第26話 帝王様の条件
「帝王様、少しお話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
カイラ様が帝王様に向かって声をかけたので、私とアニタ様は驚いて顔を見合わせた。
「なんだ?言いたいことでもあるのか?」
帝王様が立ち上がってこちらに来た。カイラ様はじっと帝王様を見据えている。
「宰相様から聞きましたが、私とリリア様はこの国に留まる。アニタ様とウルスラ様も自国には帰さない。これは帝王様のご指示で間違いございませんか?」
帝王様がカイラ様を面白そうに見た。私は不敬にならないかと、内心ハラハラしていた。
「ほう、宰相がそう言ったのか。それならばそうなのだろう」
「では、私たちを帰す判断も帝王様次第だと聞きましたが、私たちを自国へ帰すようにして頂けませんか?」
いきなり本題に入ったが、回りくどいことを言うより、この方が良さそうだ。帝王様もじっとカイラ様を見ているが、特に怒った様子はない。
「帰りたいのか?」
「はい、帰りたいです。自国の天界樹に祈りを捧げれば、その祈りは「始まりの天界樹」へ集まり、世界の守護は出来ると聞いています。帰った後も、聖女の守護印が無くなるまで、私はその使命を全ういたします。ですから、どうかお願いいたします」
「ほう、それで、宰相は今帰さない理由を説明したか?」
「ここでの祈りも、実際に有効だから、この国で祈るのが駄目な理由にはなり得ない、そのような内容でした」
帝王様はじっと私たちを見た。特に私を上から下まで眺めているような気がして、背筋が冷たくなった。
「この国に専属の聖女はいないから、「始まりの天界樹」を癒す聖女は必要だ。ただ、二人もいらないかもしれんな。カイラは元々私との相性も良くないからな…」
私を見て、帝王様がにやりと笑った。カイラ様とアニタ様も、これから提案される内容を警戒している。
「聖女リリアよ、お前も帰りたいのだな?」
「はい」
「では、お前に特別に選ばせてやろう。ガレア帝国に聖女を一人残す。残るのはどっちだ?」
「え…?」
それは選ぶのではなく、決断しろということだろう。30歳のカイラ様、15歳の私、お互い想う人がいる。帝王様がその事を知っているとは思えないが、ここでカイラ様を残すと言えば、カイラ様は守護印が消えるまでこの国に留められ、ギル様とは添い遂げることは出来ないだろう。そんなの駄目だ。まだ若い私なら…
「わ、わたしが…」
「駄目よ、こんなの提案でもなんでもないわ!」
「ほう、そうか。では、もしリリアが残るというのなら、その勇気に免じて、アニタとウルスラも祖国に帰してやろうか?どうだ、いい提案だろう?」
「卑怯よ」
カイラ様が非難の声を上げた。アニタ様も息をのんで、言葉を発することが出来ないようだ。
「さあ、どうする?私の気が変わらないうちに答えよ」
「わ、私が残ります!その代わり、カイラ様、アニタ様、ウルスラ様は絶対に帰してください。お願いいたします」
「リリア様、それは駄目よ。撤回しなさい!」
アニタ様が強い口調で言ったけれど、一度言ったことが撤回できるとは思えないし、する気もなかった。
「アニタ様、どうか娘さんの所へ帰ってあげて下さい。カイラ様も幸せになって。私のことは気にしないで下さい。まだ若いですし、何とかなりますよ」
精一杯の強がりだと思う。それでも私は一生懸命微笑んだ。ごめんなさい、クリスティアン様。私はここに残ります。
「そうか、よし、では今すぐ宰相を呼んで、手配してやろう。リリアは後宮に住まいを移し、私と一緒に過ごそうか。少し歳をとっているが、気にすることはない」
帝王様が上機嫌で私の手を引いた。カイラ様の目が見開かれた。このままでは、不敬な言葉を言ってしまいそうだ。
「カイラ様、大丈夫です。今は自分のことだけ考えてください!」
私の手を引く力が強まって、私は帝王様の腕の中に倒れ込んだ。
「衛兵、カイラを連れて行け。そのまま青の魔法使いに引き渡してよい。自国での祈りは確約いたせよ。アニタは体調を考慮し、ゴルゴール国の魔法使いと帰れ。今までご苦労であった」
素早く支持をした後、私は引きずられるように後宮の奥へと連れて行かれた。
「帝王様、お帰りなさい。その子はだあれ?」
帝王様に連れて行かれたところは、広い子供部屋だった。先ほどすれ違った子供も何人かいたが、下はよちよち歩きの子供から、上は10歳くらいの歳の子だ。
「ああ、今日から新しくここに住まう子だ。仲良くするように」
後宮に住む、正式に花嫁になる覚悟をしていた私は、少し放心しながら辺りを見渡した。優しいクリーム色の壁紙の部屋には、沢山のぬいぐるみや玩具が置いてあり、机と椅子、ソファーにクッション、壁の本棚には絵本から歴史などを学ぶ本まで、びっしりと並んでいた。
「あの、ここは?」
「ぼくたちのゆうぎしつだよ」
可愛い声があちこちから聞こえる。
「帝王様がお勉強も教えてくれるよ、お姉ちゃんも一緒にお勉強する?」
「お絵描きする?それとも庭で遊ぶ?」
無邪気な子供たちの声は、それが日常だと伝えてくる。
「リリアよ。この子たちと遊んでやってくれ。私は先ほどの処理を実行してくる。逃げたらどうなるか、理解しているな?」
「はい、理解しています。寛大な処置に感謝いたします」
帝王様はそのまま部屋を出ていった。部屋の前には衛兵が立っているし、庭にも数名が立っている。見張りというより、子供たちが危なくないように見張っている様な感じだ。
「おねえちゃん、あそぼ」
「この本読んでよ」
茫然と立っている私に、小さな子供たちが絵本を差し出している。私は絵本を受け取って、ソファーに腰かけた。子供たちは嬉しそうに私の周りに集まってくる。
「では、読むわね…」
まるで夢の国に迷い込んだような感覚だった。ここが、ガレア帝国の帝王が毎日入り浸っている後宮…確かに、子供がいるとは聞いていたけど、想像していたものとはかなり違っていたようだ。
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