼボに、私たちは案内された。既にクリスティアン様は到着し着席していた。テーブルの上には、食べるのが勿体ないくらい美しいお菓子が用意されている。

 少しすると反対側からシェリル王女殿下が現れた。私は淑女の礼をとり、兄とクリスティアン様は胸に手を当てて礼ととった。

「シェリル王女殿下、今日はお招きいただきありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はいいですわ。限られた時間で話をする必要があるの。遠慮せずに話してくれていいですわ」

 美しい瞳を真っすぐお兄様に向けて、シェリル王女殿下は微笑んだ。席につくとメイドが紅茶をついでから、席を離れていった。

「さあ、人払いは済んだので、何でも聞いてくださいね」

「では、遠慮なく。王女殿下はどうして僕…私を指名されたのでしょうか?護衛をしたときに見初めたと伺いましたが、そんな見初められるような出来事に覚えがなく、事情もあってそのままガレア帝国に行ってしまいました。何が王女殿下のお心にとまったのでしょうか?」

「そうね、何かと聞かれたら、キースは私のことを本気で叱ってくれたからかしら。あの頃の私は、今よりも我儘で使用人のことを困らせるような娘だったの。でも王女である私を叱る人なんていないでしょう?キースはね、そんな私のことを立場など関係なしに怒ったわ。初めは腹が立ったけど、何度もそんなことがあって、いつの間にか気になる存在になった。お父様にやっとお話が出来て、婚約の打診までしたのに、あなたはいつの間にかいなくなってしまった……」

「それは本当に申し訳ございませんでした」

「いいのよ。落ち込んでいた私に伯父様がこっそり教えてくれたの。キースは失踪ではなく仕事でいなくなっただけだ。きっと戻って来るから、待つ気があるなら応援しようって」

「王弟殿下が……」 

「伯父様は私の味方をしてくれて、お父様が進めてきたお見合い相手を徹底的に潰してくれたわ」

 可憐に微笑む王女殿下だが、言っていることがどことなく不穏だ。お兄様も若干引きつった笑みを見せている。潰すとは、いったいどういう意味だろうか?

「私が叱ったことがきっかけで、見初められたのは、何となく理解しましたが、それで降嫁したいとは、いきなり過ぎませんか?」

「きっかけはそうよ。でも、護衛をしてくれたキースは叱るだけではなく優しかったですし、顔も私の好みですわ。声も好きよ。強いところもいいわ。あとは、そうね…」

 どんどんと好きなところを上げていく王女殿下に、お兄様の方が真っ赤になって早々に白旗を上げた。

「分かりました。それ以上は、ご勘弁を……」


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