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第32話 ただいまの前に

「そうか、やはり帰るのか。このままここで暮らすのもいいと思うがな。帝王の花嫁だろう?」

 クーデターから2か月が過ぎ、王宮内も落ち着きを取り戻した。後宮は半年後、アルフ殿下の即位と同時に取り潰され、帝王様の支援する孤児院に統合されることになった。子供たちも、半年後にはそちらに移るそうだ。

 私は半年を待たず、ここを去ることを帝王様に願い出た。あれから私と兄のところに、クリスティアン様からの伝書蝶が毎日届くようになったのだ。

「私も半年後、子供たちが無事に孤児院に移るのを見届けてから帰ろうと思っていたのですが、毎日帰国の催促が飛んでくるのです…半年も待たせたら、白の魔法使いがこの国に攻めてきそうな気がするので…」

 いつ帰る?もうすぐかい?待っている。会いたい。待ちわびている。初めの頃は短い言葉が届く度に、私も嬉しく思っていた。しかし、それもひと月を過ぎると変化して、今すぐ連れ戻しに行きたい。会いに行くのを我慢しすぎて、魔力が暴走しそうだ。など不穏な文字が混じりだし、最近は筆舌に尽くし難い言葉が追加されて、兄が本気で焦りだしたのだ。

「白の魔法使いは、かなり嫉妬深いのだな。私のところにも催促の伝書蝶が来ていた。このままリリアを留めては、アルフに迷惑がかかるだろうな…」

「殿下とはよくお話されているのですか?」

「そうだな、最近は引継ぎもあるからよく話す。あの子ができた当初は、どうしてできたのか訝しんだが、今となっては跡継ぎがいて良かったと思う」

「……それは、良かったです」

 私は、女性嫌いの帝王様にどうして子供ができたのか、ウルスラ様からこっそり聞いていた。訝しむ、言い得て妙だ。


「実はね、帝王様が一向に私に手をお付けにならなくて、その当時の私は焦っていたの。今思えばカイラ様のように、気にしなくて良かったと思うのだけど…」

「それで、どうしたのですか?」

 カイラ様が興味を示した。ちょうど私が神殿に来てすぐ、聖女4人でお茶をしている時のことだ。何となくそう言う話になったのだ。

「少しお酒を飲まれた帝王様に、癒しの魔法を強めにかけたのよ」

「癒しの魔法を?」

「過剰な癒しは酩酊状態になるようで、帝王様は夢現の状態だったわね。跡継ぎがいると言われて焦っていたの。だから、アルフが出来るまで何度か魔法を使ったの」

「帝王様は覚えていたのですか?」

「そうね、薄っすらと記憶にはあるみたい。でも、女嫌いでそういうことを出来ないと思っているから、疑いの目で見られたわね…アルフを授かったから、それ以降魔法は使ってないわよ」

 大人しそうに見えるウルスラ様だが、強かな策士だったようだ。勿論このことは帝王様には言えないが…


 ウルスラ様から聞いた話を思い出し、私は何とも言えない気持ちで微笑んだ。

「では、帰国のお許しを頂けますか?」

「ああ、許可しよう。それから、リリア、いや、オーレリア。私の不注意から、そなたの両親を結果的に死に追いやってしまった。その事は本当に申し訳なかった。あの時、私は焦っていた、それが結果的に間諜たちにも伝播して、勇み足につながったのだと思う」

 帝王様は私に深く頭を下げた。そして私に一枚の紙を渡した。

「王宮に保存されていた書類だ。この情報を元に、アドキンズ侯爵邸を調べに行ったのだ」

 その書類には、アドキンズ侯爵家に癒しを使える少女がいて、その少女が聖女の可能性が高いと、親族が証言している、という内容が書かれていた。

「親族の名は書かれていないが、調べたところ、そなたの父の弟だったようだ。当時金に困っていたようで、情報と交換に金銭を渡したそうだ」

「伯父様が…お金に困って…?」

 伯父のコーディは次男で、伯母様の実家に婿入りしてダーシー子爵家を継いだ。伯母様のクレアは金遣いが派手だと聞いたことがあった。狭い領地の収入では、伯母様の要求を満たすことが出来なかったようで、ダーシー子爵家は没落寸前、父も多少は援助していたとお兄様が言っていた。今はアドキンズ侯爵家の代理もしているので、金銭的には安定しているようだ。

 もしかしたら8年前、お金に困った伯父がガレア帝国の間諜に、軽い気持ちで姪のオーレリアの情報を喋ったのかもしれない。まさかそれが兄夫婦の惨殺につながるとは、思ってもいなかったのだろう。

「おや、怒らないのか?伯父はそなたを売ったのだぞ」

「そうですね、当時その事実を知ってしまっていたら、きっと怒っていたでしょう。伯父は気の弱い優しい人で、両親が亡くなってからも私のことを気にかけてくれました。贖罪のつもりだったのかもしれませんが…。父と伯父は仲の良い兄弟でしたから、きっと今も後悔している、そんな気がして…ただ、悲しいです」

「そうか、今更こんな書類を出したところで、私の罪は償えないな…余計なことをした。すまない」

 私は黙って首を横に振った。帝王様の困った顔が滲んで見えて、上手く言葉が出てこない。


「リア、泣いているの?誰が虐めた?」

 後ろからよく知っている声が聞こえて、私は目を見張った。目の前の帝王様も驚いた顔でこちらを見ている。

「ど、うして、ここに?」

 私を囲い込むように腕を回し、背中からぎゅっと抱きしめられた。

「リアの心が激しく乱れたから、何かあったと思って飛んできた」

「は?どうやってそんなこと、分か…」

 腕を振りほどき、正面に向き直って問い質すと、腹が立つほど美しい瞳が私の胸元を見た。

「もしかして、これのせいですか…」

 私の胸元には、クリスティアン様が帰国する時にくれた【知らせる君(改)】がペンダントとして掛けられていた。前に使っていた防犯用のペンダントの改良版だそうで、必ず着けるように言われていたので、お守り代わりに着けていた。

「遠く離れても、リアの感情の機微が分かるように改良したんだ。僕を呼ばなくても、僕が危険だと感じたら転送できるよう、位置も正確に把握できるようになっている」

 得意げに胸を張るクリスティアン様に、私はペンダントを外して投げ付けた。

「え、どうして、リア、怒ってる??」

「私にも、知られたくない感情はあります。こんなもの有り得ません!今すぐ捨ててきて下さい!!」

 怒りなのか羞恥心なのか分からない感情のまま、私はクリスティアン様に説教をした。私の言動に段々と涙ぐむクリスティアン様を見かねた帝王様が、私を止めに入るまでそれは延々と続いた。

「オーレリア、もうその辺で勘弁してやれ。白の魔法使いが少し可哀そうに見えてきた…」

「騙されては駄目です。この人は自分の顔がいいことを知っていて、泣けば許してもらえると思って…」

「そなたも愛しい男に会えて嬉しいのだろう?乙女心は複雑なのだな」

「帝王様…お騒がせして申し訳ございません。あの、私もう少しここにいていいでしょうか?」

 帝王様がにやりと笑った。クリスティアン様の顔は真っ青になっている。その顔を見て少しスッキリした。


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