第33話 もう少し待ってください
「リア⁈ごめんなさい、もうしません。だから一緒に帰ろう、ね?お願いだから…」
「嫌です。弟子にも人権はございます。あなたの創る魔道具の実験台にされるのはうんざりです。少し反省して、もうしばらくタランターレ国で大人しく待っていてください」
今許せば、クリスティアン様はまた直ぐに同じような魔道具を開発して、こっそり私に持たせるのだ。過保護、いや、やはり過干渉気味なのだ。今回はしっかり反省を促したい。
「そうだね、クリスは少し自由すぎる。いきなり許可もなく後宮に飛んできたから、後宮の外は大騒ぎだ。結界を張っているんだから、流石に気づくし、このままだと拙い。今すぐ帰れ!」
お兄様が闇の中から顔を出して、クリスティアン様を引っ張り込んだ。クリスティアン様は何か叫んでいたようだけど、闇に消えたのでよく聞こえなかった。
お兄様とクリスティアン様が消えてから数刻後に、衛兵が後宮のドアを叩いた。帝王様がドアを開け異常がないと伝えると、怪しむそぶりを見せつつもそのまま帰っていった。
「お騒がせして、申し訳ございませんでした。5日後に帰ろうと思います。それまで滞在の許可を頂いてもいいですか?」
「ああ、いつまでいても構わないぞ」
「流石に待たせ過ぎると、また来てしまうかもしれません…本当は、今日帰ろうと思っていたのですが、まあ、少し落ち込んでもらった方が、反省していただけそうですし」
「オーレリアは厳しいのだな。本当は直ぐに帰りたいのだろう?」
「そこは、こちらも我慢します。それに、最後に子供たちとゆっくり過ごしたいのも本心ですから」
その後タランターレ国に帰りついたクリスティアン様から、大量の伝書蝶(反省文)がやって来た。
後宮を飛び回る伝書蝶を子供たちが楽しそうに捕まえていく。字を読める子供たちが、「ごめんなさいって書いてあるよ」「反省している、だって」「帰って来てください、もうしません」と、次々と読み上げるので、段々居た堪れなくなってきた。
「あいしている、だきしめたい…って、どういうこと?」
最後の伝書蝶を捕まえた子が、文字を読み上げると、年長の女の子たちがキャッキャッと嬉しそうに笑ったので、私はその場に崩れ落ちた。恥ずかしすぎます、クリスティアン様…
伝書蝶は私が返事を書くまで届き続けたので、3日目に耐えられなくなった私は、「2日後に帰国します」という短い文章を伝書蝶で飛ばし、それ以降は届かなくなった。届く度に子供たちに読み上げられるので、毎回居た堪れなかった…まさに苦行だ。
「なかなかに面白い。オーレリアも厄介な男に目をつけられたものだ。アルフにしておけば良かったものを」
ぐったりと疲れている私に向かって、帝王様が楽しそうに笑った。
「アルフ殿下は、アビゲイル嬢にご執心だと聞いていますよ。アビゲイル嬢が王宮に滞在している間、ずっと猛アタックをされていたと聞きました。無事に射止められてよかったです」
「あの娘は、苦手だ…私に向かって、ずけずけと好き放題言う…」
「裏表のない方なのですよ。自分の意見ははっきりと言われます。私は優しいアルフ殿下には、お似合いだと思いますよ」
「まあ好きにすればいい。私は、アルフに任せると言ったのだから…」
王位継承のための引継ぎを行いながら、親子は少しずつ交流を深めているようだ。まだぎこちないながら、二人で王宮を歩いている微笑ましい姿が見られ、王宮で勤める方たちがこっそりと見守っているらしい。
お兄様も引継ぎを終えたら、外交官を辞してタランターレ国に戻って来る。戻ればアドキンズ侯爵家の当主になる。伯父様の件もあるので、ゆっくりと家族として過ごすのはもう少し先になるだろう。
「いろいろありましたが、最後は子供たちと過ごせて楽しかったです。帝王様、お世話になりました」
「オーレリア、こちらこそ迷惑をかけた。息災でな」
兄より一足先に、タランターレ国に向けて出発するため、後宮で最後の挨拶をした。子供たちともお別れだ。元気よく手を振る子供たちに、手を振り返して私は馬車に乗った。ここから一番近い転移門まで半日かかるそうだ。転移門をくぐれば数刻後にはタランターレ国に着く。
馬車の窓から、ガレア帝国の街並みが見える。結局私がいたのは神殿と後宮だけで、ガレア帝国の城下町にすら行くことがなかった。
「ここからでも始まりの天界樹が見えるのね」
馬車の窓から見える、街の中心地からも大きな天界樹ははっきりと見える。今朝最後の祈りを捧げて、天界樹に別れを告げてきた。帰国すれば、タランターレ国にある天界樹に祈りを捧げるのだろう。
いろいろあったが、今思えばあっという間だった。それにしても、聖女が花嫁になった理由が…
迷惑をかけた詫びをしようとする帝王様に、私はずっと気になっていたことを聞いた。
「教えていただきたいことがあります。それを教えていただければ、今まで私が受けた事は水に流します」
「何が聞きたい?」
「どうして200年前から、ガレア帝国に聖女が花嫁として捧げられたのですか?理由を探しましたが、出てきませんでした」
「ガレア帝国の禁書、それも王族しか閲覧できない場所にある…出来れば内密にして欲しいが、あれはその頃の帝王とゴルゴール国の聖女が恋に落ちたことが発端だ。聖女を花嫁にしたい帝王が、思いついたのが天界樹の祈り方だった。当時は今よりも4カ国の天界樹の力が弱かった。試しにガレア帝国の天界樹に聖女が祈ったところ、強力な守護の力が発揮されたのだ。そこから、今の制度がつくられた。10歳の私に、27歳のアニタが花嫁として来た時、このことを公表して花嫁制度を廃止しようと思ったこともあったが、アニタは幼い私に寄り添ってくれた。母のように慕いそのまま側に置いてしまった。もっと早く制度を廃止しておけば、魔物や瘴気が増えることもなかった」
「それは、天界樹の力が弱まるなんて、幼い頃の帝王様にも予測できなかったことです。今からでも、それを元に戻して頑張れば、まだ間に合います。私も帰国したら頑張って祈りますから」
「ああ、帰国後も天界樹の祈りをよろしく頼む。そのうちこの国にも聖女が誕生するといいのだがな」
「ガレア帝国の聖女ですか?」
「昔はいたそうだ。1000年前の話だがな…」
「そうですか、元の祈りを続ければ、「始まりの天界樹」にも聖女が現れるかもしれませんね。そうなればいいと思います」
「ああ、そうだな。では、オーレリアよ。白の魔法使いが嫌になれば、いつでも帰って…は、来られなさそうだな…」
「え…?」
帝王様が呆れたように私の後ろを見た。
「迎えに来たよ、リア」
「クリスティアン様、まさかまた勝手に転移して…」
「ち、違うよ!今回はちゃんと正式に申請したよ。急だったから、キースにかなり文句言われたけど、待ちきれなくて、迎えに来ちゃった」
部屋にいた侍女や執事が、クリスティアン様の微笑みを見てほうっと溜息を吐いたのが分かった。私がここで非難をしても、ここにいる使用人は皆クリスティアン様の肩を持ちそうだ。
「オーレリア、今日は素直に帰ってやれ。白の魔法使いの伝書蝶は、当分見たくない」




