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第28話 愛しています

 子供たちがいる部屋と天界樹への祈り、その間を往復するのが私の日課になって7日が経った。帝王様とは、当初心配していたような花嫁としての触れ合いはないが、ふらっと私の部屋へやって来てはお茶を飲んでいく。茶飲み友達のような帝王様に、当初は緊張していたがそれももう慣れた。

「リリアよ、そなたの国の魔法使いが帰国する日が決まった」

 ほぼ毎日の習慣になりつつあるお茶を飲んでいると、帝王様が思い出したようにそう言った。私は持っていた器をぎゅっと握った。

「そうですか…」

 後宮に来てから、クリスティアン様はおろか兄とも会えていない。監視の目が厳しくなったのも理由の一つだが、勝手にここに残ると言ってしまったので、どうしたらいいか分からなくなってしまった。

「帰る前に白の魔法使いが、帰国の挨拶をしたいそうだ。外交官が熱心に申請を通したらしい。会いたくなければ、断るが…」

「あ、いえ、自国の魔法使いです。お会いしてお別れの挨拶をきちんとしたいです」

「ほう、そうか。では、明日の午後、会えるように手配してやろう。夕方にはガレア帝国を発つそうだ」

「ありがとうございます」

 内心ドキドキしていたが、平常心でお礼を述べた。明日の夕方、帰国するクリスティアン様とは、これが最後の挨拶かもしれない。そう思ったら涙が溢れそうだ。

「リリア、お前は誰のものだ?」

「私は帝王様の花嫁です」

 帝王様は、お茶の終わる頃にいつもこの質問をする。答えたら、帝王様は満足そうに退室するのだ。


「リリア様、ご案内いたします」

 午後になって、案内役の侍女が後宮にいる私の元へ来た。朝の祈りを終え、子供たちと一緒に食事を終えたところだったため、まだ子供たちも一緒にいた。

「リリア姉様、どこか行くの?本を読んでくれるお約束は?」

 子供たちが私の周りに集まってくる。昼食後、お昼寝をする子たちに本を読んであげる約束をしていた。

「ごめんね、みんな。今日は大事な約束があるの。帰ってきたら読むから、寝る前の本は違う人にお願いして欲しいの」

「は~い、じゃあ後で約束だよ~」

 子供たちが元気に走り去っていった。この生活にすっかり慣れてしまった自分が怖い。後宮というより、孤児院のような感じで、ほのぼのとした毎日に癒しさえ感じてしまうのだ。帝王様がここに引き籠る気持ちが分かる気がする。勿論一国の王として駄目だけれど…


 侍女の案内でたどり着いたのは、王宮の端にある貴賓用の建物だった。一階にある応接室の前で、兄のキースが待っていた。

「お久しぶりです、聖女リリア様。外交官のキリアン・タランです。今日は貴重なお時間をありがとうございます。タランターレ国の魔法使い殿が帰国されるので、挨拶の間は私が付き添わせていただきます」

「はい、よろしくお願いします」

 侍女はそのまま去っていった。挨拶だけなので、お茶も断った。

「さあ、どうぞお入りください」

 応接室に入ると、キリアン(キースお兄様)が素早く防音魔法をかけた。

「リア…」

 目の前には、相変わらず目に毒な美しい男性が立っていた。

「クリスティアン様、お久しぶりです」

「リア、一緒に帰ろう。僕が何とかするから、このまま転移してしまえばいい」

 お兄様がギョッとした顔でクリスティアン様を見た。きっと私が頷けば、この人は私をタランターレ国へ攫ってくれるのだろう。私は首を横に振った。

「このまま帰るのは無理です。国際問題ですし、そんな事をしたら陛下が卒倒してしまいます」

「でも、リアが犠牲になるなんて、まさか、あの帝王のものに…なったのか?」

 クリスティアン様の顔が見る見るうちに青ざめる。お兄様も心配なのかじっと私を見た。

「何といえばいいのでしょうか。帝王様とは茶飲み友達的な感じですね。ただ、私はそれでも現時点では、帝王様の花嫁です。ここで帰れば戦争になりかねません。これでも後宮で大事にされているので…」

「リア、僕は君が好きだ。自覚したのは最近だけど、ずっと好きだった」

「ええ、私も好きですよ。大事に育てていただいて、本当にありがとうございました」

 クリスティアン様に改めてお礼を言った。最後になるかもしれないのだから、ケジメはしっかりとつけないと駄目だ。育てていただいた恩は、ここで聖女として立派に守護することで返すしかないだろう。

「んん?リア、クリスが言っている意味、分かってない?クリス、はっきり言わないと伝わらないぞ」

 お兄様が焦ってクリスティアン様をつついた。クリスティアン様は私の前に跪いて、私の右手をとった。

「オーレリア、愛している。必ず迎えに来るから、その時は僕のお嫁さんになって欲しい。これで、伝わったかな?」

 下から不安そうに見上げる紫色の瞳に、胸がぎゅっと締め付けられた。耳まで心臓になったみたいに、ドクドクと激しく心臓が音を立てている。

「あの、その、それは家族愛でなく、私をお嫁さんにしたいほど好きと、そういうことですか?」

「そうだよ。僕はリアをお嫁さんにしたいほど好き。今は仕方ないから引き下がるけど、近いうちに必ず迎えに来るから、それまで帝王に指一本触れられないでね。何かあったら、僕はこの国をどうするか分からない…」

 熱烈すぎる、いや、過激すぎる告白に心が追いつかないまま、気づいたら私はクリスティアン様の腕の中にいた。懐かしい匂いがして、目頭が熱くなった。

「私も、クリスティアン様のこと、あ、あい、愛しています」

「リア、僕もすっごく愛してる。可愛いリア、耳まで真っ赤だね」

 嬉しそうに微笑むクリスティアン様の顔が涙で滲んだ。見かねた兄が引きはがすまで、私たちはずっと抱き合っていた。

「クリス、そろそろ限界だよ。聖女との別れの挨拶なんだから、長時間は無理。離れて!」

 私は涙を拭いて、クリスティアン様の顔を見た。暫くはこの美しい顔を見られないと思うと、涙が溢れて止まらない。

「大丈夫だよ、リア。あっという間に迎えに来る。陛下を脅してでも、すぐに解決して、必ず君を僕の腕の中に取り戻すからね。約束だ」

 クリスティアン様の唇が、私の額にそっと触れた。ビックリした拍子に、私の涙も引っ込んでしまった。

「おいおい、兄の目の前で何してるの?時間が無いからね、これでも無理やり時間を取ったんだから、これ以上は駄目!」

 私から離れたクリスティアン様が、名残り惜しそうに後ろを振り返りながら、兄に連れられて部屋から出ていった。このまま近くの転移門へ移動して、そのままタランターレ国に帰国するのだ。

 閉じた扉を見つめながら、暫く一人で泣いていた。後宮へ戻るまでに、全部涙を出し切って、子供たちには笑顔で接したいと思った。待っている、でも帰れるという希望はまだ持てなかった。


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