第2話 過保護ですね、いや過干渉です
「クリスティアン様、この書類を指定の部署まで届けてきますので、その間にここにある書類は処理しておいてくださいよ」
書類を分別し、仕上がった書類を各部署に届けるのが私の主なお仕事だ。それと隙あらばサボろうとするクリスティアン様の監視…
「はーい、いってらっしゃい。何かあったら、そのペンダントを握るんだよ」
「…了解です」
クリスティアン様お手製のペンダント型の魔道具【知らせる君】だ。いくつかの魔法が付与されたこれは、私の危機に反応してクリスティアン様を呼ぶ仕組みになっている。
弟子として出仕しだしてから、いろいろな方に絡まれた結果、心配したクリスティアン様が私の為に開発した魔道具だ。ちなみに今ではちゃっかり製品化され、主に貴族令嬢や子息のお守りとして普及している。魔術式特許も取得してあるので、クリスティアン様は実は働かなくてもお金持ちだったりするのだが…
各部署に書類を配り終え、最後の部署に向かって王宮を歩いていると、向かい側から知っている人物がやって来た。出来ればこのまま回れ右をして帰りたい、それくらい会いたくない相手だった。
「……」
「おや、オーレリアじゃないか」
「お久しぶりです、ブラッドリー」
そばかすの散った顔の中肉中背の青年だ。彼は伯父の息子で私の5歳年上だ。つまり従兄なのだが、温和な伯父に似ず勝気な伯母に似たのか、やけに私に偉そうな態度を取る嫌な奴だった。
「ふん、相変わらず不愛想な娘だな。どうしてこいつと結婚なんか、いや、俺が結婚してやると言っているのに、どうして断った?」
16歳になれば、その時点で兄であるキースがいなければ、自動的に私は女侯爵になる。伯母は今のアドキンズ侯爵代理の待遇を気に入っており、このままでいるために息子であるブラッドリーと私を結婚させたいらしい。私が譲る意思を示していないので、今のところはそれ以外で今の爵位を維持する方法はない。兄が見つかる事を信じている私は、伯父に爵位譲渡の話はしていなかった。
「どうしてと言われても、今のところ私に結婚する意志はありませんので、お断りしたのです」
意地悪で偉そうなブラッドリーとなんて、意思があってもお断りしたいのだが、そこは敢えて話さない。
「ふん、不愛想で呪われた女の婿になりたい奴なんていないぞ。俺が我慢してもらってやると言っている間に、感謝して受け入れた方がいい。これは親切心からの助言だ」
あなたと結婚するくらいなら、池の蛙と結婚した方がまだましだと、心で悪態をついてから私はブラッドリーを見た。
「お断りいたします」
カッとなったブラッドリーが大きく手を振り上げた。クリスティアン様の魔道具のペンダントを握れば、防御魔法が発動することは分かっていたが、一度殴られておけば二度とブラッドリーも縁談を持ちかけることはないだろうと覚悟を決め、ぎゅっと体に力を込めて目を閉じた。ところがいくら待っても覚悟した痛みはやってこなかった。ゆっくりと目を開けると、憎らしいほど美しい男が目の前に立っていた。
「駄目じゃないか、大事なリアを傷つけないで。そのためのペンダントなのにさ」
「…クリスティアン様…」
目の前には、手を振り上げた状態で固まっているブラッドリーがいた。拘束魔法で動けないのか、焦った様子で固まっている。
「か弱い女性に暴力をふるおうなんて、このまま王宮の庭に放置してしまおうか?いや、それでは折角の美しい景観の庭が穢れてしまうか…どうしようか、リア」
「今すぐ解除して下さい」
「えー、それでいいのかい?つまんないな…どこかに飛ばす?」
「クリスティアン様」
「わかったよ、これが最後の警告だよ。次は地の果てに飛ばすからね」
そう言って、クリスティアン様はブラッドリーの魔法を解除した。
「ひぃっ」
ブラッドリーは短い悲鳴を上げて、一目散に逃げていった。これで当分はやってこないだろう。残念ながら彼は学習能力が乏しいようで、忘れた頃にまたやって来るのだが……
「クリスティアン様、どうしてここに?」
「リアの帰りが少し遅いから、心配になって見に来たんだよ。ペンダントの反応を追ってここに来たら、丁度あいつが君に手を振り上げててさ、思わずミンチにしそうになったんだけど、それだとリアが血まみれになると気づいてね、咄嗟に拘束魔法を発動したんだ」
得意げにそう言ったクリスティアン様に、心の中で盛大に溜息をついた。一歩間違えれば、私は新たなトラウマを抱える事になっていたようだ。
「ええっ褒めてくれないの?怒っている?」
「一応ブラッドリーは伯父様の大切な息子ですので、間違っても殺してはいけません。たとえ殺意が沸いてもダメです」
「ちぇー、褒めて欲しかったのにさ」
「…助けて下さったことは、感謝しています。ありがとうございます、クリスティアン様」
「リア…ツンデレが可愛い」
ツンもデレも無表情の私には無理だと思うが、クリスティアン様にはそう見えるようだ。喜んでもらえたなら、まあいいだろう。時々クリスティアン様は私に過保護、いや、過干渉気味だ。
早く嫁を貰って、是非私から離れていただきたい。
「リア、不穏な事を考えてない?僕はリアがいれば、大丈夫だからね」
「何ですか、それ…急いで行きますよ。余分に時間がかかってしまいました」
トクリと胸の奥が鳴って、何となく頬に熱が集まったような気がして、慌てて私はクリスティアン様を振り切って歩を進めた。勿論無表情の私にそんな芸当は無理なのだが。
「あ、待って。リア」
「待ちません。エルマー様を待たせては悪いですし…急ぎます!」
「ええ~待たせておこうよ」
嫌そうに駄々をこねるクリスティアン様を促して、私は更に歩を速めた。