第30話 反乱は起こっていません
「ようこそお越しくださいました。リリア聖女様、いや、オーレリア・アドキンズ侯爵令嬢とお呼びした方がいいでしょうか?」
執務室の椅子に座っていたマクシミリアン宰相が、微笑んでそう言ったが、目が笑っていないので怖い。
「知っておられたのですか?」
「初めは気づきませんでした、平民に化けておられましたし。個人的にアドキンズ侯爵家のことを調べていましたので、あなたの姿絵を見たことがありました。今のその姿を見て、内心驚いていたのですよ」
「個人的に調べていた?」
「そうです。7年前に私の末の息子が任務中に亡くなりました。その時最後に向かったのがアドキンズ侯爵家だったと聞いて、詳細を知りたくなったのです。不肖の息子でしたが、年を取ってから出来た子で、可愛がっていたのですよ」
「7年前、アドキンズ侯爵家に…」
嫌な予感に、心臓がどくどくと嫌な音をたてている。
「7年前、いや、もうすぐ8年です。帝王様が聖女を捜索するよう間者に命令をされました。その中の一人が息子でした」
「まさか、アドキンズ侯爵家に侵入して、両親を殺したのですか…」
「そのようです。帰ってきた間者に聞きました。現場でパニックになった息子が、その家の者を殺めたと」
「それで、何故その話を今、私に聞かせるのですか?」
「さあ、どうしてでしょう。息子のしたことは愚かなことだと分かっているのに、どうしても納得できなかった。聖女捜索を指示した帝王すら憎くなり、同じ苦しみを与えたくてアルフ殿下を暗殺しようとしたのですが、それも塔の離宮に行ってしまい叶いませんでした。帝王はその頃から執務をしなくなり、私はずっと忙しく過ごして気づけば8年です。このままこの帝国が滅べばいいと思っていたのに、聖女が国に帰り、魔物に滅ばされることも叶わなくなった。帝王は愚王のはずなのに、帝王が執務をしなくても、国の政務は滞りなく済んでおり、私が何をしても国は破綻しないのです。もう、こうなれば帝王を殺すしかないでしょう?」
宰相の言うことは、何一つ理解できるものではなかった。本人もそれをわかって言っているし、理解して欲しいわけでもないのだろう。
王宮の人間は、このクーデターを知らず、後宮だけを占拠した可能性が高い。人質は子供たちと私だ。
「帝王様さえ殺せれば、宰相様は満足するのですか?その後この国はどうするのですか?」
「どうなるのでしょうな。私も歳です。このような事をすれば、貴族の反感も買います。帝王さえ殺せれば、あとはどうでもいいですよ」
この後すぐに、帝王を殺す予定だと言う宰相様に、私は何と言ったらいいの…
「お兄様!!聞いていますか?ここで動かないなら、意味がないと思うんです!」
先ほど王宮の廊下で、兵士に連れられた私とお兄様がすれ違った。あの兄ならば、今はこの部屋の闇にまぎれてこの話を聞いていると思った。
「ええっ、ここで僕のこと呼ぶんだ…」
嫌そうな声が背後からした。やはり聞いていたようだ。
「な、何だお前は…」
最後まで問う前に、宰相様は兄の拘束魔法で固まった。声も出ないので、外の衛兵を呼ぶことも出来ない。
「リア、先に帝王を確保してくるから、このままここで待っていてくれる?一応扉は開かないようにしとくから」
そのまま兄は闇に消えた。宰相様の目が見開かれたままで、ちょっと気の毒だ。
「少しそのままで、お待ちくださいね。あ、暇なら、少しお話をしましょうか」
私は帝王様が、隠れて夜な夜な執務をしている話をした。固まったままの宰相様が、何か言いたそうに更に目を見開いた。
後宮にいる子供たちが健やかに育ち、国の中枢で働いていることも話した。多分その子たちは秘かに帝王様の執務を手伝っていたのだろう。一人でこっそり処理するのは、流石に無理がある。
「私も初めは偏見の目で見ていたんですよ。でも、後宮にいれば、おのずと見えてくるものもありまして、愚王のようにしているのも、誰がこの国の害なのかを探すためのような気がしてきたんです。アルフ殿下と不仲にしていたのも、暗殺から守るためだったと考えると納得します。王太子はかなり優秀な方で、帝王学を学び、政治や経済の勉強もしているそうです。廃嫡する予定だという噂も、きっと嘘ですよね?」
私は闇に向かって聞いてみた。闇の中からため息が聞こえていた。
「そこまで気づいたのは褒めてやるが、勝手にペラペラと喋るな…」
「すみませんでした。ずっと疑問に思っていたので、この際聞いてみたくなって。合っていたのなら良かった」
闇の中からお兄様と帝王様が現れた。拘束魔法をかけられた宰相様が、小さく息を吸ったような気がした。
「さて、これからどうしますか?まさかこのまま殺されてやるつもりですか?」
お兄様がチラリと帝王様を見た。帝王様もお兄様を見た。間者のお兄様が堂々とこんなところに来て、忍んでなくて大丈夫なのか心配になった。
「それはないな。私はあと少し帝王でいなくてはならない。ところで、外交官の君が闇魔法を使えるとは、資料には書いてなかったな。さて、どういうことかな?」
「おっと、外交官の資料を覚えているなんて、予想以上に優秀でしたね。助けた褒美に見逃してください」
「ほう、そうか。まあいいだろう。さて、マクシミリアン宰相よ、これは反意だと受け取っていいな。今頃、後宮も解放されているだろう。宰相のお陰で反意のある貴族も特定された。アルフに王位を譲る前に、一掃出来たことは感謝しておこう」
この日からひと月で、反意有りと判断された貴族から使用人、兵士に至るまで、徹底的に粛清が行われた。お兄様は見逃してもらえたようで、今も外交官として仕事をしている。
「それで、私はこのままどうなるのですか?」
「ええ~それ僕に聞く?帝王様と今でも茶飲み友達なんだよね?直接聞いたらいいじゃないか…」
確かに今でも帝王様は後宮で子供たちと過ごしているし、お茶も一緒に飲んでいる。変わったことは、昼間は普通に執務室に行くようになったことだけだ。
「それが、最近私をアルフ殿下の花嫁にしたいと言い出したんです。歳も15歳と18歳で釣り合うからって」
「げっ、そんなことクリスが聞いたら、怒り狂うからやめて」
「勿論そのつもりはありません。でも、一度アルフ殿下と会うようにと予定が組まれました」
「ええ、いつ?」
「明日ですが…」
「帝王様の言うことなので、断り辛いです。一度アルフ殿下にも会ってみたかったので、いい機会だと思っていますし、直接私の気持ちもお伝え出来ますから」
「ちゃんと断ってね。リアのこと任せるって、クリスに言われているから、お見合いなんて聞いたら…怖い」
「そんなに気になるなら、お兄様も一緒にどうですか?よく会っていたでしょう?」
「確かに会っていたよ。でもそれは元々王位簒奪計画の為で、今は帝王がちゃんと執務しているから、そんな雰囲気ではないでしょ?数年後には王位を譲る気のようだし…」
「そうですね。アルフ殿下が王太子妃を迎えたら、王位を譲る気のようですよ」
「だからって、それがリアなら、本末転倒だろ…リアをクリスの元に戻すための王位継承が、王位継承のためにリアがアルフ殿下の妃になるなんて…絶対に阻止!」




