第31話 お見合いではありません
「初めまして、リリアです。いつも兄がお世話になっております」
私は淑女の礼をして微笑んだ。アルフ殿下は明るい金髪にウルスラ様似の赤い瞳、髪の色はウルスラ様の髪より明るい色なので、もしかすると帝王様の本来の色に似ているのかもしれない。身長もスラリと高く爽やかな青年という印象だ。
「聖女リリア、いや、キリアンを兄と呼ぶということは、あなたはアドキンズ嬢なのですね。アルフ・ジャン・ガレアです。父が迷惑をお掛けしたようで、すみませんでした」
「あ、いえ、そんな。こちらこそ、いつもお世話になっています。どうぞ、オーレリアとお呼びください。後宮は住み心地がよいので、全然迷惑ではないです」
「そうですか、それならば良かった。今日は父から見合いだと聞いているのですが、オーレリア嬢のお気持ちを聞いてもいいでしょうか?」
「私の気持ちですか?」
「そうです。ガレア帝国には聖女がいないので、オーレリア嬢がこの話に前向きであれば、進めてもいいと思っているのです。そうすれば、ガレア帝国の聖女として、この国にいてもらえるでしょう?」
「それは…困ります。実は私には想い人がいまして、落ち着いたら帰国したいと思っているのです」
「そうですか…あなたは可憐ですし、父も気に入っているようなので、出来れば花嫁になって欲しかったのですが、想い人と引き裂くことはしたくないですね…困りましたね」
お兄様の顔色が、私の隣で青くなったり白くなったりしている。更に口をパクパクと動かして『絶対に断って!』と言ってくる始末だ。
「申し訳ございません。このお話はお受けできません」
私が辞退した瞬間、アルフ殿下がクスクスと笑い出した。私とお兄様は顔を見合わせた。
「ええ、そんな気がしていました。今朝私のところに、伝書蝶が飛んできたのです」
アルフ殿下が私に、伝書蝶の紙を手渡した。そこには、【オーレリア・アドキンズは白の魔法使いの弟子なので、アルフ殿下の花嫁にはなれません。即刻返還を求めます。 クリスティアン・エイベル】という短い文章が綴られていた。
「聖女リリアがオーレリア・アドキンズ侯爵令嬢だと、お会いするまで知らなかったので、先ほどやっとこの手紙の意味が分かったのです。白の魔法使いがあなたの想い人なのですね」
「はい、そうです…」
「ちなみにこのような内容の伝書蝶が、今朝この離宮に大量に届いたので、飛び回る伝書蝶に使用人たちが大騒ぎして、久しぶりに楽しい朝でした。白の魔法使いの愛は重いですね」
朝から大量の伝書蝶が飛び回る光景を想像して、私は軽く頭痛がした。
「…それは、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
アルフ殿下はそのことを思い出したのか、またクスクスと笑っている。兄のキースが焦っているから、何か心当たりがあるようだ。
「昨日、クリスに一応知らせておこうと思ったんだけど、まさかこんなことになるとは…リアを逃がす気はないみたいだね。こわっ」
私は軽くお兄様を睨んでから、アルフ殿下に向き合った。
「今日は、アルフ殿下の気持ちをお聞きしたくて来たのです。帝王様はあなたのことを疎んでいたわけではないのですよね?でも、私がウルスラ様から聞いていた事情とは少し違うのです。どちらが真実ですか?」
「そうですね、どちらも真実であり、実は偽りでもある、ということでしょう」
アルフ殿下は、10歳の終わり頃から刺客に狙われるようになったことを話してくれた。
「初めは父に疎まれているから、塔の離宮に幽閉されたのだと思いました。しかし父は私だけでなく、母のことも遠ざけるようになりました。母は神殿に、私は離宮で監視されていました。その頃から暗殺される心配がなくなり、安心して帝王学や政治経済を学びました。そのすべてが父からの指示でした。幽閉ではなく保護なのだと理解していましたが、父は一切会いに来なかったので確信はありませんでした。久しぶりに会えた母も父のことを誤解していました。父は誰にも真実を話さず愚王を演じていました。きっと不器用な人間なのだと思います」
「そうですか、帝王様は家族にも言わず、一人で戦ってこられたのですね…」
「父のしたことは、仕方なかったと理解していますが、それが良かったのかと聞かれれば、答えに窮します。違う方法があったのではないかと思います。愚王を演じてしまった父に、このままガレア帝国を任せることは出来なくなってしまいました。それも、また父の希望ですから、仕方がないのでしょう。髪が赤く炎の魔法が使えることが、父にとってどれほどの価値なのか私には分かりませんが、それこそが父をここまで追い詰めたのでしょう」
寂しそうに微笑むアルフ殿下に私は何も言えなかった。
「妃を迎えれば、私が王位を継ぎます。あなたに断られたので、ブルックス公爵家のアビゲイル嬢を妃に望もうと思うのですが、残念ながら私は彼女の希望するような強い男ではないので…」
「ああ、その事ですが、うちの白の魔法使いが頑張ったようで、ブルックス公爵の了承は得ました。近々アビゲイル嬢がこちらを訪問する予定です。公爵の了承は得ていますので、ほぼ確定ですが、彼女が婚約を了承するかは殿下次第です」
お兄様の言葉にアルフ殿下が困った様に微笑んだ。
「あの、アドバイスになるかは分かりませんが、アビゲイル嬢が言っている強い男とは、多分……」
数日後、タランターレ国からやって来たブルックス公爵令嬢と、王太子であるアルフ殿下の顔合わせが秘密裏に行われた。
アビゲイル嬢が馬車から降りたった瞬間、アルフ殿下の目に燃えるような赤い髪と、少し勝気なエメラルドの瞳の美しい姿が焼き付き、アルフ殿下は一目で恋に落ちたそうだ。
そのお陰か、私たちが当初心配していたような事(乱闘騒ぎ)は何も起こらず、終始和やかな対面でとんとん拍子に話が進んだそうだ。
そしてそれから数日後には、正式にアビゲイル嬢とアルフ殿下の婚約が発表された。合わせて半年後に婚姻及び王位継承も発表され、愚王だと思われている帝王の退位を国民は心から喜んだ。
「お兄様、私個人としてはとても複雑な心境なのです。帝王様は愚王なんかじゃないって、ちゃんとした為政者だって言いたいのに、当の本人がそう思われることを放棄してしまっていて、本当に歯がゆい限りです…」
いつも通り早朝の祈りが終わり、天界樹の傍らで眠そうに欠伸をする兄を見て、私は愚痴を言った。
「まあ、完璧な愚王になる、そうすることで新しい帝王の公務がしやすくなるのなら、本望なんだろうね。王が育てた子供たちは、きっと帝王様のことを分かっているし、それでいいんじゃない」
「う~、そうかもしれませんが、何というかモヤモヤが消えないんです」
「リアも子供たちと一緒に後宮で幸せに暮らせていたんだね。だから、何もかも否定されるのが辛いのさ。僕はずっと帝王を両親の仇だと思っていたから、そこまでは思えないけど、それも誤解だったから、そういう意味ではモヤモヤするよ。僕がここに導かれて、天界樹の仮説を立てたのも、都合よく偽の身分証があってガレア帝国に潜入出来たのも、大学生や研究員、外交官になったのも、なんだか全部、神様が天界樹のことを守ろうとしてお膳立てされていた気さえするんだ。もしそうなら、神様が嫌いになりそうだよ…」
偶然が重なって今がある、それにしては確かに偶然が多すぎる。まさかね…




